足の5題2
【キック!】
「うわぁ~~~!」
高橋美咲はパソコンの画面を睨みつけながら、絶叫した。
この怒りのやり場が欲しい。
できれば何かを思い切り蹴り飛ばしたい気分だった。
一瞬目に入ったのは、秋彦のお気に入りの大きなクマのぬいぐるみ。
だが鈴木さんにキックを見舞うのは、さすがに気が咎めた。
発端は秋彦が秋川弥生名義で執筆しているBL小説「純愛ロマンチカ」シリーズの新刊が出たことだった。
作品中の藤堂秋彦と鈴木美咲のラブラブっぷり、特に濃厚な情事のシーンは頭痛の種だ。
できれば読みたくないのだが、秋彦は原稿の段階から何とか美咲に読ませようと画策する。
原稿を美咲の目に留まりそうな場所に置いたり、時には声に出して朗読したりするのだ。
この新刊の原稿は、美咲の大事な「ザ☆漢」コレクションの中に仕込まれていた。
原稿を読むのも嫌だが、こうして発売されてしまうのはもっと嫌だ。
まるで自分自身の恋愛や情事が世間に晒されているような気になる。
耐えかねた美咲はバイト先の丸川書店で、秋彦の担当編集である相川を捕まえて訴えた。
もう「純愛ロマンチカ」は終了してもらえないかと。
「こんなの、何が面白いんですか!?」
「え~、面白いと思うけど?私も大好きだし!」
「俺の周りでは読んでる人なんか、1人もいませんよ!」
「そりゃ美咲君は男の子だもん。女の子には大人気なんだよ、アキミサは」
「アキミサ?」
聞き覚えのないワードに、美咲は首を傾げた。
相川は明らかに「しまった」という顔をしている。
そして「ゴメン。私には終了させる権限はないから!」と、そそくさと立ち去ってしまった。
アキミサ。
ものすごく嫌な予感がする。
帰宅した美咲は直ちにノートパソコンを立ち上げ「アキミサ」という言葉を検索した。
そして美咲は二次創作という恐ろしいマニアの世界を知ることになった。
*****
「なんじゃ、こりゃ?」
秋彦は外出しており、宇佐美邸には美咲1人。
誰もいないリビングに、美咲の悲鳴とも呻きともつかない声が響き渡った。
検索して、引っかかったのはいわゆる二次創作と呼ばれる作品たちだった。
秋彦本人が書いたものではなく、ファンなど素人が書いている。
イラスト、小説、漫画などジャンルも多彩で、しかも書いている人数は数知れない。
中には「アキミサRank」とか「アキミサ同盟」なるサイトまであった。
作品を掲載したサイトを人気順にランキングして、公開しているのだ。
要するに秋彦と美咲のカップルを略して「アキミサ」と呼んでいるらしい。
「何だよ、これ。。。」
美咲はそれらの作品の中で、実にいろいろなシチュエーションで恋をしていた。
恋敵に嫉妬したり、つまらない喧嘩をしたり、意味もなく激甘な会話をしていたりする。
風邪を引いて秋彦に看病されていたり、ストーカーに付きまとわれていたり。
ポエムみたいに恋心を独白しているのを読んだら、全身が痒くなった。
登場人物の名前だけが同じで、設定が全然違う話もあった。
どうやらパラレルというらしい。
またショタだがニョタだか知らないが、小さな子供とか女の子にされたりしている。
セーラー服を着せられた自分のイラストを見つけたときには、思わず倒れそうになった。
天国の父さん、母さん、どうして俺の名前を美咲にしたんだ?
今さらながら、美咲は両親を恨んだ。
美咲という名前は女の子にされても違和感なく通用してしまうのだ。
中でも一番恥ずかしいのはやはり性描写のシーンだった。
まるで壊れ物のように大事にされたり、かと思うとレイプまがいの激しい情事もある。
場所だって室内に留まらず、車内だとか風呂場だとか、バリエーション抱負。
だが美咲が恥ずかしがりながら、乱れて感じまくるのはどれも同じだ
まるで見知らぬ人たちにネットの至るところで犯されているみたいだ。
「これってメチャメチャ恥ずかしいじゃん。。。」
美咲は声を上げて泣き出したい気分だった。
それに鈴木美咲のモデルが自分だとわかったら、もう恥ずかしくて外を歩けない。
まして「純愛ロマンチカ」の挿絵に出てくる美咲はどこか自分に似ているし、バレない保証はない。
*****
「何だ、お前もアキミサにはまったのか?」
不意に背後から声が聞こえて、美咲は飛び上がった。
動揺するあまり、秋彦が帰宅したことに気付かなかったのだ。
秋彦は美咲の背後からノートパソコンの画面を覗き込みながら、ニヤニヤと笑っている。
「ウ、ウサギさんは知ってるの?こういうサイトが、あるって。。。」
「もちろんだ。中には毎日更新をチェックしているサイトもある。」
コイツ、楽しんでやがる!
事も無げに言い切る秋彦に、美咲は軽い眩暈を感じた。
「で、でも、こういうの著作権とかあるんでしょ?違法なんじゃないの?」
「固いことを言うな。大事なファンだぞ。これくらい目をつぶれ。」
「そんなもんなんだ。」
「それにいいネタがあれば、お借りすることもできるだろ?」
「ええ~?それってパクリなんじゃ。。。」
「馬鹿を言うな。そのまま使うわけないだろ。妄想のきっかけにするだけだ。」
よくも、ぬけぬけと。
涼しい顔の秋彦に、さらに怒りが倍増する。
秋彦のせいでこんな恥ずかしいことになっているのに、当の秋彦は楽しんでいるのだから。
思いっきり何かを蹴り飛ばしたい衝動で、美咲はソファから立ち上がった。
だが思いのほか蹴る物がないことに気付いて、美咲は途方に暮れた。
この家には無駄遣い大好きな秋彦が買い漁ったものがたくさんある。
なのにどれも高価なものばかりで、庶民の美咲には簡単に殴ったり蹴ったりなどできないのだ。
それに破損した場合、後始末をするのは間違いなく美咲本人なのだ。
秋彦は絶対に片付けなどしてくれないだろうから。
キック!
美咲は心の中でそう叫ぶと、思い切り秋彦を蹴飛ばす。。。想像をした。
そして名前も知らない二次創作の作家たちに、これ以上妄想を広げないようにと願う。
秋彦が変なネタを拾って、これ以上恥ずかしい妄想を書くのだけは勘弁してほしいからだ。
【終】
「うわぁ~~~!」
高橋美咲はパソコンの画面を睨みつけながら、絶叫した。
この怒りのやり場が欲しい。
できれば何かを思い切り蹴り飛ばしたい気分だった。
一瞬目に入ったのは、秋彦のお気に入りの大きなクマのぬいぐるみ。
だが鈴木さんにキックを見舞うのは、さすがに気が咎めた。
発端は秋彦が秋川弥生名義で執筆しているBL小説「純愛ロマンチカ」シリーズの新刊が出たことだった。
作品中の藤堂秋彦と鈴木美咲のラブラブっぷり、特に濃厚な情事のシーンは頭痛の種だ。
できれば読みたくないのだが、秋彦は原稿の段階から何とか美咲に読ませようと画策する。
原稿を美咲の目に留まりそうな場所に置いたり、時には声に出して朗読したりするのだ。
この新刊の原稿は、美咲の大事な「ザ☆漢」コレクションの中に仕込まれていた。
原稿を読むのも嫌だが、こうして発売されてしまうのはもっと嫌だ。
まるで自分自身の恋愛や情事が世間に晒されているような気になる。
耐えかねた美咲はバイト先の丸川書店で、秋彦の担当編集である相川を捕まえて訴えた。
もう「純愛ロマンチカ」は終了してもらえないかと。
「こんなの、何が面白いんですか!?」
「え~、面白いと思うけど?私も大好きだし!」
「俺の周りでは読んでる人なんか、1人もいませんよ!」
「そりゃ美咲君は男の子だもん。女の子には大人気なんだよ、アキミサは」
「アキミサ?」
聞き覚えのないワードに、美咲は首を傾げた。
相川は明らかに「しまった」という顔をしている。
そして「ゴメン。私には終了させる権限はないから!」と、そそくさと立ち去ってしまった。
アキミサ。
ものすごく嫌な予感がする。
帰宅した美咲は直ちにノートパソコンを立ち上げ「アキミサ」という言葉を検索した。
そして美咲は二次創作という恐ろしいマニアの世界を知ることになった。
*****
「なんじゃ、こりゃ?」
秋彦は外出しており、宇佐美邸には美咲1人。
誰もいないリビングに、美咲の悲鳴とも呻きともつかない声が響き渡った。
検索して、引っかかったのはいわゆる二次創作と呼ばれる作品たちだった。
秋彦本人が書いたものではなく、ファンなど素人が書いている。
イラスト、小説、漫画などジャンルも多彩で、しかも書いている人数は数知れない。
中には「アキミサRank」とか「アキミサ同盟」なるサイトまであった。
作品を掲載したサイトを人気順にランキングして、公開しているのだ。
要するに秋彦と美咲のカップルを略して「アキミサ」と呼んでいるらしい。
「何だよ、これ。。。」
美咲はそれらの作品の中で、実にいろいろなシチュエーションで恋をしていた。
恋敵に嫉妬したり、つまらない喧嘩をしたり、意味もなく激甘な会話をしていたりする。
風邪を引いて秋彦に看病されていたり、ストーカーに付きまとわれていたり。
ポエムみたいに恋心を独白しているのを読んだら、全身が痒くなった。
登場人物の名前だけが同じで、設定が全然違う話もあった。
どうやらパラレルというらしい。
またショタだがニョタだか知らないが、小さな子供とか女の子にされたりしている。
セーラー服を着せられた自分のイラストを見つけたときには、思わず倒れそうになった。
天国の父さん、母さん、どうして俺の名前を美咲にしたんだ?
今さらながら、美咲は両親を恨んだ。
美咲という名前は女の子にされても違和感なく通用してしまうのだ。
中でも一番恥ずかしいのはやはり性描写のシーンだった。
まるで壊れ物のように大事にされたり、かと思うとレイプまがいの激しい情事もある。
場所だって室内に留まらず、車内だとか風呂場だとか、バリエーション抱負。
だが美咲が恥ずかしがりながら、乱れて感じまくるのはどれも同じだ
まるで見知らぬ人たちにネットの至るところで犯されているみたいだ。
「これってメチャメチャ恥ずかしいじゃん。。。」
美咲は声を上げて泣き出したい気分だった。
それに鈴木美咲のモデルが自分だとわかったら、もう恥ずかしくて外を歩けない。
まして「純愛ロマンチカ」の挿絵に出てくる美咲はどこか自分に似ているし、バレない保証はない。
*****
「何だ、お前もアキミサにはまったのか?」
不意に背後から声が聞こえて、美咲は飛び上がった。
動揺するあまり、秋彦が帰宅したことに気付かなかったのだ。
秋彦は美咲の背後からノートパソコンの画面を覗き込みながら、ニヤニヤと笑っている。
「ウ、ウサギさんは知ってるの?こういうサイトが、あるって。。。」
「もちろんだ。中には毎日更新をチェックしているサイトもある。」
コイツ、楽しんでやがる!
事も無げに言い切る秋彦に、美咲は軽い眩暈を感じた。
「で、でも、こういうの著作権とかあるんでしょ?違法なんじゃないの?」
「固いことを言うな。大事なファンだぞ。これくらい目をつぶれ。」
「そんなもんなんだ。」
「それにいいネタがあれば、お借りすることもできるだろ?」
「ええ~?それってパクリなんじゃ。。。」
「馬鹿を言うな。そのまま使うわけないだろ。妄想のきっかけにするだけだ。」
よくも、ぬけぬけと。
涼しい顔の秋彦に、さらに怒りが倍増する。
秋彦のせいでこんな恥ずかしいことになっているのに、当の秋彦は楽しんでいるのだから。
思いっきり何かを蹴り飛ばしたい衝動で、美咲はソファから立ち上がった。
だが思いのほか蹴る物がないことに気付いて、美咲は途方に暮れた。
この家には無駄遣い大好きな秋彦が買い漁ったものがたくさんある。
なのにどれも高価なものばかりで、庶民の美咲には簡単に殴ったり蹴ったりなどできないのだ。
それに破損した場合、後始末をするのは間違いなく美咲本人なのだ。
秋彦は絶対に片付けなどしてくれないだろうから。
キック!
美咲は心の中でそう叫ぶと、思い切り秋彦を蹴飛ばす。。。想像をした。
そして名前も知らない二次創作の作家たちに、これ以上妄想を広げないようにと願う。
秋彦が変なネタを拾って、これ以上恥ずかしい妄想を書くのだけは勘弁してほしいからだ。
【終】
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