「黒子のバスケ」×「俺ガイル」
【比企谷八幡、再びキセキの光を見る。】
「君は比企谷君の頼みしか聞かないの?」
雪ノ下陽乃は完全に黒子にロックオンしたらしい。
だが当の黒子はまったく変わらないいつもの無表情だった。
黒子は悩める俺たちを救ってくれた。
目玉企画を失い困っていたところで、依頼を受けてくれたのだ。
キセキの世代を文化祭に呼ぶ。
普通に考えれば、かなりハードル高いと思う。
だけど黒子は実にあっさりと新たな目玉企画を立ち上げてしまったのだ。
コイツ、実はすごいヤツなんだよな。
俺は今さらのようにそんなことを思った。
今までだって、そう思うことは何度かあったのだ。
だけどついつい忘れちゃうのは、影が薄いせいだろう。
断じて俺が悪いわけじゃないからな。多分。
だが早くもちょっとした問題が起こった。
黒子が企画書を出す前に、企画がすでに校内に広まっていたのだ。
おそらく俺が黒子に依頼をしたとき、居合わせた実行委員が元凶だろう。
そいつらがクラスに戻って、特ダネよろしく放送しまくった。
それは別に大きなトラブルではなかった。
何せ遠からず告知はするわけだからな。
だけど多くの生徒は色めき立った。
なんなら前の企画がつぶれてよかったんなんて言い出すヤツもいる始末。
とにかく実行委員会には問い合わせが殺到した。
キセキの世代が来るって本当かってな。
つまりそれに対応する手間、つまり雑用が増えたのだ。
極めつけは相模だ。
企画書を提出しに来た黒子に、黄瀬涼太の撮影とサイン会ができないかと言い出した。
黄瀬涼太はバスケの傍ら、モデルとしても活躍している。
実現出来たら、女子が大喜びするのは間違いない。
だけど相模の狙いは多分そこじゃない。
黒子は俺からの依頼だから引き受けたと言ってくれた。
奉仕部、つまり俺や雪ノ下が目立つのが気に入らないのだ。
だから自分発信の企画も入れて、存在感を出したいんだと思う。
だがこの相模のたくらみは、黒子が一蹴してしまった。
黄瀬はバスケは部活としてやっているが、モデルはプロだ。
こちらを依頼するならギャラが発生するし、事務所の許可が必要だろうと。
理路整然、実にもっともな理由に、相模は引き下がるしかなかった。
それを横目に見ていた俺が実は痛快な気分だったというのは、内緒だけどな。
だけど話はそこで終わらなかった。
たまたまそこに面倒な人物が居合わせていたからだ。
雪ノ下陽乃。
雪ノ下雪乃の姉で、ここの卒業生だ。
彼女はなぜか俺に妙にからんでくる。
会えば必ず意味あり気な事を言って、俺を動揺させるのだ。
そんな雪ノ下陽乃が、黒子にロックオンした。
多分黒子の口から、俺の名前が出たからだ。
今回の企画は俺からの依頼だから引き受けた。
黒子がそう言ったことが、雪ノ下陽乃の何かを刺激したらしい。
「ねぇ。どうなの?」
「はい。比企谷君にはお世話になったので、今回はお礼のつもりで。」
「お礼、ねぇ。そういうのは文化祭の場じゃなくて、個人的にやるものじゃない?」
「はぁ。そうですか?」
黒子は何を言われても、いつもの無表情だった。
挑発的な口調にも、一切動じない。
何となく対峙する形になり、実行委員会の部屋は緊張に包まれた。
俺も雪ノ下(妹の方)も口を挟めず、ただただ2人のやり取りを見守っている。
「意外だな。比企谷君は友達いないタイプだと思ってた。」
「ボクも友達いないタイプですよ。」
「でも君、比企谷君とは友達なんでしょ?」
「関係性について深く考えたことはありませんでした。友達なんですか?」
「そう見えるけど?」
「よくわかりませんが比企谷君のことは、信頼できると思ってます。」
「信頼~?」
「はい。人として好きです。だからボクにできることは協力しています。」
終始茶化し、挑発し続ける雪ノ下陽乃だが、黒子は相変わらずの無表情だ。
むしろ変なところで褒められた俺が赤面してしまっていた。
やめてくれよ。何の辱めだ。
何しろこっちは家族以外に「好き」なんて、言われたことないんだからな。
「好きだなんて、随分簡単に言っちゃうんだね。」
「簡単ですよ。思っていることを言ってるだけですから。」
雪ノ下陽乃と黒子の攻防はさらに続く。
俺はグッタリと肩を落とすと、パソコン作業に集中した。
どちらが勝つか負けるか興味はある。
だけど自分が巻き込まれるのだけは、断固として拒否だ。
*****
「こんなに気分よく読める企画書、初めてだわ。」
雪ノ下が黒子の企画書に目を通しながら、そう評する。
俺も大きく頷きながら「確かにその通り」と賛同した。
黒子が出してくれた企画書はまぁ良く出来ていた。
まず第一に誤字脱字や文法の間違いがない。
そんなの当たり前だって?
いやいやこれ結構大変なんだ。
一番多いのは誤変換、まぁスマホやパソコンで作るからな。
あとは主語と述語がおかしかったり、助詞いわゆる「てにをは」が変だったり。
だが黒子の企画書はそういうのがまったくない。
何しろあの雪ノ下雪乃が絶賛するほどだ。
黒子もよく休み時間に本とか読んでるけど、伊達じゃないな。
肝心の内容は実にシンプル、わかりやすかった。
キセキの世代の5人を呼んで、ストリートバスケのミニ試合を開催する。
審判役として、以前うちのバスケ部にデータを持ってきてくれた桃色美少女も呼ぶらしい。
場所は校庭、バスケットゴールは移動式のものを当日に設置する。
これは前の学校の先輩に頼んで、手配済みだそうだ。
一番心配だったのは、費用だった。
一応招待する形だし、謝礼は用意していた。
だけど黒子曰く、そういうのはいらないそうだ。
交通費も心配ない。
なぜならキセキの世代の1人、赤司征十郎は大財閥の令息。
彼の実家で車を出し、全員が乗って来ることになったらしい。
つまりイベントに関わる作業は全て自分たちでやる。
その代わり、実行委員会には警備を頼みたい。
なにしろキセキの世代は、全国区の有名選手たちなのだ。
見に来る客もそれなりの多いだろうから、混乱しないようにする必要がある。
黒子の企画書にはそんなことが書かれていた。
「こういう風に役割分担をはっきりさせてくれるのもありがたいわ。」
「だよな。俺もそう思う。」
実行委員会の部屋に雪ノ下と俺の声が響く。
もう夜遅く、他の実行委員はもう帰ってしまっていた。
だけど雪ノ下は区切りの良いところまでやると残っている。
俺は補佐役と称して、手伝いをしていた。
「で、警備はどうするの?実行委員だけじゃ足りないかも。」
「バスケ部を使おうと思う。ヤツらも否とはいえないはずだ。」
「まぁ確かに。彼らは夏の大会で黒子君にかなりお世話になったはずだものね。」
「だろ。それに同じバスケ選手、最高峰のプレイを見るのも勉強になるだろ。」
「ひねくれているようで、微妙に優しさを感じなくもないわ。」
「褒められている気がしなくもないけど、嬉しくはないな。」
憎まれ口を叩き合いながら、言葉の応酬を楽しむ。
俺と雪ノ下ならではのコミュニケーションだ。
いつからだろうな。
これが楽しいと思い始めたのは。
まぁ間違ってもそれを口に出すつもりはないが。
「それにしても黒子って、陽乃さん相手でも全然普段通りだよな。」
「ええ。そうだったわね。」
俺はふと雪ノ下陽乃と黒子のやり取りを思い出した。
実行委員会の部屋で、あの人は黒子にロックオンした。
そして相手の心を逆なでするワードを絶妙なチョイスで繰り出す。
いつものあの人のやり口だ。
俺はそのたびに振り回され、動揺してしまっていた。
だけど黒子はいつもの無表情と平坦な口調を崩すことがなかった。
「黒子君はきっと比企谷君と仲が良いと思われたから。」
「俺が悪いのかよ。」
「そう思うわ。」
身も蓋もねぇな。まぁ俺もそれは感じていたけど。
雪ノ下陽乃はなぜか俺を見ると、大好きな玩具を見つけたとばかりに寄って来る。
黒子はおそらくその俺に近いと思われ、からまれたんだろう。
ある意味、俺が悪いってのは正しいのだが。
「でもあの1回だけだった。それ以降はあの人、黒子をまるで無視してた。」
「そうね。」
そう、雪ノ下陽乃が黒子にからんだのは、あの時だけだったのだ。
その後、時折実行委員会の部屋に現れ、黒子が近くにいたこともあった。
だけどあの人は黒子がいないかのように振る舞っていた。
「比企谷君とは違うってわかったからよ。」
「は?」
「黒子君は好きなものは好きって言うし、思った通りのことを言う。」
「悪かったな。ひねくれてて。」
「悪くないわ。あの人もそうだから。だから黒子君が対極の人だとわかって距離を置いたのよ。」
なるほど。そういうことか。
雪ノ下の説明はストンと俺の胸に落ちた。
あの雪ノ下陽乃と黒子の対話を勝負と呼ぶなら、俺には黒子の圧勝に見えた。
その感覚は間違っていなかったんだ。
雪ノ下陽乃は黒子が自分の得意分野では勝てない相手と踏んだ。
だからその存在を無視することに決めたってことか。
「黒子。恐るべしだな。」
俺は盛大なため息とともに、本音を吐露した。
好きなことを好きだと言う。
それは単純だけどむずかしく、俺にはおそらく一生かかっても無理な事なんだろう。
*****
「きゃあああああ!」
車のドアが開き、色とりどりの男たちが降りてきた。
その途端、黄色い歓声が沸き起こり、辺り一帯が騒然となる。
だが唖然とする俺の隣で、影が薄い男は相変わらずの無表情だった。
いろいろあって、ようやく迎えた文化祭最終日。
文化祭の目玉企画、キセキの世代が登場する。
朝一番でやって来たのは、バスケ部の練習を見てくれた黒子の先輩たちだ。
相田リコさんのお父さんがバスケットゴールを運んできてくれた。
そしてリコさんや日向さんたちがゴールを設置してくれた。
それを見届けた俺と黒子は、校門前で待っていた。
キセキの世代がやって来る時間だからだ。
すでに入り待ちの女子の姿もある。
俺は思わず「まるで芸能人だな」と苦笑いした。
すると黒子は「申し訳ありません」と頭を下げた。
「は?お前が悪いわけじゃないだろ。」
「そうなんですけど。きっとここからムカつく展開になると思うので。」
無表情でそんなことを言われると、何だが落ち着かない。
まるで不吉な予言をされたような気になるだろ。
やめてくれよ。マジで。
そんなことを思った途端、校門の前に1台の車が止まる。
俺はそれを見て思わず「ハァァ~!?」と声を上げた。
ことわっておくけど、基本「ぼっち」は大声を出すのに慣れていない。
その俺が叫んだんだ。
それくらいとんでもないことが起こったってことだからな。
まず止まった車が問題だった。
黒塗りの高級車、しかもデカい。
普通の乗用車じゃなくて、リムジンってやつだ。
何だ、これ。マジでありえない。てか確かにムカつく。
現実逃避してやろうかと思い始めたところで、運転席のドアが開く。
そして正装した運転手が後部座席に回り、外からドアを開けた。
「やぁ黒子。お招きありがとう。比企谷君も久しぶりだね。」
爽やかな笑顔と共に、礼儀正しく降りてきたのは赤司征十郎だった。
次に「黒子っち~♪会いたかったっす!」と黄瀬涼太。
続いて降りるなりメガネをずり上げ「まさかこんなところに来ようとは」と緑間真太郎。
さらに「黒ちん、千葉ってどんなお菓子が美味しいの~?」と紫原敦。
そして「ダリィ。眠ぃ」と文句全開モードの青峰大輝。
キセキの世代の5人がゾロゾロと勢ぞろいしたのだった。
入り待ちをしている女子たちからは「きゃあああああ!」と黄色い歓声が上がった。
「テツく~ん♪」
最後に見覚えのある桃色美少女が降り立ち、黒子に抱きついた。
何か見覚えあるぞ、このシーン。
この後どうなるのか、見当もつく。
そして予想通り、黒子と桃色美少女が2人して地面に倒れ込む。
それを見た俺が心の中で「とりあえず死ねばいい」と悪態をつくのは許してほしい。
ぶっちゃけ、こっちの方がムカつくぞ。黒子。
「相変わらず無駄に派手ですね。」
これだけ目立つ5人、いや桃色美少女も含めて6人を前にしても、黒子は冷静だ。
だけどその横顔を盗み見ると、わずかに唇の端が上がっているように見える。
いつもの無表情に比べれば、微妙だけれど笑顔。
こいつでもやっぱりかつての仲間に会えるのは嬉しいんだな。
「とりあえず控室に。そこで着替えてからアップしましょう。」
黒子がそう告げて、先に立って歩き出す。
すると色とりどりのキセキ御一行様は、それに従って歩き出した。
影の薄い男が、やたら目立つ男をゾロゾロと引き連れて歩く姿はなかなかの見物だ。
俺だったらこんな面子と一緒に歩くだけで、結構ビビる。
それを何でもない顔で普通にやってのけるのが黒子だ。
雪ノ下陽乃が恐れるのは、きっと黒子のそういう部分なのだろう。
こうしてついに文化祭の集大成、目玉企画が始まった。
キセキの世代、そして幻の6人目(シックスマン)が、集まった人々を魅了する。
そして俺は改めて黒子の本当の姿を目撃することになる。
【続く】
「君は比企谷君の頼みしか聞かないの?」
雪ノ下陽乃は完全に黒子にロックオンしたらしい。
だが当の黒子はまったく変わらないいつもの無表情だった。
黒子は悩める俺たちを救ってくれた。
目玉企画を失い困っていたところで、依頼を受けてくれたのだ。
キセキの世代を文化祭に呼ぶ。
普通に考えれば、かなりハードル高いと思う。
だけど黒子は実にあっさりと新たな目玉企画を立ち上げてしまったのだ。
コイツ、実はすごいヤツなんだよな。
俺は今さらのようにそんなことを思った。
今までだって、そう思うことは何度かあったのだ。
だけどついつい忘れちゃうのは、影が薄いせいだろう。
断じて俺が悪いわけじゃないからな。多分。
だが早くもちょっとした問題が起こった。
黒子が企画書を出す前に、企画がすでに校内に広まっていたのだ。
おそらく俺が黒子に依頼をしたとき、居合わせた実行委員が元凶だろう。
そいつらがクラスに戻って、特ダネよろしく放送しまくった。
それは別に大きなトラブルではなかった。
何せ遠からず告知はするわけだからな。
だけど多くの生徒は色めき立った。
なんなら前の企画がつぶれてよかったんなんて言い出すヤツもいる始末。
とにかく実行委員会には問い合わせが殺到した。
キセキの世代が来るって本当かってな。
つまりそれに対応する手間、つまり雑用が増えたのだ。
極めつけは相模だ。
企画書を提出しに来た黒子に、黄瀬涼太の撮影とサイン会ができないかと言い出した。
黄瀬涼太はバスケの傍ら、モデルとしても活躍している。
実現出来たら、女子が大喜びするのは間違いない。
だけど相模の狙いは多分そこじゃない。
黒子は俺からの依頼だから引き受けたと言ってくれた。
奉仕部、つまり俺や雪ノ下が目立つのが気に入らないのだ。
だから自分発信の企画も入れて、存在感を出したいんだと思う。
だがこの相模のたくらみは、黒子が一蹴してしまった。
黄瀬はバスケは部活としてやっているが、モデルはプロだ。
こちらを依頼するならギャラが発生するし、事務所の許可が必要だろうと。
理路整然、実にもっともな理由に、相模は引き下がるしかなかった。
それを横目に見ていた俺が実は痛快な気分だったというのは、内緒だけどな。
だけど話はそこで終わらなかった。
たまたまそこに面倒な人物が居合わせていたからだ。
雪ノ下陽乃。
雪ノ下雪乃の姉で、ここの卒業生だ。
彼女はなぜか俺に妙にからんでくる。
会えば必ず意味あり気な事を言って、俺を動揺させるのだ。
そんな雪ノ下陽乃が、黒子にロックオンした。
多分黒子の口から、俺の名前が出たからだ。
今回の企画は俺からの依頼だから引き受けた。
黒子がそう言ったことが、雪ノ下陽乃の何かを刺激したらしい。
「ねぇ。どうなの?」
「はい。比企谷君にはお世話になったので、今回はお礼のつもりで。」
「お礼、ねぇ。そういうのは文化祭の場じゃなくて、個人的にやるものじゃない?」
「はぁ。そうですか?」
黒子は何を言われても、いつもの無表情だった。
挑発的な口調にも、一切動じない。
何となく対峙する形になり、実行委員会の部屋は緊張に包まれた。
俺も雪ノ下(妹の方)も口を挟めず、ただただ2人のやり取りを見守っている。
「意外だな。比企谷君は友達いないタイプだと思ってた。」
「ボクも友達いないタイプですよ。」
「でも君、比企谷君とは友達なんでしょ?」
「関係性について深く考えたことはありませんでした。友達なんですか?」
「そう見えるけど?」
「よくわかりませんが比企谷君のことは、信頼できると思ってます。」
「信頼~?」
「はい。人として好きです。だからボクにできることは協力しています。」
終始茶化し、挑発し続ける雪ノ下陽乃だが、黒子は相変わらずの無表情だ。
むしろ変なところで褒められた俺が赤面してしまっていた。
やめてくれよ。何の辱めだ。
何しろこっちは家族以外に「好き」なんて、言われたことないんだからな。
「好きだなんて、随分簡単に言っちゃうんだね。」
「簡単ですよ。思っていることを言ってるだけですから。」
雪ノ下陽乃と黒子の攻防はさらに続く。
俺はグッタリと肩を落とすと、パソコン作業に集中した。
どちらが勝つか負けるか興味はある。
だけど自分が巻き込まれるのだけは、断固として拒否だ。
*****
「こんなに気分よく読める企画書、初めてだわ。」
雪ノ下が黒子の企画書に目を通しながら、そう評する。
俺も大きく頷きながら「確かにその通り」と賛同した。
黒子が出してくれた企画書はまぁ良く出来ていた。
まず第一に誤字脱字や文法の間違いがない。
そんなの当たり前だって?
いやいやこれ結構大変なんだ。
一番多いのは誤変換、まぁスマホやパソコンで作るからな。
あとは主語と述語がおかしかったり、助詞いわゆる「てにをは」が変だったり。
だが黒子の企画書はそういうのがまったくない。
何しろあの雪ノ下雪乃が絶賛するほどだ。
黒子もよく休み時間に本とか読んでるけど、伊達じゃないな。
肝心の内容は実にシンプル、わかりやすかった。
キセキの世代の5人を呼んで、ストリートバスケのミニ試合を開催する。
審判役として、以前うちのバスケ部にデータを持ってきてくれた桃色美少女も呼ぶらしい。
場所は校庭、バスケットゴールは移動式のものを当日に設置する。
これは前の学校の先輩に頼んで、手配済みだそうだ。
一番心配だったのは、費用だった。
一応招待する形だし、謝礼は用意していた。
だけど黒子曰く、そういうのはいらないそうだ。
交通費も心配ない。
なぜならキセキの世代の1人、赤司征十郎は大財閥の令息。
彼の実家で車を出し、全員が乗って来ることになったらしい。
つまりイベントに関わる作業は全て自分たちでやる。
その代わり、実行委員会には警備を頼みたい。
なにしろキセキの世代は、全国区の有名選手たちなのだ。
見に来る客もそれなりの多いだろうから、混乱しないようにする必要がある。
黒子の企画書にはそんなことが書かれていた。
「こういう風に役割分担をはっきりさせてくれるのもありがたいわ。」
「だよな。俺もそう思う。」
実行委員会の部屋に雪ノ下と俺の声が響く。
もう夜遅く、他の実行委員はもう帰ってしまっていた。
だけど雪ノ下は区切りの良いところまでやると残っている。
俺は補佐役と称して、手伝いをしていた。
「で、警備はどうするの?実行委員だけじゃ足りないかも。」
「バスケ部を使おうと思う。ヤツらも否とはいえないはずだ。」
「まぁ確かに。彼らは夏の大会で黒子君にかなりお世話になったはずだものね。」
「だろ。それに同じバスケ選手、最高峰のプレイを見るのも勉強になるだろ。」
「ひねくれているようで、微妙に優しさを感じなくもないわ。」
「褒められている気がしなくもないけど、嬉しくはないな。」
憎まれ口を叩き合いながら、言葉の応酬を楽しむ。
俺と雪ノ下ならではのコミュニケーションだ。
いつからだろうな。
これが楽しいと思い始めたのは。
まぁ間違ってもそれを口に出すつもりはないが。
「それにしても黒子って、陽乃さん相手でも全然普段通りだよな。」
「ええ。そうだったわね。」
俺はふと雪ノ下陽乃と黒子のやり取りを思い出した。
実行委員会の部屋で、あの人は黒子にロックオンした。
そして相手の心を逆なでするワードを絶妙なチョイスで繰り出す。
いつものあの人のやり口だ。
俺はそのたびに振り回され、動揺してしまっていた。
だけど黒子はいつもの無表情と平坦な口調を崩すことがなかった。
「黒子君はきっと比企谷君と仲が良いと思われたから。」
「俺が悪いのかよ。」
「そう思うわ。」
身も蓋もねぇな。まぁ俺もそれは感じていたけど。
雪ノ下陽乃はなぜか俺を見ると、大好きな玩具を見つけたとばかりに寄って来る。
黒子はおそらくその俺に近いと思われ、からまれたんだろう。
ある意味、俺が悪いってのは正しいのだが。
「でもあの1回だけだった。それ以降はあの人、黒子をまるで無視してた。」
「そうね。」
そう、雪ノ下陽乃が黒子にからんだのは、あの時だけだったのだ。
その後、時折実行委員会の部屋に現れ、黒子が近くにいたこともあった。
だけどあの人は黒子がいないかのように振る舞っていた。
「比企谷君とは違うってわかったからよ。」
「は?」
「黒子君は好きなものは好きって言うし、思った通りのことを言う。」
「悪かったな。ひねくれてて。」
「悪くないわ。あの人もそうだから。だから黒子君が対極の人だとわかって距離を置いたのよ。」
なるほど。そういうことか。
雪ノ下の説明はストンと俺の胸に落ちた。
あの雪ノ下陽乃と黒子の対話を勝負と呼ぶなら、俺には黒子の圧勝に見えた。
その感覚は間違っていなかったんだ。
雪ノ下陽乃は黒子が自分の得意分野では勝てない相手と踏んだ。
だからその存在を無視することに決めたってことか。
「黒子。恐るべしだな。」
俺は盛大なため息とともに、本音を吐露した。
好きなことを好きだと言う。
それは単純だけどむずかしく、俺にはおそらく一生かかっても無理な事なんだろう。
*****
「きゃあああああ!」
車のドアが開き、色とりどりの男たちが降りてきた。
その途端、黄色い歓声が沸き起こり、辺り一帯が騒然となる。
だが唖然とする俺の隣で、影が薄い男は相変わらずの無表情だった。
いろいろあって、ようやく迎えた文化祭最終日。
文化祭の目玉企画、キセキの世代が登場する。
朝一番でやって来たのは、バスケ部の練習を見てくれた黒子の先輩たちだ。
相田リコさんのお父さんがバスケットゴールを運んできてくれた。
そしてリコさんや日向さんたちがゴールを設置してくれた。
それを見届けた俺と黒子は、校門前で待っていた。
キセキの世代がやって来る時間だからだ。
すでに入り待ちの女子の姿もある。
俺は思わず「まるで芸能人だな」と苦笑いした。
すると黒子は「申し訳ありません」と頭を下げた。
「は?お前が悪いわけじゃないだろ。」
「そうなんですけど。きっとここからムカつく展開になると思うので。」
無表情でそんなことを言われると、何だが落ち着かない。
まるで不吉な予言をされたような気になるだろ。
やめてくれよ。マジで。
そんなことを思った途端、校門の前に1台の車が止まる。
俺はそれを見て思わず「ハァァ~!?」と声を上げた。
ことわっておくけど、基本「ぼっち」は大声を出すのに慣れていない。
その俺が叫んだんだ。
それくらいとんでもないことが起こったってことだからな。
まず止まった車が問題だった。
黒塗りの高級車、しかもデカい。
普通の乗用車じゃなくて、リムジンってやつだ。
何だ、これ。マジでありえない。てか確かにムカつく。
現実逃避してやろうかと思い始めたところで、運転席のドアが開く。
そして正装した運転手が後部座席に回り、外からドアを開けた。
「やぁ黒子。お招きありがとう。比企谷君も久しぶりだね。」
爽やかな笑顔と共に、礼儀正しく降りてきたのは赤司征十郎だった。
次に「黒子っち~♪会いたかったっす!」と黄瀬涼太。
続いて降りるなりメガネをずり上げ「まさかこんなところに来ようとは」と緑間真太郎。
さらに「黒ちん、千葉ってどんなお菓子が美味しいの~?」と紫原敦。
そして「ダリィ。眠ぃ」と文句全開モードの青峰大輝。
キセキの世代の5人がゾロゾロと勢ぞろいしたのだった。
入り待ちをしている女子たちからは「きゃあああああ!」と黄色い歓声が上がった。
「テツく~ん♪」
最後に見覚えのある桃色美少女が降り立ち、黒子に抱きついた。
何か見覚えあるぞ、このシーン。
この後どうなるのか、見当もつく。
そして予想通り、黒子と桃色美少女が2人して地面に倒れ込む。
それを見た俺が心の中で「とりあえず死ねばいい」と悪態をつくのは許してほしい。
ぶっちゃけ、こっちの方がムカつくぞ。黒子。
「相変わらず無駄に派手ですね。」
これだけ目立つ5人、いや桃色美少女も含めて6人を前にしても、黒子は冷静だ。
だけどその横顔を盗み見ると、わずかに唇の端が上がっているように見える。
いつもの無表情に比べれば、微妙だけれど笑顔。
こいつでもやっぱりかつての仲間に会えるのは嬉しいんだな。
「とりあえず控室に。そこで着替えてからアップしましょう。」
黒子がそう告げて、先に立って歩き出す。
すると色とりどりのキセキ御一行様は、それに従って歩き出した。
影の薄い男が、やたら目立つ男をゾロゾロと引き連れて歩く姿はなかなかの見物だ。
俺だったらこんな面子と一緒に歩くだけで、結構ビビる。
それを何でもない顔で普通にやってのけるのが黒子だ。
雪ノ下陽乃が恐れるのは、きっと黒子のそういう部分なのだろう。
こうしてついに文化祭の集大成、目玉企画が始まった。
キセキの世代、そして幻の6人目(シックスマン)が、集まった人々を魅了する。
そして俺は改めて黒子の本当の姿を目撃することになる。
【続く】