”の”な10題

【生贄の誇り】

「久しぶりだ。」
久しぶりに公式戦の雰囲気に思わず身を浸した赤司征十郎は、思わずそう呟いた。
熱気と興奮は、心地よく身体に馴染んでいる。

黒子たちの高校最後の公式戦となるウィンターカップは、終盤に差し掛かっていた。
誠凛高校は、すでに準決勝進出を決めている。
そして今から同じく準決勝進出をかけて、海常と陽泉の試合が始まろうとしていた。

この大会にも番狂わせはあった。
あの「キセキの世代」の1人、緑間真太郎のいる秀徳は、予選で敗退していた。
とはいえ、東京には「キセキの世代」が2人、プラス「幻の6人目(シックスマン)」がいる。
1年の時は特別枠があったが、あれはあくまで特殊なこと。
どうしてもどこかが予選で落ちてしまうのは、仕方のないことだった。

だがそれより世間を驚かせたのは、あの洛山高校の早々の敗退だ。
ウィンターカップには進んだものの、1回戦で海常高校に敗れていた。
これにもちゃんと理由がある。
1年の頃から4番を守ってきた絶対的天帝、赤司征十郎がいない。
夏のインターハイを終えた後、赤司は部を引退したのだ。
赤司を欠き「無冠の五将」と呼ばれた者たちもすでに卒業している。
それでもウィンターカップに出てくるのだから、むしろさすが洛山というべきである。

赤司がウィンターカップを待たずに引退したのは、彼もまた将来に向かって足を踏み出すためだ。
日本有数の名家の子息である彼は、大学は海外に進むことを義務付けられている。
その準備のために、早い引退を決めたのだ。
欧州やアジア、アメリカなど様々な大学を比較検討し、先日アメリカの大学に進学を決めた。
そして今日は今大会初めて、試合の観戦に来たのだった。

「赤司君!久しぶりですね!」
通路を歩く赤司を目ざとく見つけたのは、黒子だった。
正直なところ、バスケで有名人の赤司は通路を歩くだけで、ジロジロと見られてウンザリしていた。
屈託のない態度で、声をかけられるとホッとする。
隣に赤い髪の大男が威嚇するように立っていたのを差し引いてもだ。

「観戦ですか?」
「ああ。もっと早くから来たかったけど、時間がなくて。」
「進学の準備ですね?確かアメリカ。」
「その通り。ようやく決まったよ。」
「おめでとうございます。でも寂しくなります。」

決して見え透いたお世辞は言わない黒子の言葉は胸を打つ。
赤司は穏やかな微笑で、礼を言っていた。

*****

「結局、どこの大学にしたんだよ?」
火神は赤司にそう聞いた。
だが正直言って、さほど興味があったわけではない。
黒子と2人、話が弾んでいる様子が、面白くなかっただけだ。

「氷室先輩と同じところにしたよ。」
「へぇ、タツヤの大学かよ?」
「直接出向いて、彼にキャンパスを案内してもらったのが決め手になった。」
「あそこはバスケも強いよな。続けるんだろ?」
「もちろんだ。」

赤司は火神の問いにも、テンポよく答えてくれた。
それにしても赤司と氷室がチームメイトになるのは、面白そうだ。
アメリカはレベルが高いが、氷室は1年でレギュラーポジションを獲得している。
赤司もまた大活躍してくれることだろう。

「じゃあもう対戦することもないのか。」
「さぁな。大学では無理だろうが、その先なら」
「え?プロになるのかよ?」
「それもまだわからない。」

名家の子息である赤司は、いずれは家を継がなければならない。
だが今すぐというわけではない。
バスケットプレーヤー、もしくはプロ棋士。
家を継ぐまでの間に、好きなことを1つ極めたいと思っている。

「つまり執行猶予って感じだな。」
「赤司って、実は苦労してんだな。」
「まぁね。名家の息子なんて、生贄みたいなもんだ。最後は家のために命を捧げる。」
「それは。。。大変だな。」
「別に。生贄にも誇りはある。」
赤司は不敵な表情で、笑っている。
それはかつて闘将とか天帝と呼ばれていたあの目を彷彿とさせた。

「2人は最京大だったな?」
「おお!バスケは一緒にできねーけど。一緒に住もうかって思ってる。」
「ちょ、火神君。ボクはまだ合格もしてないんですよ?」

火神が得意気に赤司に宣言すると、黒子が慌てて口を挟んだ。
4月になったら2人で部屋を借りようと、火神は黒子に提案している。
そのたびに、黒子には「まずは合格してから」と言われた。
それでも同居自体を否定はされていないのは、合格すればOKという意味だろう。
そのことに火神は、完全に浮かれていた。

「悪いが、テツヤと2人で話をしたい。」
「・・・先に行ってる。」
不意に赤司が火神にそう告げた。
元帝光中の仲間の絆を知る火神は、今さら嫉妬することもない。
手を上げて「じゃあな」と挨拶すると、先に誠凛メンバーたちの席へと戻った。

*****

「ったく、浮かれているな。」
赤司は、去っていく火神の背中に向かって呟いている。
黒子は「困ってるんです」とため息をついた。

黒子の最近の悩みは、火神の態度だった。
火神への想いを自覚し、大学進学を期に離れようと思った。
だけどもう少しだけそばにいたいと思い直した。
相棒でもなく、チームメイトでもなく、ただの学友だ。
そうやって少しずつ距離を置いて、卒業するときには心の整理をつけてしまうつもりだった。

なのに火神ときたら、そんな黒子の気持ちなどお構いなしだ。
大学に入ったら、一緒に住みたいなどと言い出している。
単純に大学に入っても、今までと同じ友情を温めてくれるつもりなんだろう。
だけど4年かけて諦めるつもりだった黒子にとっては、困惑することこの上ない。

「差し出がましいとは思ったんだが」
赤司がいつになく遠慮がちに口を開いたのを見て、黒子は肩を落とした。
わかっていたのだ。
赤司なら黒子の気持ちなど、すぐに見破ってしまうことを。
そして黒子を案じて、あえて言いたくないことを言おうとしているのだろう。

「このままルームメイトとして、彼と4年間過ごすのかい?」
やはり赤司は黒子と火神の関係に触れてきた。
黒子はため息をつきながら「そのつもりです」と答えた。
火神の誘いをきっぱりと断わらないのは、黒子の未練だ。
ルームメイトなら、近い場所で見ていられる。
4年かけて諦めるなんて言いながらも、やはり火神が好きなのだ。

「お前の友情は、恋心の生贄か。」
赤司は目を眇めて、黒子を見た。
恋心を満たすために、友情という名の絆に縋る。
赤司はそんな黒子の決意を、冷やかに見ているのだろう。
だけど黒子は、その視線をしっかりと受け止めた。

「生贄の誇りもありますよ。」
先程の赤司の言葉を、黒子はそのまま口にした。
間違っているのかもしれないけど、決心は固いのだ。
赤司はほんの少しだけ唇を歪めると「なるほど」と答えた。

【続く】
7/10ページ