お兄ちゃん(お姉ちゃん)といっしょのお題
【ごめんなさい】
説明してもらおうか。
赤司君は鋭い眼光で、1人の男子生徒に詰め寄っていた。
放課後の誠凛高校、体育館前。
そこには平日だと言うのに「キセキの世代」が集合していた。
彼らの前には、誠凛高校の制服を着た3年生の男子生徒。
そしてその男子生徒の後ろは、誠凛高校バスケ部のメンバーが固めている。
そんなに威圧しなくてもいいんじゃないですか?
静かに割って入ったのは、赤司君の斜め後ろに立つ幻の6人目(シックスマン)ことテツヤ。
心優しいテツヤは「キセキ」と誠凛に取り囲まれた彼を案じている。
だけど赤司君は「テツヤは黙っていろ」と鋭く命じてしまった。
この件の当事者、っていうか被害者はテツヤなんだけどね。
ちなみにボクはテツヤの腕に抱かれてて、事の顛末を見守っている。
U-17の合宿最終日、テツヤは思い出したんだ。
記憶喪失のきっかけになった事件の犯人は、火神君並に背が高かったって。
しかも状況的に、まちがいなく学校内の人間だ。
誠凛高校で火神君くらい背が高くて、さらにその中からバスケ部員を除外する。
それだけでもう数人しかいない。
その中でさらにテツヤ、またはバスケ部員と因縁がある人物となると1人しか残らなかった。
高校に来てまで、コイツの顔を見るなんて、我慢できなかったんだ。
1人に特定された男子生徒は、テツヤを指さしながら、苦しそうに呻いた。
彼は中学時代、帝光のバスケ部だったんだって。
1軍選手だったけど「キセキの世代」が入部したことで、2軍に落とされた。
その後、さらに3軍にも落ちて、3年の途中でバスケ部を去った。
1年に追い落とされたことがショックで、高校はバスケ部のない誠凛に進んだんだ。
だけど木吉センパイたちがバスケ部を立ち上げた上に、あろうことかテツヤまで入っちゃったんだ。
そしてウィンターカップでの活躍を目の当たりにして、気持ちが爆発した。
だからって、後ろから頭を殴るなんて許されない。
それでテツヤが死ぬかもしれないとは思わなかったのか?
赤司君は静かに言葉を続ける。
だけど彼は首を振って「知ったことか!」と答えた。
その言葉に、他の「キセキ」の4人も誠凛のみんなも顔色が変わった。
火に油を注ぐがごとく、怒りがさらに燃え上がっていくみたい。
青峰君が彼を殴ろうと身を乗り出しているのを、緑間君と黄瀬君が懸命に押さえている。
火神君も同様で、木吉センパイと水戸部センパイに押さえこまれていた。
あやまってください。一言「ごめんなさい」って言ってくれれば忘れます。
きわどい雰囲気に割って入ったのは、またしてもテツヤだった。
これには全員が「ハァァ!?」って声を上げる。
うん、ボクもそう思うよ。
テツヤはひょっとしたら死んでいたかもしれないし、深刻な後遺症が残ったかもしれない。
現に今も、記憶の一部が飛んだままなんだ。
だけどテツヤは「いいんです」と首を振った。
赤司君は「警察に届けるべきだ」と言ったし、カントクは「学校に知らせなきゃ」と言った。
他のみんなも、ボクだってこのまま許すべきじゃないって思ってる。
何よりも彼はふて腐れた態度で、少しも反省の色が見えない。
このまま彼を許したら、またテツヤになにかするかもしれないじゃないか。
だけどテツヤは「早く終わりにしたいので」と答えた。
赤司君は「ハァ」とため息をつくと、諦めたように判決を下した。
わかった。テツヤに免じて、許そう。
ただしもし今後、また同じことが起こったら。。。
赤司君はツカツカと彼に歩み寄ると、すかさずアンクルブレイク!
そして地面に崩れ落ちた彼の耳元で、何かボソボソと囁いた。
彼はすぐさま顔色を変えて「ごめんなさい!」と土下座した。
うわぁ、何言ったんだ。赤司君。
ボクだけじゃなく、そこにいた一同はみんな同じ事を思ったはずだ。
だけど誰もそれを聞く勇気はなく、こうして事件は終わってしまった。
あとはテツヤが、記憶を全部取り戻せばいいだけだ。
*****
せっかくこうして集まったんだ。
合同練習にしないか?
テツヤにケガをさせた犯人を解放した後、そう言い出したのは赤司君だった。
カントクが「いいわね、そうしましょう!」って笑顔で答えた。
2人ともさも今思いついたって顔してるけど、本当は違うと思う。
一応誠凛の規則では、他校の生徒が部活に参加するときは、事前に申請がいるんだ。
つまり赤司君とカントクは事前に相談して、取り決めていたんだろう。
練習メニューはいつもの誠凛のものじゃなかった。
赤司君が提案したもので、帝光中で赤司君たちが実際にやっていたものだって。
青峰君と黄瀬君が「懐かしいな」と笑い、緑間君が「あの頃はこんなので必死だったな」と言う。
テツヤが「今だって充分キツイですよ」と文句を言うと、紫原君が「黒ちん、弱すぎ」と言った。
誠凛のメンバーたちは、みなテツヤと同じ感想だ。
だって誠凛高校の練習メニューとキツさ的にはそんなに変わらないから。
こんなの中学生でやってたのかよ!と悲鳴を上げたのは、小金井センパイ。
テツヤは「ええ、ボクよく吐いてました」と平然と答えた。
こんな練習を組んだのは、やっぱりテツヤのためなんだろう。
こうして少しでも記憶が戻るように。
それに誠凛のメンバーからすれば、励みにもなる。
中学からこんな練習をしていたヤツらを、また倒さなきゃならないんだぞってね。
ボクは練習の間、ずっとテツヤを見ていた。
中学の一番つらい時期のところで、記憶が止まっているテツヤ。
高校に入ってからのことは、あの殴られた日のことはボンヤリ思い出したものの、それだけみたい。
だけど今は笑ってる。
誠凛のみんなと「キセキ」のみんなに囲まれて笑ってる。
それならば焦る必要なんかないよね。
ゆっくり思い出せばいいし、最悪思い出せなくてもいいのかもしれない。
だけど火神君の顔を見た瞬間、ボクはやっぱりダメだと思った。
火神君はみんなに囲まれたテツヤを見ながら、寂しそうにしていたんだ。
そうだよね、悲しいよね。
今のテツヤの中に火神君と築いた思い出が何もないなんて。
ボクの目に間違いがなければ、テツヤと火神君の関係は特別なものなんだ。
単に相棒ってだけじゃなく、光と影ってだけじゃなく。
2人は惹かれ合ってたように見えたもん。
だからテツヤは、早く思い出すべきなんだ。
練習の最後は、ミニゲーム形式の試合をすることになった。
U-17合宿の最後と同じカード。
誠凛1年生5人対「キセキの世代」の5人だ。
センパイたちはコートを囲んで、応援してくれる。
はっきり言って、誠凛に勝ち目はない。
だけど少しでも点を多くとるべく、必死でぶつかっている。
そして「キセキ」の5人は手を抜くことなく、全力で戦っている。
点差はジワジワと離されていく。
何しろ「キセキ」チームはボールを持つと必ず決めるけど、誠凛は2回に1回は取られる。
それでもそんな大差な試合なんて思えないほど、みんなの表情は生き生きしていた。
ミニゲームだから、試合は10分だけだ。
そして残り10秒、あと1ゴール決めれば、誠凛はかろうじてダブルスコアを免れる。
そこでボールはPGの降旗君から、テツヤにパス。
そのテツヤから火神君に放たれたのは、目にも止まらぬ「イグナイトパス・廻」だ。
火神君はそれを受けて、そのままダンク。
そこで試合は終了した。
黒子、お前。。。
火神君が信じられないって顔で、テツヤを見た。
他のみんなも驚いている。
だって「イグナイトパス・廻」は、テツヤが高校に入ってから身につけたんだ。
つまり記憶を失ったテツヤが覚えているはずがない技。
あれ?
テツヤは困ったように呆然と火神君を見上げていた。
どうやら自分が仕出かした失態に気が付いたみたい。
つまり。。。そういうことだ。
*****
お前、本当は記憶が戻ってるよな。
火神君は怖い顔をして、テツヤを睨みつけていた。
部活が終わった後、テツヤと火神君は部室にいた。
帰り支度を終えた後、他の部員たちや「キセキ」のみんなは帰っていった。
火神君は「黒子と話したいんで、部室を貸してくれ。。。です」って言った。
そうしたらカントクが「戸締り、ちゃんとしてね」と部室の鍵を置いていったんだ。
本当はみんなも知りたかったんだろう。
記憶がないはずのテツヤが「イグナイトパス・廻」を放った理由を。
単に身体が覚えていて、咄嗟に出てしまったと考えることもできる。
だけど火神君はそうじゃないって感じてるんだ。
そしてみんなもそう思いながら、2人きりで話したいっていう火神君の希望を汲んでくれた。
ちなみにボクも犬の特権で、部室に居残っている。
そしてベンチに並んで腰かけている2人の足元で丸くなって、寝た振りをしながら聞いていた。
ごめんなさい。本当に。
テツヤは静かにあやまった。
やっぱり「イグナイトパス・廻」は、条件反射で出たものじゃない。
テツヤはもう記憶を取り戻していて、それで戻ってない振りをしてたんだ。
実は合宿の最終日、火神君に後ろから近寄られた時に、全部思い出したんです。
その途端、火神君は「ああ」と歯切れの悪い声になった。
あの時、火神君はテツヤを背中から抱きしめようとしてたんだよね。
それを思い出して、決まりが悪いんだろう。
でも何でだよ!みんながお前の記憶が戻らないことを心配して!
何となく言い出しにくかったんです。
火神君の照れ隠しの激昂を、テツヤが緩やかに遮った。
「キセキの世代」とは、悲しい形で別れたんです。
でも今、彼らはすごく心配してくれて、まるで一番楽しい頃に戻ったみたいで。
記憶がないときはそのことに戸惑いましたが、記憶が戻ってからは嬉しかったんです。
テツヤは淡々と話している。
目を閉じて寝たふりをしているボクには見えないけど、きっと笑っているんだろう。
お前、そんな理由で。。。
もちろん、それだけじゃありません。
テツヤはまたしても火神君の言葉を遮ると、なにかがカサって音がした。
ボクが目を開けると、テツヤはなにかメモみたいな紙切れを火神君に差し出していた。
何だ、コレ?
受け取った火神君が、それを見ながら首を傾げている。
・・・さんの携帯のメールアドレスです。
テツヤは少し沈んだ声で、そう答えた。
火神君は「同じクラスの?」と聞き返している。
テツヤが渡したのは2人と同じクラスの女子の携帯電話のアドレスらしい。
彼女は火神君のことが好きだそうです。渡してほしいって頼まれました。
それがあの怪我をして記憶を失う直前のことでした。
ポケットにそのメモがあって、記憶がない間はずっと何だろうって思ってたんですが。
テツヤは感情のこもらない声でそう言った。
火神君はあまりにも意外な展開で、声も出ないみたい。
思い出したら、渡さなければいけないでしょう。
2人が恋人になるのがイヤで、ボクは。。。
今度は火神君が「ちょっと待て!」とテツヤの言葉を遮った。
何でオレがアイツと恋人になるんだよ。
火神君が以前、彼女のことを可愛いって言ってたじゃないですか。
バカか!あいつ髪型とか顔とか、雰囲気がお前と似てたから、だから可愛いって思って。。。
ボクに、似てるから!?
次第にテンションが高くなった2人は急に我に返った。
期せずして本音をこぼしてしまった2人は、顔を赤くして見つめ合っている。
もう聞いてられないよ。勝手にやってくれ。
ボクは立ち上がると、ドアの方へ向かった。
ドアの前で小さく「くぅん」と泣くと、静かに少しだけドアが開いた。
そこで振り返って、火神君とテツヤを見たけど、2人ともまだ見つめ合ったままだ。
ボクがそっと廊下に出ると、ドアは音もなく閉じた。
ドアを開けて、また閉めてくれたのはカントクだった。
予想通り、廊下には誠凛の部員全員と「キセキの世代」のみんなが聞き耳を立てていた。
そして今、公認カップル誕生の瞬間だ。
テツヤ、今はいいけど、明日からはたくさん冷やかされることになるよ。
火神君、ボクの大事なテツヤを泣かしたら、承知しないからね。
【続く】
説明してもらおうか。
赤司君は鋭い眼光で、1人の男子生徒に詰め寄っていた。
放課後の誠凛高校、体育館前。
そこには平日だと言うのに「キセキの世代」が集合していた。
彼らの前には、誠凛高校の制服を着た3年生の男子生徒。
そしてその男子生徒の後ろは、誠凛高校バスケ部のメンバーが固めている。
そんなに威圧しなくてもいいんじゃないですか?
静かに割って入ったのは、赤司君の斜め後ろに立つ幻の6人目(シックスマン)ことテツヤ。
心優しいテツヤは「キセキ」と誠凛に取り囲まれた彼を案じている。
だけど赤司君は「テツヤは黙っていろ」と鋭く命じてしまった。
この件の当事者、っていうか被害者はテツヤなんだけどね。
ちなみにボクはテツヤの腕に抱かれてて、事の顛末を見守っている。
U-17の合宿最終日、テツヤは思い出したんだ。
記憶喪失のきっかけになった事件の犯人は、火神君並に背が高かったって。
しかも状況的に、まちがいなく学校内の人間だ。
誠凛高校で火神君くらい背が高くて、さらにその中からバスケ部員を除外する。
それだけでもう数人しかいない。
その中でさらにテツヤ、またはバスケ部員と因縁がある人物となると1人しか残らなかった。
高校に来てまで、コイツの顔を見るなんて、我慢できなかったんだ。
1人に特定された男子生徒は、テツヤを指さしながら、苦しそうに呻いた。
彼は中学時代、帝光のバスケ部だったんだって。
1軍選手だったけど「キセキの世代」が入部したことで、2軍に落とされた。
その後、さらに3軍にも落ちて、3年の途中でバスケ部を去った。
1年に追い落とされたことがショックで、高校はバスケ部のない誠凛に進んだんだ。
だけど木吉センパイたちがバスケ部を立ち上げた上に、あろうことかテツヤまで入っちゃったんだ。
そしてウィンターカップでの活躍を目の当たりにして、気持ちが爆発した。
だからって、後ろから頭を殴るなんて許されない。
それでテツヤが死ぬかもしれないとは思わなかったのか?
赤司君は静かに言葉を続ける。
だけど彼は首を振って「知ったことか!」と答えた。
その言葉に、他の「キセキ」の4人も誠凛のみんなも顔色が変わった。
火に油を注ぐがごとく、怒りがさらに燃え上がっていくみたい。
青峰君が彼を殴ろうと身を乗り出しているのを、緑間君と黄瀬君が懸命に押さえている。
火神君も同様で、木吉センパイと水戸部センパイに押さえこまれていた。
あやまってください。一言「ごめんなさい」って言ってくれれば忘れます。
きわどい雰囲気に割って入ったのは、またしてもテツヤだった。
これには全員が「ハァァ!?」って声を上げる。
うん、ボクもそう思うよ。
テツヤはひょっとしたら死んでいたかもしれないし、深刻な後遺症が残ったかもしれない。
現に今も、記憶の一部が飛んだままなんだ。
だけどテツヤは「いいんです」と首を振った。
赤司君は「警察に届けるべきだ」と言ったし、カントクは「学校に知らせなきゃ」と言った。
他のみんなも、ボクだってこのまま許すべきじゃないって思ってる。
何よりも彼はふて腐れた態度で、少しも反省の色が見えない。
このまま彼を許したら、またテツヤになにかするかもしれないじゃないか。
だけどテツヤは「早く終わりにしたいので」と答えた。
赤司君は「ハァ」とため息をつくと、諦めたように判決を下した。
わかった。テツヤに免じて、許そう。
ただしもし今後、また同じことが起こったら。。。
赤司君はツカツカと彼に歩み寄ると、すかさずアンクルブレイク!
そして地面に崩れ落ちた彼の耳元で、何かボソボソと囁いた。
彼はすぐさま顔色を変えて「ごめんなさい!」と土下座した。
うわぁ、何言ったんだ。赤司君。
ボクだけじゃなく、そこにいた一同はみんな同じ事を思ったはずだ。
だけど誰もそれを聞く勇気はなく、こうして事件は終わってしまった。
あとはテツヤが、記憶を全部取り戻せばいいだけだ。
*****
せっかくこうして集まったんだ。
合同練習にしないか?
テツヤにケガをさせた犯人を解放した後、そう言い出したのは赤司君だった。
カントクが「いいわね、そうしましょう!」って笑顔で答えた。
2人ともさも今思いついたって顔してるけど、本当は違うと思う。
一応誠凛の規則では、他校の生徒が部活に参加するときは、事前に申請がいるんだ。
つまり赤司君とカントクは事前に相談して、取り決めていたんだろう。
練習メニューはいつもの誠凛のものじゃなかった。
赤司君が提案したもので、帝光中で赤司君たちが実際にやっていたものだって。
青峰君と黄瀬君が「懐かしいな」と笑い、緑間君が「あの頃はこんなので必死だったな」と言う。
テツヤが「今だって充分キツイですよ」と文句を言うと、紫原君が「黒ちん、弱すぎ」と言った。
誠凛のメンバーたちは、みなテツヤと同じ感想だ。
だって誠凛高校の練習メニューとキツさ的にはそんなに変わらないから。
こんなの中学生でやってたのかよ!と悲鳴を上げたのは、小金井センパイ。
テツヤは「ええ、ボクよく吐いてました」と平然と答えた。
こんな練習を組んだのは、やっぱりテツヤのためなんだろう。
こうして少しでも記憶が戻るように。
それに誠凛のメンバーからすれば、励みにもなる。
中学からこんな練習をしていたヤツらを、また倒さなきゃならないんだぞってね。
ボクは練習の間、ずっとテツヤを見ていた。
中学の一番つらい時期のところで、記憶が止まっているテツヤ。
高校に入ってからのことは、あの殴られた日のことはボンヤリ思い出したものの、それだけみたい。
だけど今は笑ってる。
誠凛のみんなと「キセキ」のみんなに囲まれて笑ってる。
それならば焦る必要なんかないよね。
ゆっくり思い出せばいいし、最悪思い出せなくてもいいのかもしれない。
だけど火神君の顔を見た瞬間、ボクはやっぱりダメだと思った。
火神君はみんなに囲まれたテツヤを見ながら、寂しそうにしていたんだ。
そうだよね、悲しいよね。
今のテツヤの中に火神君と築いた思い出が何もないなんて。
ボクの目に間違いがなければ、テツヤと火神君の関係は特別なものなんだ。
単に相棒ってだけじゃなく、光と影ってだけじゃなく。
2人は惹かれ合ってたように見えたもん。
だからテツヤは、早く思い出すべきなんだ。
練習の最後は、ミニゲーム形式の試合をすることになった。
U-17合宿の最後と同じカード。
誠凛1年生5人対「キセキの世代」の5人だ。
センパイたちはコートを囲んで、応援してくれる。
はっきり言って、誠凛に勝ち目はない。
だけど少しでも点を多くとるべく、必死でぶつかっている。
そして「キセキ」の5人は手を抜くことなく、全力で戦っている。
点差はジワジワと離されていく。
何しろ「キセキ」チームはボールを持つと必ず決めるけど、誠凛は2回に1回は取られる。
それでもそんな大差な試合なんて思えないほど、みんなの表情は生き生きしていた。
ミニゲームだから、試合は10分だけだ。
そして残り10秒、あと1ゴール決めれば、誠凛はかろうじてダブルスコアを免れる。
そこでボールはPGの降旗君から、テツヤにパス。
そのテツヤから火神君に放たれたのは、目にも止まらぬ「イグナイトパス・廻」だ。
火神君はそれを受けて、そのままダンク。
そこで試合は終了した。
黒子、お前。。。
火神君が信じられないって顔で、テツヤを見た。
他のみんなも驚いている。
だって「イグナイトパス・廻」は、テツヤが高校に入ってから身につけたんだ。
つまり記憶を失ったテツヤが覚えているはずがない技。
あれ?
テツヤは困ったように呆然と火神君を見上げていた。
どうやら自分が仕出かした失態に気が付いたみたい。
つまり。。。そういうことだ。
*****
お前、本当は記憶が戻ってるよな。
火神君は怖い顔をして、テツヤを睨みつけていた。
部活が終わった後、テツヤと火神君は部室にいた。
帰り支度を終えた後、他の部員たちや「キセキ」のみんなは帰っていった。
火神君は「黒子と話したいんで、部室を貸してくれ。。。です」って言った。
そうしたらカントクが「戸締り、ちゃんとしてね」と部室の鍵を置いていったんだ。
本当はみんなも知りたかったんだろう。
記憶がないはずのテツヤが「イグナイトパス・廻」を放った理由を。
単に身体が覚えていて、咄嗟に出てしまったと考えることもできる。
だけど火神君はそうじゃないって感じてるんだ。
そしてみんなもそう思いながら、2人きりで話したいっていう火神君の希望を汲んでくれた。
ちなみにボクも犬の特権で、部室に居残っている。
そしてベンチに並んで腰かけている2人の足元で丸くなって、寝た振りをしながら聞いていた。
ごめんなさい。本当に。
テツヤは静かにあやまった。
やっぱり「イグナイトパス・廻」は、条件反射で出たものじゃない。
テツヤはもう記憶を取り戻していて、それで戻ってない振りをしてたんだ。
実は合宿の最終日、火神君に後ろから近寄られた時に、全部思い出したんです。
その途端、火神君は「ああ」と歯切れの悪い声になった。
あの時、火神君はテツヤを背中から抱きしめようとしてたんだよね。
それを思い出して、決まりが悪いんだろう。
でも何でだよ!みんながお前の記憶が戻らないことを心配して!
何となく言い出しにくかったんです。
火神君の照れ隠しの激昂を、テツヤが緩やかに遮った。
「キセキの世代」とは、悲しい形で別れたんです。
でも今、彼らはすごく心配してくれて、まるで一番楽しい頃に戻ったみたいで。
記憶がないときはそのことに戸惑いましたが、記憶が戻ってからは嬉しかったんです。
テツヤは淡々と話している。
目を閉じて寝たふりをしているボクには見えないけど、きっと笑っているんだろう。
お前、そんな理由で。。。
もちろん、それだけじゃありません。
テツヤはまたしても火神君の言葉を遮ると、なにかがカサって音がした。
ボクが目を開けると、テツヤはなにかメモみたいな紙切れを火神君に差し出していた。
何だ、コレ?
受け取った火神君が、それを見ながら首を傾げている。
・・・さんの携帯のメールアドレスです。
テツヤは少し沈んだ声で、そう答えた。
火神君は「同じクラスの?」と聞き返している。
テツヤが渡したのは2人と同じクラスの女子の携帯電話のアドレスらしい。
彼女は火神君のことが好きだそうです。渡してほしいって頼まれました。
それがあの怪我をして記憶を失う直前のことでした。
ポケットにそのメモがあって、記憶がない間はずっと何だろうって思ってたんですが。
テツヤは感情のこもらない声でそう言った。
火神君はあまりにも意外な展開で、声も出ないみたい。
思い出したら、渡さなければいけないでしょう。
2人が恋人になるのがイヤで、ボクは。。。
今度は火神君が「ちょっと待て!」とテツヤの言葉を遮った。
何でオレがアイツと恋人になるんだよ。
火神君が以前、彼女のことを可愛いって言ってたじゃないですか。
バカか!あいつ髪型とか顔とか、雰囲気がお前と似てたから、だから可愛いって思って。。。
ボクに、似てるから!?
次第にテンションが高くなった2人は急に我に返った。
期せずして本音をこぼしてしまった2人は、顔を赤くして見つめ合っている。
もう聞いてられないよ。勝手にやってくれ。
ボクは立ち上がると、ドアの方へ向かった。
ドアの前で小さく「くぅん」と泣くと、静かに少しだけドアが開いた。
そこで振り返って、火神君とテツヤを見たけど、2人ともまだ見つめ合ったままだ。
ボクがそっと廊下に出ると、ドアは音もなく閉じた。
ドアを開けて、また閉めてくれたのはカントクだった。
予想通り、廊下には誠凛の部員全員と「キセキの世代」のみんなが聞き耳を立てていた。
そして今、公認カップル誕生の瞬間だ。
テツヤ、今はいいけど、明日からはたくさん冷やかされることになるよ。
火神君、ボクの大事なテツヤを泣かしたら、承知しないからね。
【続く】