”の”な10題
【狂気の瞳】
「やっぱり強いよ、誠凛は」
「秀徳だって強いですよ。本当に」
久しぶりに会う好敵手は、清々しい笑顔を見せてくれる。
黒子も頬を緩ませながら、相手の健闘を称えた。
ウィンターカップの予選が近づき、誠凛高校は力試しの練習試合に臨んだ。
相手は緑間や高尾がいる秀徳高校だ。
夏のインターハイ予選は組み合わせの不運で、秀徳は早い時点で桐皇と当たって敗れてしまった。
つまり次のウィンターカップの出場権はないのだ。
本来なら緑間たち3年生は引退だ。
それなのにこの練習試合のためにわざわざ調整して、出てくれたのだ。
試合は僅差で秀徳の勝ちだった。
それは決して実力差ではない。
誠凛はもうすぐ公式戦なので、連係プレーなどの確認など、調整の意味合いが強い。
対する秀徳は3年生最後の試合と位置付けて、必死に勝利を掴みに来る。
その差がそのまま勝敗を分けた。
「最後に勝ったし。これで悔いなく引退できるよ。」
試合終了後、黒子に握手を求めてきたのは高尾だった。
もちろん黒子もすぐに手を差し伸べる。
もうお互い高校生として対戦することはない。
ひょっとしたらもう同じコートにたつことはないかもしれない。
「これでもう受験一直線だな~」
「え?高尾君、推薦来てないんですか?」
黒子は驚いて、聞き返した。
緑間ほどは目立たないが、高尾だって強豪・秀徳高校で1年からレギュラーなのだ。
獲得に動く大学があっても、おかしくないだろうに。
「来たけどさぁ。地方ばっかりなんだ。オレ東京がいいんだよね。」
「やっぱり便利ですよね。」
「うん。真ちゃんと同居しようかな~なんて思ってて。」
「同居、ですか?」
「真ちゃんと大学は別れるけど、せめて、ね。」
同居、つまり一緒に住む。
中学時代から緑間を知る黒子としては、何と思い切った決断だと思う。
緑間に限ったことではなく「キセキの世代」と呼ばれる彼らは、全員独特のスタイルを持っている。
一緒に暮らすとなると、精神的に消耗するのではなかろうか。
「大変なのは覚悟の上だ。でもまだ一緒にいたいって思うんだよ。」
黒子の気持ちを察したのだろう。
高尾はきっぱりと宣言すると、じっと黒子を見た。
鷹の名を冠する高尾の瞳には、並々ならぬ決意が見えた。
それはさながら狂気のような、獰猛な光だ。
「一緒にいたい、ですか。」
黒子は高尾の言葉を繰り返した。
その意味は黒子が火神に感じる想いと同じだろうか。
*****
「秀英医大に行くのだよ。」
高尾が黒子に決意表明するその横で、緑間も火神に宣言していた。
まだ入学願書も出していないのに「受験する」ではなく「行く」と断言するのが、何とも緑間らしい。
「医者になるのか?」
「当たり前だ。医大に行くと言っているのだぞ?バカめ」
「相変わらず上から目線だな、おい!」
火神は肩を竦めて、苦笑する。
知り合ったばかりの頃には、緑間のこの態度にイライラしたものだ。
だが今はもう慣れた。
それに性格は口調ほど横柄ではない。
実は思いやりがあり、愛すべき人間であることはわかっている。
「バスケ、やめるのか?」
「秀英医大にもバスケ部はあるのだよ。」
「でもそんなに強くねーだろ?」
「誠凛などという新設校に入って活躍したお前の言葉とは思えんな。」
上から目線ではあるが、微妙に褒めてくれてはいるらしい。
そして宣戦布告でもある。
今は強くないが、自分が入学したことで強くなると言いたいのだ。
1年の頃、新設校に入学した黒子を「人事を尽くしていない」などと非難していた男の言葉とは思えない。
つまりこの3年で緑間も成長したということなのだろう。
「じゃあまた次は大学で戦うことになるな。」
「それよりも火神、お前は行く大学を決めたのか?」
「いや、まだだけど」
「さっさと決めろ。話はそれからなのだよ。」
火神は「わかってらぁ」と答えながら、チラリと黒子を見た。
なかなか決断できない原因である、大事な相棒。
その黒子は、高尾と何かを話し込んでいる。
「そういや、高尾は?さすがに医大じゃ同じトコには行けねーだろ?」
「無論だ。あいつは医者志望じゃないからな。だけど別れることはない。」
「あ?」
「あいつも都内の大学を受験する。そして4月から一緒に住むのだよ。」
「ど、同棲?」
「同居と言え」
緑間は眼鏡のフレームを手で押し上げながら、そう言った。
火神はその目の奥に不穏な光を見たような気がして、思わずたじろいだ。
進む大学は違うのに、わざわざ一緒に住むのは、単に友情からなのか。
相棒に恋する身としては、どうにも妙な想像をしてしまう。
「とにかくお前も早く決めろ。黒子にもそう言っておけ!」
緑間はそう言い放つと、ベンチへと引き上げていく。
そうしながらチラチラと黒子とまだ話している高尾を見ている。
粘り付くような視線の奥に見えるのは、緑間の高尾への執着だろうか。
狂気の瞳に見えなくもないが、火神はあえて気にしないことにした。
火神だって黒子に執着しているわけだし、他人にかまっている場合でもない。
バスケと黒子、欲しいものを手に入れるために前に進むだけだ。
*****
「お前と火神はどうなんだよ。まだ一緒にいたいって思わねーの?」
「・・・思わないこともないかもしれません。」
曖昧な黒子の答えに、高尾が「どっちだよ!」とツッコミを入れてくる。
でも本当は考えるまでもなく、まだ一緒にいたい。
黒子はまた火神を見た。
緑間と何事か話していたが、別れてそれぞれのベンチに戻っていくところだった。
彼らも進路の話をしたのだろうか?
ここ最近、黒子は毎日のように火神から同じ大学に進んで、一緒にバスケをしようと口説かれている。
だが黒子は頑として、首を縦に振らずにいた。
火神の条件を飲むと行きたい学部がないという理由はあくまで表向きだ。
傷つくのが嫌だから、ここで別れて綺麗な思い出にしようと決意していたのだ。
だけど高尾の話を聞くと、もう少し欲張ってもいいのかという気がしてくる。
将来のことを考えると、一緒にバスケを続けるのは難しい。
それならば友人として、もう少し隣にいるのも1つの道だ。
ボロボロに傷ついても、人知れず火神を想い続けるのもありかもしれない。
「オレ、火神と黒子はお似合いだと思うぜ?」
黒子の気持ちにどこまで気付いているのか、高尾は茶化すようにそう言った。
先程見せた狂気の瞳は、悪戯っぽい目に変わっている。
何だか慰められたようで、気に入らない。
負けず嫌いな黒子は、反撃を試みることにした。
「それはどうも。でも高尾君と緑間君には適いません。」
「そうかぁ?」
「あの緑間君と一緒に住めるなんて、凄いことですよ。」
「オレはそんな風には思わないけど」
「きっと部屋の中はアイテムだらけの博物館状態ですよ。かえるのぬいぐるみとか信楽焼のたぬきとか。」
高尾は「あ!」と声を上げて青ざめた。
おは朝占い信者の緑間は、ラッキーアイテムを必ず携帯する。
自宅にかなりいろいろなアイテムのストックがあるようだし、手持ちがなければ気前よく購入する。
実家を出るなら、当然それらを持参してくるだろう。
つまり同居する高尾も、それらのアイテムに囲まれて生活することになる。
どうやら高尾は今までそのことに思い至らなかったらしい。
「引っ越したら、新居に遊びに行かせてくださいね。博物館、見てみたいです。」
黒子はダメ押しと言わんばかりに、そう言った。
だが高尾は言葉もなく、呆然としている。
どうやらささやかな反撃は成功したらしい。
でもきっと秀徳の光と影は、卒業しても共に歩いていくだろう。
可愛らしいアイテムに囲まれながら、きっと楽しくやっていくに違いない。
黒子は高尾に軽く一礼すると、誠凛のベンチへと歩き出した。
【続く】
「やっぱり強いよ、誠凛は」
「秀徳だって強いですよ。本当に」
久しぶりに会う好敵手は、清々しい笑顔を見せてくれる。
黒子も頬を緩ませながら、相手の健闘を称えた。
ウィンターカップの予選が近づき、誠凛高校は力試しの練習試合に臨んだ。
相手は緑間や高尾がいる秀徳高校だ。
夏のインターハイ予選は組み合わせの不運で、秀徳は早い時点で桐皇と当たって敗れてしまった。
つまり次のウィンターカップの出場権はないのだ。
本来なら緑間たち3年生は引退だ。
それなのにこの練習試合のためにわざわざ調整して、出てくれたのだ。
試合は僅差で秀徳の勝ちだった。
それは決して実力差ではない。
誠凛はもうすぐ公式戦なので、連係プレーなどの確認など、調整の意味合いが強い。
対する秀徳は3年生最後の試合と位置付けて、必死に勝利を掴みに来る。
その差がそのまま勝敗を分けた。
「最後に勝ったし。これで悔いなく引退できるよ。」
試合終了後、黒子に握手を求めてきたのは高尾だった。
もちろん黒子もすぐに手を差し伸べる。
もうお互い高校生として対戦することはない。
ひょっとしたらもう同じコートにたつことはないかもしれない。
「これでもう受験一直線だな~」
「え?高尾君、推薦来てないんですか?」
黒子は驚いて、聞き返した。
緑間ほどは目立たないが、高尾だって強豪・秀徳高校で1年からレギュラーなのだ。
獲得に動く大学があっても、おかしくないだろうに。
「来たけどさぁ。地方ばっかりなんだ。オレ東京がいいんだよね。」
「やっぱり便利ですよね。」
「うん。真ちゃんと同居しようかな~なんて思ってて。」
「同居、ですか?」
「真ちゃんと大学は別れるけど、せめて、ね。」
同居、つまり一緒に住む。
中学時代から緑間を知る黒子としては、何と思い切った決断だと思う。
緑間に限ったことではなく「キセキの世代」と呼ばれる彼らは、全員独特のスタイルを持っている。
一緒に暮らすとなると、精神的に消耗するのではなかろうか。
「大変なのは覚悟の上だ。でもまだ一緒にいたいって思うんだよ。」
黒子の気持ちを察したのだろう。
高尾はきっぱりと宣言すると、じっと黒子を見た。
鷹の名を冠する高尾の瞳には、並々ならぬ決意が見えた。
それはさながら狂気のような、獰猛な光だ。
「一緒にいたい、ですか。」
黒子は高尾の言葉を繰り返した。
その意味は黒子が火神に感じる想いと同じだろうか。
*****
「秀英医大に行くのだよ。」
高尾が黒子に決意表明するその横で、緑間も火神に宣言していた。
まだ入学願書も出していないのに「受験する」ではなく「行く」と断言するのが、何とも緑間らしい。
「医者になるのか?」
「当たり前だ。医大に行くと言っているのだぞ?バカめ」
「相変わらず上から目線だな、おい!」
火神は肩を竦めて、苦笑する。
知り合ったばかりの頃には、緑間のこの態度にイライラしたものだ。
だが今はもう慣れた。
それに性格は口調ほど横柄ではない。
実は思いやりがあり、愛すべき人間であることはわかっている。
「バスケ、やめるのか?」
「秀英医大にもバスケ部はあるのだよ。」
「でもそんなに強くねーだろ?」
「誠凛などという新設校に入って活躍したお前の言葉とは思えんな。」
上から目線ではあるが、微妙に褒めてくれてはいるらしい。
そして宣戦布告でもある。
今は強くないが、自分が入学したことで強くなると言いたいのだ。
1年の頃、新設校に入学した黒子を「人事を尽くしていない」などと非難していた男の言葉とは思えない。
つまりこの3年で緑間も成長したということなのだろう。
「じゃあまた次は大学で戦うことになるな。」
「それよりも火神、お前は行く大学を決めたのか?」
「いや、まだだけど」
「さっさと決めろ。話はそれからなのだよ。」
火神は「わかってらぁ」と答えながら、チラリと黒子を見た。
なかなか決断できない原因である、大事な相棒。
その黒子は、高尾と何かを話し込んでいる。
「そういや、高尾は?さすがに医大じゃ同じトコには行けねーだろ?」
「無論だ。あいつは医者志望じゃないからな。だけど別れることはない。」
「あ?」
「あいつも都内の大学を受験する。そして4月から一緒に住むのだよ。」
「ど、同棲?」
「同居と言え」
緑間は眼鏡のフレームを手で押し上げながら、そう言った。
火神はその目の奥に不穏な光を見たような気がして、思わずたじろいだ。
進む大学は違うのに、わざわざ一緒に住むのは、単に友情からなのか。
相棒に恋する身としては、どうにも妙な想像をしてしまう。
「とにかくお前も早く決めろ。黒子にもそう言っておけ!」
緑間はそう言い放つと、ベンチへと引き上げていく。
そうしながらチラチラと黒子とまだ話している高尾を見ている。
粘り付くような視線の奥に見えるのは、緑間の高尾への執着だろうか。
狂気の瞳に見えなくもないが、火神はあえて気にしないことにした。
火神だって黒子に執着しているわけだし、他人にかまっている場合でもない。
バスケと黒子、欲しいものを手に入れるために前に進むだけだ。
*****
「お前と火神はどうなんだよ。まだ一緒にいたいって思わねーの?」
「・・・思わないこともないかもしれません。」
曖昧な黒子の答えに、高尾が「どっちだよ!」とツッコミを入れてくる。
でも本当は考えるまでもなく、まだ一緒にいたい。
黒子はまた火神を見た。
緑間と何事か話していたが、別れてそれぞれのベンチに戻っていくところだった。
彼らも進路の話をしたのだろうか?
ここ最近、黒子は毎日のように火神から同じ大学に進んで、一緒にバスケをしようと口説かれている。
だが黒子は頑として、首を縦に振らずにいた。
火神の条件を飲むと行きたい学部がないという理由はあくまで表向きだ。
傷つくのが嫌だから、ここで別れて綺麗な思い出にしようと決意していたのだ。
だけど高尾の話を聞くと、もう少し欲張ってもいいのかという気がしてくる。
将来のことを考えると、一緒にバスケを続けるのは難しい。
それならば友人として、もう少し隣にいるのも1つの道だ。
ボロボロに傷ついても、人知れず火神を想い続けるのもありかもしれない。
「オレ、火神と黒子はお似合いだと思うぜ?」
黒子の気持ちにどこまで気付いているのか、高尾は茶化すようにそう言った。
先程見せた狂気の瞳は、悪戯っぽい目に変わっている。
何だか慰められたようで、気に入らない。
負けず嫌いな黒子は、反撃を試みることにした。
「それはどうも。でも高尾君と緑間君には適いません。」
「そうかぁ?」
「あの緑間君と一緒に住めるなんて、凄いことですよ。」
「オレはそんな風には思わないけど」
「きっと部屋の中はアイテムだらけの博物館状態ですよ。かえるのぬいぐるみとか信楽焼のたぬきとか。」
高尾は「あ!」と声を上げて青ざめた。
おは朝占い信者の緑間は、ラッキーアイテムを必ず携帯する。
自宅にかなりいろいろなアイテムのストックがあるようだし、手持ちがなければ気前よく購入する。
実家を出るなら、当然それらを持参してくるだろう。
つまり同居する高尾も、それらのアイテムに囲まれて生活することになる。
どうやら高尾は今までそのことに思い至らなかったらしい。
「引っ越したら、新居に遊びに行かせてくださいね。博物館、見てみたいです。」
黒子はダメ押しと言わんばかりに、そう言った。
だが高尾は言葉もなく、呆然としている。
どうやらささやかな反撃は成功したらしい。
でもきっと秀徳の光と影は、卒業しても共に歩いていくだろう。
可愛らしいアイテムに囲まれながら、きっと楽しくやっていくに違いない。
黒子は高尾に軽く一礼すると、誠凛のベンチへと歩き出した。
【続く】