お兄ちゃん(お姉ちゃん)といっしょのお題

【テツヤ】

ボク、もうバスケを辞めます。
テツヤは静かにそう言った。
部員たちは、ただ茫然とその言葉を聞いていた。

記憶を失ったテツヤを訪ねて「キセキの世代」の面々がやって来た。
だけどテツヤは彼らと話している最中に気を失ってしまったんだ。
それからテツヤの様子が変わった。
元々あまり喜怒哀楽があまりなかったけど、ますます表情が少なくなった。
話しかければ答えるけれど、それ以外はほとんど口を開かない。

そんな中、秋田から紫原君が来た。
氷室さんも一緒だ。
紫原君はテツヤの顔を見るなり、ツカツカと歩み寄ってテツヤの頭をわしゃわしゃとなでた。
ちなみにテツヤの髪に触るのを好きな人は多い。
男の子にしては柔らかい髪で手触りがいいって言ってたのは、木吉センパイだったかな?
でもやっぱり一番多いのは火神君だと思う。

やめてください。
紫原君にわしゃわしゃされたテツヤはパシッとその手を跳ね除けた。
おなじみの動作に、これはもしかして思い出したのかなって、みんなが期待した。
だけどテツヤは氷室さんには「初めまして。黒子テツヤです」って頭を下げたんだ。
やっぱりダメかと、一気にみんな脱力しちゃった。

その後、またテツヤは倒れた。
紫原君が「これ、おみやげ」とまいう棒の秋田限定、比内地鶏味を差し出した瞬間だ。
受け取ろうとしたテツヤの身体がグラリと揺れた。
その時には火神君がまるでゾーンに入ったみたいな瞬発力で、テツヤに駆け寄ったんだ。
それでまた火神君に抱き上げられて、テツヤは保健室に運ばれていった。

テツヤがバスケを辞めると言い出したのは、その翌日だった。
部活の前、みんなが集まっていた体育館で、テツヤは言った。
カントクが「黒子君、早まらないで」と諭した。
主将が「絶対にダメだ!」と叫んだ。
だけどテツヤは「今のボクは皆さんのご迷惑にしかなりません」と答えた。

迷惑だなんて思ってない!
記憶が戻るまで、一緒に頑張ろうよ!
部員たちは口々にそう言ったけど、テツヤは黙って首を振るばかりだ。

火神!お前からも辞めるなって言ってやれよ!
小金井センパイが火神君に叫んだ。
その時になって、他の部員たちがジッと黙っている火神君に気付いた。
いつになく真剣で、様子が違う火神君に全員が黙り込んでしまう。

ちょっと黒子と2人で、話していいか。。。ですか?
沈黙を破ったのは、火神君だった。
そのただならぬ気配に、カントクも主将も黙って頷いていた。

*****

黒子、何を隠してる?
火神君はいきなりそう聞いた。
テツヤはその言葉に、俯いていた顔を上げた。

体育館から、バスケ部の練習の掛け声が聞こえている。
火神君とテツヤは、カントクたちに許可を得て、体育館の外にいた。
2人で話をするためだ。

別に何も隠していません。
テツヤはそう答えた。
もしテツヤが記憶をなくしてなかったら、そんなことは言わなかっただろうね。
だって火神君にそんなのが通用するわけないから。

お前さ、記憶がないって嘘だろ。
火神君はさらにそう言った。
テツヤは首を振ると「そんな嘘はつきません」と答える。
だけど火神君は納得しない。

正確には高校の記憶がない。だけど中学の記憶はあるんだろ?
火神君がさらにそう言った。
ボクだけが気が付いていたテツヤの秘密。
火神君も気づいたみたいだ。さすが。
するとテツヤは「はぁ」とため息をついて、肩を落とした。

まぁ「キセキの世代」と対面したテツヤをよくよく見ていればわかったこと。
テツヤは記憶をなくした直後、誠凛のメンバーに「初めまして」と言った。
高尾君と氷室さんにも言った。
だけど黄瀬君、緑間君、青峰君、桃井さん、紫原君には言わなかった。
つまりテツヤは「キセキの世代」を覚えてるってことだよね。
それに彼らに対するときの雰囲気も、何となく違ってた。
例えば青峰君に「顔が黒い」って言ったり、初対面っぽくなかったんだ。

よくわかりましたね。
テツヤは諦めたようにそう言った。
どこまで覚えてるんだ?それに何で嘘をついた?
火神君が静かに聞き返す。

覚えているのは中学の3年。全中の準決勝までです。
テツヤの答えに、火神君が顔を曇らせた。
火神君はその試合のことを知っている。
ウィンターカップの決勝の前に、テツヤの告白を聞いたから。

試合の最中に相手選手の腕が頭に当たったんです。そこから先がわかりません。
テツヤはそう答えた。
全中3年の準決勝。
テツヤは相手をファウルさせることが得意な双子の選手にケガをさせられて、頭を負傷したんだ。
つらかったあの頃が嫌で、テツヤは忘れたと嘘をついたんだ。

*****

「キセキの世代」のみんなとボクはもう気持ちが離れてます。
それなのに、どうして彼らは今さらボクに会いに来たんですか?
テツヤは火神君にそう聞いた。

もう少しで思い出せそうなんです。喉まで出かかってる感じで。
だけど喉から引っ張り出そうとすると、気分が悪くなって意識が飛ぶんです。
テツヤは悲痛な声で、さらにそう訴えた。

今のテツヤの中では「キセキの世代」とのバスケは、冷たくてつらいもの。
しかも最悪の事件の直前で記憶が止まってる。
心の底で、そこから先のことを思い出したくないって思ってるんだ。
だから「キセキの世代」との対面して、意識を飛ばした。
それはきっと拒否反応なんだ。

火神君は知ってるんですか?
あの後、ボクにいったい何があったのか。
テツヤは火神君に挑むようにそう聞いた。

火神君はもちろんその答えを知っている。
テツヤが中3の全中の決勝戦。
試合のスコアをゾロ目で揃えるという遊びに利用されたテツヤの友だちの話。
その事件でテツヤがすごく傷ついたことを。

火神君は黙ったまま、言葉を捜している。
テツヤを問い詰めていたはずの火神君が、今は逆に問い詰められていた。
答えられないんだ。
テツヤが全てを知って、もう1度傷つく。
そう思って、テツヤが心配で言えないんだ。

知っているなら、教えてくれませんか?
テツヤがなおも食い下がる。
だけどそれに答えたのは、火神君じゃなかった。
いつの間にか現れたもう1人の男が、2人の間に割って入ったんだ。

人に聞いたらダメだ。自分の力で思い出すんだ。
いきなり現れた彼は、天帝の目を持つ人。
かつて「キセキの世代」を主将だった赤司君だ。
テツヤ。久しぶりだね。
赤司君はテツヤを真っ直ぐに見据えると、ニッコリと笑った。

テツヤ。赤司君の言う通りだよ。
逃げてちゃダメなんだ。
キミは自分の力で、もう1度乗り越えなくちゃいけないんだ。
そうしなければ先に進めない。

【続く】*タイトル、お題の指定は「○○にぃ/○○ねぇ(又は普段の呼び方)」です。
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