「黒子のバスケ」×「俺ガイル」

【比企谷八幡のシンパシーはあっけなく砕かれる。】

うわ!影うす!
俺は心の中で絶叫していた。
同じ感想を持ったのは、俺だけではないはずだ。

俺、比企谷八幡が奉仕部という謎の部活にぶち込まれたのは、少し前のこと。
そしてなぜか氷の美少女、雪ノ下雪乃とお悩み解決勝負をさせられることになった。
そこに由比ヶ浜結衣がシレッと加わり、現在部員は3名。
俺の前にそいつが現れたのは、そんな頃だった。

「黒子テツヤです。」
ある日の朝、担任と一緒に教室に現れた転校生は、クラスを見回して一礼した。
うわ!影うす!
俺は心の中で絶叫しながら、そいつをマジマジと見てしまった。
本当に影が薄いって言うか、存在感がないのだ。

きっと訳ありなんだろうな。
俺はすぐにそう思い直した。
普通に考えれば、転校って学年や学期の変わり目にするもんだろ?
だけどこいつはみんながようやく新しい学年に慣れた頃、つまりこの上なく中途半端な時期に現れたのだから。

でもまぁ俺には関係ないか。
正直なところ、シンパシーを感じなくもなかった。
目立たなくて、影が薄くて、パッと見「ぼっち」の素質は充分ある。
案外喋ってみると、気が合ったりするのかもしれない。

でもただでさえ、最近の俺の平和な日常が壊されつつあるのだ。
これ以上、余計なことに気を取られるのはゴメンだ。
別に無視する必要もないが、わざわざ自分から寄っていくこともないだろう。

「よろしくお願いします。」
転校生はもう一度頭を下げると、指示された席に腰を下ろす。
そのときには俺はもう完全に興味を失っていた。
そして放課後、部活に行く頃にはそいつの名前さえきれいさっぱり忘れていたのだった。

*****

「比企谷。あの転校生はどうだ?」
ノックもなしに部室のドアを勢いよく開けた平塚が、大声で叫ぶ。
読んでいた本から顔を上げた俺は「知りませんよ」と顔をしかめた。

放課後、俺は奉仕部の部屋に来ていた。
とはいえ、今は依頼もない。
雪ノ下はノートパソコンを操作しており、由比ヶ浜は横から画面を覗き込んでいる。
そして俺は持参した本を読むことに没頭中。
そんな静かな、奉仕部の日常。
だが顧問の教師、平塚静が現れたことで、部室は一気に騒がしくなった。

「おかしいな。お前が転校生と話しながら歩いているのを見かけたんだが」
「別に。たまたまじゃないっすか?」
「見かけたのは、1度だけじゃない。」
「偶然でしょ」

とぼけてみたものの、やはりごまかしは効かないらしい。
俺は「ハァァ」と盛大にため息をついた。
雪ノ下と由比ヶ浜は黙ったまま、俺と平塚先生の会話を聞いている。

「なりゆきで何度か一緒に昼メシを食った。そんだけっす。」
俺は諦めて、そう答えた。
昼休み、俺は特別棟の1階、保健室横のベンチで過ごすことが多い。
天候さえよければ、ここで優雅に1人ランチをするのだ。
いや、正直少々の悪天候でも来ちゃうけどね。
妙に気を使う教室より、ここの方が居心地がよかったりする。

だが転校生も俺の特等席に来るようになった。
別に案内したわけではなく、あいつも自力で見つけたのだ。
俺としては歓迎すべき事態ではなく「ここ、俺の場所なんだけど」と文句を言う。
だがやつは平然と「公共の場所ですよね」と言い放った。
かくして不本意ながら、俺はやつとあの場所を分け合うことになってしまったのだ。

「それであいつはどんなやつだ?」
平塚先生は単刀直入に、転校生のことだけを聞いてくる。
俺は「本の趣味は悪くないっす」と答えた。
あいつはだいたいおにぎりとかサンドイッチとか、片手で食べられるものを食した。
それは本を読むためだ。
しかも結構通好みな渋い本を読んでいたりする。
最初その事実を知った時には、案外友だちになれるかもなんて思ってしまったのだが。

「だけど千葉県民とは相容れないヤツっすよ。」
「は?」
「いろいろな小ネタで千葉をディスってきたんで。」

そのときのことを思い出した俺は怒りが込み上げてきた。
そう、俺は厚意(という名の社交辞令)で聞いてやったのだ。
転校してきて、困っていることはないかと。
するとヤツは「千葉の吊り下げ式のモノレールが怖いです」なんて言いやがった。
さらに「千葉の自販機って、変わった飲み物を置いてますね」とも。
極めつけはマックスコーヒーとドクターペッパーを混ぜて飲み始めたとき。
ハァァ?何それ。
お前、俺の愛するマックスコーヒーに何してくれてんだ!?

「それ以上のことは知らないっすよ。」
俺はとどめとばかりにそう言って、本に視線を戻した。
平塚先生は何か言いたそうに俺を見ていたけれど、知ったこっちゃない。
俺の前でマックスコーヒーを冒涜するやつのことなど、絶対に語りたくなかった。

*****

「ねぇねぇ、黒子君!」
戸部がいつもの軽薄さを全開にして、転校生に声をかけた。
俺は無関心を装いながらも、耳はしっかりと彼らの会話を拾っていた。

それはある朝のこと。
俺はいつものように登校し、授業が始まるまでの間、読みかけの本を読んでいた。
いつもと変わらない、普通の朝。
だけどこの日に限って、ちょっとしたハプニングが起こった。
クラスの男子生徒の1人、戸部翔が転校生に話しかけたのだ。
戸部は金色に染めた長めの髪と軽薄な喋り方をする、わかりやすいチャラ男だ。

「黒子君ってさ、バスケやってた?」
俺同様、本を読んでいた転校生が、顔を上げた。
だが黒子が答える前に、それを聞いた別のクラスメイトたちが騒ぎ始めた。

「え、バスケで黒子って」
「もしかしてキセキの世代?」
「幻の六人目(シックスマン)?」

そんな声を拾った俺も「え?」と声を上げた。
バスケに詳しくはない俺でも知っている。
10年に1人の才能を持ったバスケプレイヤーが1チームに5人集まった。
そして彼ら5人が唯一認める6人、そいつが幻の6人目(シックスマン)がいるって話だ。

「でもちょっと待って。おかしくない?」
不意に物言いをつけてきたのは、三浦だった。
相変わらず威嚇としか思えない、強い口調だ。
だが戸部は物ともせず「おかしいって何?」」と聞き返した。

「キセキの世代はあたしらより1つ上だったはずだし」
「あ、言われてみれば。」
「キセキの世代、今は高3だよね」

そんな有名人が、こんな学校に転校してくるわけないか。
クラスの中にそんな生温かい空気が流れる。
だがそれを破ったのは、当の転校生だった。

「キセキの世代、幻の6人目(シックスマン)。それはボクのことですよ。」
「嘘でしょ?だって歳が」
「ボク、実はみなさんより1つ年上なんです。」

転校生があっさりとカミングアウト(?)した。
その場に居合わせたクラスメイト全員、不本意だが俺まで「えええ~!?」と声を上げていた。
だが当の転校生は涼しい顔だ。
そしてスマホをいじっていた由比ヶ浜が「ホントだ」と叫ぶ。
おそらくネットで検索して、確認したのだろう。
やがて始業のチャイムが鳴り、この騒ぎは強制的にブチ切られたのだが。

何か面白くねぇな。
俺は心の中でそう思った。
影が薄くて、目立たないぼっち、つまり俺と同類と思っていた転校生。
だけど実はすごいスペックの持ち主だった。
ヤツはこのまま一気にクラスのカースト上位の葉山グループに入るんだろう。

別にいいけど。
俺は無理矢理自分にそう言い聞かせた。
ぼっちを満喫しているつもりだったのに、何か負けたような気になっている。
面白くないと感じることが、面白くなかったのだ。

【続く】
2/51ページ