”の”な10題
【真理の真相】
ったく、何をしても気が晴れない。
火神はイライラする気持ちを懸命に押さえていた。
火神や黒子にとって最後のウィンターカップが終わって、年が明けた。
優勝は海常高校。
誠凛高校は、残念ながら最後の大会を優勝で飾れなかった。
だけど精一杯のプレイができたので、悔いはない。
火神たちの学年は部を引退し、それぞれの将来に向けて進み始めた筈だったのだが。
「アンタ、引退したって自覚あるの?」
リコは腰に手を当てながら、火神を睨み上げた。
火神は毎日のように、部活に顔を出していたからだ。
引退したことはわかっているのだが、ぶっちゃけ他にやることがないのだ。
同学年の友人たちは、受験やら就職活動で忙しい。
部活ばかりしてきた火神には、バスケ以外で親しい友人もなく、何をしていいかわからない。
だとすれば、放課後の行く先はここしかなかった。
「まぁアンタがいると、練習にバリエーションができていいんだけどね。」
リコは渋々ではあるが、火神の練習参加を許した。
火神相手に練習をすれば、大抵の者はスキルがあがるからだ。
もっとも1年生などは、火神と向き合うだけで腰が引けてしまう者がほとんどだが。
「あざっス」
火神はリコに礼を言うと、頭の中で指示された練習メニューを確認する。
アップと基礎練習は1、2年生と一緒に。
連係プレーの練習の時は、邪魔なのでサーキットと筋トレ。
仮想の敵チームの選手が必要な場合だけ、コートに入る。
本当はガンガンにシュート練習をしたいのだが、それは我慢だ。
ウィンターカップが終わってさほど日数は経過していないのに、火神はストレスを溜めていた。
思い通りの練習ができないだけではない。
受験一直線の黒子と、バスケどころか話す機会さえ激減したせいだ。
3年間同じクラスで、同じ部で、一番近くにいて、そして秘かに恋する相手。
しかも困ったことに、1人の時間が増えることで、想いが増してしまった。
黒子が隣にいないことに、我慢がならないのだ。
黒子が欲しい。黒子が足りない。
こんな気持ちを抱えて、この先やっていけるんだろうか。
最初は完全に縁が切れてしまうと思っていた。
それを同じ大学で、しかも一緒に住もうというところまで漕ぎつけたのだ。
ウィンターカップが終わるまでは、そのことで完全に浮かれていた。
だけどもうそれだけでは、この渇きは癒せない。
何度も打ち明けようと思って、思いとどまった。
男同士の恋愛なんてありえない。
それは火神にとって、覆しようもない真理だった。
何よりも受験生である黒子の心を、無駄に乱すのは絶対にダメだ。
「火神君、ちょっと相手をしてくれる?」
リコが火神に声をかけた。
火神は「うっス」と答えて、コートに入る。
とにかく今、気をまぎらわす方法は他になかった。
*****
とにかく今は合格することだけ。
黒子はひたすら勉強に打ち込んでいた。
黒子は受験に向けて、ラストスパートの時期を迎えていた。
模試の結果では、合格できる確率はかなり上がっている。
だが絶対安全圏ではなかった。
今まで部活に当てていた時間も、大好きな本を読んでいた時間も、すべて勉強に費やす。
黒子はバスケに向けるのと同じだけの情熱を受験に注いでいた。
「黒子、お前、顔色悪いぞ。」
放課後、席で参考書を開いていた黒子に声をかけたのは火神だった。
部を引退してからは、めっきり顔を合わせることが減った。
今日もこれから黒子は受験用の特別授業、火神は部活に顔を出そうとしているところだった。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
黒子は正面に立つ赤い瞳を見上げて、微笑した。
火神と喋ったのは、何日振りだろう。
多分ほんの数日も経っていないはずなのに、懐かしい。
優しい声が心に沁み渡っていくような気がする。
火神に飢えているのは、黒子も同じだった。
約3年間、同じ目標に向かって、濃密な時間を過ごした相棒。
そして秘かな片想いの相手なのだ。
どうしても心がときめいてしまう。
だけど眩しい光のような存在の火神の恋愛相手に自分はふさわしくない。
それは黒子にとって、覆しようもない真理だった。
学友、相棒、チームメイトの枠を越えて、付き合うなんてありえない。
「大丈夫じゃねーだろ。もう色白なんてレベルじゃねーぜ。」
「確かに少し寝不足です。でも休んでいられません。受験まであと少しですから。」
「・・・無理するな。頑張れよ。」
一瞬つらそうに目を細めた火神はポツリとそう告げて、背を向けた。
こうして声をかけてもらうだけでも嬉しいのに、心配までしてもらった。
でも火神は、そのまま行ってしまう。
不意に感じた苦しいような切なさに、黒子は思わず席を立った。
「!?」
その瞬間、黒子は激しい立ちくらみを感じて、机に手をついた。
だが視界がグニャリと揺れて、目が回り、身体を支えていられない。
寝不足と疲労による、貧血だ。
わかっていても、もう立っているのは無理だった。
「黒子!」
振り返った火神が、驚いた表情でこちらを見ている。
黒子は懸命に「大丈夫です」と言ったつもりだったが、声になったかどうかわからない。
ああ、まずい。このままじゃ倒れる。
だが黒子は真っ暗な闇に堕ちるように、意識を失ってしまった。
*****
「!!」
黒子が目を開けた瞬間、飛び込んできたのは火神の顔だった。
視界いっぱいに人相の悪い顔がドアップになり、黒子は思わず顔を引きつらせていた。
「火神、君。」
「お前、無理し過ぎだ。いくら勉強しても受験本番前に体調を狂わせたら、元も子もねーだろ。」
黒子は辺りをキョロキョロと見回した。
そして自分は保健室のベットで寝ており、横のパイプ椅子に火神が座っている。
ドアップは火神が心配そうに、黒子を覗き込んでいたせいだった。
「あ、授業」
「特別授業のプリントは貰っておいた。降旗が後でノートのコピーくれるって。」
そう言えば、同じく進学組の降旗も同じ教室にいた気がする。
火神だけでなく、降旗にまで迷惑をかけたのか。
黒子が居たたまれない思いで上半身を起こそうとすると、火神に肩を押されてベットに戻された。
「もう30分くらい寝とけ。起こしてやるから」
「でも火神君は、部活が」
「元々もう引退してんだ。休んだって怒られねーよ。」
「すみません。ご迷惑をおかけして」
「迷惑じゃねーし。とにかく今日は休め。で明日から頑張って、絶対に合格しろ。」
黒子は小さく「はい」と答えて、そっと火神を見上げた。
火神が子供をあやすようにポンポンと黒子の肩を叩く。
優しい目で見つめ返してくれることに安堵して、目を閉じた。
ああ、もうダメだ。
黒子は睡魔に身を任せながら、観念した。
火神とただの学友、ルームメイトとして、接するのは無理だ。
激しくて、優しい相棒に、恋をしている。
中途半端な関係を続けても、黒子の心は傷つき、いつか引き裂かれる。
もうこの気持ちは隠しておけない。
そのためにはまず大学に合格しなくてはならない。
同じスタートラインに立って初めて、この想いを伝える資格がある。
黒子は緩やかに眠りに堕ちながら、静かに決意していた。
やっぱり目を離せない。
黒子の寝顔を見ながら、火神もまた決意を固めていた。
健気でひたむきで危なっかしい相棒が愛おしい。
大学受験が終わったら、この想いを伝えよう。
2人がたどり着いた真理の真相。
そして黒子の大学受験の日は、着々と近づいていた。
【続く】
ったく、何をしても気が晴れない。
火神はイライラする気持ちを懸命に押さえていた。
火神や黒子にとって最後のウィンターカップが終わって、年が明けた。
優勝は海常高校。
誠凛高校は、残念ながら最後の大会を優勝で飾れなかった。
だけど精一杯のプレイができたので、悔いはない。
火神たちの学年は部を引退し、それぞれの将来に向けて進み始めた筈だったのだが。
「アンタ、引退したって自覚あるの?」
リコは腰に手を当てながら、火神を睨み上げた。
火神は毎日のように、部活に顔を出していたからだ。
引退したことはわかっているのだが、ぶっちゃけ他にやることがないのだ。
同学年の友人たちは、受験やら就職活動で忙しい。
部活ばかりしてきた火神には、バスケ以外で親しい友人もなく、何をしていいかわからない。
だとすれば、放課後の行く先はここしかなかった。
「まぁアンタがいると、練習にバリエーションができていいんだけどね。」
リコは渋々ではあるが、火神の練習参加を許した。
火神相手に練習をすれば、大抵の者はスキルがあがるからだ。
もっとも1年生などは、火神と向き合うだけで腰が引けてしまう者がほとんどだが。
「あざっス」
火神はリコに礼を言うと、頭の中で指示された練習メニューを確認する。
アップと基礎練習は1、2年生と一緒に。
連係プレーの練習の時は、邪魔なのでサーキットと筋トレ。
仮想の敵チームの選手が必要な場合だけ、コートに入る。
本当はガンガンにシュート練習をしたいのだが、それは我慢だ。
ウィンターカップが終わってさほど日数は経過していないのに、火神はストレスを溜めていた。
思い通りの練習ができないだけではない。
受験一直線の黒子と、バスケどころか話す機会さえ激減したせいだ。
3年間同じクラスで、同じ部で、一番近くにいて、そして秘かに恋する相手。
しかも困ったことに、1人の時間が増えることで、想いが増してしまった。
黒子が隣にいないことに、我慢がならないのだ。
黒子が欲しい。黒子が足りない。
こんな気持ちを抱えて、この先やっていけるんだろうか。
最初は完全に縁が切れてしまうと思っていた。
それを同じ大学で、しかも一緒に住もうというところまで漕ぎつけたのだ。
ウィンターカップが終わるまでは、そのことで完全に浮かれていた。
だけどもうそれだけでは、この渇きは癒せない。
何度も打ち明けようと思って、思いとどまった。
男同士の恋愛なんてありえない。
それは火神にとって、覆しようもない真理だった。
何よりも受験生である黒子の心を、無駄に乱すのは絶対にダメだ。
「火神君、ちょっと相手をしてくれる?」
リコが火神に声をかけた。
火神は「うっス」と答えて、コートに入る。
とにかく今、気をまぎらわす方法は他になかった。
*****
とにかく今は合格することだけ。
黒子はひたすら勉強に打ち込んでいた。
黒子は受験に向けて、ラストスパートの時期を迎えていた。
模試の結果では、合格できる確率はかなり上がっている。
だが絶対安全圏ではなかった。
今まで部活に当てていた時間も、大好きな本を読んでいた時間も、すべて勉強に費やす。
黒子はバスケに向けるのと同じだけの情熱を受験に注いでいた。
「黒子、お前、顔色悪いぞ。」
放課後、席で参考書を開いていた黒子に声をかけたのは火神だった。
部を引退してからは、めっきり顔を合わせることが減った。
今日もこれから黒子は受験用の特別授業、火神は部活に顔を出そうとしているところだった。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
黒子は正面に立つ赤い瞳を見上げて、微笑した。
火神と喋ったのは、何日振りだろう。
多分ほんの数日も経っていないはずなのに、懐かしい。
優しい声が心に沁み渡っていくような気がする。
火神に飢えているのは、黒子も同じだった。
約3年間、同じ目標に向かって、濃密な時間を過ごした相棒。
そして秘かな片想いの相手なのだ。
どうしても心がときめいてしまう。
だけど眩しい光のような存在の火神の恋愛相手に自分はふさわしくない。
それは黒子にとって、覆しようもない真理だった。
学友、相棒、チームメイトの枠を越えて、付き合うなんてありえない。
「大丈夫じゃねーだろ。もう色白なんてレベルじゃねーぜ。」
「確かに少し寝不足です。でも休んでいられません。受験まであと少しですから。」
「・・・無理するな。頑張れよ。」
一瞬つらそうに目を細めた火神はポツリとそう告げて、背を向けた。
こうして声をかけてもらうだけでも嬉しいのに、心配までしてもらった。
でも火神は、そのまま行ってしまう。
不意に感じた苦しいような切なさに、黒子は思わず席を立った。
「!?」
その瞬間、黒子は激しい立ちくらみを感じて、机に手をついた。
だが視界がグニャリと揺れて、目が回り、身体を支えていられない。
寝不足と疲労による、貧血だ。
わかっていても、もう立っているのは無理だった。
「黒子!」
振り返った火神が、驚いた表情でこちらを見ている。
黒子は懸命に「大丈夫です」と言ったつもりだったが、声になったかどうかわからない。
ああ、まずい。このままじゃ倒れる。
だが黒子は真っ暗な闇に堕ちるように、意識を失ってしまった。
*****
「!!」
黒子が目を開けた瞬間、飛び込んできたのは火神の顔だった。
視界いっぱいに人相の悪い顔がドアップになり、黒子は思わず顔を引きつらせていた。
「火神、君。」
「お前、無理し過ぎだ。いくら勉強しても受験本番前に体調を狂わせたら、元も子もねーだろ。」
黒子は辺りをキョロキョロと見回した。
そして自分は保健室のベットで寝ており、横のパイプ椅子に火神が座っている。
ドアップは火神が心配そうに、黒子を覗き込んでいたせいだった。
「あ、授業」
「特別授業のプリントは貰っておいた。降旗が後でノートのコピーくれるって。」
そう言えば、同じく進学組の降旗も同じ教室にいた気がする。
火神だけでなく、降旗にまで迷惑をかけたのか。
黒子が居たたまれない思いで上半身を起こそうとすると、火神に肩を押されてベットに戻された。
「もう30分くらい寝とけ。起こしてやるから」
「でも火神君は、部活が」
「元々もう引退してんだ。休んだって怒られねーよ。」
「すみません。ご迷惑をおかけして」
「迷惑じゃねーし。とにかく今日は休め。で明日から頑張って、絶対に合格しろ。」
黒子は小さく「はい」と答えて、そっと火神を見上げた。
火神が子供をあやすようにポンポンと黒子の肩を叩く。
優しい目で見つめ返してくれることに安堵して、目を閉じた。
ああ、もうダメだ。
黒子は睡魔に身を任せながら、観念した。
火神とただの学友、ルームメイトとして、接するのは無理だ。
激しくて、優しい相棒に、恋をしている。
中途半端な関係を続けても、黒子の心は傷つき、いつか引き裂かれる。
もうこの気持ちは隠しておけない。
そのためにはまず大学に合格しなくてはならない。
同じスタートラインに立って初めて、この想いを伝える資格がある。
黒子は緩やかに眠りに堕ちながら、静かに決意していた。
やっぱり目を離せない。
黒子の寝顔を見ながら、火神もまた決意を固めていた。
健気でひたむきで危なっかしい相棒が愛おしい。
大学受験が終わったら、この想いを伝えよう。
2人がたどり着いた真理の真相。
そして黒子の大学受験の日は、着々と近づいていた。
【続く】