”の”な10題
【運命の皮肉】
「ボクは火神君に恋愛感情を持っています。」
黒子はいきなりそう告げた。
後になって思い返せば、何とも色気のなかったと思う。
だけどそのときは必死に考えた末の結果だった。
合格発表の当日、黒子は緊張の面持ちで電話を手に取っていた。
目の前に置かれているのは、入試要項と受験票。
そこに書かれた電話番号を確認しながら、注意深くボタンを押す。
ふと携帯電話ではなく家の電話を使うのは、すごく久しぶりだと思う。
黒子が電話をしているのは、最京大学の入試合否案内センターだ。
ここで音声に従って、受験番号や学部コード、暗証番号などを入力して合否がわかる。
昔のように校内の掲示板に張り出された番号を見に行くなんてことはない。
何だか風情がないと心の中で文句を言いながら、ボタンを押し続けた。
ちなみに黒子の受験番号は965番だった。
965、クロコ。
運命の皮肉というべきだろうか。
だがこの番号で不合格なら仕方ないという気になった。
全てを入力した後、聞こえてきたのは「おめでとうございます」というメッセージだ。
感情がこもっていない事務的な機械音声だが、やはり嬉しい。
黒子はまず両親に合格を告げると、すぐに家を飛び出した。
向かう先はもちろん、火神のマンションだ。
「合格しました。」
玄関先で火神の顔を見るなり、黒子はそう告げた。
口調はあくまで冷静だが、声は少しだけ上ずっている。
難関大学に合格したにしては、あまりにも素っ気ない。
だが黒子をよく知る者が見れば、かなり感情が高ぶっているのだとわかる。
「やったな、黒子!まぁ上がれよ!」
火神は試合に勝った時のような喜び方で、黒子の肩を抱き寄せた。
だが黒子はそっとその手を外しながら、火神を見上げた。
高校に入ってから火神は身長が伸びたが、黒子はほとんど変わらなかった。
こうして見上げる角度が上がったことが、寂しい。
火神との差が広がっているのだと、思い知らされているような気になる。
だからこそ、確認しなくてはならない。
これからの2人のスタンスを決めなければ、一緒には進めない。
「ボクは火神君に恋愛感情を持っています。」
黒子はいきなりそう告げた。
後になって思い返せば、何とも色気のなかったと思う。
例えば「好きです」なんて言葉なら、もっとロマンチックな思い出になったかもしれない。
だけど火神がそれを友人の意味で「好き」と考えて「オレもだぜ」なんて言われたら、面倒だ。
効果的に短い言葉で自分の気持ちを伝えて、ダメならさっさと帰る。
そのときにはもう友人としての付き合いも絶つ。
とにかく合格と共に、この片想いに決着をつけるつもりだった。
*****
「ボクは火神君に恋愛感情を持っています。」
黒子はいきなりそう告げた。
その時に火神が思ったことは「やられた!」だった。
合格発表のこの日、火神もまた告白するつもりでいたからだ。
「お前、さぁ。。。」
玄関先で真っ直ぐに自分を見上げる黒子に、火神はため息をついた。
黒子が自分に恋愛感情を持っている。
その事実を告げてくれたことは、かなり嬉しい。
だけどそれ以上に、何かが違うと叫び出したいような気分だった。
黒子の合格発表が今日だということは、もちろん聞いていた。
そして火神は、黒子が合格することを信じて疑わなかった。
問題はその先だ。
そもそも合格発表は、校内に掲示される受験番号を見に行くものだと思っていた。
だから当初は2人で発表を見に行って、その場で抱き合って喜んで、そこから流れで、なんて妄想した。
だが一緒に見に行こうかと誘えば「電話でわかるんですよ」と言う。
最初の予定はそこで覆された。
それならばと「合格したらすぐに知らせてくれ」と頼んだ。
2人きりで食事でもしながら祝い、その後で今度こそと思ったのだ。
だがそれは電話かメールでくるものと思い込んでいた。
いきなり自分の家に連絡もなしに駆け込んでくるとは、予想外だ。
心の準備もできないままに、唐突な黒子からの告白。
しかも「恋愛感情を持ってます」なんて、素っ気なさすぎる。
「とにかく上がらないか。コーヒーでも淹れるし。」
「いえ。火神君の答えを聞くまでは上がりません。」
とにかく体勢を立て直そうと、部屋に上げようとすればこの頑固さだ。
始終黒子のペースに振り回されている。
何だかすごく負けたような気がしてならない。
「オレも黒子のこと、好きだ。恋愛感情で」
火神は諦めて、呻いた。
まったくすっかりペースを握られた、完全な負け試合。
だが仕方がないとも思う。
じっと火神を見上げる黒子の真剣な表情は、火神を怯ませるほどの迫力があった。
それを美しいと思ってしまったんだから、勝ち目はない。
「本当に?ボクの言ってること、ちゃんとわかってますか?」
肯定してしまえば、今度は一転して不安になったらしい。
黒子は火神を見上げたまま、心細そうな表情になった。
あまりの変化に、火神は呆然とした。
この顔は可愛くて庇護欲を掻きたてるし、先程までの真剣な表情とのギャップに萌える。
「黒子テツヤ!オレはお前にずっと恋してたんだ。」
火神は半ば自棄になりながらそう叫ぶと、黒子の細い身体を抱き寄せ、力いっぱい抱きしめる。
小さな身体はまるで誂えたように、火神の胸にすっぽりと収まった。
玄関先という予想外の場所でのラブシーン。
だけどもう止まらない。
「これからは恋人同士、でいいんですか?」
火神の胸に押し付けられているせいで、黒子の声がくぐもっている。
それでもなおも確認してくる黒子が愛おしい。
火神は「まだ言うか!」と声を上げると、黒子を抱きしめる腕に力を込めた。
*****
「はぁぁ?今さらなんだよ!」
「火神君こそ、何で知らなかったんですか?」
晴れて恋人同士になった途端、2人がぶつかった壁。
火神は思わず抗議の声を上げたが、黒子にしてみれば「なぜ今頃」という気分だった。
お互いに気持ちを確認した火神と黒子は、迷った末に周囲に報告をした。
監督の相田リコと、同学年の降旗、河原、福田。
そして黒子のかつてのチームメイトの「キセキの世代」だ。
リコに話すということは、同じ学年の日向や木吉たちに知られるということ。
そして「キセキの世代」に話すということは、その相棒の高尾やら氷室に知られるだろう。
ひょっとしたら白い目で見られるかもしれないし、最悪口もきいてもらえないかもしれない。
それでも2人は隠しておくより、打ち明ける道を選んだ。
だが全員が見事に同じ反応をした。
ある者は誠凛を訪ねて来て、またある者は電話、またはメールで同じ言葉をぶつけて来た。
その言葉とは「遅い!」だ。
彼らの周りのほぼ全員が2人の気持ちを見抜き、はやくくっつけとジリジリしていたのだ。
「何人かには気づかれていると思いましたが、まさか全員ですか。」
黒子がため息をつくと、火神は目を剥いた。
どうやら火神は、誰にも気づかれていないと思っていたらしい。
まったく素直というか、前しか見えていないというか。
そんなところが好きなのだが、少し心配になる。
だが幸せな時間は長くは続かなかった。
2人が一緒に暮らす部屋を捜そうとした矢先に、発覚した衝撃の事実。
それは最京大学のバスケ部員は、学生寮に入る決まりになっているというものだった。
学部も違うし、一緒にプレイもできないけど、せめて夜は一緒に。
そんな目論見は脆くも突き崩されてしまったのだ。
「はぁぁ?今さらなんだよ!」
「火神君こそ、何で知らなかったんですか?」
火神は思わず抗議の声を上げたが、黒子にしてみれば「なぜ今頃」という気分だった。
よくよく見れば、火神が推薦入学を決めた時にもらった書類に書かれている。
要するに火神がきちんと書類を見ていなかったということだ。
「まぁ休日もありますし、校内で会うこともできますよ。」
黒子は口では軽い調子を装ったが、内心かなりガッカリしていた。
ようやく想いが通じたというのに、運命の皮肉。
これではまるで遠距離恋愛だ。
だが当の火神は、なぜか試合前のように目に闘志を漲らせている。
「誰が諦めるか!ぜって~に勝つ!」
いったい何をするつもりなのか。
高らかに宣言した火神に、黒子は首を傾げた。
とにかくようやくスタートした2人だが、前途多難らしい。
【続く】
「ボクは火神君に恋愛感情を持っています。」
黒子はいきなりそう告げた。
後になって思い返せば、何とも色気のなかったと思う。
だけどそのときは必死に考えた末の結果だった。
合格発表の当日、黒子は緊張の面持ちで電話を手に取っていた。
目の前に置かれているのは、入試要項と受験票。
そこに書かれた電話番号を確認しながら、注意深くボタンを押す。
ふと携帯電話ではなく家の電話を使うのは、すごく久しぶりだと思う。
黒子が電話をしているのは、最京大学の入試合否案内センターだ。
ここで音声に従って、受験番号や学部コード、暗証番号などを入力して合否がわかる。
昔のように校内の掲示板に張り出された番号を見に行くなんてことはない。
何だか風情がないと心の中で文句を言いながら、ボタンを押し続けた。
ちなみに黒子の受験番号は965番だった。
965、クロコ。
運命の皮肉というべきだろうか。
だがこの番号で不合格なら仕方ないという気になった。
全てを入力した後、聞こえてきたのは「おめでとうございます」というメッセージだ。
感情がこもっていない事務的な機械音声だが、やはり嬉しい。
黒子はまず両親に合格を告げると、すぐに家を飛び出した。
向かう先はもちろん、火神のマンションだ。
「合格しました。」
玄関先で火神の顔を見るなり、黒子はそう告げた。
口調はあくまで冷静だが、声は少しだけ上ずっている。
難関大学に合格したにしては、あまりにも素っ気ない。
だが黒子をよく知る者が見れば、かなり感情が高ぶっているのだとわかる。
「やったな、黒子!まぁ上がれよ!」
火神は試合に勝った時のような喜び方で、黒子の肩を抱き寄せた。
だが黒子はそっとその手を外しながら、火神を見上げた。
高校に入ってから火神は身長が伸びたが、黒子はほとんど変わらなかった。
こうして見上げる角度が上がったことが、寂しい。
火神との差が広がっているのだと、思い知らされているような気になる。
だからこそ、確認しなくてはならない。
これからの2人のスタンスを決めなければ、一緒には進めない。
「ボクは火神君に恋愛感情を持っています。」
黒子はいきなりそう告げた。
後になって思い返せば、何とも色気のなかったと思う。
例えば「好きです」なんて言葉なら、もっとロマンチックな思い出になったかもしれない。
だけど火神がそれを友人の意味で「好き」と考えて「オレもだぜ」なんて言われたら、面倒だ。
効果的に短い言葉で自分の気持ちを伝えて、ダメならさっさと帰る。
そのときにはもう友人としての付き合いも絶つ。
とにかく合格と共に、この片想いに決着をつけるつもりだった。
*****
「ボクは火神君に恋愛感情を持っています。」
黒子はいきなりそう告げた。
その時に火神が思ったことは「やられた!」だった。
合格発表のこの日、火神もまた告白するつもりでいたからだ。
「お前、さぁ。。。」
玄関先で真っ直ぐに自分を見上げる黒子に、火神はため息をついた。
黒子が自分に恋愛感情を持っている。
その事実を告げてくれたことは、かなり嬉しい。
だけどそれ以上に、何かが違うと叫び出したいような気分だった。
黒子の合格発表が今日だということは、もちろん聞いていた。
そして火神は、黒子が合格することを信じて疑わなかった。
問題はその先だ。
そもそも合格発表は、校内に掲示される受験番号を見に行くものだと思っていた。
だから当初は2人で発表を見に行って、その場で抱き合って喜んで、そこから流れで、なんて妄想した。
だが一緒に見に行こうかと誘えば「電話でわかるんですよ」と言う。
最初の予定はそこで覆された。
それならばと「合格したらすぐに知らせてくれ」と頼んだ。
2人きりで食事でもしながら祝い、その後で今度こそと思ったのだ。
だがそれは電話かメールでくるものと思い込んでいた。
いきなり自分の家に連絡もなしに駆け込んでくるとは、予想外だ。
心の準備もできないままに、唐突な黒子からの告白。
しかも「恋愛感情を持ってます」なんて、素っ気なさすぎる。
「とにかく上がらないか。コーヒーでも淹れるし。」
「いえ。火神君の答えを聞くまでは上がりません。」
とにかく体勢を立て直そうと、部屋に上げようとすればこの頑固さだ。
始終黒子のペースに振り回されている。
何だかすごく負けたような気がしてならない。
「オレも黒子のこと、好きだ。恋愛感情で」
火神は諦めて、呻いた。
まったくすっかりペースを握られた、完全な負け試合。
だが仕方がないとも思う。
じっと火神を見上げる黒子の真剣な表情は、火神を怯ませるほどの迫力があった。
それを美しいと思ってしまったんだから、勝ち目はない。
「本当に?ボクの言ってること、ちゃんとわかってますか?」
肯定してしまえば、今度は一転して不安になったらしい。
黒子は火神を見上げたまま、心細そうな表情になった。
あまりの変化に、火神は呆然とした。
この顔は可愛くて庇護欲を掻きたてるし、先程までの真剣な表情とのギャップに萌える。
「黒子テツヤ!オレはお前にずっと恋してたんだ。」
火神は半ば自棄になりながらそう叫ぶと、黒子の細い身体を抱き寄せ、力いっぱい抱きしめる。
小さな身体はまるで誂えたように、火神の胸にすっぽりと収まった。
玄関先という予想外の場所でのラブシーン。
だけどもう止まらない。
「これからは恋人同士、でいいんですか?」
火神の胸に押し付けられているせいで、黒子の声がくぐもっている。
それでもなおも確認してくる黒子が愛おしい。
火神は「まだ言うか!」と声を上げると、黒子を抱きしめる腕に力を込めた。
*****
「はぁぁ?今さらなんだよ!」
「火神君こそ、何で知らなかったんですか?」
晴れて恋人同士になった途端、2人がぶつかった壁。
火神は思わず抗議の声を上げたが、黒子にしてみれば「なぜ今頃」という気分だった。
お互いに気持ちを確認した火神と黒子は、迷った末に周囲に報告をした。
監督の相田リコと、同学年の降旗、河原、福田。
そして黒子のかつてのチームメイトの「キセキの世代」だ。
リコに話すということは、同じ学年の日向や木吉たちに知られるということ。
そして「キセキの世代」に話すということは、その相棒の高尾やら氷室に知られるだろう。
ひょっとしたら白い目で見られるかもしれないし、最悪口もきいてもらえないかもしれない。
それでも2人は隠しておくより、打ち明ける道を選んだ。
だが全員が見事に同じ反応をした。
ある者は誠凛を訪ねて来て、またある者は電話、またはメールで同じ言葉をぶつけて来た。
その言葉とは「遅い!」だ。
彼らの周りのほぼ全員が2人の気持ちを見抜き、はやくくっつけとジリジリしていたのだ。
「何人かには気づかれていると思いましたが、まさか全員ですか。」
黒子がため息をつくと、火神は目を剥いた。
どうやら火神は、誰にも気づかれていないと思っていたらしい。
まったく素直というか、前しか見えていないというか。
そんなところが好きなのだが、少し心配になる。
だが幸せな時間は長くは続かなかった。
2人が一緒に暮らす部屋を捜そうとした矢先に、発覚した衝撃の事実。
それは最京大学のバスケ部員は、学生寮に入る決まりになっているというものだった。
学部も違うし、一緒にプレイもできないけど、せめて夜は一緒に。
そんな目論見は脆くも突き崩されてしまったのだ。
「はぁぁ?今さらなんだよ!」
「火神君こそ、何で知らなかったんですか?」
火神は思わず抗議の声を上げたが、黒子にしてみれば「なぜ今頃」という気分だった。
よくよく見れば、火神が推薦入学を決めた時にもらった書類に書かれている。
要するに火神がきちんと書類を見ていなかったということだ。
「まぁ休日もありますし、校内で会うこともできますよ。」
黒子は口では軽い調子を装ったが、内心かなりガッカリしていた。
ようやく想いが通じたというのに、運命の皮肉。
これではまるで遠距離恋愛だ。
だが当の火神は、なぜか試合前のように目に闘志を漲らせている。
「誰が諦めるか!ぜって~に勝つ!」
いったい何をするつもりなのか。
高らかに宣言した火神に、黒子は首を傾げた。
とにかくようやくスタートした2人だが、前途多難らしい。
【続く】