クスリで10題
【インスミン】
「まったくよく飽きないね~」
巨体の男は小柄の男に、呆れたように言い放った。
紫原敦は、組織の中では「お菓子屋」と呼ばれている。
10代向けの安価な商品を考えるのだ。
最新のヒット商品はグミタイプの睡眠薬だ。
かわいらしいパッケージで、しかも甘くて美味しい。
10代の女子によく売れるが、男の客も少なくない。
女の子を騙してよからぬことに使うのだろうか。
失敗作も多くある。
まいう棒タイプの薬を作った時には、赤司に「趣味に走り過ぎだ」とたしなめられた。
だがメゲずにポテトチップスタイプを作って、周囲を呆れさせていた。
それでもお菓子は得意分野であるせいか、組織の中では数少ない、仕事を楽しんでいる男だった。
だが今はちょっと違う仕事をしている。
高校時代のバスケのライバルにして、今は同じ組織で働く黒子テツヤの監視だ。
警察官であるかつての先輩に目をつけられてしまった。
だから今は軟禁状態になっており、処分を待つようにと赤司に言い渡されている。
「まったくよく飽きないね~」
とあるマンションの1室で、巨体の男は小柄の男に呆れたように言い放った。
黒子は部屋に閉じ込められてから、ずっと本を読んでいる。
その集中力は凄まじいもので、朝から夜までほとんど同じ体勢で読み続けているのだ。
「君は退屈ですよね。付き合わせてすみません。」
黒子は読んでいた本から目を上げると、紫原に黙って頭を下げた。
そしてまた小さな文庫本に視線を戻してしまった。
紫原は「ねぇ、聞いていい?」と切り出し、黒子の答えを待たずに質問をぶつける。
「黒ちんって木吉のことが好きだと思ってたけど。なんで伊月と一緒にいるの?」
紫原はずばりとそう切り出した。
高校時代はお互い好きあっているように見えたし、事実付き合っていた時期もあると聞いた。
なのにどうして借金を抱えた伊月と行動を共にすることにしたのだろう?
黒子は一瞬、困ったような表情になったが、すぐに元の無表情に戻った。
「紫原君が氷室さんといっしょにいないのと、同じ理由ですよ。」
黒子はそう告げると、今度こそ本に戻った。
好きだからこそ、一緒にいないのだ。
紫原はその答えに納得し「わかった~」と軽い口調で答えた。
*****
「なんで止めなかったんすか?」
かつて女子に絶大な人気を誇ったルックスの男は、本気で怒っていた。
何が悲しくて、グミなんだ。
伊月は新しい商品を見ながら、頭を抱えていた。
また商品用のサイトを作らなければならないのだが、今回はむずかしい。
それはインスミンという、すでに発売中止になった睡眠薬の名前がついている。
だが商品は一見するとかわいらしい菓子で、この商品名が似つかわしくないのだ。
こんなアンバランスな商品、どんなサイトで販売したらいいのだ。
そもそも口コミでそこそこ売れていると聞いているし、わざわざサイトで売る必要なんかあるのか。
アジトである安アパートのパソコンの前で頭を抱えていると、ドアがノックされた。
ドアチャイムなんて洒落たものは、このアパートにはない。
伊月は「セールスならお断りだよ~!」とドアの外に向かって、声を張り上げた。
だがドアの外からは「え~?掘り出し物の商品なんですけどね」と答えが返って来る。
このやりとりは組織で決められた暗号だ。
つまり相手は同じ組織の人間。
伊月は急いで玄関に向かい、ドアを開けて「え?」と声を上げる。
そこに立っていたのは顔見知りであり、意外な男だった。
「久しぶりと言いたいところですが、時間があまりないっす。」
男はさっさと部屋の中に入ると、後手にドアを閉めながら、そう言った。
伊月はその男をマジマジと見ながら「何でお前がここにいるんだ?」と聞く。
彼の名前は黄瀬涼太。
かつてのバスケのライバルで、伊月同様もうバスケはやめている。
モデルから転身してタレント活動をしていた時期もあるが、最近はメディアでもあまり姿を見ない。
「実はオレも組織のメンバーなんっす。っていうかキセキの世代は全員っすね。」
「はぁ?じゃあやっぱりこの組織のトップのエンペラーって」
「赤司っちですよ」
「・・・やっぱり」
伊月は半ば呆然としながら、どこか納得していた。
そして黒子はすでにこの事実を知っていたのだとも思う。
別に根拠があったわけじゃないが、伊月は勘が鋭い方だ。
その勘でこの組織に赤司の雰囲気を感じていた。
1年の時のあの非情な赤司に牛耳られていた洛山高校のにおいがするのだ。
「これ、黒子っちの居場所です。今は多分紫原っちが見張ってます。」
「無事なのか?」
「相変わらずです。毎日本を読んでますよ。」
「助けに行けっていうのか?オレは親と姉妹を人質に取られてんだぞ」
伊月は顔を歪めながら、訴えた。
黒子を連れて逃げようと考えたのは1度や2度じゃない。
そのたびに家族、特に妹の顔がよぎって、いつも踏みとどまってしまうのだ。
「それならもっと慎重にするべきでした。黒子っちと木吉を接触させたのはまずかった。」
「危険はわかってたさ。でも。。。」
「なんで止めなかったんすか?」
かつて女子に絶大な人気を誇ったルックスの男は、本気で怒っていた。
黒子のことを心配し、綺麗な顔をゆがませている様には異様な凄味がある。
「いいっすか。1度しか言わないから、よく聞いて下さい。」
黄瀬は大きな身体をかがめるようにして、伊月の耳元に口を寄せた。
伊月は黄瀬の話を聞き終えると、黒子の居場所が書かれたメモを受け取った。
*****
「木吉先輩。お疲れ様です。」
後輩の言葉に、思わず頬を緩ませる。
いつもそう呼ばれていた高校時代が懐かしいと思うのだ。
伊月と思われる人物から暗号のようなメールを受け取った後、木吉は黒子たちの捜索を止めた。
リコが解いた暗号によると、伊月にはあと1年つかまりたくない事情がある。
それでも捕まえたいというなら、自分たちで動くのではなく警察組織として動けと。
1年。おそらくそれは借金の返済時期なのではないだろうか?
そして多分木吉たちが中途半端に動くと、組織内での彼らの立場が悪くなる。
それならば逮捕という形をとって、保護してほしいということではないか?
その結論に達した時、木吉たちはこの捜索を諦めることにした。
今黒子と伊月を逮捕するほどの客観的な証拠はない。
それならば1年間、待った方がいい。
彼らの身を闇雲に危険に晒すより、そして伊月の家族が苦しみことになるより。
とにかく現状を維持して、彼らの安全を守った方がいい。
こんなことを考えるのは、警察官としては失格なのかもしれない。
だがやはりかつての仲間にはとにかく生きていてほしい。
それならば今は彼らのことを忘れて、目の前の仕事に専念するべきだろう。
だから木吉は黙々と交番勤務の仕事に励んでいた。
何だかんだで忙しく、何も考える余裕がないのがありがたい。
とにかく黒子、伊月、今は無事でいてくれ。
祈るような思いで、仕事に打ち込んだ。
「今、戻った!」
パトロールから戻った木吉は、交番に残っていた後輩の巡査に声をかけた。
すると小さな机で書き物をしていた後輩巡査が顔を上げる。
「木吉先輩。お疲れ様です。」
後輩の言葉に、思わず頬を緩ませる。
いつもそう呼ばれていた高校時代が懐かしいと思うのだ。
今ではその名で呼んでくれるのは、この後輩巡査しかいない。
「落し物か?」
木吉は後輩巡査が書き終わろうとしていた書類を見て、そう聞いた。
それは遺失物の届け出書類、そしてその横には青い財布が置かれていた。
形はありふれており、さほど高価なものではなさそうだ。
「はい。でもちょっと気になるんですよね。」
「そうなのか?ごく普通に見えるけど」
「ああ、財布じゃないですよ。届けてくれた人の方です。鈴木一郎って名乗ったんですけど」
「いかにも偽名だな。どんなヤツだった?」
「先輩もそう思いますよね。ええと年は20代半ば。すごく背が高くてガングロでした。」
後輩の言葉に木吉はハッとした。
20代半ばですごく背が高くてガングロ。
それを聞いて思い当たる人物が1人いる。
かつて「DF不可能の点取り屋(アンストッパブルスコアラー)」と呼ばれたシューターだ。
まさか。
木吉は慌てて落し物だという青い財布を手に取る。
そしてその中から1枚のメモを発見したのだった。
【続く】
「まったくよく飽きないね~」
巨体の男は小柄の男に、呆れたように言い放った。
紫原敦は、組織の中では「お菓子屋」と呼ばれている。
10代向けの安価な商品を考えるのだ。
最新のヒット商品はグミタイプの睡眠薬だ。
かわいらしいパッケージで、しかも甘くて美味しい。
10代の女子によく売れるが、男の客も少なくない。
女の子を騙してよからぬことに使うのだろうか。
失敗作も多くある。
まいう棒タイプの薬を作った時には、赤司に「趣味に走り過ぎだ」とたしなめられた。
だがメゲずにポテトチップスタイプを作って、周囲を呆れさせていた。
それでもお菓子は得意分野であるせいか、組織の中では数少ない、仕事を楽しんでいる男だった。
だが今はちょっと違う仕事をしている。
高校時代のバスケのライバルにして、今は同じ組織で働く黒子テツヤの監視だ。
警察官であるかつての先輩に目をつけられてしまった。
だから今は軟禁状態になっており、処分を待つようにと赤司に言い渡されている。
「まったくよく飽きないね~」
とあるマンションの1室で、巨体の男は小柄の男に呆れたように言い放った。
黒子は部屋に閉じ込められてから、ずっと本を読んでいる。
その集中力は凄まじいもので、朝から夜までほとんど同じ体勢で読み続けているのだ。
「君は退屈ですよね。付き合わせてすみません。」
黒子は読んでいた本から目を上げると、紫原に黙って頭を下げた。
そしてまた小さな文庫本に視線を戻してしまった。
紫原は「ねぇ、聞いていい?」と切り出し、黒子の答えを待たずに質問をぶつける。
「黒ちんって木吉のことが好きだと思ってたけど。なんで伊月と一緒にいるの?」
紫原はずばりとそう切り出した。
高校時代はお互い好きあっているように見えたし、事実付き合っていた時期もあると聞いた。
なのにどうして借金を抱えた伊月と行動を共にすることにしたのだろう?
黒子は一瞬、困ったような表情になったが、すぐに元の無表情に戻った。
「紫原君が氷室さんといっしょにいないのと、同じ理由ですよ。」
黒子はそう告げると、今度こそ本に戻った。
好きだからこそ、一緒にいないのだ。
紫原はその答えに納得し「わかった~」と軽い口調で答えた。
*****
「なんで止めなかったんすか?」
かつて女子に絶大な人気を誇ったルックスの男は、本気で怒っていた。
何が悲しくて、グミなんだ。
伊月は新しい商品を見ながら、頭を抱えていた。
また商品用のサイトを作らなければならないのだが、今回はむずかしい。
それはインスミンという、すでに発売中止になった睡眠薬の名前がついている。
だが商品は一見するとかわいらしい菓子で、この商品名が似つかわしくないのだ。
こんなアンバランスな商品、どんなサイトで販売したらいいのだ。
そもそも口コミでそこそこ売れていると聞いているし、わざわざサイトで売る必要なんかあるのか。
アジトである安アパートのパソコンの前で頭を抱えていると、ドアがノックされた。
ドアチャイムなんて洒落たものは、このアパートにはない。
伊月は「セールスならお断りだよ~!」とドアの外に向かって、声を張り上げた。
だがドアの外からは「え~?掘り出し物の商品なんですけどね」と答えが返って来る。
このやりとりは組織で決められた暗号だ。
つまり相手は同じ組織の人間。
伊月は急いで玄関に向かい、ドアを開けて「え?」と声を上げる。
そこに立っていたのは顔見知りであり、意外な男だった。
「久しぶりと言いたいところですが、時間があまりないっす。」
男はさっさと部屋の中に入ると、後手にドアを閉めながら、そう言った。
伊月はその男をマジマジと見ながら「何でお前がここにいるんだ?」と聞く。
彼の名前は黄瀬涼太。
かつてのバスケのライバルで、伊月同様もうバスケはやめている。
モデルから転身してタレント活動をしていた時期もあるが、最近はメディアでもあまり姿を見ない。
「実はオレも組織のメンバーなんっす。っていうかキセキの世代は全員っすね。」
「はぁ?じゃあやっぱりこの組織のトップのエンペラーって」
「赤司っちですよ」
「・・・やっぱり」
伊月は半ば呆然としながら、どこか納得していた。
そして黒子はすでにこの事実を知っていたのだとも思う。
別に根拠があったわけじゃないが、伊月は勘が鋭い方だ。
その勘でこの組織に赤司の雰囲気を感じていた。
1年の時のあの非情な赤司に牛耳られていた洛山高校のにおいがするのだ。
「これ、黒子っちの居場所です。今は多分紫原っちが見張ってます。」
「無事なのか?」
「相変わらずです。毎日本を読んでますよ。」
「助けに行けっていうのか?オレは親と姉妹を人質に取られてんだぞ」
伊月は顔を歪めながら、訴えた。
黒子を連れて逃げようと考えたのは1度や2度じゃない。
そのたびに家族、特に妹の顔がよぎって、いつも踏みとどまってしまうのだ。
「それならもっと慎重にするべきでした。黒子っちと木吉を接触させたのはまずかった。」
「危険はわかってたさ。でも。。。」
「なんで止めなかったんすか?」
かつて女子に絶大な人気を誇ったルックスの男は、本気で怒っていた。
黒子のことを心配し、綺麗な顔をゆがませている様には異様な凄味がある。
「いいっすか。1度しか言わないから、よく聞いて下さい。」
黄瀬は大きな身体をかがめるようにして、伊月の耳元に口を寄せた。
伊月は黄瀬の話を聞き終えると、黒子の居場所が書かれたメモを受け取った。
*****
「木吉先輩。お疲れ様です。」
後輩の言葉に、思わず頬を緩ませる。
いつもそう呼ばれていた高校時代が懐かしいと思うのだ。
伊月と思われる人物から暗号のようなメールを受け取った後、木吉は黒子たちの捜索を止めた。
リコが解いた暗号によると、伊月にはあと1年つかまりたくない事情がある。
それでも捕まえたいというなら、自分たちで動くのではなく警察組織として動けと。
1年。おそらくそれは借金の返済時期なのではないだろうか?
そして多分木吉たちが中途半端に動くと、組織内での彼らの立場が悪くなる。
それならば逮捕という形をとって、保護してほしいということではないか?
その結論に達した時、木吉たちはこの捜索を諦めることにした。
今黒子と伊月を逮捕するほどの客観的な証拠はない。
それならば1年間、待った方がいい。
彼らの身を闇雲に危険に晒すより、そして伊月の家族が苦しみことになるより。
とにかく現状を維持して、彼らの安全を守った方がいい。
こんなことを考えるのは、警察官としては失格なのかもしれない。
だがやはりかつての仲間にはとにかく生きていてほしい。
それならば今は彼らのことを忘れて、目の前の仕事に専念するべきだろう。
だから木吉は黙々と交番勤務の仕事に励んでいた。
何だかんだで忙しく、何も考える余裕がないのがありがたい。
とにかく黒子、伊月、今は無事でいてくれ。
祈るような思いで、仕事に打ち込んだ。
「今、戻った!」
パトロールから戻った木吉は、交番に残っていた後輩の巡査に声をかけた。
すると小さな机で書き物をしていた後輩巡査が顔を上げる。
「木吉先輩。お疲れ様です。」
後輩の言葉に、思わず頬を緩ませる。
いつもそう呼ばれていた高校時代が懐かしいと思うのだ。
今ではその名で呼んでくれるのは、この後輩巡査しかいない。
「落し物か?」
木吉は後輩巡査が書き終わろうとしていた書類を見て、そう聞いた。
それは遺失物の届け出書類、そしてその横には青い財布が置かれていた。
形はありふれており、さほど高価なものではなさそうだ。
「はい。でもちょっと気になるんですよね。」
「そうなのか?ごく普通に見えるけど」
「ああ、財布じゃないですよ。届けてくれた人の方です。鈴木一郎って名乗ったんですけど」
「いかにも偽名だな。どんなヤツだった?」
「先輩もそう思いますよね。ええと年は20代半ば。すごく背が高くてガングロでした。」
後輩の言葉に木吉はハッとした。
20代半ばですごく背が高くてガングロ。
それを聞いて思い当たる人物が1人いる。
かつて「DF不可能の点取り屋(アンストッパブルスコアラー)」と呼ばれたシューターだ。
まさか。
木吉は慌てて落し物だという青い財布を手に取る。
そしてその中から1枚のメモを発見したのだった。
【続く】