お兄ちゃん(お姉ちゃん)といっしょのお題

【じゃんけん】

メンドーだから、じゃんけんで決めようぜ。
青峰君はそう言った。
だけど赤司君は「ダメだ」と首を振った。

合宿の2日目の夕方。
この合宿は2泊3日の短いものだから、これは総仕上げになる。
そしてU-17メンバーだけでなく、誠凛バスケ部も第一体育館に集まった。
試合形式の練習で総仕上げってことらしい。

もちろん勝ちが目的の練習じゃない。
だって練習試合ですら、ないんだからね。
連係プレイが強化できれば、負けたって問題ないんだ。
だけど勝ち負けがかかると、どうしても熱くなっちゃうみたい。
それに負けず嫌いなメンバーが集まってるもんね。
この練習は、みんなすごく燃えてたみたい。
1試合10分、メンバーを入れ替えて、みんなは合宿の成果をぶつけていた。

テツヤはこの練習に加わらなかった。
今のテツヤは試合なんかできる状態じゃないからね。
外周と筋トレ、そして第二体育館で別メニューの練習。
それを言い渡されたテツヤは、何だか少しホッとしているみたいだった。

ボクは何度も第一体育館と第二体育館の間を往復した。
試合練習も気になったけど、テツヤも心配だったからね。
だけどテツヤは淡々と練習してた。
ボクしか見てないのに、サボったりしない。
きちんと渡されたメニュー通りの練習をこなしていた。

あと1試合、やらせてくれ。
もうこれで終わりという時、そう言い出したのは火神君だ。
全員が「え?」って顔になったし、青峰君とか紫原君は露骨に「メンドクサイ」って言った。
だけど火神君が「最後だけ黒子を入れてやりたい」って言ったら、全員が真剣な表情になった。

誠凛はオレと黒子と降旗、河原、福田。
火神君が誠凛1年生5名をメンバーとして指名した。
こっちのメンバーはどうする?
緑間君が赤司君にそう聞いた。
メンドーだから、じゃんけんで決めようぜ。
青峰君はそう言った。
火神君はともかく、今のテツヤと1年3人じゃ相手にならないって思ったんだろう。
だけど赤司君は「ダメだ」と首を振った。

こっちはボクと真太郎、大輝と敦と涼太だ。
赤司君の決断に、全員がどよめく。
つまり誠凛1年生対「キセキの世代」ってことだ。
誰か、テツヤを呼んできてくれ。
赤司君が平然と次の命令を下すと、降旗君たちが急いで体育館を飛び出していった。
まるで王様がお付きの者に命令するみたい。
青峰君が「おい、赤司!」と叫んだけど、赤司君は動じなかった。

このとき、他の誰も気づかなかったと思うけど、ボクは見た。
赤司君と火神君が一瞬だけ目を合わせて、頷いていたんだ。
きっと火神君は何か思うことがあって、この試合を提案したんだ。
そしてその意図を理解した赤司君が、その案に乗った。
2人とも思っていることは同じ、テツヤのことだ。

*****

第一体育館に入ってきたテツヤを全員が注視している。
はたして今のテツヤに試合ができるのか。
心配と興味が入り混じった視線を浴びたテツヤは、あくまで淡々としていた。
そして試合は始まった。

試合が始まると、全員が声を上げた。
まずジャンプボールを制したのは、もちろん紫原君。
ボールはそのままPGの赤司君の手に渡る。
だけど赤司君から青峰君へのパスの間に、テツヤが割り込んでカットした!

ボールはそのままゴール近くにいた福田君の手の中にすっぽりと収まる。
一瞬「え?」と驚いた福田君だったけど、すぐにシュートを放った。
先制点はなんと誠凛1年生チーム。
だけどそれ以上に驚いたのは、テツヤがタップパスをしたことだ。
記憶を失った後、テツヤがタップパスをしたのはこれが初めてだ。

この試合、全力でやるから。
お前もちゃんとパスを出してくれ。
試合の前、火神君はテツヤの耳元でそう言った。
テツヤはその火神君の指示を守ったんだ。

その後も驚きは続く。
誠凛チームは火神君が一切攻撃に加わらなかった。
もちろんテツヤもだ。
だからシュートを撃つのは、残りの3人だけだ。

赤司君たち「キセキ」のみんなも、全力だった。
スピードとテクニックで、ガンガン攻め込んでくる。
実力の差は明らかだった。
それでも何とか見られる試合になっているのは、火神君のせいだ。
火神君はディフェンスに専念して、得点を阻んでる。
だけどやっぱり、ズルズルと点差が離れていくのは仕方がない。
ダブルスコアからトリプルスコア、さらに離れていく。

ついに「キセキ」チームの得点が100点を超えた。
まだ誠凛は9点だ。
そのときようやくボクは火神君がやろうとしていることがわかった。
赤司君以外の「キセキ」のみんなも、降旗君たち誠凛の1年3人組もわかったみたいだ。
ここから試合のペースが落ちた。
真剣勝負の試合は終わって、この先は点数をコントロールするつもりだろう。

そしてその瞬間が来た。
111-11、ゾロ目のスコア。
その瞬間、テツヤは大きく目を見開いて、スコア表示を見た。
これが火神君の狙い。
テツヤが無意識に思い出すことを恐れているあの瞬間を、わざと作ったんだ。
小刻みに震えるテツヤの前で、記憶の扉が開こうとしている。

テツヤの身体がグラリと揺れた。
火神君が急いで駆け寄るのと、テツヤが倒れるのはほぼ同時だった。
大きな火神君の腕が、テツヤの小さな身体をすくい上げる。
テツヤはそのまま、火神君の腕の中で、意識を失っていた。

*****

ボク、何で高校でもバスケを続けたんでしょう?
意識を取り戻したテツヤは、悲しそうにそう言った。

テツヤは宿舎の部屋に運ばれた。
眠っていたのは、ほんの30分ほどだ。
目を覚ましたとき、全部を思い出している。
みんながそれを期待した。
だけど。。。そうはいかなかった。

テツヤが思い出したのは、全中の試合1つ分だった。
これまでは準決勝のところで止まっていた。
そしてさっきの試合練習で、決勝戦とその後バスケ部を去ったところまで思い出したそうだ。
だけどそこまでだった。
そこからまたバスケをする決意をして、高校に進む記憶はまだ戻らない。

ボク、何で高校でもバスケを続けたんでしょう?
意識を取り戻したテツヤは、悲しそうにそう言った。
火神君も「キセキ」のみんなも、答えられない。
まだ頭痛と眩暈がひどくて起き上がれないテツヤは、そのまま食事もとらずに眠ってしまった。

その夜の夕食は、ひどく雰囲気が悪かった。
黄瀬君が「ひどいっスよ、火神っち」と文句を言った。
紫原君が「前より悪くなったんじゃない?」と言う。
緑間君が「趣味がいいとは言えないのだよ」と言った。
青峰君が「このままテツが潰れたら、お前のせいだ!」とケンカ腰だ。
赤司君だけ何事もなかったように、黙々と箸を進めている。

お前もお前だ、赤司!火神のやろうとしていることを知ってて、乗ったんだろう!?
怒る青峰君に、黄瀬君が「そうっスよ!」と同調した。
この2人は「キセキ」の中でも、特にテツヤ寄りっていうのかな。
とにかく過保護に、テツヤの心配をしているみたい。

そんなことより、誠凛の1年生相手に11点取られたことが問題だ。
しかも火神はまったく攻撃参加していないんだぞ。
赤司君が冷やかに切り捨てる。
火神君が面白くなさそうに「随分甘く見てやがるな」と舌打ちした。

だけど本当は嬉しいんだと思う。
あの「キセキの世代」相手に、火神君の攻撃参加なしで11点取ったんだからね。
しかも降旗君たちは、1年生の時はほとんど試合に出ていないんだ。
これってすごい進歩だと思うし、それを確認できたのは誠凛にとって大きな収穫だ。
降旗君たちだって、そんな火神君の思いをわかってる。

2人とも黒子っちが心配じゃないんスか!?
黄瀬君が声を張り上げた。
この声はすごく大きくて、他のメンバーも少し離れたところにいる誠凛のみんなも黄瀬君を見た。
だけど火神君は少しも動じることなく、食事の手を止めない。
トレーニングも兼ねた左手の食事は、もう左利きだと言ってもいいくらい上手い。

オレはあいつを信じてる。こんなところで潰れやしない。
火神君は小さいけどはっきりした声で、そう言った。
それを聞いて、赤司君の口元がほんの少しだけ緩んだ。

テツヤ。
黄瀬君も青峰君も、テツヤのことをすごく心配してるよ。
火神君と赤司君は、テツヤのことを信じて待っているんだ。
だから早く全部思い出して、戻っておいでよ。

【続く】
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