手の5題2
【祈り】
これはどういう意味なんだ?
宮城庸は皿の上の「それ」を見て、首を傾げることになった。
テーブルの上に置かれたのは、宮城の恋人が作った手料理。
恋人は17歳年下、親子と言っても通るほど年齢が違う。
そして健気にも毎日のように手料理を作るのだ。
ここまで聞かされれば、羨ましい話だと思うだろう。
ラブラブカップルのノロケ話と思うかもしれない。
だが実際は違う。
恋人は宮城の気持ちなどおかまいなしに攻め込んでくるテロリスト。
手料理のメニューは宮城の好みなど関係なく、キャベツの油炒めばかりだ。
世間一般的な基準に合わせれば、恋人の料理の腕前は決して上手ではない。
油でギトギト光るキャベツは、正直言ってそろそろアラフォーの胃には重い。
味つけもやたら濃かったり、薄すぎてほとんど味がなかったり。
日によってバラつきが多くて、ちょうどよかったことがない。
そもそも調味料をぶち込んで、ろくに混ぜていないんだろうと思う。
味がないと思って食べ進めてたら、いきなり塩の塊が口に入ってきたりすることもよくあるからだ。
それでも進歩は認める部分もある。
最初は切り方も大ざっぱで、やたら大きいのや小さいのがゴチャゴチャだった。
だが包丁使いが上達してきたようで、一片の大きさが揃ってきた。
それにどこで聞いてきたのか、芯を取り除くことも覚えたようだ。
あとは「味見」という技能をマスターしてくれればいいと思うのだが。
*****
宮城がキャベツ三昧の日々を楽しむ余裕が出始めた頃、その異変に気付いた。
それはたまにキャベツの中に出現する赤い色だった。
いつもは白っぽい色合いの中に、時々焦げた茶色や黒。
だがある時出されたキャベツ炒めは、全体的に赤みを帯びていた。
恐る恐る口に運んでみて、ケチャップで味をつけたものだとわかった。
正直言って不味かったけれど、宮城は顔色1つ変えずに完食するという荒業をやってのけた。
それ以来たまに、本当にごくたまに、赤い色が出現するようになった。
あるときは豆板醤であったり、またあるときはチリソースだったり。
これにはさすがの宮城も「辛い」と文句を言った。
それでも何とか完食はしたのだが。
すると次はニンジンだとか、トマトなどが一緒に炒められるようになった。
大胆に輪切りにされたニンジンはキャベツと同じタイミングで投入されたようで、固い。
っていうかほとんど生だ。
それでも宮城はバリバリとそれを齧った。
ちなみにトマトはほとんどスープ状態までとけて「赤」シリーズの中では一番マシだった。
ここまでくると、さすがの宮城も気付く。
この「赤」シリーズには、何かの意味がある。
だが多分問い詰めたところで、きっと言わないと思う。
宮城の恋人は綺麗な容姿に似合わず、頑固な性格なのだ。
きっと口に出しては言わないと決めてしまっているのだろう
こんなに意味深な行動を取っているのに、何も言わないのだから。
では自分で結論にたどり着くしかない。
宮城は何日も根気よく懸命に考えた末に、ようやく解決への糸口を見出した。
*****
「なぁ、この赤って『先生』へのものなのか?」
宮城がそう言うと、恋人・高槻忍はギクリと肩を揺らした。
テーブルでは赤ピーマン入りのキャベツ炒めが、湯気を立てている。
「そんな、何を言って。。。」
忍は否定したもののドギマギしながら、宮城から目を逸らした。
どうやら当たりらしい。
できれば当たって欲しくなかったと、宮城は内心ため息をついた。
先生とは今は亡き宮城の学生時代の担任教師であり、恋人だった女性のことだ。
その後の宮城は他の女性と恋愛しても続かず、離婚までした。
ずっと先生のことが忘れられなかったからだ。
忍もそのことをかなり気にしていた時期があった。
宮城がそこに思い至ったのは、赤いものが出てくる日付からだ。
それが月1回であることに気付き、さらに先生の月命日であることに気が付いた。
だがそこから先、忍が何を考えているのかがわからない。
もうわだかまりは解けたものと思っていたのに、なぜ今先生にこだわるのだろう。
「ちゃんと先生の墓の前で、お前のことが好きだって言ったよな?」
「だから、俺は、先生なんて関係ない。。。」
「忍!」
あくまでとぼけようとする忍に、宮城はついに声を荒げた。
何しろこのテロリストは、放っておくととんでもない方向に暴走するのだ。
不可解な行動の意味は、きっちりと確認しておくに限る。
*****
「俺、先生に感謝してるんだ。」
ようやく観念した忍がポツポツと話し始めた。
だがその意外な言葉に、宮城は驚く。
「感謝?」
「先生のおかげで、宮城はこんなオッサンになっても1人でいてくれただろ?」
「悪かったな、オッサンで」
「悪いのは俺だよ。そんなことで先生に感謝するなんて。」
「忍、お前、そんなこと考えてたのかよ。」
先生が死んでもなお宮城の心の中にい続けてくれたことに感謝し、だがそのことを申し訳なく思う。
テロリストは意外にも繊細で、弱気だった。
「せめて先生のために祈りたかったんだ。」
「だから命日に赤かよ!」
宮城はようやく納得した。
これは赤い色は忍から先生への祈りだったのだ。
花を供える代わりに、手を合わせる代わりに、宮城の皿にそっと添えた赤の色。
まったく理にかなっていないが、何だか忍らしい。
そんなところがかわいいと思ってしまうのはかなり重症だと、苦笑してしまう。
思わず抱きしめてやりたいと思ったが、せっかくの力作が冷めてしまうので我慢しておこう。
「じゃあ先生の分まで、いただきますか」
宮城はそう言うと、皿に手を合わせてから箸を取った。
やはり同時に投入したようで、キャベツがクタクタな割りに赤ピーマンは固い。
間違っても美味いとは言いがたいが、これはこれでありのような気がする。
「お前も一緒に食ってみたらどうだ?」
「俺、キャベツも赤ピーマンも嫌いだもん。」
何だがいいムードだったからさりげなく試食に導こうとしたが、そこはやはりダメらしい。
かわいいテロリストはやはり気まぐれだ。
【終】
これはどういう意味なんだ?
宮城庸は皿の上の「それ」を見て、首を傾げることになった。
テーブルの上に置かれたのは、宮城の恋人が作った手料理。
恋人は17歳年下、親子と言っても通るほど年齢が違う。
そして健気にも毎日のように手料理を作るのだ。
ここまで聞かされれば、羨ましい話だと思うだろう。
ラブラブカップルのノロケ話と思うかもしれない。
だが実際は違う。
恋人は宮城の気持ちなどおかまいなしに攻め込んでくるテロリスト。
手料理のメニューは宮城の好みなど関係なく、キャベツの油炒めばかりだ。
世間一般的な基準に合わせれば、恋人の料理の腕前は決して上手ではない。
油でギトギト光るキャベツは、正直言ってそろそろアラフォーの胃には重い。
味つけもやたら濃かったり、薄すぎてほとんど味がなかったり。
日によってバラつきが多くて、ちょうどよかったことがない。
そもそも調味料をぶち込んで、ろくに混ぜていないんだろうと思う。
味がないと思って食べ進めてたら、いきなり塩の塊が口に入ってきたりすることもよくあるからだ。
それでも進歩は認める部分もある。
最初は切り方も大ざっぱで、やたら大きいのや小さいのがゴチャゴチャだった。
だが包丁使いが上達してきたようで、一片の大きさが揃ってきた。
それにどこで聞いてきたのか、芯を取り除くことも覚えたようだ。
あとは「味見」という技能をマスターしてくれればいいと思うのだが。
*****
宮城がキャベツ三昧の日々を楽しむ余裕が出始めた頃、その異変に気付いた。
それはたまにキャベツの中に出現する赤い色だった。
いつもは白っぽい色合いの中に、時々焦げた茶色や黒。
だがある時出されたキャベツ炒めは、全体的に赤みを帯びていた。
恐る恐る口に運んでみて、ケチャップで味をつけたものだとわかった。
正直言って不味かったけれど、宮城は顔色1つ変えずに完食するという荒業をやってのけた。
それ以来たまに、本当にごくたまに、赤い色が出現するようになった。
あるときは豆板醤であったり、またあるときはチリソースだったり。
これにはさすがの宮城も「辛い」と文句を言った。
それでも何とか完食はしたのだが。
すると次はニンジンだとか、トマトなどが一緒に炒められるようになった。
大胆に輪切りにされたニンジンはキャベツと同じタイミングで投入されたようで、固い。
っていうかほとんど生だ。
それでも宮城はバリバリとそれを齧った。
ちなみにトマトはほとんどスープ状態までとけて「赤」シリーズの中では一番マシだった。
ここまでくると、さすがの宮城も気付く。
この「赤」シリーズには、何かの意味がある。
だが多分問い詰めたところで、きっと言わないと思う。
宮城の恋人は綺麗な容姿に似合わず、頑固な性格なのだ。
きっと口に出しては言わないと決めてしまっているのだろう
こんなに意味深な行動を取っているのに、何も言わないのだから。
では自分で結論にたどり着くしかない。
宮城は何日も根気よく懸命に考えた末に、ようやく解決への糸口を見出した。
*****
「なぁ、この赤って『先生』へのものなのか?」
宮城がそう言うと、恋人・高槻忍はギクリと肩を揺らした。
テーブルでは赤ピーマン入りのキャベツ炒めが、湯気を立てている。
「そんな、何を言って。。。」
忍は否定したもののドギマギしながら、宮城から目を逸らした。
どうやら当たりらしい。
できれば当たって欲しくなかったと、宮城は内心ため息をついた。
先生とは今は亡き宮城の学生時代の担任教師であり、恋人だった女性のことだ。
その後の宮城は他の女性と恋愛しても続かず、離婚までした。
ずっと先生のことが忘れられなかったからだ。
忍もそのことをかなり気にしていた時期があった。
宮城がそこに思い至ったのは、赤いものが出てくる日付からだ。
それが月1回であることに気付き、さらに先生の月命日であることに気が付いた。
だがそこから先、忍が何を考えているのかがわからない。
もうわだかまりは解けたものと思っていたのに、なぜ今先生にこだわるのだろう。
「ちゃんと先生の墓の前で、お前のことが好きだって言ったよな?」
「だから、俺は、先生なんて関係ない。。。」
「忍!」
あくまでとぼけようとする忍に、宮城はついに声を荒げた。
何しろこのテロリストは、放っておくととんでもない方向に暴走するのだ。
不可解な行動の意味は、きっちりと確認しておくに限る。
*****
「俺、先生に感謝してるんだ。」
ようやく観念した忍がポツポツと話し始めた。
だがその意外な言葉に、宮城は驚く。
「感謝?」
「先生のおかげで、宮城はこんなオッサンになっても1人でいてくれただろ?」
「悪かったな、オッサンで」
「悪いのは俺だよ。そんなことで先生に感謝するなんて。」
「忍、お前、そんなこと考えてたのかよ。」
先生が死んでもなお宮城の心の中にい続けてくれたことに感謝し、だがそのことを申し訳なく思う。
テロリストは意外にも繊細で、弱気だった。
「せめて先生のために祈りたかったんだ。」
「だから命日に赤かよ!」
宮城はようやく納得した。
これは赤い色は忍から先生への祈りだったのだ。
花を供える代わりに、手を合わせる代わりに、宮城の皿にそっと添えた赤の色。
まったく理にかなっていないが、何だか忍らしい。
そんなところがかわいいと思ってしまうのはかなり重症だと、苦笑してしまう。
思わず抱きしめてやりたいと思ったが、せっかくの力作が冷めてしまうので我慢しておこう。
「じゃあ先生の分まで、いただきますか」
宮城はそう言うと、皿に手を合わせてから箸を取った。
やはり同時に投入したようで、キャベツがクタクタな割りに赤ピーマンは固い。
間違っても美味いとは言いがたいが、これはこれでありのような気がする。
「お前も一緒に食ってみたらどうだ?」
「俺、キャベツも赤ピーマンも嫌いだもん。」
何だがいいムードだったからさりげなく試食に導こうとしたが、そこはやはりダメらしい。
かわいいテロリストはやはり気まぐれだ。
【終】
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