「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤ、青春の苦さを噛みしめる。】
「俺はお前の友人なのか?」
思いもよらない問いかけに「ボクはそのつもりでしたけど」と返す。
比企谷が心持ち表情を緩めたのが、ちょっとだけ愉快だった。
黒子テツヤは修学旅行を楽しんでいた。
いつもと変わらない無表情と淡々とした仕草からはわからないかもしれない。
だが黒子はこの旅行を心待ちにしていた。
そしてこの瞬間を満喫していたのだ。
理由は簡単、実は黒子は修学旅行の経験がない。
中学も高校もバスケの試合の日程と重なっていた。
必然的に修学旅行は欠席扱いだ。
小学校の頃も旅行はあったが、確か移動教室という名前だったと思う。
つまり正真正銘、修学旅行は人生初なのだ。
しかも場所が京都なのも良い。
京都は多くの小説の舞台になっている。
風景の描写は散々文章で読んだが、それを実際に見られる。
本好きとしても嬉しい限りだ。
だが残念なこともある。
趣味にしている人間観察はこんな時でも無意識に発動してしまうのだ。
だからわかった。
比企谷が、この旅行中に何かしようとしていることを。
そして葉山グループの動きも含めてみると、見えてくる。
奉仕部は戸部と海老名の仲を取り持つという依頼を受けたのだ。
だけど黒子の鍛え抜かれた観察眼は、その結末さえ見通せてしまった。
なぜなら好意を隠し切れずチラチラと海老名を見る戸部だけが燃え上がっている。
肝心の海老名は完全にその視線を無視し、告白されることを拒絶しているようだ。
2人を取り巻く葉山や三浦らも、困惑しているように見えた。
さて比企谷君はどうしますか?
黒子の好奇心がムラムラと刺激された。
だから彼らの告白の地、竹林の道にいたのだ。
そこで旧友である赤司と会うことを建前にして。
風流な京都には似つかわしくない、なんと下世話な感情。
いや修学旅行なら、こういうラブコメ要素はありなのだろうか?
「君は相変わらず、仕事はできるな。」
期せずして事の顛末を見届けた赤司は、比企谷に声をかけた。
赤の帝王は心の底から感心していたのだ。
なぜなら比企谷は思いもよらない作戦を取った。
自分が戸部より先に海老名に告白をしたのだ。
海老名は比企谷の作戦に乗り「今は誰とも付き合わない」と答えた。
戸部の依頼は達成できなかったが、傷が少ない形で事態をまとめたのだ。
「誰も傷つかずに事態を収拾。そういうことだろう?」
「はぁ、まぁ。でも仕事って。」
「君の学校の文化祭の時も、君は実行委員としてよく働いていたし。」
「・・・それは、どうも。」
赤司は仲間から1人取り残された比企谷に話しかけた。
このシーンを見ただけで、全てを察したようだ。
どうやら比企谷が気に入ったらしい。
だから敢えて比企谷のやり方を批判せず、結果を評価した。
そして「黒子が友人と認めた男なのだから」と付け加える。
赤司なりの最大限のエールということだろう。
すると比企谷が「俺はお前の友人なのか?」と聞いてきた。
黒子は「ボクはそのつもりでしたけど」と返す。
別に葉山グループのようなベッタリと生ぬるい付き合いをするつもりはない。
今の学校で黒子が腹を割って話せる者は数少ない。
その中でももっとも信頼を置いているのが比企谷だっただけのことだ。
なにしろ黒子が幻の6人目(シックスマン)と知って、態度を変えなかったのは彼だけなのだ。
「比企谷君、また後で」
黒子は声をかけると、赤司と共に歩き出した。
だが踵を返す瞬間、比企谷が心持ち表情を緩めたのがちょっとだけ愉快だった。
友人。黒子の言葉が意外にも比企谷の中で響いてる。
それが伝わって来たのが、嬉しかった。
「黒子は新しい学校でも楽しそうだな。」
赤司が揶揄うようにそう言った。
どうやら何もかもお見通しらしい。
だけど黒子は澄ました顔で「別に普通ですよ」と答えた。
*****
「さっきのはお前の経験談か?」
赤司は穏やかに微笑しながら、話を振ってきた。
黒子は「はい」と頷きながら、辺りを見回す。
京都の風情は抒情的な味わいがあり、思い出話もしやすい雰囲気だと思った。
比企谷と別れ、黒子は赤司と並んで歩いた。
名残り惜しいけれど、もうすぐお別れだ。
何しろこちらは修学旅行中、そろそろ宿に戻らなくてはならない。
赤司だってそうそうのんびりもしていられないだろう。
「さっきのはお前の経験談か?」
赤司が聞いたのは、比企谷に語った昔話だ。
1年のときの秀徳高校との試合の時、チームのエースが暴走した。
パスを回さず、とにかく1人で突っ込んでいく。
見かねた黒子は彼を殴り倒して、言ったのだ。
試合終了した時どれだけ相手より多く点を取っていても、嬉しくなければ勝利じゃないと。
勘の良い比企谷には通じただろう。
自分を痛めつけるようなやり方で依頼を達成しても、それは勝利じゃない。
それは決して黒子だけの思いではないはずだ。
雪ノ下や由比ヶ浜もきっと同じ。
彼女たちが怒りを見せたのは、比企谷だけが傷つくやり方が悲しかったのだろう。
「嬉しくなければそれは勝利じゃない。確かにそうだな。」
「中学時代のボクたちはそうでしたね。勝つことが全てって言われてました。」
「同じ道をあいつも通ったってことか。」
「そういうことです。」
2人は風情のある街並みをゆっくりと歩く。
そうしながら共に過ごした日々を懐かしく思い出していた。
赤司が口にした「あいつ」とは去年まで黒子が組んでいたエース。
今はアメリカの高校でプレイをしている火神大我だ。
「連絡は取っているのか?」
「いいえ。」
「全然か?」
「ええ。入院が長かったので。」
どこか気遣わし気な赤司の問いに、黒子は素っ気なく首を振る。
実際、黒子は火神が渡米した後、まったく話をしていない。
会ってもいないし、電話やメールもなしだ。
火神がアメリカでどう過ごしているのか、全く知らない。
そして火神が黒子の事故のことを知っているかどうかもわからない。
「タイミングが悪すぎました。」
黒子は正直に白状した。
そう、あの事故は火神の渡米直後に起こった。
黒子は長い間入院しており、その間は連絡などできる状態ではなかったのだ。
その間に火神はアメリカ用に携帯電話を変えただろう。
そして黒子も事故で愛用のガラケーが大破し、スマホに変えた。
お互いに新しい番号を知らないまま、1年が過ぎてしまったのだ。
「避けているわけじゃないよな?」
赤司に念を押されて「もちろんですよ」と返す。
だが黒子は本当にそうだろうかと思った。
日本とチームを捨てて、アメリカに行ってしまったエース。
表向きは理解がある振りで、笑って送り出した。
だけど心の底から納得していたかと言われれば、答えはノーだ。
そもそも意味がわからない。
去年アメリカのストバスチーム「Jabberwock」に、黒子たちは勝った。
日本だって早々弱くないって確認した直後に、なぜ渡米するのか。
心の奥底には、火神に対する怒りが未だにある。
だから「避けているのか?」と問われれば、答えに迷うのだ。
もう一度会いたい気持ちはもちろんある。
だけど二度と会いたくないと思う気持ちも確かにあった。
「ところで赤司君は高校最後のウインターカップですね。」
黒子はここで悩むのをやめて、さっさと話題を変えた。
赤司だけではない。
キセキの世代はみな高校ラストイヤーだ。
今年のウインターカップはさぞかし盛り上がることだろう。
「ああ。お前と戦うとしたら大学だな。」
「そうなるかどうか」
「そうしろ。いつか絶対プレイヤーに戻れ。」
赤司は赤の帝王よろしく命令を下す。
だが内心、黒子に期待をしてくれているのがわかった。
ありがたい。
だけど黒子は答えず、無言のまま歩き続けた。
今はまだ自分のバスケがどこに向かっているのか、わからないのだ。
*****
「こんばんは」
玄関から中に入るなり、見知った2人を見つけた黒子は挨拶を送る。
2人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに意を決したように頷き合った。
赤司と別れた黒子は宿に戻った。
何だかんだであっという間に終わってしまった修学旅行。
今夜が最後の夜であり、明日の今頃はもう千葉に戻っている。
そう思うと何だか切なく、名残惜しい。
黒子はそんなことを考えながら、玄関を通り過ぎた。
入ると大きなロビーが広がっている。
ソファがいくつも置かれており、同じ学校の生徒たちがそこここに固まっている。
おそらく最後の夜を楽しんでいるのだろう。
ロビーを通り過ぎて、部屋に戻ろうとした黒子だったが、ふと足を止めた。
一番隅のソファに見知った2人の女子生徒がいたからだ。
「こんばんは」
黒子は軽い会釈と共に挨拶を送る。
2人の女子、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣は顔を見合わせた。
どうしたものかと困惑したような表情だ。
だがすぐに意を決したように頷き合うと、揃って黒子に向き直った。
「黒子君。竹林の道にいたわよね。事情は分かっているんでしょう?」
「ええ。まぁ。何となく察しています。」
「あの後、比企谷君と話をした?」
「少しだけ」
とりあえず質問役は雪ノ下のようだ。
黒子は短く答えながら、彼女たちの用件を察した。
比企谷のやり方をスルーできない。
だからあの場に居合わせた黒子に探りを入れてきたのだろう。
「比企谷君は何か言っていた?」
「いいえ。特には。ボクと赤司君が一方的に話しました。」
「何て言ったの?」
「話すと結構長くなりますが」
「教えて。」
雪ノ下と由比ヶ浜の真剣な視線に、黒子は一瞬気圧される。
だがすぐに気を取り直して、説明した。
高校時代の試合の話。
そして「嬉しくなければ勝利じゃない」と締めくくった。
「ねぇ。黒子君だったらどうする?」
ずっと黙っていた由比ヶ浜が口を開いた。
黒子は「どう依頼をこなしたかってことですか?」と問い返す。
すると由比ヶ浜はブンブンと首を振って「違うよ」と苦笑した。
「黒子君があたしたちだったら。今回のヒッキーのことをどうする?」
「なるほど。そっちですか。」
どうやら誤解をしていたらしいと、黒子は内心秘かに苦笑した。
2人は戸部の依頼をどうするべきだったかと反省しているのではない。
到底許せないやり方で終わらせた比企谷とどう向き合うか。
彼女たちにとって、悩みはそこなのだ。
「納得がいかないなら、戦えばいいんじゃないですか?」
「納得?」
「はい。比企谷君のやり方は確かに褒められたものではないですから。」
「黒子君もそう思う?」
「思います。」
黒子は端的に答えながら、敢えて決定的なことを言わなかった。
自分が傷ついて、丸く治めようとする比企谷。
そして比企谷だけが傷つくのが嫌な雪ノ下と由比ヶ浜。
根本は全員が優しく、相手のことを思いやっているだけなのだ。
そこを認め合えば、問題はあっさり解けると思う。
黒子が糸口を作ってやることだって、できなくはない。
だけどやはり黒子が口を出すのは違う気がした。。
これは彼ら奉仕部の根本にかかわる問題だ。
当事者同士がぶつかって、ケンカして、解決するべきだろう。
嬉しくなければ勝利じゃない。
2年前の夏、黒子が火神を殴ってそう告げたあのときのように。
黒子はふと火神のことを思った。
そして思わず苦笑してしまう。
納得がいかないなら、戦え?
今目の前の女子2人に告げた言葉は、そっくり自分に返って来る。
黒子は納得できないまま、火神をアメリカに送り出したくせに。
「なにかおかしい?」
思わず漏れた苦笑をどう思ったのか、2人が黒子の顔をマジマジと見ている。
黒子は「いえ。比企谷君は本当に人騒がせだと思って」と答えた。
雪ノ下と由比ヶ浜が「本当に」「だよねぇ」と笑うのを見て、ホッとする。
どうやらうまく誤魔化せたようだ。
かくして修学旅行は終わった。
奉仕部は微妙にギクシャクしたまま、次の依頼を受けることになる。
彼らは彼ら、黒子とは全然別のところで青春していた。
そして黒子もまた自分の進む道に迷い、悩み続けるのだ。
【続く】
「俺はお前の友人なのか?」
思いもよらない問いかけに「ボクはそのつもりでしたけど」と返す。
比企谷が心持ち表情を緩めたのが、ちょっとだけ愉快だった。
黒子テツヤは修学旅行を楽しんでいた。
いつもと変わらない無表情と淡々とした仕草からはわからないかもしれない。
だが黒子はこの旅行を心待ちにしていた。
そしてこの瞬間を満喫していたのだ。
理由は簡単、実は黒子は修学旅行の経験がない。
中学も高校もバスケの試合の日程と重なっていた。
必然的に修学旅行は欠席扱いだ。
小学校の頃も旅行はあったが、確か移動教室という名前だったと思う。
つまり正真正銘、修学旅行は人生初なのだ。
しかも場所が京都なのも良い。
京都は多くの小説の舞台になっている。
風景の描写は散々文章で読んだが、それを実際に見られる。
本好きとしても嬉しい限りだ。
だが残念なこともある。
趣味にしている人間観察はこんな時でも無意識に発動してしまうのだ。
だからわかった。
比企谷が、この旅行中に何かしようとしていることを。
そして葉山グループの動きも含めてみると、見えてくる。
奉仕部は戸部と海老名の仲を取り持つという依頼を受けたのだ。
だけど黒子の鍛え抜かれた観察眼は、その結末さえ見通せてしまった。
なぜなら好意を隠し切れずチラチラと海老名を見る戸部だけが燃え上がっている。
肝心の海老名は完全にその視線を無視し、告白されることを拒絶しているようだ。
2人を取り巻く葉山や三浦らも、困惑しているように見えた。
さて比企谷君はどうしますか?
黒子の好奇心がムラムラと刺激された。
だから彼らの告白の地、竹林の道にいたのだ。
そこで旧友である赤司と会うことを建前にして。
風流な京都には似つかわしくない、なんと下世話な感情。
いや修学旅行なら、こういうラブコメ要素はありなのだろうか?
「君は相変わらず、仕事はできるな。」
期せずして事の顛末を見届けた赤司は、比企谷に声をかけた。
赤の帝王は心の底から感心していたのだ。
なぜなら比企谷は思いもよらない作戦を取った。
自分が戸部より先に海老名に告白をしたのだ。
海老名は比企谷の作戦に乗り「今は誰とも付き合わない」と答えた。
戸部の依頼は達成できなかったが、傷が少ない形で事態をまとめたのだ。
「誰も傷つかずに事態を収拾。そういうことだろう?」
「はぁ、まぁ。でも仕事って。」
「君の学校の文化祭の時も、君は実行委員としてよく働いていたし。」
「・・・それは、どうも。」
赤司は仲間から1人取り残された比企谷に話しかけた。
このシーンを見ただけで、全てを察したようだ。
どうやら比企谷が気に入ったらしい。
だから敢えて比企谷のやり方を批判せず、結果を評価した。
そして「黒子が友人と認めた男なのだから」と付け加える。
赤司なりの最大限のエールということだろう。
すると比企谷が「俺はお前の友人なのか?」と聞いてきた。
黒子は「ボクはそのつもりでしたけど」と返す。
別に葉山グループのようなベッタリと生ぬるい付き合いをするつもりはない。
今の学校で黒子が腹を割って話せる者は数少ない。
その中でももっとも信頼を置いているのが比企谷だっただけのことだ。
なにしろ黒子が幻の6人目(シックスマン)と知って、態度を変えなかったのは彼だけなのだ。
「比企谷君、また後で」
黒子は声をかけると、赤司と共に歩き出した。
だが踵を返す瞬間、比企谷が心持ち表情を緩めたのがちょっとだけ愉快だった。
友人。黒子の言葉が意外にも比企谷の中で響いてる。
それが伝わって来たのが、嬉しかった。
「黒子は新しい学校でも楽しそうだな。」
赤司が揶揄うようにそう言った。
どうやら何もかもお見通しらしい。
だけど黒子は澄ました顔で「別に普通ですよ」と答えた。
*****
「さっきのはお前の経験談か?」
赤司は穏やかに微笑しながら、話を振ってきた。
黒子は「はい」と頷きながら、辺りを見回す。
京都の風情は抒情的な味わいがあり、思い出話もしやすい雰囲気だと思った。
比企谷と別れ、黒子は赤司と並んで歩いた。
名残り惜しいけれど、もうすぐお別れだ。
何しろこちらは修学旅行中、そろそろ宿に戻らなくてはならない。
赤司だってそうそうのんびりもしていられないだろう。
「さっきのはお前の経験談か?」
赤司が聞いたのは、比企谷に語った昔話だ。
1年のときの秀徳高校との試合の時、チームのエースが暴走した。
パスを回さず、とにかく1人で突っ込んでいく。
見かねた黒子は彼を殴り倒して、言ったのだ。
試合終了した時どれだけ相手より多く点を取っていても、嬉しくなければ勝利じゃないと。
勘の良い比企谷には通じただろう。
自分を痛めつけるようなやり方で依頼を達成しても、それは勝利じゃない。
それは決して黒子だけの思いではないはずだ。
雪ノ下や由比ヶ浜もきっと同じ。
彼女たちが怒りを見せたのは、比企谷だけが傷つくやり方が悲しかったのだろう。
「嬉しくなければそれは勝利じゃない。確かにそうだな。」
「中学時代のボクたちはそうでしたね。勝つことが全てって言われてました。」
「同じ道をあいつも通ったってことか。」
「そういうことです。」
2人は風情のある街並みをゆっくりと歩く。
そうしながら共に過ごした日々を懐かしく思い出していた。
赤司が口にした「あいつ」とは去年まで黒子が組んでいたエース。
今はアメリカの高校でプレイをしている火神大我だ。
「連絡は取っているのか?」
「いいえ。」
「全然か?」
「ええ。入院が長かったので。」
どこか気遣わし気な赤司の問いに、黒子は素っ気なく首を振る。
実際、黒子は火神が渡米した後、まったく話をしていない。
会ってもいないし、電話やメールもなしだ。
火神がアメリカでどう過ごしているのか、全く知らない。
そして火神が黒子の事故のことを知っているかどうかもわからない。
「タイミングが悪すぎました。」
黒子は正直に白状した。
そう、あの事故は火神の渡米直後に起こった。
黒子は長い間入院しており、その間は連絡などできる状態ではなかったのだ。
その間に火神はアメリカ用に携帯電話を変えただろう。
そして黒子も事故で愛用のガラケーが大破し、スマホに変えた。
お互いに新しい番号を知らないまま、1年が過ぎてしまったのだ。
「避けているわけじゃないよな?」
赤司に念を押されて「もちろんですよ」と返す。
だが黒子は本当にそうだろうかと思った。
日本とチームを捨てて、アメリカに行ってしまったエース。
表向きは理解がある振りで、笑って送り出した。
だけど心の底から納得していたかと言われれば、答えはノーだ。
そもそも意味がわからない。
去年アメリカのストバスチーム「Jabberwock」に、黒子たちは勝った。
日本だって早々弱くないって確認した直後に、なぜ渡米するのか。
心の奥底には、火神に対する怒りが未だにある。
だから「避けているのか?」と問われれば、答えに迷うのだ。
もう一度会いたい気持ちはもちろんある。
だけど二度と会いたくないと思う気持ちも確かにあった。
「ところで赤司君は高校最後のウインターカップですね。」
黒子はここで悩むのをやめて、さっさと話題を変えた。
赤司だけではない。
キセキの世代はみな高校ラストイヤーだ。
今年のウインターカップはさぞかし盛り上がることだろう。
「ああ。お前と戦うとしたら大学だな。」
「そうなるかどうか」
「そうしろ。いつか絶対プレイヤーに戻れ。」
赤司は赤の帝王よろしく命令を下す。
だが内心、黒子に期待をしてくれているのがわかった。
ありがたい。
だけど黒子は答えず、無言のまま歩き続けた。
今はまだ自分のバスケがどこに向かっているのか、わからないのだ。
*****
「こんばんは」
玄関から中に入るなり、見知った2人を見つけた黒子は挨拶を送る。
2人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに意を決したように頷き合った。
赤司と別れた黒子は宿に戻った。
何だかんだであっという間に終わってしまった修学旅行。
今夜が最後の夜であり、明日の今頃はもう千葉に戻っている。
そう思うと何だか切なく、名残惜しい。
黒子はそんなことを考えながら、玄関を通り過ぎた。
入ると大きなロビーが広がっている。
ソファがいくつも置かれており、同じ学校の生徒たちがそこここに固まっている。
おそらく最後の夜を楽しんでいるのだろう。
ロビーを通り過ぎて、部屋に戻ろうとした黒子だったが、ふと足を止めた。
一番隅のソファに見知った2人の女子生徒がいたからだ。
「こんばんは」
黒子は軽い会釈と共に挨拶を送る。
2人の女子、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣は顔を見合わせた。
どうしたものかと困惑したような表情だ。
だがすぐに意を決したように頷き合うと、揃って黒子に向き直った。
「黒子君。竹林の道にいたわよね。事情は分かっているんでしょう?」
「ええ。まぁ。何となく察しています。」
「あの後、比企谷君と話をした?」
「少しだけ」
とりあえず質問役は雪ノ下のようだ。
黒子は短く答えながら、彼女たちの用件を察した。
比企谷のやり方をスルーできない。
だからあの場に居合わせた黒子に探りを入れてきたのだろう。
「比企谷君は何か言っていた?」
「いいえ。特には。ボクと赤司君が一方的に話しました。」
「何て言ったの?」
「話すと結構長くなりますが」
「教えて。」
雪ノ下と由比ヶ浜の真剣な視線に、黒子は一瞬気圧される。
だがすぐに気を取り直して、説明した。
高校時代の試合の話。
そして「嬉しくなければ勝利じゃない」と締めくくった。
「ねぇ。黒子君だったらどうする?」
ずっと黙っていた由比ヶ浜が口を開いた。
黒子は「どう依頼をこなしたかってことですか?」と問い返す。
すると由比ヶ浜はブンブンと首を振って「違うよ」と苦笑した。
「黒子君があたしたちだったら。今回のヒッキーのことをどうする?」
「なるほど。そっちですか。」
どうやら誤解をしていたらしいと、黒子は内心秘かに苦笑した。
2人は戸部の依頼をどうするべきだったかと反省しているのではない。
到底許せないやり方で終わらせた比企谷とどう向き合うか。
彼女たちにとって、悩みはそこなのだ。
「納得がいかないなら、戦えばいいんじゃないですか?」
「納得?」
「はい。比企谷君のやり方は確かに褒められたものではないですから。」
「黒子君もそう思う?」
「思います。」
黒子は端的に答えながら、敢えて決定的なことを言わなかった。
自分が傷ついて、丸く治めようとする比企谷。
そして比企谷だけが傷つくのが嫌な雪ノ下と由比ヶ浜。
根本は全員が優しく、相手のことを思いやっているだけなのだ。
そこを認め合えば、問題はあっさり解けると思う。
黒子が糸口を作ってやることだって、できなくはない。
だけどやはり黒子が口を出すのは違う気がした。。
これは彼ら奉仕部の根本にかかわる問題だ。
当事者同士がぶつかって、ケンカして、解決するべきだろう。
嬉しくなければ勝利じゃない。
2年前の夏、黒子が火神を殴ってそう告げたあのときのように。
黒子はふと火神のことを思った。
そして思わず苦笑してしまう。
納得がいかないなら、戦え?
今目の前の女子2人に告げた言葉は、そっくり自分に返って来る。
黒子は納得できないまま、火神をアメリカに送り出したくせに。
「なにかおかしい?」
思わず漏れた苦笑をどう思ったのか、2人が黒子の顔をマジマジと見ている。
黒子は「いえ。比企谷君は本当に人騒がせだと思って」と答えた。
雪ノ下と由比ヶ浜が「本当に」「だよねぇ」と笑うのを見て、ホッとする。
どうやらうまく誤魔化せたようだ。
かくして修学旅行は終わった。
奉仕部は微妙にギクシャクしたまま、次の依頼を受けることになる。
彼らは彼ら、黒子とは全然別のところで青春していた。
そして黒子もまた自分の進む道に迷い、悩み続けるのだ。
【続く】