「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡、勝利と友人の意味を考える。】

「やぁ!来たぞ!」
ただでさえ目立つ材木座が、高らかに声を上げた。
俺は思わず「うげぇ」とウンザリとため息をついたのだった。

材木座は俺に取って、少々鬱陶しい存在だった。
自らを「我」と称し、デカい声で妙な言葉遣いをする。
なぜか常にコートを羽織っており、悪目立ちどころか周囲をドン引きさせている。
そんな男がなぜか俺を相棒と見なし、下の名前で呼ぶのだ。
つながりは体育でペアを組んだことのあるだけなのにな。

わかってる。悪いヤツじゃない。
俺と同じでクラスから浮いている辺りには、シンパシーさえ感じるほどだ。
好きか嫌いかの二択なら「イエス」と答える。
ただ答えるまでに、かなり間が空くだろうけどな。

その材木座がいきなりクラスに現れ、声を上げたのだ。
俺が「うげぇ」と声をウンザリするのもわかるよな?
こいつが声をかけてくるのは多分俺、無駄に目立つ。
俺としては、クラスの中でひっそり埋もれていたいんだ。
悪目立ちするのも、ドン引きされるのも、本意じゃない。
だが俺の予想に反して、ヤツは俺の方には来なかった。

「テツヤ!話したいことがある!」
材木座は一目散に黒子の席に向かった。
その瞬間、クラスが騒めく。
かく言う俺も結構驚いたのだ。
拍子抜けするのも忘れるくらいな。

黒子もまた俺らと同じ、クラスの中に溶け込んでいるとは言えないヤツだ。
1つ年上の転校生、バスケでの輝かしい実績、だがなぜか影が薄い。
そんなこんなで1人でいることが多く、校内に親しい人間などいないと思われていた。
その黒子を、あの材木座が「テツヤ」と下の名前で呼んだのだ。
そのことにクラス一同、唖然呆然だ。

「師匠がオススメの本を教えてくれてな。昨日一日で読破した。」
「へぇ。何ていう本ですか?」
「見てくれ!これだ!」

材木座はコートのポケットから、1冊の文庫本を取り出した。
対する黒子の表情は、まったくいつも通りの平坦さ。
驚くでもなく、台風のごとく襲来した材木座をあっさりと受け入れていた。

「すごく面白い。だからテツヤになら貸してやっても良い!」
「それはありがとうございます。楽しみに読ませていただきます。」
「そうだ。師匠がテツヤによろしくと言っていた。」
「そうですか。わかりました。」

黒子は材木座が差し出した本を受け取った。
師匠っていうのは、多分黒子が召喚したラノベの神。
先日うちの学校に来てくれた黛って人だ。
おそろしく黒子に雰囲気が似ていて、血縁者じゃないと知って驚いた。

「あいつ、迷惑かけてねぇか?」
材木座が立ち去った後、俺は黒子に声をかけた。
一応黒子と材木座って、俺を通じて知り合った感じだからな。
そのせいで不快にしてたら、申し訳ないと思ったんだ。

「迷惑じゃないですよ。むしろああいう友人ができて嬉しいです。」
「友人?」
「はい。ボクは友人ではない人と本の貸し借りはしないので。」
「あっそ。それなら問題ねぇな。」

俺はさっさと会話を切り上げて、自分の席に戻った。
そして座りながら、もう1度黒子を見る。
黒子は早くも材木座から受け取った本を開いて、読み始めていた。
あいつも根っからの本好きっぽいもんな。
面白いと薦められれば、そりゃすぐに読みたいだろ。

だけど俺は何だか面白くなかった。
あの2人、妙に距離が近くなってるんだよな。
友人って言葉が、ひどく勘に触る。
黒子も材木座、そんな言葉とは無縁に思える2人だろ。
何となく裏切られたような気になっているのは、俺のひがみってやつか?

いや、別に俺には関係ないけど。
でもやっぱり面白くない。
そして面白くないと思ってしまったことが、さらに面白くなかった。
筋金入り、プロのぼっちを自認する俺。
だけどメンタルは自分で思っているほど強くはないのかもしれない。

*****

「見て見て!あの人!」
甲高い女子の声につられて、俺は声のする方向に目を凝らす。
すると見覚えのある赤い男がこちらに向かって、手を振っていた。

ついにやって来た修学旅行。
俺たちはゾロゾロと観光名所を練り歩いている。
常々思うんだが、修学旅行って本当に苦痛だよな。
旅行に行きたいヤツが、行きたい場所に行きたい相手と一緒に行けばいいと思う。
なんでわざわざ大人数で来なきゃならないんだ?
おかげでせっかくの京都の風情も台無しだ。

でもまぁ少なくても、俺以外のヤツほぼ笑ってる。
つまり楽しんでいるヤツがほとんどなんだろう。
唯一顔に感情がまったく浮かんでいないのは、黒子だ。
だけどこいつはカウントから除外する。
だっていつもほぼ無表情だからな。
それでも念のため「楽しいか?」って聞いてみた。
すると平坦な顔のまま「もちろんですよ」と返された。

日程をなんとかこなし、最終日にやって来た嵐山。
だがそこでハプニングが起こったのだ。
一部の女子が「見て見て!あの人!」と騒ぎ出した。
思わずつられてそちらを見た俺は驚いた。

「やぁ。黒子!」
その人物はこちらを、正確には俺の後ろにいた黒子に手を振りながら歩いてくる。
彼の名は赤司征十郎。
あのキセキの世代の主将だった人だ。
うちの文化祭のイベントにも快く協力してくれた。
そっか。この人京都の学校だったな。

「お待たせしました。」
「いや、それほどでもない。それよりようこそ京都へ。」
「わざわざありがとうございます。」
「気にするな。久しぶりの友人が近くに来るなら会うのは当たり前だ。」

2人はごく自然に寄り添い、歩きながら喋っている。
俺はそれを見ながら、やっぱり黒子はすごいと思う。
あの赤の帝王に、わざわざ足を運ばせるんだから。
しかも何のてらいもなく「友人」なんて言わせてる。

してみると、材木座もすげぇよ。
黒子にとっては、材木座も友人。
つまり材木座は黒子の中では、赤の帝王と同じ位置にいるんだから。
じゃあ、俺は?
黒子は本の貸し借りをするのは友人だけと言っていた。
俺も黒子には本を貸してる。
だけどそれを言われたのは奉仕部の部室。
つまり友人としてではなく、依頼だったんだろうか。

そこまで考えた俺は、首を振った。
今はそれより先にやらなきゃならないことがある。
それは葉山グループのチャラ男、戸部からの依頼だった。
同じグループの女子、海老名姫菜に告白して、付き合いたい。
しかもこの修学旅行でだ。
それを手伝うってのが、俺らのミッションなんだけど。

問題は本人だけが燃え上がっていることだった。
当の海老名本人が、それを望んでいない。
それどころか告白なんかされなくないとさえ思ってる。
ことわることで、グループがギクシャクするのが嫌みたいだ。
それは同じグループの葉山や三浦も同じらしい。
だが戸部は空気を読むことなく、告白する気まんまんだ。
戸部を納得させ、海老名の願いをかなえ、葉山グループをギクシャクさせない。
それが今回の依頼の内容だ。

「そういえば黛先輩に会ったそうだな。」
「はい。ちょっとお願いごとをしました。よく知ってますね。」
「ああ。クレームまがいのメールが来たぞ。黒子にいいように使われていると。」
「そうですか?楽しんでいるように見えましたが。」
「まぁそうなんだろうな。あの人は自分が気に入らないことはしないだろうし。」

黒子と赤司さんが談笑しているのが、遠くに聞こえる。
俺はその2人に背を向けて、ゆっくりと歩き出した。
嵐山、竹林の道がライトアップされている。
ロマンチックなこの場所が、戸部の告白の舞台。
今はこの無理ゲ―みたいな依頼を何とかクリアするのが先決だった。

*****

「俺と付き合ってください。」
俺は戸部を押しのけるようにして、そう言った。
戸部も少し離れて見守っているヤツらも驚いている。
ただ1人、海老名姫菜だけが緩く笑っていた。

「ごめんなさい。今は誰とも付き合う気がないの。」
海老名は俺の告白(?)にそう答えて頭を下げた。
これが俺なりの無理ゲ―ミッションの解決法。
それを解決する方法を、俺は1つしか思いつかなかった。
いや、正確には解決じゃないな。
戸部の想いはかなわないんだから。
とりあえず何とか切り抜けたってところか。

だけどこれで波風立たずに、事は終わった。
海老名は「今は誰とも付き合う気がない」と言った。
だから戸部はことわられたものの「時期じゃなかった」と納得した。
海老名を含めた葉山グループの現状維持って願いもかなった。
葉山たちは上っ面だけの談笑しながら、去って行った。

問題は奉仕部だった。
雪ノ下は「あなたのやり方、嫌いだわ」と言い捨てた。
由比ヶ浜には「人の気持ち、もっと考えてよ」と怒られた。
そして2人も去っていく。
そして竹林通りには、俺だけが残されたはずだったのだが。

「君は相変わらず、仕事はできるな。」
誰もいなくなったはずの通りには、黒子と赤司さんがいた。
俺は「そうすか?」と首を傾げて見せる。
どうやら先程の茶番劇を見られたらしい。
それだけで事情は全て察しているらしい。

「誰も傷つかずに事態を収拾。そういうことだろう?」
「はぁ、まぁ。でも仕事って。」
「君の学校の文化祭の時も、君は実行委員としてよく働いていたし。」
「・・・それは、どうも。」

驚いたことに、俺は赤の帝王から意外と評価が高いらしい。
ちなみに黒子はいつもの通り。
何も言わずに赤司さんの隣に立っている。
感情が全く読めない、いつもの無表情で。

「さっきのを勝負と思うなら君の圧勝だ。トラブルを見事に解決した。」
「勝負?」
「俺たちはどうしても物事を勝負って考えがちでね。」

赤司さんはチラリと黒子を見た。
彼の言う俺たちは、キセキの世代ってことだろう。
負けず嫌いの天才たち。
まぁ何事も勝負って考えるってのは、わからんでもない。

「勝利が全て、勝たなければ意味がない。それが中学時代の俺たちだった。」
赤司さんがどこか昔を懐かしむような顔になる。
すると黒子が「でも」と口を挟んだ。
赤司さんはチラリと黒子を見ると、1歩下がった。
後は任せたと言わんばかりに。

「高校1年の夏、緑間君の秀徳と試合をしました。その時のチームのエースが今の君みたいでした。」
「は?」
「チームプレイを無視して暴走したんです。緑間君と渡り合えるのは自分だけだって言って」

黒子もまた昔を懐かしむような顔になっている。
バスケの話が、今の俺とどうつながるのか。
何となく察しがつくような気がする。
だけど俺は敢えて考えずに黒子の話を聞いていた。

「みんなで仲良くがんばりゃ負けてもいいのか。彼はそう言いました。」
「だけどボクは言い返したんです。1人で勝っても意味なんかないって。」
「試合終了した時どれだけ相手より多く点を取っていても、嬉しくなければ勝利じゃない。」

嬉しくなければ、勝利じゃない。
その言葉は思いのほか深く、俺の心に突き刺さった。
確かに何とかまとめたけれど、これは勝利じゃない。
なぜなら俺は全然嬉しくないのだから。

「その例えで言うなら、君はいつか勝利を掴めると思うよ。」
「は?なぜです?」
「黒子が友人と認めた男なのだから。」

赤司さんの言葉で、またしても俺は混乱した。
ここ最近振り回されている「友人」という言葉。
それがまさかこの場面で、俺に対して出てくるとは。

「黒子、俺はお前の友人なのか?」
「ボクはそのつもりでしたけど。」
「俺も君のような友人なら大歓迎だな。」

決死の問いにシレッと返され、しかもデッカいオマケがついてきた。
俺の気持ちを知ってか知らずか、赤の帝王はくすりと笑う。
そして「いつかまた会おう」と手を振り、踵を返した。
黒子も「比企谷君、また後で」と告げ、赤司さんと並んで歩いていく。
小さくなっていく2人を見送りながら、俺は「なんだかな」とひとりごちた。

短い間に、テンションをかなり揺さぶられた気がする。
宿に戻ったら、きっと落ち込み悩むだろう。
こんなやり方しかできない俺に。
自分に嘘をついて誤魔化し続けている俺自身に。

だけどせめて今だけは、良い気分でいよう。
あのキセキの世代に友人と認められたんだから。
俺は心持ち胸を張りながら、ゆっくりと歩き始めた。

【続く】
16/51ページ