足の5題2
【走る】
どうしてなんだろう?
走ることが日課になっている。
体育学部でもなく、スポーツ系の部やサークルにも入っていないのに。
着実に上がっている運動量に、美咲はもはや諦めの境地に達していた。
なぜ高橋美咲がいつも走っているのか。
その理由は居候させてもらっている宇佐見邸の床面積の広さに尽きる。
とにかく無駄に広い。
美咲の感覚からすると、この広さなら数世帯は楽勝で住める。
その掃除を美咲1人でこなしている。
美咲は家事全般は得意な方なので、かなり手際よくやっている。
だがそれでもどうしても時間がかかってしまう。
広いだけではなく、物が多いこともある。
ぬいぐるみだのプラモデルだのと、埃が積もりそうなものがゴロゴロしている。
さらにまりもやうなぎなど、毎日きちんと世話をしなければならない生き物もいる。
しかも家主は、掃除をしている横から散らかすような無慈悲さだ。
美咲の本業は大学生であり、バイトもあれば、掃除以外の家事もある。
だがらどうしても時間がなくて、いつも掃除をするときは小走りになっているのだった。
最初は不思議な感覚に戸惑った。
掃除自体は苦にならないが、これだけ走り回れる家というのが信じられない。
生粋の庶民である美咲には、どうにも慣れないのだ。
考えすぎかもしれないが、心肺能力は上がっているのではないかと思う。
心なしか足も少し筋肉がついたような気さえする。
できれば今欲しいのは、筋肉ではなくて身長なのに。
ため息をついても背は伸びないし、部屋の広さは変わらない。
*****
大学から帰宅した美咲は「ただいま」と声を張り上げた。
物音はするが、返事はない。
つまり家主は現在仕事中で、集中しているのだろう。
ならば邪魔をしないように。
美咲は静かにリビングを通り過ぎて、自分の部屋に入った。
鞄を開けると、中から帰りに100円ショップで買ってきたポリ袋を取り出した。
中身は大量の靴下だ。
走ることが日常化するのと同時に、靴下の消費量が格段に増えた。
掃除中は基本、靴下履きで走り回るので、すぐにかかと透けてしまう。
または秋彦が散らかしたものを踏ん付けて、穴が開いてしまうこともたびたびだ。
とにかく美咲は、尋常ではないペースで靴下を消費していた。
最初、美咲はスリッパ履きで掃除をしていた。
だがそのときに秋彦が床に放り出していたプラモデルの部品を踏んづけて、割ってしまった。
幸いにも瞬間接着剤という文明の利器で、秋彦にバレる前に事なきを得たが。
開き直って裸足で掃除したこともあるが、これはこれで怖い。
秋彦が放り出していた本やペンを踏んで、痛かったこともある。
または秋彦が気まぐれに料理をしようとして、床に落とした食材を踏んだこともあった。
これは痛くはないのだが、ヌメっとした感覚は気持ち悪い。
いろいろなプラスマイナスを考えた末に、掃除は靴下履きという結論に達したのだ。
ここでも美咲の生粋の庶民感覚が疼いた。
こんなにポンポンと靴下を消費することに、無駄遣いをしているような罪悪感を覚えてしまう。
所謂「もったいない」というやつだ。
*****
「おかえり」
部屋着に着替えて、買ったばかりの靴下に履き替えた美咲がリビングに戻ると、秋彦が座っていた。
どうやら仕事は一区切りしたらしい。
ソファにどっかりと腰を下ろして、なにやら分厚い本を読んでいる。
「すぐ晩御飯にするね。」
美咲は秋彦にそう声をかけて、キッチンに向かう。
だが秋彦は美咲の足元に目を留めて「美咲」と小さく呼んだ。
「お前、また新しい靴下?」
「うん。ウサギさん、よくわかったね。」
さすが物書きと言うべきか、目聡い秋彦はすぐに美咲の足元の変化に気付いたらしい。
「お前、いつもバタバタ掃除してるから、靴下も傷むんじゃないの?」
「!!」
あまりの一言に、美咲は目を剥いた。
無駄に広い家に住み、無駄に物を買い込む家主。
美咲の靴下の激しい消耗は、間違いなくこの男のせいなのに。
「靴下くらい、俺がいくらでもやるのに」
文句を言おうとした美咲だったが、秋彦がそう言ったのを聞いて、慌てて首を振った。
この金銭感覚が欠如したテンテーが選んだら、とんでもない値段のものを買いそうだ。
それにどうやら秋彦なりに、気は使ってくれているのだろう。
「大丈夫だよ。靴下くらい。」
美咲は元気よくそう答えると、キッチンへと向かう。
靴下の補充よりは、掃除の手間の軽減を考えて欲しいが、言わないで置く。
だってこの人のために走るのは、案外楽しかったりもするのだから。
【終】
どうしてなんだろう?
走ることが日課になっている。
体育学部でもなく、スポーツ系の部やサークルにも入っていないのに。
着実に上がっている運動量に、美咲はもはや諦めの境地に達していた。
なぜ高橋美咲がいつも走っているのか。
その理由は居候させてもらっている宇佐見邸の床面積の広さに尽きる。
とにかく無駄に広い。
美咲の感覚からすると、この広さなら数世帯は楽勝で住める。
その掃除を美咲1人でこなしている。
美咲は家事全般は得意な方なので、かなり手際よくやっている。
だがそれでもどうしても時間がかかってしまう。
広いだけではなく、物が多いこともある。
ぬいぐるみだのプラモデルだのと、埃が積もりそうなものがゴロゴロしている。
さらにまりもやうなぎなど、毎日きちんと世話をしなければならない生き物もいる。
しかも家主は、掃除をしている横から散らかすような無慈悲さだ。
美咲の本業は大学生であり、バイトもあれば、掃除以外の家事もある。
だがらどうしても時間がなくて、いつも掃除をするときは小走りになっているのだった。
最初は不思議な感覚に戸惑った。
掃除自体は苦にならないが、これだけ走り回れる家というのが信じられない。
生粋の庶民である美咲には、どうにも慣れないのだ。
考えすぎかもしれないが、心肺能力は上がっているのではないかと思う。
心なしか足も少し筋肉がついたような気さえする。
できれば今欲しいのは、筋肉ではなくて身長なのに。
ため息をついても背は伸びないし、部屋の広さは変わらない。
*****
大学から帰宅した美咲は「ただいま」と声を張り上げた。
物音はするが、返事はない。
つまり家主は現在仕事中で、集中しているのだろう。
ならば邪魔をしないように。
美咲は静かにリビングを通り過ぎて、自分の部屋に入った。
鞄を開けると、中から帰りに100円ショップで買ってきたポリ袋を取り出した。
中身は大量の靴下だ。
走ることが日常化するのと同時に、靴下の消費量が格段に増えた。
掃除中は基本、靴下履きで走り回るので、すぐにかかと透けてしまう。
または秋彦が散らかしたものを踏ん付けて、穴が開いてしまうこともたびたびだ。
とにかく美咲は、尋常ではないペースで靴下を消費していた。
最初、美咲はスリッパ履きで掃除をしていた。
だがそのときに秋彦が床に放り出していたプラモデルの部品を踏んづけて、割ってしまった。
幸いにも瞬間接着剤という文明の利器で、秋彦にバレる前に事なきを得たが。
開き直って裸足で掃除したこともあるが、これはこれで怖い。
秋彦が放り出していた本やペンを踏んで、痛かったこともある。
または秋彦が気まぐれに料理をしようとして、床に落とした食材を踏んだこともあった。
これは痛くはないのだが、ヌメっとした感覚は気持ち悪い。
いろいろなプラスマイナスを考えた末に、掃除は靴下履きという結論に達したのだ。
ここでも美咲の生粋の庶民感覚が疼いた。
こんなにポンポンと靴下を消費することに、無駄遣いをしているような罪悪感を覚えてしまう。
所謂「もったいない」というやつだ。
*****
「おかえり」
部屋着に着替えて、買ったばかりの靴下に履き替えた美咲がリビングに戻ると、秋彦が座っていた。
どうやら仕事は一区切りしたらしい。
ソファにどっかりと腰を下ろして、なにやら分厚い本を読んでいる。
「すぐ晩御飯にするね。」
美咲は秋彦にそう声をかけて、キッチンに向かう。
だが秋彦は美咲の足元に目を留めて「美咲」と小さく呼んだ。
「お前、また新しい靴下?」
「うん。ウサギさん、よくわかったね。」
さすが物書きと言うべきか、目聡い秋彦はすぐに美咲の足元の変化に気付いたらしい。
「お前、いつもバタバタ掃除してるから、靴下も傷むんじゃないの?」
「!!」
あまりの一言に、美咲は目を剥いた。
無駄に広い家に住み、無駄に物を買い込む家主。
美咲の靴下の激しい消耗は、間違いなくこの男のせいなのに。
「靴下くらい、俺がいくらでもやるのに」
文句を言おうとした美咲だったが、秋彦がそう言ったのを聞いて、慌てて首を振った。
この金銭感覚が欠如したテンテーが選んだら、とんでもない値段のものを買いそうだ。
それにどうやら秋彦なりに、気は使ってくれているのだろう。
「大丈夫だよ。靴下くらい。」
美咲は元気よくそう答えると、キッチンへと向かう。
靴下の補充よりは、掃除の手間の軽減を考えて欲しいが、言わないで置く。
だってこの人のために走るのは、案外楽しかったりもするのだから。
【終】
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