お兄ちゃん(お姉ちゃん)といっしょのお題

【おなかすいた】

テツヤ、大丈夫かな?
ボクは天才たちに囲まれながら、必死にボールを追いかけるテツヤを見て、そう思った。

全日本のU-17の第2回合同練習が始まった。
今回は土日と祭日を利用して、2泊3日の合宿形式だ。
ちなみに第1回も同じような感じだったらしい。
その直前に記憶を失ったテツヤにとっては、初めての練習参加になる。

メンバーはすごいよ。
もちろん「キセキの世代」の5人と火神君とテツヤ。
それに桐皇の桜井君と、秀徳の高尾君もしっかり入ってた。
確かに1年生なのに、強豪校でしっかりレギュラーだもんね。
2人とも「キセキ」に隠れて目立たないけど、すごい選手なんだ。
その他の選手は直接誠凛と当たったことがないから、ボクは知らない。
でも練習を見る限り、すごくレベルが高いなって思う。

え?何でメンバーでもない、しかも犬であるボクが、練習を見てるかって?
答えは誠凛高校も同じ場所で、合宿をしているから。
ここは運動部の合宿用の施設で、体育館は2つある。
設備のいい第一体育館は、U-17の練習で使っている。
そして第二体育館は、誠凛高校が使ってるんだ。

何でそんなことになったかって?
誠凛のメンバーが近くにいれば、テツヤのフォローができるって配慮らしい。
何しろテツヤは未だに記憶が戻らないのに、強引に練習に参加させられてしまったからね。
どうやらこれには、赤司君の力が強く働いているらしい。
赤司君ってホント、どれだけ権力持ってるんだろう。

誠凛高校にとっても、これはありがたいことだった。
あまり資金的に裕福でないから、合宿だって切り詰めてるんだ。
だけど今回はかなり設備のいいところに、格安で合宿できる。
それに併設された温泉施設は、怪我に効くんだって。
木吉センパイの膝が、これで少しでも良くなるといいね。

ボクも、もちろん嬉しいよ。
テツヤのことが心配だったから、そばにいられるのはありがたい。
それにテツヤと温泉に入るのも、楽しみなんだ。
2人で泡だらけになりながら、洗ってもらいたいな。
それでテツヤが少しでもボクのことを思い出してくれるといいんだけど。

だからボクはいつも第一体育館にいるんだ。
誠凛のみんなのことも気になるよ。
火神君とテツヤ以外の1年生を伸ばすのが、誠凛の今回の合宿のテーマだって言うし。
降旗君たちの活躍も見てみたい。
だけどそれ以上に、今はテツヤが気になるんだよ。

*****

黒子っち、大丈夫スか?
黄瀬君がテツヤに駆け寄って、声をかけている。
だけどテツヤは黄瀬君の方を見もせずに「大丈夫です」と答えた。

やっぱりテツヤは、練習がきつそうだった。
テツヤはメンバーの中で一番小柄で、体力もない方だ。
それに記憶を失うほどの怪我もあって、体調も万全じゃない。
しかも練習は、ちょっとした基礎練習を1つとっても、誠凛よりハードなんだ。
真っ先にへばってしまうのは、当たり前だった。

みんな知らない顔をしてるけど、そんなテツヤのことが気がかりなのは明らかだった。
さすがに気を散らすようなことはないけど、何とはなしにテツヤをチラチラと見てる。
一番態度に出てるのが、黄瀬君だ。
ずっとテツヤの横にいて、声をかけ続けている。

そして2人1組でパスの練習をすることになった。
当然のようにテツヤと組もうとした黄瀬君の前に、青峰君がすっと立ちはだかった。
黄瀬君が不満そうに「何スか?」と文句を言う。
すると青峰君は「テツはオレと組む」と答えて、テツヤの肩を抱いて黄瀬君に背を向けた。

涼太、お前はもうテツヤと練習しただろう?大輝に譲ってやれ。
赤司君が割って入ると、黄瀬君が「え~!?」と声を上げたけど、2人から離れた。
そして青峰君はテツヤと2人組で、パスの練習を始める。
野球のキャッチボールのように、2人の間をボールが何度も往復した。

その後、しばらくシュートやドリブルなどの基本的な動きの練習をした。
そして3対3のミニゲーム形式の練習になった。
今回、招集されたメンバーは12人だから、3人チームが4つできる。
その総当たり戦で、初回の練習の締めくくりだ。
テツヤと緑間君と紫原君、この3人で同じチームになった。

だけどテツヤは何もしなかった。
高校になって編み出した「バニシングドライブ」とか「イグナイトパス廻」がないのは仕方ない。
でもいつものタップパスさえもなかった。
ただただ受けたボールを回すだけだ
それでもテツヤから気迫が伝わってくる。
体力も能力も劣る分、必死に練習にくらいついているのがわかる。

何より気になるのは、テツヤの表情だ。
記憶を失う前みたいな楽しそうな色は全然ない。
記憶を失った後の、どこか落ち着かない感じとも少し違う。
すごく寂しそうで、悲しそうで、見ているだけでつらくなる。
だけどボクは何となくその表情を知っている気がした。
どこで見たんだろう?

*****

おなかすいた。
そう思ったボクは、テツヤの気持ちがわかった。

練習が終わったU-17のメンバーたちは思い思いの時間を過ごしていた。
親しくなったメンバーとおしゃべりしたり、温泉に入ったり。
早々に部屋に戻って、休んでいる者もいる。
そんな中、閑散とした食堂に「キセキの世代」の5人が集まっていた。
赤司君と緑間君は将棋を打っていて、残りの3人、紫原君、黄瀬君、青峰君はそれを囲んでいる。
黄瀬君と青峰君は退屈そう。
紫原君はまいう棒、ご当地限定温泉まんじゅう味をばりばりとかじっている。

黒子はこのまま使えるのか?
緑間君がポツリとそう言いながら、パチっと駒を打った。
カントクやコーチは外した方がいいと考えているようだが。
赤司君が冷静に答えて、パチッといい音で駒を進めた。

そんなぁ!オレ、黒子っちのパス、また受けたいっスよ!
黄瀬君が大声で抗議すると、青峰君と紫原君が「うるせ!」「声、デカい」と文句を言った。
とにかくもうしばらく、このままやらせてほしいと頼んである。
赤司君が黄瀬君に答えると、何だか全員がホッとした雰囲気になった。

今の黒子っち、怖いっス。全然笑顔がないし。
黒ちんって、元々そんなに笑う方じゃないじゃん。でもまぁ変だけど。
黄瀬君の言葉に、紫原君がツッこんだ。
記憶喪失であることを差し引いても、テツヤの態度に納得いかないらしい。

黒子は1人だけ、崩壊した帝光中にいるんだよ。
不意に聞こえたのは、6人目の人物の声。
食堂に入ってきたのは、火神君だ。
ボクは尻尾を振りながら、火神君に駆け寄った。
火神君が未だ慣れないぎこちない手つきで、ボクの頭をなでてくれた。

テメーらの過去の話は、前に黒子から聞いてる。
黒子の記憶の中では、未だに中学生で、チームん中は最悪なんだろ。
あいつ言ってたぜ。
中学の頃、バスケが嫌いだったってな。
黒子はたった1人で、その頃に戻っちまったんだ。

火神君はそう言い放つと、黄瀬君が「そんなぁ」と情けない声を上げた。
だけど青峰君は「そういうことだろうな」と言った。
他の3人は何も言わなかったけど、納得しているみたいだ。

火神君は厨房に入ると、冷蔵庫を開けている。
どうやらおなかがすいて、何か残り物で夜食を作ろうとしているみたいだ。
実はボクもおなかすいた。
何かお裾分けしてもらいたくて、ボクは火神君の足元にまとわりついた。
おい、2号、踏んじまうぞ。
火神君は苦笑しながら、冷蔵庫の中のものを調理台に並べ始めている。

おなかすいた。
そう思ったボクは、テツヤの気持ちがわかった。
前の飼い主さんに捨てられて、悲しくて、寂しくて、おなかすいてた。
その時のボクも今のテツヤと同じ目をしていたと思う。
誰も信じられなくて、でも誰かに助けてほしくて、ただただ泣いてた。
でもボクはテツヤが拾ってくれて、今はすごく幸せだ。

テツヤの心もきっと悲しくて、寂しくて、おなかがすいてるんだと思う。
誰かテツヤを拾ってあげてよ。
優しく包んで、今はすごく幸せって思わせてあげてよ。

【続く】
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