”の”な10題

【灼熱の愛】

「ねぇ黒子っち!ダメっスか?」
かつてのチームメイトにして好敵手の男は、相変わらずのマイペースだ。
黒子はそんな彼の押しの強い笑顔に、少々引き気味だった。

インターハイは不本意な結果に終わった。
誠凛高校バスケ部は、ウィンターカップに向けて練習の日々だ。
そんな時唐突に現れたのは、かつての「キセキの世代」の1人。
海常高校の黄瀬涼太だ。

「黒子っち!オレ、大学が決まったっス!」
体育館の扉を開けて、いきなり声を上げた黄瀬は黒子を見つけて駆け寄ってきた。
練習中だからなどという配慮はない。
おかげで実戦形式のミニゲームの張りつめた空気が一気に緩んだ。

「それは、おめでとうございます。」
黒子は秘かにため息をつきながら、監督のリコを見た。
どうせもうすぐ休憩時間なのだから、今でいいのではないかというお伺いだ。
黄瀬を咎めても彼の性格は治らないし、壊れてしまった緊張感も戻らない。
リコも黒子の意図を悟ったようで「10分休憩!」と声を張り上げた。
部員たちは汗を拭いたり、水分補給などをしながら、体育館の床に腰を下ろす。
そして聞くとはなしに、黒子と黄瀬の会話を聞くことになった。

「どこの大学ですか?」
「王城大学っス!」
「バスケの名門ですね。」
「王城の監督とうちの監督って元チームメイトで、うちから毎年1人か2人入るんスよ。」

黒子はチラリと横目でリコを見た。
その表情はかすかに引きつって見える。
リコは黒子に大学からの推薦が来ないことを気にしていた。
名門校なら監督がその人脈で大学に働きかけることもできるが、リコにはそれができないのだ。
黒子はそんなことを気にしておらず、逆に心苦しい思いなのに。

「笠松先輩も確か、王城でしたね。」
「はい。また先輩とプレイできるのが、楽しみっス!」
「ボクもまた笠松先輩と黄瀬君のコンビを見られるのが楽しみですよ。」

リコに余計な気を使わせたくない黒子は、さり気なく話題をそらせたいと思う。
これで大学の話は終わりにして、ウィンターカップの話にでも。
だが黒子の思惑など知らない黄瀬は、また話を戻してしまう。

「黒子っちは、進路まだ決まってないでしょ?王城に来ないっスか!?」
「え?」
「黒子っちのパス、また受けたいんスよ。それに黒子っちならウチの監督も口添えくれます!」
「それは光栄です。」
「ねぇ黒子っち!ダメっスか?」
「丁重にお断りさせて頂きます。」

あまりの黄瀬のテンションに、黒子は少々引いている。
それにもうこれ以上、部員たちがいるところで、こんな話をして欲しくない。
だが黄瀬がまた自分のパスを受けたいと言ってくれるのは、単純に嬉しかった。

*****

「黒子っちへの、灼熱の愛っス!」
黄瀬はいけしゃあしゃあと黒子を口説き続けている。
火神はイライラと、黒子と黄瀬のやり取りを聞いていた。

黄瀬がいきなり現れるのには、もうすっかり慣れた。
最初は1年の時、入部したばかりの練習試合の直前だ。
いきなり「黒子っちください」などと先制パンチをかまされた。
それからも時々現れては、黒子とジャレていく。
もうほとんどチャラ男のナンパと変わらないではないか。
まったくわざわざ神奈川から時間も交通費も使ってやって来て、何をしているのか。

「黄瀬君、調子が良すぎます。」
黒子は落ち着いていて、黄瀬の言葉を受け流している。
だが火神には、黄瀬は冗談めかしているものの、かなり本気で誘っていると思う。
黄瀬の行動はわかりやすい。
黒子のことをプレーヤーとして尊敬し、人として好きだと思っている。
だからそれを素直に表現しているのだ。

黒子はやんわりと、でもはっきりと黄瀬の誘いを断っている。
黄瀬がいきなり練習中に現れるのも珍しいことではない。
それなのに、今日はすごくイライラする。
理由はわかっている。
その気持ちの正体は嫉妬だ。

火神の黒子に対する「好き」は、恋愛の「好き」だと自覚したばかりなのだ。
では黄瀬の「好き」はどうなのか。
そして黒子の「好き」は誰に向かっているのか。
それが気になるから、黄瀬と黒子の親密な様子に腹が立つ。

「え~!?黒子っちの志望校、バスケ推薦じゃない人はバスケ部に入れないんスか!?」
「はい。でも同好会がありますから。」
「そんな、もったいない。王城に来ましょうよ~」
「王城だと行きたい学部がないんですよ。でもどうしてそんなに熱心に誘ってくれるんです?」
「そりゃ、黒子っちへの、灼熱の愛っス!」

2人はまだ話し込んでいる。
だが「灼熱の愛」などという大げさな表現に、ついに火神のイライラが限界を超えた。
とっとと黄瀬を追い返してやる。
火神は拳を握りながら、黒子と黄瀬のところへ向かおうとする。
だがその手首を掴まれて、驚き、振り返った。
火神を止めたのは、監督のリコだった。

「ちょっと外で話そう。」
リコが体育館の扉を目で指しながら、火神を連れ出そうとする。
火神は忌々しそうに黄瀬の背中を睨み付けた。
だがそれ以上は何もせずに、先に歩き出したリコの背中についていった。

*****

「火神君、黒子君の進路希望、聞いてる?」
体育館の外に出るなり、リコは火神にそう聞いた。
火神は首を振って「聞いてねぇ、ですよ」と答えた。

「黒子君、司書教諭になりたいんだって。」
「シショ、キョウユ?」
「学校の図書室の先生よ。それをしながら中学か高校のバスケ部の監督になりたいって。」

本当はこういうことは、黒子本人が火神に伝えるべきだと思う。
それなのに黒子も火神も、将来のことについては本当に言葉足らずなのだ。
だからリコは気が進まないながら、火神にそれを話すことにしたのだった。

「そんな話、聞いてねぇ、です。」
「そのようね。」
「でもそのシショキョウユ?になるのは、最京大じゃないとダメ、なんすか?」
「それはまた別。最京大で授業を受けたい先生がいるんだって。」

火神は何と言っていいかわからず、黙り込んだ。
黒子はかなり具体的に卒業後の自分の未来を思い描いている。
そしてその中に火神はいない。
そのことが悔しくて、悲しくて、何を言っていいかわからないのだ。

「どうして黒子君は、それをあなたに話さないのかしら。」
「オレは関係ないから・・・じゃないスか?」
「違うわよ、きっと。」
リコは火神の目を真っ直ぐに見ながら、断言する。
火神は弾かれたように、リコを見た。

「黒子君にとって、あなたは特別なのよ。だから話さないんじゃないかな。」
「どういう、ことスか?」
「これ以上は言えない。あとは自分で解決しなさい。」
リコは黒子の気持ちを、だいたい理解しているつもりだ。
だがあえて「自分で解決しろ」と言った。
黒子に聞けとも、火神自身に考えろとも、言わない。
2人の将来は2人で決めて、切り開いていかなければならないからだ。

「ヒント出しすぎちゃったかな。まーいっか、バカガミだし。」
リコは火神をその場に残したまま、先に体育館へと戻っていった。
灼熱の愛。バスケットボールへの。そして大事な相棒への。
黒子も火神も早くそれに気付いてくれればいいと思う。

自分の将来、黒子の将来。
残された火神は、リコの言葉の意味を懸命に考えた。
2人で同じ未来を歩くためには、どうしたらいいのか。
だが今、わかっていることはただ1つだけだ。
黒子の心の内をきちんと知らなければ、何もできない。

【続く】
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