花で一年
【04月:チューリップ(恋の宣言)】
「何を勝手に見てるんですか!」
律は思わず声を上げて、恋人の手の中にある紙片に手を伸ばした。
小野寺律は何だかんだあって、ついに高野政宗と恋に堕ちた。
再会してしばらくは、微妙な期間が続いていたのだ。
付き合っているんだか、いないんだか、よくわからないままに身体だけつないでいた。
今1つ恋に踏み出せなかった律が、悪あがきしていた時期だ。
ようやく律が自分の心を認めた途端、2人はますます近くなった。
有り体に言えば、夜の回数が増えたのだ。
高野が自分の部屋に引きずり込むか、律の部屋に押しかけてくる。
毎晩抱き合って眠ることが当たり前になりつつあった。
この人、もうすぐ30歳になるのに、絶倫すぎる。
それが律の率直な感想だ。
まったく編集長職は一介の編集部員の律よりははるかにハードだと思う。
それなのにどうしてこんなに元気なのだろう。
しかも驚くべきことに、これでも手加減しているらしい。
抱かれる側にどうしても負担がかかるから、一応気を使ってくれているようだ。
それでもやはり律には、元気が有り余っているように見えてならない。
そして今夜の高野は、一段と容赦がなかった。
理由は簡単、今日が週末の夜だからだ。
入稿も3日程前に終わっており、休養もたっぷり。
コンディション的には、この上ない状態だ。
この日、まるで強盗のような勢いで律の部屋に乗り込んできた高野は、たっぷりと律を味わった。
あまりの激しさに、行為の途中に意識が飛んでしまった。
目を覚ましたときにはもう朝で、高野の手がやわらかく律の髪をなでている。
気持ちいい。もう一眠り。
そう思ってぼんやりと高野を見上げた律は「あ!」と声を上げた。
未だに裸のままの高野は、上半身を起こした状態で、白い紙に書かれた何かを読んでいる。
それは律の手によって書かれたものであり、確かローテーブルの上に置いていたはずだ。
「何を勝手に見てるんですか!」
律は思わず声を上げると、恋人の手の中にある紙に手を伸ばして、取り返そうとする。
だが高野はそれを察知して、紙を持った手をすっと上げて、阻止されてしまった。
それを追って状態を起こした律もまた、何も身に着けていなかった。
高野に「いい眺め」と茶化されて、慌てて布団の中に戻る。
「勝手に見ないで下さい!」
「よくできてるな、これ」
怒る律などお構いなしに、高野はなおも紙の上の文章を見ている。
あまりの恥ずかしさに、律は頭から布団にもぐってしまった。
*****
「よくできてるな、これ」
高野は心の底から、そう思っていた。
高野ははっきり言って浮かれていた。
自分でもそれは自覚しているが、どうにも止められない。
ずっと想い続けた律がようやく恋を認めて、高野の腕に堕ちてきたのだ。
人生でも一番幸運なこの時期、少々浮かれていても許してほしいものだと思う。
そして今日は、律の家にお泊まりだ。
ぶっちゃけ普通のカップルのように、恋人の家にお泊まりという特別な感じはない。
何しろ徒歩数秒の隣の部屋。
それに律の部屋は、どうしてと聞きたくなるくらい散らかりすぎている。
世にいうお泊まりデートのようなスペシャル感もロマンチック感もないのだ。
それでもかわいい律と一緒なら、高野のテンションは下がらない。
仕事も差し迫っておらず、明日は休みという絶好のコンディションで、高野は律を堪能した。
恋に堕ちてから、律はますます綺麗になった気がする。
麗しい美貌も白い肌も、どんどん輝きを増していくようで、高野はますます律にのめり込んでいくのだ。
そして失神させるほど律を愛した後、高野は少しばかりの反省をしながら、勝手知ったる部屋を歩いた。
ゼリー飲料と少しの飲み物しか入っていない冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取る。
そして再びかわいい恋人の眠るベットに戻ろうとして、それを見つけたのだ。
それはクリップで留められた、A4サイズの紙が数枚。
おそらく雑然としたローテーブルから、床に落ちたのだろう。
拾い上げてテーブルに置こうとした高野は、ふと目を止めた。
パソコンで印字された文面の中に、高野の知っている名前が見えたからだ。
ざっと目を通した高野は、その出来栄えに驚いていた。
これは小説だ。おそらくは律によって執筆されたもの。
1枚目の1行目には、大きめの文字で「チューリップ ~恋の宣言~」と書かれている。
恋の宣言は、チューリップの花言葉。
これがおそらくタイトルなんだろう。
しかもただの小説ではない。
高野はそれを手に、ベットに戻った。
律はまだぐっすりと眠っている。
高野はその髪をなでながら、今度は編集者の目でじっくりと頭から目を通していく。
「何を勝手に見てるんですか!」
目を覚ました律は開口一番、文句を言った。
確かにいくら恋人の部屋で、無造作に置いてあったものとはいえ、勝手に見た高野が悪い。
だが高野は申し訳ない気持ちより、興奮が勝っていた。
高野もまた本好きで、その高野を楽しませるほどの作品だったのだ。
「律、これを雑誌に載せないか?」
高野は気付かぬうちに、恋人から編集長モードに切り替わっている。
驚いた律は怒ることも忘れて「へ?」と間の抜けた声を上げた。
*****
「律、これを雑誌に載せないか?」
高野の言葉に驚いた律は、喉の奥から「へ?」と間抜けな音を出してしまった。
まったく困ったことになったと、律はため息をついた。
本好きが高じて、秘かに心に思いついた物語を書いているが、誰にも内緒にしている。
誰かに読んでもらおうとか、作家になりたいなんて思っていない。
自分で書いて、自分で読んで楽しむだけのものだ。
このお話も、誤字脱字をチェックするためにプリントアウトしただけだ。
それをテーブルに置きっぱなしだったのは、我ながら迂闊としか言いようがない。
ちなみに律の小説「チューリップ ~恋の宣言~」は、厳密に言えばオリジナルではない。
高野の担当作家、一之瀬絵梨佳の漫画の登場人物の物語なのだ。
原作ではヒロインと対立しており、ファンからも嫌われている役回りの少女を主役に据えている。
彼女の恋の物語を、勝手に描いた作品。
つまり二次小説とか、二次創作と言われるジャンルのものだ。
「いいと思う。あのキャラが実はこんな子だったってなれば、原作にも深みが出る。」
「え~!?」
「それに話もしっかりしてるし。文章も魅力的だ。磨けば充分、発表できるレベルだろ。」
「そんな。これが?」
意外な高評価に、律は困惑しかない。
自分の物語が雑誌に載るなんて、にわかに現実のこととは思えない。
だが高野は真剣な表情だ。
冗談だと笑い飛ばせるような雰囲気ではなかった。
「なぁ、お前が書いた話って、これだけ?」
「・・・他にもあります。まだ推敲中だったり、未完のものもありますが」
編集長の言葉に、律はしぶしぶそう答えた。
実は同じようなモチーフの作品を、何作か書いている。
すべて月刊エメラルドの掲載作品の二次創作だ。
自分の担当作家の作品の話は一通り書いたし、吉川千春や木原ナツや森本カナの作品も書いている。
「後で全部見せろ。」
「・・・後で?」
「やっぱり今は、こっちが先」
高野は読んでいた律の作品を、ベットの脇に置く。
そしてすぐに律に覆い被さってきた。
2人ともまだ何も身に着けていないのだから、こうなったときの展開は決まっている。
「ま、まだするんですか。。。」
律は諦めて、ため息をついた。
恋に堕ちた結果、こうなった高野を止めることはできないと身を持って理解したからだ。
【続く】
「何を勝手に見てるんですか!」
律は思わず声を上げて、恋人の手の中にある紙片に手を伸ばした。
小野寺律は何だかんだあって、ついに高野政宗と恋に堕ちた。
再会してしばらくは、微妙な期間が続いていたのだ。
付き合っているんだか、いないんだか、よくわからないままに身体だけつないでいた。
今1つ恋に踏み出せなかった律が、悪あがきしていた時期だ。
ようやく律が自分の心を認めた途端、2人はますます近くなった。
有り体に言えば、夜の回数が増えたのだ。
高野が自分の部屋に引きずり込むか、律の部屋に押しかけてくる。
毎晩抱き合って眠ることが当たり前になりつつあった。
この人、もうすぐ30歳になるのに、絶倫すぎる。
それが律の率直な感想だ。
まったく編集長職は一介の編集部員の律よりははるかにハードだと思う。
それなのにどうしてこんなに元気なのだろう。
しかも驚くべきことに、これでも手加減しているらしい。
抱かれる側にどうしても負担がかかるから、一応気を使ってくれているようだ。
それでもやはり律には、元気が有り余っているように見えてならない。
そして今夜の高野は、一段と容赦がなかった。
理由は簡単、今日が週末の夜だからだ。
入稿も3日程前に終わっており、休養もたっぷり。
コンディション的には、この上ない状態だ。
この日、まるで強盗のような勢いで律の部屋に乗り込んできた高野は、たっぷりと律を味わった。
あまりの激しさに、行為の途中に意識が飛んでしまった。
目を覚ましたときにはもう朝で、高野の手がやわらかく律の髪をなでている。
気持ちいい。もう一眠り。
そう思ってぼんやりと高野を見上げた律は「あ!」と声を上げた。
未だに裸のままの高野は、上半身を起こした状態で、白い紙に書かれた何かを読んでいる。
それは律の手によって書かれたものであり、確かローテーブルの上に置いていたはずだ。
「何を勝手に見てるんですか!」
律は思わず声を上げると、恋人の手の中にある紙に手を伸ばして、取り返そうとする。
だが高野はそれを察知して、紙を持った手をすっと上げて、阻止されてしまった。
それを追って状態を起こした律もまた、何も身に着けていなかった。
高野に「いい眺め」と茶化されて、慌てて布団の中に戻る。
「勝手に見ないで下さい!」
「よくできてるな、これ」
怒る律などお構いなしに、高野はなおも紙の上の文章を見ている。
あまりの恥ずかしさに、律は頭から布団にもぐってしまった。
*****
「よくできてるな、これ」
高野は心の底から、そう思っていた。
高野ははっきり言って浮かれていた。
自分でもそれは自覚しているが、どうにも止められない。
ずっと想い続けた律がようやく恋を認めて、高野の腕に堕ちてきたのだ。
人生でも一番幸運なこの時期、少々浮かれていても許してほしいものだと思う。
そして今日は、律の家にお泊まりだ。
ぶっちゃけ普通のカップルのように、恋人の家にお泊まりという特別な感じはない。
何しろ徒歩数秒の隣の部屋。
それに律の部屋は、どうしてと聞きたくなるくらい散らかりすぎている。
世にいうお泊まりデートのようなスペシャル感もロマンチック感もないのだ。
それでもかわいい律と一緒なら、高野のテンションは下がらない。
仕事も差し迫っておらず、明日は休みという絶好のコンディションで、高野は律を堪能した。
恋に堕ちてから、律はますます綺麗になった気がする。
麗しい美貌も白い肌も、どんどん輝きを増していくようで、高野はますます律にのめり込んでいくのだ。
そして失神させるほど律を愛した後、高野は少しばかりの反省をしながら、勝手知ったる部屋を歩いた。
ゼリー飲料と少しの飲み物しか入っていない冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取る。
そして再びかわいい恋人の眠るベットに戻ろうとして、それを見つけたのだ。
それはクリップで留められた、A4サイズの紙が数枚。
おそらく雑然としたローテーブルから、床に落ちたのだろう。
拾い上げてテーブルに置こうとした高野は、ふと目を止めた。
パソコンで印字された文面の中に、高野の知っている名前が見えたからだ。
ざっと目を通した高野は、その出来栄えに驚いていた。
これは小説だ。おそらくは律によって執筆されたもの。
1枚目の1行目には、大きめの文字で「チューリップ ~恋の宣言~」と書かれている。
恋の宣言は、チューリップの花言葉。
これがおそらくタイトルなんだろう。
しかもただの小説ではない。
高野はそれを手に、ベットに戻った。
律はまだぐっすりと眠っている。
高野はその髪をなでながら、今度は編集者の目でじっくりと頭から目を通していく。
「何を勝手に見てるんですか!」
目を覚ました律は開口一番、文句を言った。
確かにいくら恋人の部屋で、無造作に置いてあったものとはいえ、勝手に見た高野が悪い。
だが高野は申し訳ない気持ちより、興奮が勝っていた。
高野もまた本好きで、その高野を楽しませるほどの作品だったのだ。
「律、これを雑誌に載せないか?」
高野は気付かぬうちに、恋人から編集長モードに切り替わっている。
驚いた律は怒ることも忘れて「へ?」と間の抜けた声を上げた。
*****
「律、これを雑誌に載せないか?」
高野の言葉に驚いた律は、喉の奥から「へ?」と間抜けな音を出してしまった。
まったく困ったことになったと、律はため息をついた。
本好きが高じて、秘かに心に思いついた物語を書いているが、誰にも内緒にしている。
誰かに読んでもらおうとか、作家になりたいなんて思っていない。
自分で書いて、自分で読んで楽しむだけのものだ。
このお話も、誤字脱字をチェックするためにプリントアウトしただけだ。
それをテーブルに置きっぱなしだったのは、我ながら迂闊としか言いようがない。
ちなみに律の小説「チューリップ ~恋の宣言~」は、厳密に言えばオリジナルではない。
高野の担当作家、一之瀬絵梨佳の漫画の登場人物の物語なのだ。
原作ではヒロインと対立しており、ファンからも嫌われている役回りの少女を主役に据えている。
彼女の恋の物語を、勝手に描いた作品。
つまり二次小説とか、二次創作と言われるジャンルのものだ。
「いいと思う。あのキャラが実はこんな子だったってなれば、原作にも深みが出る。」
「え~!?」
「それに話もしっかりしてるし。文章も魅力的だ。磨けば充分、発表できるレベルだろ。」
「そんな。これが?」
意外な高評価に、律は困惑しかない。
自分の物語が雑誌に載るなんて、にわかに現実のこととは思えない。
だが高野は真剣な表情だ。
冗談だと笑い飛ばせるような雰囲気ではなかった。
「なぁ、お前が書いた話って、これだけ?」
「・・・他にもあります。まだ推敲中だったり、未完のものもありますが」
編集長の言葉に、律はしぶしぶそう答えた。
実は同じようなモチーフの作品を、何作か書いている。
すべて月刊エメラルドの掲載作品の二次創作だ。
自分の担当作家の作品の話は一通り書いたし、吉川千春や木原ナツや森本カナの作品も書いている。
「後で全部見せろ。」
「・・・後で?」
「やっぱり今は、こっちが先」
高野は読んでいた律の作品を、ベットの脇に置く。
そしてすぐに律に覆い被さってきた。
2人ともまだ何も身に着けていないのだから、こうなったときの展開は決まっている。
「ま、まだするんですか。。。」
律は諦めて、ため息をついた。
恋に堕ちた結果、こうなった高野を止めることはできないと身を持って理解したからだ。
【続く】
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