”の”な10題
【覚醒の歌声】
「久しぶり~~!黒子っち~~~~!」
大学生になって初めて見るライバルの顔に、黄瀬は頬を緩ませる。
名前を呼ばれた本人は相変わらずの無表情だ。
そして後ろに立つ赤い大男は、威嚇するように黄瀬に睨みを利かせている。
「そんなに久しぶりではないと思いますが」
黒子は相変わらずの冷静さで、そう告げた。
確かに客観的に見れば、この表現は打倒だ。
黄瀬は黒子や火神の卒業式の日に、誠凛高校に押しかけて来た。
黒子どころか、紫原くらいの巨体でも姿がゆうに隠れられるほどのバカでかい花束を持って。
ただでさえ目立つ男がそんなものを持っていれば、当然目立ちまくる。
その花束を「卒業おめでとうございます!」と差し出された黒子は、思わず眩暈で倒れそうになった。
それからまだ1ヶ月も経っていない。
そしてこの春、黒子も火神も黄瀬たち「キセキの世代」も、全員が大学生になった。
誰もが高校とは勝手が違うことに戸惑いながら、少しずつ自分たちのペースを掴もうとしている。
嬉しいのは、全員が何らかの形でバスケを続けているということ。
寂しいのは、全員が高校の時のようなバスケに全てを捧げるような生活はできないことだ。
赤司や緑間などは卒業したらバスケ以外の道に進むことを決めているので、熱量は必然的に少なくなる。
その中で、今1番忙しいのはこの黄瀬涼太だった。
今まではバスケの練習に明け暮れ、その合間にモデル活動をしていた。
だが大学に入ってから、所属事務所が仕事の量を増やしたのだ。
大学生は高校生より授業が少ないのだから、その分働けということらしい。
モデルだけでは足らず、テレビ出演やCDデビューなど次々とスケジュールが組まれている。
「黄瀬君のデビュー曲、聞きましたよ。・・・歌はヘタですね。」
「それ、みんなに言われるんすよ」
黒子の容赦のない言葉に、黄瀬はガックリと肩を落とした。
完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)は、歌唱の分野では使えないことが判明したのだ。
「でももっと練習するっすよ。いつか覚醒の歌声、聞かせますから!」
「いい加減にしろ。行くぞ、黒子」
火神が放っておけばいつまでも続きそうな会話を強引に遮って、黒子の肩を抱いて歩き出す。
黄瀬はその後姿を見送りながら「完全にラブラブっすね」とひとりごちた。
*****
「ったく、余計なこと話してるんじゃねーよ。」
「火神君は嫉妬深いですね。」
黒子はため息をつきながら、並んでベンチに腰掛けた。
今日は大学に入って初めての試合の日だった。
火神と黒子が入学した最京大学と、黄瀬が入学した王城大学が対戦する。
もちろん公式戦ではなくて、練習試合だ。
入学したばかりの1年生にとってはデビュー戦となる。
試合会場となる最京大学の体育館には、練習試合とは思えないほどの人が集まっていた。
緑間、青峰、紫原、高尾などなど。
またしても青峰と同じ大学に進み、バスケ部のマネージャーになった桃井はビデオカメラを持っている。
撮影された映像はもちろん部の資料となるが、アメリカの赤司にも送ることになっていた。
「準備はいいか、黒子?」
火神は相棒である黒子に声をかけた。
黒子は手首にリストバンドをはめながら「はい」と答えた。
2人にとっては、これは単なる練習試合ではない。
これから4年間の大学生活を大きく左右する試合だ。
大学に入学し、バスケ部に加入した火神がまず最初にしたのは、監督への直訴だった。
その内容は一般入試で入学した者でも相応の力を認めたら、バスケ部への入部を認めてほしいということ。
もちろんそれは一般入試で入学を果たした黒子のためだ。
最初は監督もコーチたちもけんもほろろ、そんな言葉には耳を貸さなかった。
すると火神はとにかく練習に打ち込み、事あるごとに自分の力を見せつけたのだ。
特にミニゲーム形式になると、殊更派手にシュートを決めまくり、先輩部員たちを圧倒する。
かつて「キセキの世代」と対等に渡り合った火神は、強豪校の中でも群を抜いた実力があった。
それを日々知らしめながら、黒子の入部を訴え続ける。
そんな火神の連日の行動に、ついに監督やコーチたちも折れた。
ただ無条件に一般入試組の実力を認めたわけではない。
この練習試合は、黒子の入部テストを兼ねていた。
ここで首脳陣や先輩たちを納得させることができれば、入部が認められるのだ。
「まぁいつも通りのプレーができれば大丈夫だろ。頼むぜ、相棒!」
「楽しんでこーぜ、ですね」
火神は黒子の肩をトンと叩くと、黒子はかつての先輩の口調を真似て答えた。
一緒にコートに立つのは、高校のウィンターカップ以来だ。
久しぶりの懐かしい感覚に、火神の気合いがみなぎっていく。
準備は全部してやった。
あとは黒子が結果を出すだけだ。
火神は「行くぞ」と叫んで、黒子の前に拳を突き出した。
黒子は小さな拳をトンと合わせて「頑張ります」と答えた。
*****
「もう、また負けっすか、黒子っち~」
黄瀬が唇を尖らせて、文句を言う。
黒子は「すみません」と答えながら、自陣のベンチを見た。
「楽しんでこーぜ、ですね」
黒子は試合前にそう言ったけど、実はかなり緊張していた。
最京大学バスケ部は、推薦入学組しか入部できない規則なのだ。
それを一般入試の黒子の入部テストをしてくれるという。
そこに至るまでに、火神はかなり無理をしたのではないかと思う。
そうまでして掴んでくれたチャンス、絶対に無駄にはできない。
だがその緊張を忘れさせてくれたのは、対戦相手の黄瀬だった。
いや黄瀬だけではなく、王城大学にというべきか。
海常高校のOBを多く受け入れる王城には、笠松だの森山だの猛者が連なっている。
彼らと相対するのに、緊張したり余計なことを考えている余裕なんかなかったのだ。
案の定、練習試合とは思えないほど激しく白熱した戦いになった。
何としても負けられない。黒子は必死だった。
そして次第に試合にのめり込み、最後には完全に楽しんでいた。
このメンバーで、この試合内容。
高校1年の初めての練習試合を彷彿とさせるのだ。
結局試合は僅差で最京大学の勝利となった。
最後の最後、黒子からのパスを受けた火神がダンクシュートを決めたのだ。
何もかもあの試合と同じで、まるでデジャヴのようだと黒子は苦笑する。
バスケ部の監督やコーチたちにどう見えたかはわからないが、全てを出し切ったと思う。
「勝ったな、黒子」
試合が終了すると、火神が黒子に駆け寄って来た。
黒子も静かに「はい」と答える。
今日の試合はここで終わりではないから、まだ喜べない。
2人はゆっくりと監督やコーチ、先輩たちが待つベンチへと戻っていく。
「合格だ、黒子テツヤ。君の入部を歓迎する。」
監督は立ち上がると、笑顔で黒子に手を差し伸べた。
その瞬間、火神が拳を突き上げて雄叫びを上げる。
まさに覚醒の歌声のようなその叫びを聞きながら、黒子は監督と握手をした。
これでまた火神と黒子の新しい関係が始まる。
火神がまた拳を差し出したので、相棒の黒子も拳を合わせて応じた。
恋人として抱き合うのは、2人きりになってからにする。
光と影で恋人で何にも代えられない強い絆が、しっかりと2人を繋いでいる。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
「久しぶり~~!黒子っち~~~~!」
大学生になって初めて見るライバルの顔に、黄瀬は頬を緩ませる。
名前を呼ばれた本人は相変わらずの無表情だ。
そして後ろに立つ赤い大男は、威嚇するように黄瀬に睨みを利かせている。
「そんなに久しぶりではないと思いますが」
黒子は相変わらずの冷静さで、そう告げた。
確かに客観的に見れば、この表現は打倒だ。
黄瀬は黒子や火神の卒業式の日に、誠凛高校に押しかけて来た。
黒子どころか、紫原くらいの巨体でも姿がゆうに隠れられるほどのバカでかい花束を持って。
ただでさえ目立つ男がそんなものを持っていれば、当然目立ちまくる。
その花束を「卒業おめでとうございます!」と差し出された黒子は、思わず眩暈で倒れそうになった。
それからまだ1ヶ月も経っていない。
そしてこの春、黒子も火神も黄瀬たち「キセキの世代」も、全員が大学生になった。
誰もが高校とは勝手が違うことに戸惑いながら、少しずつ自分たちのペースを掴もうとしている。
嬉しいのは、全員が何らかの形でバスケを続けているということ。
寂しいのは、全員が高校の時のようなバスケに全てを捧げるような生活はできないことだ。
赤司や緑間などは卒業したらバスケ以外の道に進むことを決めているので、熱量は必然的に少なくなる。
その中で、今1番忙しいのはこの黄瀬涼太だった。
今まではバスケの練習に明け暮れ、その合間にモデル活動をしていた。
だが大学に入ってから、所属事務所が仕事の量を増やしたのだ。
大学生は高校生より授業が少ないのだから、その分働けということらしい。
モデルだけでは足らず、テレビ出演やCDデビューなど次々とスケジュールが組まれている。
「黄瀬君のデビュー曲、聞きましたよ。・・・歌はヘタですね。」
「それ、みんなに言われるんすよ」
黒子の容赦のない言葉に、黄瀬はガックリと肩を落とした。
完全無欠の模倣(パーフェクトコピー)は、歌唱の分野では使えないことが判明したのだ。
「でももっと練習するっすよ。いつか覚醒の歌声、聞かせますから!」
「いい加減にしろ。行くぞ、黒子」
火神が放っておけばいつまでも続きそうな会話を強引に遮って、黒子の肩を抱いて歩き出す。
黄瀬はその後姿を見送りながら「完全にラブラブっすね」とひとりごちた。
*****
「ったく、余計なこと話してるんじゃねーよ。」
「火神君は嫉妬深いですね。」
黒子はため息をつきながら、並んでベンチに腰掛けた。
今日は大学に入って初めての試合の日だった。
火神と黒子が入学した最京大学と、黄瀬が入学した王城大学が対戦する。
もちろん公式戦ではなくて、練習試合だ。
入学したばかりの1年生にとってはデビュー戦となる。
試合会場となる最京大学の体育館には、練習試合とは思えないほどの人が集まっていた。
緑間、青峰、紫原、高尾などなど。
またしても青峰と同じ大学に進み、バスケ部のマネージャーになった桃井はビデオカメラを持っている。
撮影された映像はもちろん部の資料となるが、アメリカの赤司にも送ることになっていた。
「準備はいいか、黒子?」
火神は相棒である黒子に声をかけた。
黒子は手首にリストバンドをはめながら「はい」と答えた。
2人にとっては、これは単なる練習試合ではない。
これから4年間の大学生活を大きく左右する試合だ。
大学に入学し、バスケ部に加入した火神がまず最初にしたのは、監督への直訴だった。
その内容は一般入試で入学した者でも相応の力を認めたら、バスケ部への入部を認めてほしいということ。
もちろんそれは一般入試で入学を果たした黒子のためだ。
最初は監督もコーチたちもけんもほろろ、そんな言葉には耳を貸さなかった。
すると火神はとにかく練習に打ち込み、事あるごとに自分の力を見せつけたのだ。
特にミニゲーム形式になると、殊更派手にシュートを決めまくり、先輩部員たちを圧倒する。
かつて「キセキの世代」と対等に渡り合った火神は、強豪校の中でも群を抜いた実力があった。
それを日々知らしめながら、黒子の入部を訴え続ける。
そんな火神の連日の行動に、ついに監督やコーチたちも折れた。
ただ無条件に一般入試組の実力を認めたわけではない。
この練習試合は、黒子の入部テストを兼ねていた。
ここで首脳陣や先輩たちを納得させることができれば、入部が認められるのだ。
「まぁいつも通りのプレーができれば大丈夫だろ。頼むぜ、相棒!」
「楽しんでこーぜ、ですね」
火神は黒子の肩をトンと叩くと、黒子はかつての先輩の口調を真似て答えた。
一緒にコートに立つのは、高校のウィンターカップ以来だ。
久しぶりの懐かしい感覚に、火神の気合いがみなぎっていく。
準備は全部してやった。
あとは黒子が結果を出すだけだ。
火神は「行くぞ」と叫んで、黒子の前に拳を突き出した。
黒子は小さな拳をトンと合わせて「頑張ります」と答えた。
*****
「もう、また負けっすか、黒子っち~」
黄瀬が唇を尖らせて、文句を言う。
黒子は「すみません」と答えながら、自陣のベンチを見た。
「楽しんでこーぜ、ですね」
黒子は試合前にそう言ったけど、実はかなり緊張していた。
最京大学バスケ部は、推薦入学組しか入部できない規則なのだ。
それを一般入試の黒子の入部テストをしてくれるという。
そこに至るまでに、火神はかなり無理をしたのではないかと思う。
そうまでして掴んでくれたチャンス、絶対に無駄にはできない。
だがその緊張を忘れさせてくれたのは、対戦相手の黄瀬だった。
いや黄瀬だけではなく、王城大学にというべきか。
海常高校のOBを多く受け入れる王城には、笠松だの森山だの猛者が連なっている。
彼らと相対するのに、緊張したり余計なことを考えている余裕なんかなかったのだ。
案の定、練習試合とは思えないほど激しく白熱した戦いになった。
何としても負けられない。黒子は必死だった。
そして次第に試合にのめり込み、最後には完全に楽しんでいた。
このメンバーで、この試合内容。
高校1年の初めての練習試合を彷彿とさせるのだ。
結局試合は僅差で最京大学の勝利となった。
最後の最後、黒子からのパスを受けた火神がダンクシュートを決めたのだ。
何もかもあの試合と同じで、まるでデジャヴのようだと黒子は苦笑する。
バスケ部の監督やコーチたちにどう見えたかはわからないが、全てを出し切ったと思う。
「勝ったな、黒子」
試合が終了すると、火神が黒子に駆け寄って来た。
黒子も静かに「はい」と答える。
今日の試合はここで終わりではないから、まだ喜べない。
2人はゆっくりと監督やコーチ、先輩たちが待つベンチへと戻っていく。
「合格だ、黒子テツヤ。君の入部を歓迎する。」
監督は立ち上がると、笑顔で黒子に手を差し伸べた。
その瞬間、火神が拳を突き上げて雄叫びを上げる。
まさに覚醒の歌声のようなその叫びを聞きながら、黒子は監督と握手をした。
これでまた火神と黒子の新しい関係が始まる。
火神がまた拳を差し出したので、相棒の黒子も拳を合わせて応じた。
恋人として抱き合うのは、2人きりになってからにする。
光と影で恋人で何にも代えられない強い絆が、しっかりと2人を繋いでいる。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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