「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤの夢のような一日は、甘くて苦い。】

「Tip Off!」
桃井の合図とともに、ボールが宙を舞う。
そして大歓声の中、イベントが始まった。

文化祭のメインイベントは実にシンプルだった。
ストリートバスケ、略してストバスだ。
キセキの世代プラス黒子の6名が3対3の試合をする。
審判は桃井、舞台は校庭に設えられた特設の臨時コート。
黒子からすれば同窓会みたいな楽しい時間だ。
こんなことでイベントになるのかとさえ思う。

だが依頼主の比企谷はそれで充分だと言ってくれた。
実際観客もかなり集まっている。
ゴールの設置などを手伝ってくれた元誠凛の先輩たちには迷惑をかけたと思う。
だが彼らは観戦する気まんまんで、それなりに喜んでくれているようだ。
それならそれで、黒子としてもOK。
みんなが楽しんでいるなら、それだけでもう勝ちと言える。

「それにしても、すごい人だな。」
アップを終え、特設コートに入るなり、赤司がそう言った。
緑間が「そうだな」と頷き、紫原は「関係ないけど~」と緩くマイペース。
黄瀬は「俺の人気っすかね~?」とチャラく笑う。
だがすぐに青峰が「んなわけねーだろ」とツッコミを入れた。
彼らのノリは昔のまま、本当に変わらない。

何だか嘘みたいだ。
黒子は今さらのようにそんなことを思った。
なぜなら黒子のバスケ人生は、紆余曲折があり過ぎるからだ。
中学は名門チームの三軍からなかなか上がれず、絶望した日々が続いた。
そこから這い上がって一軍に上がり、全中三連覇。
高校は無名の新設校から、全国制覇。
だが次が期待された最中に事故に遭い、長く療養することになってしまった。

命があっただけでもありがたい。
それが今の黒子のまぎれもない本音だ。
だけどそれだけでは終わらなかった。
新天地での生活には、未だに慣れない。
それでもこうしてかつての仲間とコートに立つことができるのだから。

「っていうか、黒子の人気じゃないのか?」
赤司が意味あり気に黒子を見た。
そしてチラリと集まった観衆に視線を移す。
そう、黒子と縁のある顔がかなりいたのだ。
降旗ら現役の誠凛メンバーや、かつての戦相手たちである。

正邦高校の津川や丞成高校の鳴海。
新協学園高校のセネガル人留学生、パパの姿もある。
元霧崎第一の花宮など、良い関係とは言い難い者も。
だがその中に特に思い入れの深い人物を見つけた時には、思わず「あ」と声が出た。
幼なじみで黒子にバスケを教えてくれた荻原シゲヒロだ。

「ボクの人気、ですかね。」
テンションが上がった黒子は、いつになく調子に乗ったことを言ってみた。
すぐにツッコミが入るだろうと予想してのことだ。
だが誰も反論せず、笑っていた。
予想外のことに拍子抜けした黒子だったが、やがて一緒に笑い出す。
今この時だけは自分が主役、それで良い。

そろそろ試合開始時間だ。
黒子はコートの隅に立っている比企谷を見た。
彼がこのイベントの仕切り役だ。
比企谷が頷くのを見て、黒子は指でOKマークを作る。
すると比企谷が装着しているインカムで指示を出した。

「これよりスペシャルイベント!あのキセキの世代によるストリートバスケです!」
比企谷から指示を受けた実行委員の女子生徒の声が、スピーカーから響く。
そして1人ずつ名前が呼ばれ、手を上げて答えた。
大きな拍手と歓声の中、赤司が「それじゃ行こうか」と腕を広げる。
特に示し合わせたわけでもないのに、桃井を含めた7人は円陣を組んでいた。

「そういえば中学時代、円陣なんて組んだことはありませんでしたよね?」
黒子は輪になりながら、何気なく思いついたことを口にする。
赤司が「そうだったか?」と首を傾げる。
そう、中学時代は円陣なんか組まなかった。
勝つことが当たり前なのだから、わざわざ気合いを入れる必要もなかったからだ。

「別に問題ないだろう」
緑間がメガネをずり上げながら、あっさりとそう言った。
すると全員が「だね」「うん」と頷く。
確かに別にどうでも良いと、黒子も思い直した。
今は夢のような時間なのだから、楽しければ何でもありだ。

「Tip Off!」
そして審判、桃井の合図とともにボールが宙を舞う。
試合開始のジャンプボールだ。
こうして文化祭最大のイベントが始まった。
黒子もただひたすらボールを追い、この瞬間を夢中で楽しんだのだった。

*****

「お前って、常に全力で生きてるって感じだよな。」
比企谷が感心とも呆れともつかない口調で、そんなことを言う。
だが意味がわからない黒子は「そうですか?」と首を傾げた。

文化祭のメインイベントは無事に終了した。
キセキの世代と黒子のストリートバスケだ。
最初に桃井が用意したくじでチーム分けをして、ミニゲームを10分。
そして5分間休憩の間にくじを引き直して、新たなチーム分けでまた10分。
予定ではそれで3試合するはずだった。
だがバスケの試合では珍しい「アンコール」がかかり、結局5試合やった。

少々予定時間を過ぎてしまったが、比企谷曰く「問題なし」。
校庭を使う最後のイベントなので、時間が押しても関係ないのだそうだ。
その結果、黒子もキセキの世代の面々も大いに楽しんだ。
集まった観客も盛り上がってくれたのだから、とりあえず成功と言っていいのだろう。

「今日は本当にありがとうございました。」
キセキの世代の面々は来た時と同じ赤司家のリムジンでお帰りだ。
帰り支度を終えた彼らを、黒子は比企谷と共に見送りだ。
2人で声を揃えて、礼を言う。
そして黒子は1人1人と握手を交わし、比企谷は丁寧に頭を下げた。
最後に全員が乗り込み、リムジンが走り去るのを確認して、イベント終了となった。

「黒子、ありがとな。本当に助かった。」
「こちらも楽しかったですから」
「そう言ってもらえると、助かる。」
「お役に立てたのなら、よかったです。」

黒子と比企谷は並んで歩きながら、校舎へと戻っていく。
比企谷はまだ実行委員の仕事があるのだろう。
黒子はクラスの手伝いに行くことにした。
出し物の演劇は終わったけれど、片づけなどが残っている。
どのみち黒子など頭数に入っていないだろうが、どうせもうすることがない。
いろいろ融通してもらったのだし、少しくらいクラスの役に立っておくのも良い。
だが歩き出して程なくして、予期せぬ相手に声をかけられた。

「やぁ。黒子君。」
「・・・こんにちは。」
「見てたよ。すごい試合だった。」
「どうも。」

相手は一目でアスリートとわかる青年2人だった。
黒子としては、あまり会いたくない相手。
バスケの社会人チームの選手だ。
夏のバスケ部の試合のとき、黒子をチームに誘ってきた男たちだったのだ。

「ケガが完治していないなんて、嘘だよね。」
「すっかり騙されちゃったなぁ。」

男たちが笑うのを見ても、黒子はいつもの無表情だ。
だけど内心は盛大にため息をついていた。
黒子は彼らの勧誘をことわった。
しかも足のケガが完治していないと嘘を言って。
確かに通院し、治療を受けている。
だが担当医からは、無理をしなければバスケをしても良いと言われていた。

「すみません。」
黒子は頭を下げながら、ちらりと比企谷を見た。
バツの悪そうな表情で、わかりやすく困っている。
何となく立ち去るタイミングを逸してしまったのだろう。
黒子だって長く付き合うつもりはないし、さっさと終わらせるに限る。

「こんな弱小のバスケ部より、うちの方がいいと思うよ。」
「そうだよ。キセキの世代と一緒にあれだけやれるんだから」

男たちはもう1度スカウトするつもりらしい。
だが黒子は「無理です」と会話をぶった切った。
男たちも比企谷も驚いた顔で固まっている。
黒子はお構いなしに、口を挟んだ。

「うちの高校のバスケ部を『こんな』とか『弱小』とか無礼ですね。」
「え?」
「はっきり言って不愉快です。それがおことわりした本当の理由です。」
「そんな理由で?」
「高校生でも同じバスケ選手です。それを卑下する人がいるチームはごめんです。」
「すまない。それは言葉のあやで」
「前回も今回も同じようなことをおっしゃっていました。言葉のあやとは思えません。」

黒子は今度こそきっぱりと本当の理由を申し立てた。
そして比企谷に「行きましょう」と声をかける。
一部始終を見ていた比企谷が「あ、ああ」と我に返ったように頷いた。
黒子は彼らに一礼すると、比企谷と一緒に歩き出した。

「お前って、常に全力で生きてるって感じだよな。」
比企谷が感心とも呆れともつかない口調で、そんなことを言う。
だが意味がわからない黒子は「そうですか?」と首を傾げた。
そうでもない。黒子だって力を抜いているときもある。
だけど確かにバスケに関しては、常に全力かもしれない。

「変なところを見せてしまってすみません。」
黒子は実行委員の仕事に戻ろうとする比企谷の後ろ姿に声をかけた。
立ち止まり、振り返った比企谷は「別に。問題ねぇよ」と告げて、去っていく。
楽しかった夢もここまでだ。
気持ちよく終わりたかったのに、最後に妙なケチがついたのは不満ではある。
だけど概ね気分よく過ごせたし、まぁ良しだ。

*****

君だって、充分全力じゃないですか。
黒子は冷静にツッコミを入れた。
まさか最後の最後にこんな場面に遭遇するとは思わなかった。

黒子は特別棟の屋上にいた。
ここは黒子が見つけた、学校の中で1人になれるスポットの1つだ。
こういう場所をすでに黒子はいくつも見つけていた。
何しろ自分は1つ年上の転校生、やはり完全に学校やクラスには溶け込めない。
そんな風に割り切ってしまえばそれで良いが、たまに1人になりたい瞬間はある。
そんなとき、こういう場所は役に立つのだ。

文化祭のエンディング間近、今はまさにそういう瞬間だった。
キセキの世代とのストバスは楽しかったが、もうすることがない。
クラスに戻ったが、片づけ作業は終わっていた。
だがイベント特有の熱量でワイワイ騒いでいるところには、どうにも入りにくい。
それならば1人になれる場所で、ストバスの余韻に浸ることにしたのだ。

だけどそれも上手くいかなかった。
この場所に別の生徒がやって来たのだ。
まさかこんな祭りのクライマックスに、他の生徒が来るとは。
黒子は咄嗟に物陰に身を隠し、気配を殺した。

あれは、相模さん?
黒子は現れた生徒の横顔を盗み見ながら、そう思った。
よりによって一番この場に相応しくない人物だ。
何しろ彼女は文化祭の実行委員長。
今、一番忙しいはずなのに、こんなところで何をしているのか。

だがそこにさらに別の生徒が現れた。
ついさっきまで一緒にいた比企谷だ。
これではますます出にくい。
黒子は息を潜めながら、心ならずも彼らの話を聞く羽目になった。

「エンディングセレモニーが始まるから、戻れ」
比企谷が相模にそう言った。
相模は「もう始まってるんじゃない?」と応じる。
2人ともウンザリした口調だ。
同じクラスの実行委員なのに、仲は悪そうだ。

「どうにか時間を稼いでる。」
「雪ノ下さんがやればいいじゃん。」
「お前の持ってる集計結果の発表とかいろいろあんだよ。」
「じゃあ集計結果だけ、持って行けばいいでしょ!」

2人のやり取りを聞いて、黒子は「なるほど」と頷いた。
ストバスのイベントをやったおかげで、実行委員会の雰囲気も多少はわかる。
実際に仕切っているのは雪ノ下で、その手足となっているのが比企谷。
つまりこの文化祭はこの2人の裁量で動いているのだ。
どうしてそんな風になったのかは知らない。
だが名ばかりになった実行委員長の相模は面白くないのだろう。

まったくご苦労様です。
黒子は心の中だけで、比企谷を労う。
程なくして葉山や相模の友人らしい女子生徒もやって来た。
みんなで「戻ろう」と説得するが。相模は頑として折れない。
さてどうなるものやら。
こうなると、もう黒子も興味津々だ。
時間もそんなにないだろう今、比企谷はどう収拾するのか。
すると比企谷は思いもよらない奇策に出た。

「相模、お前は結局ちやほやされたいだけなんだ。」
比企谷は冷やかにそう言い放った。
そして雪ノ下を引き合いに出して、相模をディスりまくる。
葉山や他の女子生徒たちまで怒り出す修羅場となった。

「比企谷、少し黙れよ。」
やがて激高した葉山が、比企谷の襟首を掴んだ。
すると当の相模が「もういいから」と止めに入る。
何、この茶番。
比企谷がわざと憎まれ役を演じ、他の人間がまんまと乗せられている。

やがて相模と葉山、取り巻きの女子生徒たちが出て行った。
相模は怒らされたことで、自分の職務を果たす気になったらしい。
後にはズルズルとその場に座り込比企谷だけが残った。

黒子はそのまま気配を殺し、その場に隠れ続けた。
影に薄さには自信も定評もある。
こうしていれば絶対に見つからない。
もちろんここで出て行って、比企谷に声をかけることもできる。
だけどおそらく彼はそれを望まないだろう。

「お前って、常に全力で生きてるって感じだよな。」
黒子は先程、比企谷に言われた言葉を思い出した。
何をどうしてそんな風に思ったのかはわからない。
だが黒子は心の中で冷静にツッコミを入れた。

君だって、充分全力じゃないですか。
そう、短時間でこの場を収集したのは結局比企谷だ。
傷ついても嫌われても、仕事を全うする。
それを全力と言わず、何とする。

やがて何度かため息をついた比企谷も出て行った。
ようやく1人になれた屋上で、黒子も盛大にため息をつく。
さきほどの場面をバスケの試合に例えるなら、比企谷こそ勝者だ。
葉山も取り巻きの女子たちも、結局騒ぐだけで何もしていない。
だがおそらく比企谷は悪評を広められ、嫌われることになるのだと思う。

夢のような一日は、最後の最後に苦かった。
黒子は屋上からぼんやりと眼下の景色を見下ろす。
エンディングセレモニーの後は、確か後夜祭。
だけどそんなものに参加するより、ここでたそがれていた方が楽しそうだ。

【続く】
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