お兄ちゃん(お姉ちゃん)といっしょのお題

【ぎゅーっ】

こんなに幸せでいいのかな。
テツヤはボクを腕に抱えたまま、そっと呟いた。

ボクはテツヤ2号という名前で、みんなからは「2号」と呼ばれている。
元々は捨て犬だったところを、黒子テツヤに拾ってもらった。
今は誠凛高校のバスケ部で飼われていて、今は背番号までもらっている。

ボクはバスケ部のみんなにすごくよくしてもらっている。
交代でごはんをくれたり、散歩に付き合ってくれたりする。
時々空いた時間にボクのところに来て、遊んでいく部員もいる。
教室であった面白いことを話してくれたり、ボール遊びをしたり。
中には愚痴や悩み事を喋っていくとかね。
ボクは犬だからアドバイスはできないけど、少しは気持ちが軽くなってるといいなと思う。

合宿や温泉も一緒だし、時には試合会場にも連れて行ってくれる。
ユニフォームまで着せてもらって、もう至れり尽くせりだ。
前の飼い主に捨てられた時には、寂しくて悲しくて、このまま死んじゃうんだと思ってたのに。
こんなに楽しい日々が来るなんて、思ってもみなかった。

誠凛のみんなは大好きだけど、やっぱりテツヤが一番好きだ。
ボクはやっぱり人間ではないから、みんなと一緒にバスケはできない。
それが寂しくて、ひとりで落ち込んでいると、テツヤはいつも気付いてくれる。
ボクをそっと抱き上げて、ぎゅーっとしてくれるんだ。
テツヤにそうされるとすごく嬉しくて、寂しい気持ちなんか吹っ飛んじゃうから不思議だ。

ボクも捨てられたことがあるから、2号が寂しいときはわかるんですよ。
テツヤはボクにそう言ったことがある。
それってどういう意味かな。
犬でも猫でもないテツヤが捨てられることなんてないと思うんだけど。
だけどそれを言った時、テツヤはすごく寂しそうな目をしてた。

そのとき、ボクはどうして自分が犬なんだろうって思った。
ボクが寂しいときには、テツヤがぎゅーってしてくれるのに。
テツヤが寂しいときに、ボクはきゅーってしてあげられない。
ボクはすごく幸せだけど、こんなときには、ほんの少しだけ悲しくなる。

*****

2号、ごめんなさい。
しばらくはもっと一緒にいられるはずだったんですけど。
テツヤは申し訳なさそうに、そう言った。

ウィンターカップが終わったら、もっと遊んであげられますからね。
テツヤはそう言っていた。
だけどウィンターカップが終わると、テツヤたちはますます忙しくなった。
終わった直後は、あちこちから取材の申し込みが殺到してた。
バスケの雑誌だけでなく、一般の新聞や週刊誌なんかもあったみたい。

その後、少しは静かになると思いきや、そうはいかなかった。
その理由は「バスケットボールU-17世界選手権」。
つまり17歳以下のバスケの世界選手権だ。
そしてそのアジア予選になるのが「バスケットボールアジアU-16選手権」。
つまり現在16歳以下、高校1年生の選手が、日本代表として招集されることになったんだ。

テツヤのかつての仲間である「キセキの世代」はもちろん選ばれている。
その他にも、インターハイやウィンターカップで活躍した何人か。
そして誠凛高校からはテツヤと火神君が選ばれたそうだ。
だからテツヤはすごく忙しい。
合同練習とか、合同合宿とか、とにかくハードスケジュールだった。
だけど学校にいるときには、必ずボクの相手をしてくれる。
散歩して、ボール遊びをして、ぎゅーっとしてくれる。

こんなに幸せでいいのかな。
テツヤはボクを腕に抱えたまま、そっと呟いた。
明日からU-17の合同練習で、しばらくは誠凛の練習に出ない。
そんな日の部活の練習前でのことだ。

ほんの1年前まで、バスケが嫌いだったのに。
捨てられてしまったのに。
今はみんなとバスケができるなんて、夢みたいです。

テツヤが笑っている。
表情が乏しいと言われているテツヤだけど、ときどきボクに話しかけながら、こんな風に笑うんだ。
爆笑じゃない、穏やかで静かな微笑。
ボクはこんな風に笑うテツヤが大好きだ。

*****

2号、ちゃんと水分を摂ってくださいね。
部活の前に散歩して、ボクとテツヤは部室に戻ってきた。
テツヤがすぐにボクの皿を出して、水を注いでくれた。
ボクが水を飲み始めたのを確認して、テツヤもスポーツドリンクを飲み始める。
こうして自分のことよりボクのことを優先してくれるのも、嬉しい。

もうそろそろ部活が始まりますね。
テツヤが壁に掛けられた時計を確認しながら、そう言った。
明日からしばらくテツヤに会えないから、ボクはいつもより長く散歩を強請ったせいだ。
他の部員たちはもう全員着替えを終えて、体育館に行ってしまったんだろう。

2号、そんなに申し訳なさそうな顔をしなくていいですよ。
散歩だから、少しくらい遅れても、カントクは怒りませんから。
テツヤは何も言わなくても、ボクが思っていることを察してくれる。
嬉しくなったボクは尻尾を振りながら、水を飲んだ。

その後、ボクたちは体育館に向かう。
体育館からは、もうウォーミングアップの掛け声が聞こえてくる。
みんなのバスケを見るのも好きなボクは、体育館に向かって走り出した。
テツヤが「2号、待ってください」と言いながら、追いかけてくる。

体育館の入口の扉は閉まっている。
テツヤに開けてもらえなければ、中に入れない。
早く開けてほしくて、ボクは後ろから追ってきているはずのテツヤを振り返った。
だけどそこにテツヤの姿がない。
おかしいと思ったボクは、今来た道を戻り始めた。
そして角を曲がったところで、倒れているテツヤをみつけた。

驚いたボクは、何度も吠えた。
それなのにテツヤは目を開けず、ピクリとも動かない。
しかもよく見ると、テツヤの頭にはさっきまでなかった怪我をしている。
あの不思議な色の髪が、どころどころ血に染まっていた。

どうしたんだ!?黒子!!
ボクの声で異変に気付いた部員たちが、体育館から飛び出して来た。
一番先頭は火神君で、倒れているテツヤを抱き起して、ピチピチと頬を叩いている。
だけどテツヤは目を閉じたまま、やっぱり動かなかった。

ボクがちょっと目を離している間に、テツヤに何が起きたんだろう?
さっぱりわからないボクは、火神君の腕でグッタリしているテツヤを見ながら、途方に暮れた。

【続く】
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