「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【黒子テツヤ、BLの世界を垣間見る。】

「他の人ならともかく、比企谷君のお願いならことわれませんよ。」
黒子がそう言ったのは、まぎれもない本心だ。
だから比企谷が妙にドギマギしてるのが、よくわからなかった。

もうすぐ文化祭。
生徒たちは準備のため、慌ただしく動き回っている。
そのせいか校内全体がどこか落ち着かない雰囲気だ。
そんな中、この雰囲気を地味に楽しんでいる者がいた。
黒子テツヤ、その人である。

文化祭って、結局ちゃんと参加したことがないかも。
黒子は今さらのようにそんなことを思っていた。
中学はかなり特殊な環境にいた。
バスケで超有名なあの学校はバスケ部というだけでいろいろ免除されていたのだ。
要するに文化祭なんてものに関わるヒマがあれば、練習しろというわけだ。
だからクラスの出し物などにも、ほとんど参加しなかった。

高校1年の時も、やはり免除されていた。
これは同じクラスだった元相棒のせいだ。
作業分担された彼は「俺ら、部活あるから」と言い放った。
彼は普通に言ったつもりだろうが、なにせ獣のような雰囲気を持つ男なのだ。
話を振ったクラスメイトたちは、恐れ慄いた。
黒子としては「俺ら」と括られたのは心外だが、敢えて何も言わなかった。
あの当時はバスケが大事で、練習時間が惜しかったのだ。

そして次の年は事故に遭い、今に至る。
つまりガッツリとクラスの出し物の準備に関わるなんて、初めてのことだったのだ。
割り振られたのは道具係、はっきり言って大した仕事じゃない。
今のクラスメイトの大半は1つ年上の黒子に遠慮がちである。
だからこそ負担の少ない仕事を振られたんだろう。
それでも黒子はこんな風に参加できることが楽しかったが。

「うちの文化祭にキセキの世代、呼べないか?」
実行委員の部屋に呼ばれた黒子は、いきなりそう言われた。
依頼の相手は比企谷八幡。
奉仕部という奇特な部の一員で、今は文化祭の実行委員だ。
黒子は一瞬考えたが、すぐに快諾した。

「他の人ならともかく、比企谷君のお願いならことわれませんよ。」
黒子がそう言ったのは、まぎれもない本心だ。
正直言って、面倒でないと言えば嘘になる。
他の人間に頼まれても、絶対に「うん」とは言わないだろう。
だけど比企谷にはバスケ部の件で世話になっている。
困っているなら、今度はこちらが「奉仕」するのはありだと思った。

だから比企谷が妙にドギマギしてるのが、よくわからなかった。
しかもブツブツと「ツンデレ?」などと呟いている。
何のことかわからない。
別に、ツンでもデレでもないのだけれど。

ふと気づくと、実行委員会の部屋全体が騒めいていた。
黒子があっさりと比企谷の依頼を受けたことに驚いているのか。
だけど何だか雰囲気が妙だ。
怪訝に思った黒子は、他の実行委員たちの声に耳を澄ました。

「あれ、キセキの世代の黒子テツヤだよな?」
「ヒキタニと変に仲良くない?」
「同じクラスなんでしょ?」
「転校してきたばかりで、騙されてるんだよ。」

ヒソヒソと囁かれる声を、黒子はポーカーフェイスで聞き流した。
そして比企谷をジッと見据えると「何したんです?」と問う。
だが「まぁ、ちょっとな」と曖昧に返された。
黒子は特にツッコミを入れることもなく「そうですか」と頷いた。

どうやら比企谷は何かをしでかして、実行委員会の中で浮いているらしい。
だけど黒子には関係なかった。
ちょうどせっかくの文化祭なのに深く関われないのが、物足りなくなってきた頃合い。
がっつりとイベントを主催するのも、案外悪くないかもしれない。
何より黒子自身、そろそろバスケがしたいと思っていたのだ。

「企画書、明後日でいいですか?」
「へ?」
「詳細を練るには明日じゃ無理そうで。遅いですか?」
「いや。充分だ。悪いな。」
「いえ。こちらこそ。お役に立てれば嬉しいです。」

黒子は一礼すると、実行委員会の部屋を出た。
ドアを閉めるまで背中に視線を感じたし、閉めてもざわめきが聞こえる。
だがそこはサクッとスルーした。
ひょんなことから楽しくなりそうな文化祭に、黒子は秘かにワクワクしていたのだった。

*****

「キセキの世代って萌えるよね!」
思わぬ人物の思わぬテンションに、黒子は怯む。
だが相手はお構いなしに、一気に畳み掛けてきた。

比企谷の依頼を受けた翌日。
黒子がまずしたのは、クラスメイトの海老名姫菜に話をすることだった。
クラスで参加する演劇を仕切っているからだ。
自分も別のイベントを仕切るとなれば、クラスのために使える時間が減る。
まずは彼女にその了承を得るべきと思ったのだ。

「おはようございます。海老名さん」
黒子は先に登校して、葉山グループの中で談笑している海老名に声をかけた。
その途端、葉山と親しい男子生徒、特に戸部がわかりやすく顔をしかめる。
以前写真を頼まれてことわったからだろう。
実は戸部は海老名に好意を抱いており、むしろそちらが大きな理由だったりする。
だけど黒子にはあずかり知らぬ、ぶっちゃけどうでも良いことだった。

「何かな?」
当の海老名は穏やかに、そして気さくに応じてくれた。
敬語ではなくこんな風に接してくれるのはありがたい。
黒子はおもむろに「実は文化祭のことで」と切り出す。
すると海老名は「聞いてる!キセキの世代でしょ!」と身を乗り出した。

「文化祭でイベントやるんだって?」
「はい。急に決まって。なので」
「キセキの世代って萌えるよね!」

一気にテンションが上がった海老名に、黒子は怯む。
よくわからない。「萌える」って何だ?
黒子はチラリと比企谷の席を振り返る。
比企谷は気の毒なものを見るような目で、こちらを見ながら首を振った。

「あんなにキャラの濃いイケメンが5人!」
「はぁ」
「あ、もちろん黒子君もちゃんとメインキャラだから!」
「・・・それはありがとうございます。」

意味も分からず、黒子はとりあえず礼を言った。
何となく褒められている感じがしたからだ。
案の定、海老名は「どういたしまして!」とハイテンションで笑う。
そして黒子にグイッと詰め寄った。

「黒子君はどういうCPが良いと思う?」
「CP、ですか?」
「あたしは青黄が一番かなって!」
「あお、き?」
「黒子君を総受にするっていうのもありかな!青黒、青黒、黄黒!」
「あの」
「夢が、広がる~!」

本を愛し、それなりに広く読んでいる黒子はここで理解した。
海老名はBL好きなのだ。
キセキの世代でカップルを妄想して、楽しんでいらっしゃる。
そして黒子もしっかりその中に入れられているらしい。
残念なことに「受」の意味もわかるし、それだけにゲンナリしてしまった

どうせなら。
黒子はふと1年前まで相棒だった男のことを思った。
まるで野生の獣のようで、勝つためには純粋だった男。
帰国子女のくせに英語の成績が悪くて、料理は案外上手くて。

そこまで考えた黒子は、軽く首を振った。
チームを捨てて、日本を出て行った男のことなど、考えても仕方ない。
それより今は海老名だ。
勝手な妄想は止めてほしいところだが、さすがに頭の中のことまで文句は言えないし。

「文化祭の件は了解。クラスの手伝いは空いた時間でいいよ!」
結局本題を満足に話さないまま、海老名は話を締めくくった。
黒子は内心グッタリ疲れながら「ありがとうございます」と頭を下げる。
そして何とか無表情を保ちながら、自分の席に戻った。

もう一度、チラリと比企谷を見た。
彼はニヤニヤと苦笑が混じったような、微妙な表情だ。
黒子の心中を察し、同情しつつ茶化していると言ったところか。
何となく面白くない気分で、黒子は視線を戻した。
とりあえず目的は果たせたので、良しとすることにしよう。

*****

「ねぇ。どうなの?」
妙に押しの強いその女性が、黒子の顔を無遠慮に覗き込む。
黒子はその意図を見抜こうと、じっと彼女を観察した。

「これ、お願いします。」
比企谷の依頼を受けた2日後の放課後。
黒子は再び文化祭実行委員会の部屋を訪れていた。
文化祭にキセキの世代を呼ぶ。
そのイベントの企画書を提出しに来たのだった。

「ちょっと!黒子君!」
書類を出したところで、甲高い女子の声に呼び止められた。。
無遠慮な声量と声色に、黒子はかすかに眉を潜める。
この部屋で唯一、そこそこ親しい女子は雪ノ下だけだ。
怪訝に思って振り返ると、見覚えのある顔が駆け寄って来た。
黒子のクラスで比企谷と一緒に実行委員をやっている女子生徒だ。
名前は確か相模だったか。

「あのさ、もう1つ頼めないかな。」
「キセキの世代なら黄瀬涼太もいるんでしょ?モデルの」
「サイン会とか撮影会とか頼めないかな?」
「お客さん増えると思うんだ。」

一方的に捲し立てられて、口を挟む余地もない。
ようやく話が途切れたところで「おことわりします」と告げた。
すると相模は不満を露わに「何で!?」と声を荒げた。

「ヒキタニの言うことは聞くくせに、あたしのお願いはダメな訳?」
「はい。すみません。」
「何ですって!?」
「それにそもそも無理だと思います。」
「何でよ!?」
「黄瀬君はプロのモデルなので、撮影なんかはギャラがかかるらしいです。」

それは嘘ではなかった。
黄瀬にこの件を依頼するとき「バスケはいいけど撮影はダメ」と条件がついていた。
そういうのは事務所を通さないと、契約違反になるそうだ。

「それじゃ失礼し」
「ねぇねぇ、君」

黒子が退出の挨拶をしようとしたところで、話をぶった切られた。
そして今度はまったく知らない女性が声をかけてきたのだ。
私服姿の彼女はどう見ても、高校生ではない。
おそらく20歳くらいだろうか。

「君は比企谷君の頼みしか聞かないの?」
「ちょっと。姉さん!」

詰め寄って来た女性に、席に座って書類を見ていた雪ノ下が立ち上がった。
この人は雪ノ下さんのお姉さんなのか。
黒子がようやく情報を得たところで、彼女はさらに距離を詰めてきた。

「ねぇ。どうなの?」
「はい。比企谷君にはお世話になったので、今回はお礼のつもりで。」
「お礼、ねぇ。そういうのは文化祭の場じゃなくて、個人的にやるものじゃない?」
「はぁ。そうですか?」

黒子は質問に質問で返しながら、目の前の女性を観察した。
彼女は何がしたいのだろう?
何か意図があるのか、単にそれともこういう口調の人なのか。
とりあえずバスケの試合で、データのない相手に予想外の攻撃をされた時に似ている。
それならばやることは1つしかない。
相手をひたすら観察して、その本質を見極める。
これこそ幻の6人目(シックスマン)と呼ばれる黒子の真骨頂だ。

黒子はいつもの無表情のまま、彼女-雪ノ下陽乃を見た。
なんで文化祭実行委員会の部屋でこんなことになるのか、わからない。
だけどやはり黒子も負けず嫌いであり、ここで引くのは本意ではなかった。

【続く】
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