お兄ちゃん(お姉ちゃん)といっしょのお題

【だーいすきっ!】

テツヤ、ボクはキミのことが大好きだよ。
だけどこの先、どれだけ一緒にいられるのかな。
それを思うと、少しだけ悲しくなるんだ。

テツヤの記憶が戻った。
そしてまた前のようにプレイするようになった。
テツヤを大事に思う人たちにとって、とても嬉しいことだ。
もちろんボクだって、またあの高速パスワークが見られるのは楽しくて仕方ない。

でも一番喜んでいるのは、火神君だと思う。
かなりドサクサまぎれな感じではあったけど、テツヤと気持ちが通じ合ったんだから。
期せずしてお互いの想いをぶつけ合うことになった2人は、恋人同士になった。
2人の想いを何となく気付いていたボクは、本当にホッとした。
だけど実は、これはボクだけじゃなかったみたいなんだ。
誠凛のみんなは、意外と気づいてた。
2人が恐る恐る「付き合うことにしました」と告白すると、ほとんどの人が「遅いよ!」と言った。

あの「キセキの世代」のみんなやその相棒たちは、まちまちの反応だった。
赤司君は誠凛のみんなと同じ「遅いよ!」派。
青峰君と黄瀬君は「何で火神なんだ!」と悔しそう派。
紫原君と緑間君は「どうでもいいよ」と言いつつ、何か興味ありそう派。
桜井君とか氷室さんは純粋な「おめでとう」派だ。
そして高尾君は「まだ付き合ってなかったのか?」と驚いていた。
もうとっくに付き合ってて、みんなに内緒にしてると思ってたんだって。

だけどそんな彼らはただ1つの点で、一致している。
それは、テツヤを可愛がってるってことだ。
大事にしろ。
泣かせたら承知しないぞ。
っていうか黒子、本当に火神でいいのか?
みんなまるで妹を嫁に出す兄ちゃんだ。
一気に小姑が増えた火神君には、ちょっとだけ同情する。

だけどこれで全てOKってことにはならなかった。
当のテツヤの身体が、まだ本調子とはいかないみたいなんだ。
何しろ記憶がなくなるほど強く頭を殴られたんだから。
今もたまに頭痛や眩暈がするみたいで、フラついたり青い顔をしてたりする。
だけどテツヤは平気で無理をする。
だから最近の火神君は、過保護モードが全開になっているんだ。

*****

やめろって言ってるだろ!
コートに響くのは、火神君の怒声。
だけどテツヤは動じることなく「うるさいです」と答えた。

今日は誠凛高校と正邦高校の練習試合。
かつて主将に「茶坊主」と言われた津川君は、元気いっぱいだ。
相変わらずの坊主頭で、テツヤや火神君に激しいライバル心を燃やしている。
もちろん火神君も、夏の借りを返す気満々だ。
まぁどちらも強豪だから、お互いのスキルアップにもちょうどいい。

場所は誠凛の体育館だから、ボクも観戦できる。
驚いたことに「キセキ」のメンバーも何人か観戦に来ていた。
流石に京都の赤司君と、秋田の紫原君は無理。
だけど黄瀬君と緑間君と青峰君はいた。

試合はウィンターカップでかなりレベルアップした誠凛がリード。
でもそれは無理からぬことだ。
だって夏に対戦した時は津川君以外はみんな3年生で、もう引退しちゃったんだもん。
新チームはまだまだ発展途上で、そのわりにはよく食い下がっていると思う。

そしてそれは試合の中盤に起きた。
テツヤは相手チームで一番の長身の選手を止めるために、わざと死角に入りながら気配を消す。
相手がターンしたところで、接触して転倒するんだ。
警戒されちゃうから、これが使えるのは1試合に1、2度が限界だ。
だけどここぞという時、テツヤはこうやって身体を張って相手を止める。

今回も成功だった。
テツヤが背中から床に落ちたところで、ホイッスル。
ボールは誠凛に渡った。
テツヤに駆け寄った火神君は右手を伸ばして、テツヤを引き起こす。
いつもだったら「ナイス」とか何とかいうところ。
でも鬼のような形相で「こういうの、やめろって言ってるだろ!」と叫んだ。

火神君、うるさいです。それに過保護過ぎです。
テツヤは動じることなくそう答えた。
テツヤにしてみれば、数少ない大きい選手を止める方法なんだ。
でも火神君が心配してくれてるのもわかるから、テツヤはそれ以上は言わなかったのに。
何とも絶妙な間で、青峰君や黄瀬君のヤジが飛んだ。

火神はバカだけど、これに関しちゃ正しいぞー!
黒子っちー!無理しちゃダメっス!
あ~あ、言っちゃった。
恵まれた体格の彼らに言われると、テツヤだってカチンとくるよ。

止めるのはオレがするから、お前はパスに専念しとけ!
とどめとばかりに火神君がそう叫んだ瞬間、テツヤは火神君のお腹に拳をブチ込んだ。
しかもとびきりイグナイトなやつを。
火神君が「何しやがる!」と叫んだ瞬間、カントクが立ち上がった。

2人はそのままベンチに下げられてしまった。
結局試合終了まで出番もなかったし、試合は誠凛が勝った。
カントクも最初からいろいろな戦術を試す予定で、2人は途中で引っ込めるつもりだったんだ。
だから何も問題はないんだけど。
火神君とテツヤはそのまま試合の間中、口を利かなかった。

*****

なぁ、オレが悪いのか?
ボクは試合後、体育館の裏で1人黄昏れる火神君のグチを聞いていた。

黒子は身体も小さいし、体力もないから。
少しでも身体の負担は減らしてやりたいんだ。
だからデカい選手を止めるのはオレにまかせてほしいって思うんだ。
それってオレのわがままなのか?

火神君はボクの目線に合わせてしゃがみ込んで、ボクをじっと見ながら話している。
昔はボクがそばに寄るだけで逃げ回ってたけど、最近は怖がらなくなってくれた。
それでも完全に犬を克服はできていないみたいで、微妙な距離を保っている。
そんな火神君がボクにグチるなんて、よくよくのことだ。

オレ、黒子のこと、大好きなんだけど。
バスケの相棒と恋人って、一緒にやるのはむずかしいな。
でもどっちもやめたくねーし。

火神君は、まだブツブツと繰り返している。
ああ、ボクが人間だったらよかったな。
そうしたら火神君に教えてあげられたのに。
テツヤだって同じくらい、火神君がだーいすきっ!って。

あまり2号を困らせてはいけませんよ。
不意に声がして、ボクも火神君もそちらを見た。
つかつかとこっちに歩いて来たのは、テツヤだ。
火神君がここにいるのを知って、声をかけに来たんだろう。

そういうのは2号じゃなくて、ボクに直接言ってください。
テメ、聞いてたのかよ!
火神君は顔を真っ赤にして、困ってる。
だけどテツヤの目が笑っているのを見て、大丈夫だと思った。
ボクは初々しい恋人たちの邪魔をしないように、その場を離れた。

テツヤ、ボクはキミのことが大好きだよ。
だけどこの先、どれだけ一緒にいられるのかな。
それを思うと、少しだけ悲しくなるんだ。

だってボクとキミが一緒にいられる時間は、きっとそんなに長くない。
ボクは学校で飼われている犬だから、キミが卒業したらもう会えない。
キミは優しいから時々顔を見に来てくれるだろうけど、今までみたいに毎日は無理だ。
そもそもボクじゃキミより寿命が短いからね。
テツヤと火神君がずっと一緒に生きていくのを全部見るのは不可能だ。

だけど生きている限り、ずっとテツヤの幸せを祈ってるんだよ。
テツヤのことがだーいすきっ!だからね。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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