「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【黒子テツヤ、ラノベの神を召喚する。】
「黒子テツヤです。」
少々大袈裟に名を問われた黒子は、素直にそう答える。
だが比企谷の顔が引きつっているのを見て、少し後悔した。
文化祭も体育祭も終わった。
クラスは修学旅行の準備で忙しい。
だが黒子はそれどころではなかった。
バスケ部に復帰したため、再び忙しくなったのである。
肩書きは選手ではなく、コーチ。
バスケ部員たちからは一緒にプレイをしたいと望まれた。
だがそれはひとまず保留とした。
別に勿体ぶっているわけではない。
少なくても当面は、選手として参加できないと判断したからだ。
なぜなら今度こそバスケ部は全国制覇を目指す。
だがそのためには部を作り変えるほどの改革が必要なのだ。
練習のやり方からプレイへの意識まで、すべて一から叩き直さなくては勝てない。
だがそれをしてくれる指導者はおらず、黒子がやるしかない。
つまり黒子に、コーチと選手を兼任できるほどの自信も余裕もなかったのだ。
そんな忙しい最中、黒子は奉仕部の部室にやってきた。
奉仕部に、というか比企谷に個人的な依頼をするためだ。
黒子はドアをコンコンと叩いた後「失礼します」と声をかけて、ドアを開けた。
部室の中には予想通り、いつもの3人が決まった席に座っていた。
「黒子?バスケ部の練習じゃねーの?」
比企谷が読んでいた本から顔を上げて、そう言った。
黒子は「今日はもう終わりです」と答える。
この日は体育館が定期点検とやらで使えない。
だから簡単にランニングと筋トレだけして、終了となった。
「お願いがあるんですけど。」
「何、またバスケ部?」
「いえ、ボク個人のことです。」
比企谷がかすかに眉をしかめたのを見て、黒子は内心苦笑した。
どうやら奉仕部的には面倒な相手と認識されているようだ。
でもまぁ関係ない。
頼みたいことがあるのだし、とりあえず口にするのはタダだ。
「本を貸してもらえませんか?」
「は?本?」
「部活が忙しくて、なかなか図書室に行けないので。」
「本って言ったって」
「どんな本にするかは、比企谷君のセンスに任せますので。」
黒子はやや挑発的に、そう言ってやった。
そう、現在の黒子の悩みは本だった。
本好きであり、どんなときでも読書は欠かせない。
だが高校は実家を離れて一人暮らし。
だから本どころか生活必需品も最低限しか持って来ていない。
今までは何とか図書室で借りていたが、今はその時間も取れなかった。
そこで同じく本好きの比企谷の蔵書に頼ろうと思ったのだ。
「本を貸すのは了解だ。だけどジャンルくらいは」
比企谷が了承しかけたところで、またしても奉仕部のドアが開いた。
ノックもせず、勢いよくドアを開けたのは、まるで中年サラリーマンのような男。
なぜかコートを羽織り、妙に威圧的な態度でズンズンと部室に入って来た。
「また我の小説を読んでもらいたい!」
彼はよく通る大きな声で、そう宣言した。
随分高飛車だが、これも一応依頼らしい。
そしてようやく奉仕部ではない人物である黒子に築いた。
「お主、いったい何者だ?」
「黒子テツヤです。」
大仰な言葉遣いに首を傾げながらも、黒子は素直に名乗った。
だが比企谷の顔が引きつっているのを見て、少し後悔した。
どうやら関わらない方が無難な相手らしい。
黒子が困惑しているのを察したのか、比企谷が「あのな」と割って入って来た。
「こいつはC組の材木座。前にも自作小説の批評を頼みに来たんだ。」
「自作小説、ですか?」
「シャンルはいわゆるラノベだな。」
ラノベ、すなわちライトノベル。
それを聞いた黒子の中に、ある人物の顔がよぎった。
そして思いついたのだ。
そろそろ新しい本を読みたい黒子の欲も満たしてくれる作戦を。
「あの。その作品、ボクも読ませてもらっていいですか?」
「何?お主も読んでくれるのか?」
「ぜひ。あとラノベに詳しい人に読ませてあげたいんですけど。」
テンション高い材木座に、黒子は提案を持ちかけた。
素人作品とはいえ、新しい小説を読める。
そしてこの材木座という男にも、見返りを用意できる。
ラノベの批評にうってつけの人物を知っているからだ。
「わかった。よろしく頼む。」
材木座は部室どころか、この階全体に響き渡る勢いで高笑いした。
かくして黒子は材木座の新作のラノベをゲットしたのだった。
*****
「もしかして、黒子の兄ちゃん?」
比企谷の第一声は、それだった。
思わずムッとした黒子が否定する前に、隣の男は「ちげーよ!」と叫んでいた。
黒子が材木座と知り合って、数日後。
またしても黒子は奉仕部の部室に来ていた。
材木座から預かった作品を批評するためだ。
一応、ラノベのエキスパートにも来てもらっている。
「ここが件の奉仕部です。」
黒子ははるばる千葉まで来てもらった彼を、案内してきていた。
いつもの通り、控えめなノックの後に声をかけて、ドアを開ける。
相変わらず奉仕部の3人は定位置。
そして比企谷の隣には、材木座が座っていた。
「黛先輩。彼があの小説の作者の材木座君です。」
黒子は材木座を目で示しながら、そう言った。
そして材木座には「ラノベにすごく精通している先輩で」と紹介する。
だがその名前を教える前に比企谷に「もしかして、黒子の兄ちゃん?」と問われた。
「ちげーよ!」
「・・・赤司君の先輩で黛千尋さんです。」
黒子としても全力で違うと叫びたかったが、先を越された。
まぁ影が薄いのは共通点だし、過去には何度も似ていると言われたが。
仕方がないので、彼を最後まで紹介した。
黛千尋は、かつて赤司率いる洛山高校の選手だった。
もう卒業して、今はもうバスケはしていないが。
「黛先輩は本好きで、特にラノベにはかなり詳しいので来ていただきました。」
「読んでくれたのか!?」
先輩だと言っているのに、材木座はタメ口で聞き返している。
だが当の黛は気にした素振りもなく「ああ」と頷いた。
もちろん黒子も読んでいる。
「無駄話はやめて、さっさと本題に入ろうぜ。」
「黛先輩、もしかしてはるばる千葉くんだりまで来させたことに怒ってます?」
「久々に千葉をディスったな。」
愛想がない黛を諌めたつもりが、逆に比企谷に諭された。
比企谷は事あるごとに、黒子に「千葉をディスるな」と文句を言うのだ。
なかなか話が進まない。
黒子がそんなことを考えていると、雪ノ下が「では私から」と割って入った。
どうやら彼女もこのままでは埒が明かないと思ったようだ。
「相変わらずひどいわね。誤字脱字と文法の間違いだらけ。」
「だな。あまり進歩の跡が見られないが。」
まず前回も批評をした雪ノ下と比企谷が辛口評価だ。
実は黒子も事前に、前回の批評結果を聞いている。
てにをはも文法もなっていないダメ小説だったと。
そしてそれを頭に入れて、材木座の新作を読んだのだ。
「滅茶苦茶なルビも相変わらず。前回の批評は全然頭に入ってないようね。」
「・・・それ、そんなに重要か?」
なおも激辛評価が続く雪ノ下を、黛が遮った。
比企谷と完全に空気になっている由比ヶ浜が驚いている。
だが黒子は「ボクもそこまで悪くはないと思います」と告げた。
「確かに文章に問題はありますけど、無料で読めるお話なら許容範囲かと。」
「だよな。最後までまずまず読めたし。」
「それ、随分甘くないっすか?」
黒子と黛の評価に、比企谷が物申した。
だが黛は「まぁ金払って買った本なら激怒モノだけどな」と苦笑する。
そして「その上で言うけど」と持論を語り始めた。
ネット上には無料の素人小説がたくさんある。
その中では人気が高いものもあり、なんなら出版社から声がかかるものもある。
だが人気小説でも、意外と誤字脱字や文法間違いなどはそこそこあるのだ。
それでも人気があるのは、とにかく面白いから。
世界観と登場人物、そしてストーリー。
これらが面白くかみ合えば、文章が少々怪しくても読んでもらえる。
「もちろん今はまだまだ全然ダメ。だけど見込みがないわけじゃない。」
「キャラは面白いです。ストーリー展開は予想範囲内だけど、ツボは押さえてますね。」
黛と黒子は材木座の小説を褒めた。
比企谷からダメ小説と聞いていたから、ハードルがかなり低かった。
だから実際読んだら「そこまでひどくないんじゃない?」となったのだ。
「お主たちは救世主か?」
すっかり感激した材木座が、目を潤ませている。
黒子は澄ました顔で「この先輩はラノベの神なので」と言ってやった。
*****
「美味いな。」
黛はご満悦で、雪ノ下が淹れた紅茶を啜る。
黒子は「確かに」と頷きながら、つかの間のお茶会を楽しんだ。
黛に材木座の小説の批評をさせたのは、成功だったらしい。
材木座は感激しながら、帰って行った。
そして残された奉仕部の3名と黛、黒子は紅茶を飲んできた。
ディーパックで淹れた安価なものだが、意外と美味だ。
おそらく雪ノ下の淹れ方が上手いのだろう。
「にしても、迷惑だったんじゃないすか?」
なぜか妙に恐縮しているのは、比企谷だった。
それは黛に対してだ。
だが当の黛は「別にかまわねぇから」と答えた。
結局、黛と材木座はメッセージアプリのIDを交換していた。
つまり2人の間にホットラインがつながったのだ。
材木座は今後もラノベの神に批評してもらえることを喜んでいた。
黛は特に喜ぶこともなければ、嫌な顔もしない。
ただ淡々と了承していた。
とりあえず作戦通りかな。
黒子は内心、自分の思い通りに運んだことに満足していた。
比企谷や雪ノ下が酷評し、由比ヶ浜も首を傾げていた材木座の小説。
ここに黛を投入すれば、絶対に相反する意見が出る。
なぜなら黛は筋金入りのひねくれ者だからだ。
こうして材木座の小説がいろいろな角度から分析されれば、きっと向上する。
そこまで材木座に肩入れしたのは、単純に黒子の趣味だった。
バスケ中心に生きている黒子は、時に周りの人間と噛み合わない。
そういう意味では由比ヶ浜が羨ましい。
まるで泳ぐように、自然に周りに合わせて、溶け込んでいけるのだから。
だが黒子は自分を曲げられない。
比企谷もそうだし、材木座も同じにおいがする。
だから不思議なシンパシーを感じるし、何か力になりたいと思うのだ。
「黒子。お前、もう試合には出ないのか?」
材木座の話が途切れたところで、不意に黛がそう聞いてきた。
完全に不意打ちだ。
黒子は思わず「ええと」と口ごもる。
だが黛はお構いなしに、言葉を続けた。
「みんな寂しがってるぜ。公式戦でお前のプレイが見られないことを。」
「そう、なんですか?」
「ああ。ケガはまだ完治してないのか?」
「ほぼ治ってます。まだ通院はしてますが。」
「まぁそれを完治とは言わないか。」
黛がまた紅茶を啜る。
黒子はそんな黛の横顔を意外な思いで見ていた。
認めるのは嫌だが、影の薄いところは黒子によく似ている。
そして皮肉屋で、意外とナルシスト。
そんな黛が親身になって黒子の心配をするとは思わなかった。
「いつかバスケはしますよ。それがここのバスケ部かどうかはわかりませんが。」
黒子は黛に敬意を表して、そう言った。
今、選手に戻らないのをケガのせいにするのは簡単だ。
だけどそれはしたくなかった。
だから短い言葉で、今の気持ちを伝えた。
黒子のバスケはここではまだ終わらないと。
そのときスマホの着信音が響いた。
黒子は自分のポケットからスマホを取り出す。
画面にはメールの着信のメッセージが出ていた。
「ちょっと失礼します。」
黒子は一声かけると、スマホを操作する。
メッセージアプリではなく、わざわざメール。
それをするのは桃井だけだった。
バスケ関係のデータを送って来る時に、そうするのだ。
「やった!」
桃井から送られてきたデータを見た黒子は、拳を小さく握って喜んだ。
由比ヶ浜が「どうしたの?」と聞いてくる。
黒子は「来年、千葉の学校に帝光の卒業生が来ません!」と告げた。
桃井から送られてきたのは、母校である帝光中学の現3年生の進路一覧だった。
とにかく最強が集まる中学であり、ここの卒業生はとにかく活躍している。
もちろんその最たる例はキセキの世代なのだが。
「それ、そんなに重要なのか?」
比企谷にのほほんとそんなことを言われ、黒子は「当たり前です」と答えた。
勝つために、各チームの戦力分析は欠かせない。
そこで未知数なのが来年新加入の戦力だ。
ここで全てを覆すような戦力の加入は、あまり嬉しくない。
帝光、特に一軍メンバーは全力屈指であり、できれば同地区に来てほしくなどないのだ。
「よかったです。千葉で」
「やっぱりお前、千葉をディスってるよな。」
率直な気持ちを口にしただけなのに、比企谷にツッコミを入れられた。
決してそんなつもりはないのだが。
黒子は「千葉を好きではあるんですけど」と告げたが、比企谷は疑わしそうな顔をやめなかった。
【続く】
「黒子テツヤです。」
少々大袈裟に名を問われた黒子は、素直にそう答える。
だが比企谷の顔が引きつっているのを見て、少し後悔した。
文化祭も体育祭も終わった。
クラスは修学旅行の準備で忙しい。
だが黒子はそれどころではなかった。
バスケ部に復帰したため、再び忙しくなったのである。
肩書きは選手ではなく、コーチ。
バスケ部員たちからは一緒にプレイをしたいと望まれた。
だがそれはひとまず保留とした。
別に勿体ぶっているわけではない。
少なくても当面は、選手として参加できないと判断したからだ。
なぜなら今度こそバスケ部は全国制覇を目指す。
だがそのためには部を作り変えるほどの改革が必要なのだ。
練習のやり方からプレイへの意識まで、すべて一から叩き直さなくては勝てない。
だがそれをしてくれる指導者はおらず、黒子がやるしかない。
つまり黒子に、コーチと選手を兼任できるほどの自信も余裕もなかったのだ。
そんな忙しい最中、黒子は奉仕部の部室にやってきた。
奉仕部に、というか比企谷に個人的な依頼をするためだ。
黒子はドアをコンコンと叩いた後「失礼します」と声をかけて、ドアを開けた。
部室の中には予想通り、いつもの3人が決まった席に座っていた。
「黒子?バスケ部の練習じゃねーの?」
比企谷が読んでいた本から顔を上げて、そう言った。
黒子は「今日はもう終わりです」と答える。
この日は体育館が定期点検とやらで使えない。
だから簡単にランニングと筋トレだけして、終了となった。
「お願いがあるんですけど。」
「何、またバスケ部?」
「いえ、ボク個人のことです。」
比企谷がかすかに眉をしかめたのを見て、黒子は内心苦笑した。
どうやら奉仕部的には面倒な相手と認識されているようだ。
でもまぁ関係ない。
頼みたいことがあるのだし、とりあえず口にするのはタダだ。
「本を貸してもらえませんか?」
「は?本?」
「部活が忙しくて、なかなか図書室に行けないので。」
「本って言ったって」
「どんな本にするかは、比企谷君のセンスに任せますので。」
黒子はやや挑発的に、そう言ってやった。
そう、現在の黒子の悩みは本だった。
本好きであり、どんなときでも読書は欠かせない。
だが高校は実家を離れて一人暮らし。
だから本どころか生活必需品も最低限しか持って来ていない。
今までは何とか図書室で借りていたが、今はその時間も取れなかった。
そこで同じく本好きの比企谷の蔵書に頼ろうと思ったのだ。
「本を貸すのは了解だ。だけどジャンルくらいは」
比企谷が了承しかけたところで、またしても奉仕部のドアが開いた。
ノックもせず、勢いよくドアを開けたのは、まるで中年サラリーマンのような男。
なぜかコートを羽織り、妙に威圧的な態度でズンズンと部室に入って来た。
「また我の小説を読んでもらいたい!」
彼はよく通る大きな声で、そう宣言した。
随分高飛車だが、これも一応依頼らしい。
そしてようやく奉仕部ではない人物である黒子に築いた。
「お主、いったい何者だ?」
「黒子テツヤです。」
大仰な言葉遣いに首を傾げながらも、黒子は素直に名乗った。
だが比企谷の顔が引きつっているのを見て、少し後悔した。
どうやら関わらない方が無難な相手らしい。
黒子が困惑しているのを察したのか、比企谷が「あのな」と割って入って来た。
「こいつはC組の材木座。前にも自作小説の批評を頼みに来たんだ。」
「自作小説、ですか?」
「シャンルはいわゆるラノベだな。」
ラノベ、すなわちライトノベル。
それを聞いた黒子の中に、ある人物の顔がよぎった。
そして思いついたのだ。
そろそろ新しい本を読みたい黒子の欲も満たしてくれる作戦を。
「あの。その作品、ボクも読ませてもらっていいですか?」
「何?お主も読んでくれるのか?」
「ぜひ。あとラノベに詳しい人に読ませてあげたいんですけど。」
テンション高い材木座に、黒子は提案を持ちかけた。
素人作品とはいえ、新しい小説を読める。
そしてこの材木座という男にも、見返りを用意できる。
ラノベの批評にうってつけの人物を知っているからだ。
「わかった。よろしく頼む。」
材木座は部室どころか、この階全体に響き渡る勢いで高笑いした。
かくして黒子は材木座の新作のラノベをゲットしたのだった。
*****
「もしかして、黒子の兄ちゃん?」
比企谷の第一声は、それだった。
思わずムッとした黒子が否定する前に、隣の男は「ちげーよ!」と叫んでいた。
黒子が材木座と知り合って、数日後。
またしても黒子は奉仕部の部室に来ていた。
材木座から預かった作品を批評するためだ。
一応、ラノベのエキスパートにも来てもらっている。
「ここが件の奉仕部です。」
黒子ははるばる千葉まで来てもらった彼を、案内してきていた。
いつもの通り、控えめなノックの後に声をかけて、ドアを開ける。
相変わらず奉仕部の3人は定位置。
そして比企谷の隣には、材木座が座っていた。
「黛先輩。彼があの小説の作者の材木座君です。」
黒子は材木座を目で示しながら、そう言った。
そして材木座には「ラノベにすごく精通している先輩で」と紹介する。
だがその名前を教える前に比企谷に「もしかして、黒子の兄ちゃん?」と問われた。
「ちげーよ!」
「・・・赤司君の先輩で黛千尋さんです。」
黒子としても全力で違うと叫びたかったが、先を越された。
まぁ影が薄いのは共通点だし、過去には何度も似ていると言われたが。
仕方がないので、彼を最後まで紹介した。
黛千尋は、かつて赤司率いる洛山高校の選手だった。
もう卒業して、今はもうバスケはしていないが。
「黛先輩は本好きで、特にラノベにはかなり詳しいので来ていただきました。」
「読んでくれたのか!?」
先輩だと言っているのに、材木座はタメ口で聞き返している。
だが当の黛は気にした素振りもなく「ああ」と頷いた。
もちろん黒子も読んでいる。
「無駄話はやめて、さっさと本題に入ろうぜ。」
「黛先輩、もしかしてはるばる千葉くんだりまで来させたことに怒ってます?」
「久々に千葉をディスったな。」
愛想がない黛を諌めたつもりが、逆に比企谷に諭された。
比企谷は事あるごとに、黒子に「千葉をディスるな」と文句を言うのだ。
なかなか話が進まない。
黒子がそんなことを考えていると、雪ノ下が「では私から」と割って入った。
どうやら彼女もこのままでは埒が明かないと思ったようだ。
「相変わらずひどいわね。誤字脱字と文法の間違いだらけ。」
「だな。あまり進歩の跡が見られないが。」
まず前回も批評をした雪ノ下と比企谷が辛口評価だ。
実は黒子も事前に、前回の批評結果を聞いている。
てにをはも文法もなっていないダメ小説だったと。
そしてそれを頭に入れて、材木座の新作を読んだのだ。
「滅茶苦茶なルビも相変わらず。前回の批評は全然頭に入ってないようね。」
「・・・それ、そんなに重要か?」
なおも激辛評価が続く雪ノ下を、黛が遮った。
比企谷と完全に空気になっている由比ヶ浜が驚いている。
だが黒子は「ボクもそこまで悪くはないと思います」と告げた。
「確かに文章に問題はありますけど、無料で読めるお話なら許容範囲かと。」
「だよな。最後までまずまず読めたし。」
「それ、随分甘くないっすか?」
黒子と黛の評価に、比企谷が物申した。
だが黛は「まぁ金払って買った本なら激怒モノだけどな」と苦笑する。
そして「その上で言うけど」と持論を語り始めた。
ネット上には無料の素人小説がたくさんある。
その中では人気が高いものもあり、なんなら出版社から声がかかるものもある。
だが人気小説でも、意外と誤字脱字や文法間違いなどはそこそこあるのだ。
それでも人気があるのは、とにかく面白いから。
世界観と登場人物、そしてストーリー。
これらが面白くかみ合えば、文章が少々怪しくても読んでもらえる。
「もちろん今はまだまだ全然ダメ。だけど見込みがないわけじゃない。」
「キャラは面白いです。ストーリー展開は予想範囲内だけど、ツボは押さえてますね。」
黛と黒子は材木座の小説を褒めた。
比企谷からダメ小説と聞いていたから、ハードルがかなり低かった。
だから実際読んだら「そこまでひどくないんじゃない?」となったのだ。
「お主たちは救世主か?」
すっかり感激した材木座が、目を潤ませている。
黒子は澄ました顔で「この先輩はラノベの神なので」と言ってやった。
*****
「美味いな。」
黛はご満悦で、雪ノ下が淹れた紅茶を啜る。
黒子は「確かに」と頷きながら、つかの間のお茶会を楽しんだ。
黛に材木座の小説の批評をさせたのは、成功だったらしい。
材木座は感激しながら、帰って行った。
そして残された奉仕部の3名と黛、黒子は紅茶を飲んできた。
ディーパックで淹れた安価なものだが、意外と美味だ。
おそらく雪ノ下の淹れ方が上手いのだろう。
「にしても、迷惑だったんじゃないすか?」
なぜか妙に恐縮しているのは、比企谷だった。
それは黛に対してだ。
だが当の黛は「別にかまわねぇから」と答えた。
結局、黛と材木座はメッセージアプリのIDを交換していた。
つまり2人の間にホットラインがつながったのだ。
材木座は今後もラノベの神に批評してもらえることを喜んでいた。
黛は特に喜ぶこともなければ、嫌な顔もしない。
ただ淡々と了承していた。
とりあえず作戦通りかな。
黒子は内心、自分の思い通りに運んだことに満足していた。
比企谷や雪ノ下が酷評し、由比ヶ浜も首を傾げていた材木座の小説。
ここに黛を投入すれば、絶対に相反する意見が出る。
なぜなら黛は筋金入りのひねくれ者だからだ。
こうして材木座の小説がいろいろな角度から分析されれば、きっと向上する。
そこまで材木座に肩入れしたのは、単純に黒子の趣味だった。
バスケ中心に生きている黒子は、時に周りの人間と噛み合わない。
そういう意味では由比ヶ浜が羨ましい。
まるで泳ぐように、自然に周りに合わせて、溶け込んでいけるのだから。
だが黒子は自分を曲げられない。
比企谷もそうだし、材木座も同じにおいがする。
だから不思議なシンパシーを感じるし、何か力になりたいと思うのだ。
「黒子。お前、もう試合には出ないのか?」
材木座の話が途切れたところで、不意に黛がそう聞いてきた。
完全に不意打ちだ。
黒子は思わず「ええと」と口ごもる。
だが黛はお構いなしに、言葉を続けた。
「みんな寂しがってるぜ。公式戦でお前のプレイが見られないことを。」
「そう、なんですか?」
「ああ。ケガはまだ完治してないのか?」
「ほぼ治ってます。まだ通院はしてますが。」
「まぁそれを完治とは言わないか。」
黛がまた紅茶を啜る。
黒子はそんな黛の横顔を意外な思いで見ていた。
認めるのは嫌だが、影の薄いところは黒子によく似ている。
そして皮肉屋で、意外とナルシスト。
そんな黛が親身になって黒子の心配をするとは思わなかった。
「いつかバスケはしますよ。それがここのバスケ部かどうかはわかりませんが。」
黒子は黛に敬意を表して、そう言った。
今、選手に戻らないのをケガのせいにするのは簡単だ。
だけどそれはしたくなかった。
だから短い言葉で、今の気持ちを伝えた。
黒子のバスケはここではまだ終わらないと。
そのときスマホの着信音が響いた。
黒子は自分のポケットからスマホを取り出す。
画面にはメールの着信のメッセージが出ていた。
「ちょっと失礼します。」
黒子は一声かけると、スマホを操作する。
メッセージアプリではなく、わざわざメール。
それをするのは桃井だけだった。
バスケ関係のデータを送って来る時に、そうするのだ。
「やった!」
桃井から送られてきたデータを見た黒子は、拳を小さく握って喜んだ。
由比ヶ浜が「どうしたの?」と聞いてくる。
黒子は「来年、千葉の学校に帝光の卒業生が来ません!」と告げた。
桃井から送られてきたのは、母校である帝光中学の現3年生の進路一覧だった。
とにかく最強が集まる中学であり、ここの卒業生はとにかく活躍している。
もちろんその最たる例はキセキの世代なのだが。
「それ、そんなに重要なのか?」
比企谷にのほほんとそんなことを言われ、黒子は「当たり前です」と答えた。
勝つために、各チームの戦力分析は欠かせない。
そこで未知数なのが来年新加入の戦力だ。
ここで全てを覆すような戦力の加入は、あまり嬉しくない。
帝光、特に一軍メンバーは全力屈指であり、できれば同地区に来てほしくなどないのだ。
「よかったです。千葉で」
「やっぱりお前、千葉をディスってるよな。」
率直な気持ちを口にしただけなのに、比企谷にツッコミを入れられた。
決してそんなつもりはないのだが。
黒子は「千葉を好きではあるんですけど」と告げたが、比企谷は疑わしそうな顔をやめなかった。
【続く】