夜5題

【夜景を見つめて】

「高野さんも知っていたんですね。。。」
完全にふて腐れた律は、窓際に立つと、恨めし気に夜景を見つめている。
高野はそんな横顔もかわいいと思っているのだが、当の律は知る由もなかった。

それは今回もバタついた入稿の時のこと。
吉川千春こと吉野の原稿を仕上げるのに、木佐に手伝ってもらった。
そして何とか原稿を書き上げた後、木佐は衝撃発言をしたのだ。

「俺の恋人も2人と同じだよ。だ・か・ら。男の人だってこと!」
木佐は律と吉野にそう言った。
つまり木佐には、律と高野が付き合っていることがバレていたということだ。
そして吉野の恋人も男なのだと断言した。
木佐が吉野のことに気付くとしたら、間違いなくエメ編の人間であるわけで、羽鳥しか考えられない。
どちらも律にとって、かなりショックだったのだ。

明け方に入稿を終え、始発電車で帰宅した律は、その夜、高野の部屋にいた。
自分と高野との関係を気付かれていることを、相談するためだ。
だが事の顛末を説明しても、高野は少しも驚いていない。
それどころか「お前、今頃何を言ってるんだ?」と呆れた顔をしていたのだ。

「俺とお前のことも、羽鳥と吉野さんのことも、みんなとっくに気付いてるよ。」
「そ、そうなんですか?」
「そうなの。気付いてないのはお前だけじゃねーの?」
「じゃあ羽鳥さんも美濃さんも気づいてたんですか!?」
「多分な」

あまりにも平静な反応に、律は肩を落とした。
他の全員が気付いていたことに、律だけが気付けなかった。
それはつまり「鈍い」ということだ。
今まで職場ではうまくやっていたつもりだったけど、実はそうではないのかもしれない。
律はますます落ち込んでしまう。

実は高野は意図的にバレるように振る舞っていたのだ。
それは独占欲から来る牽制だ。
羽鳥も木佐も美濃も、そんな高野に苦笑していたのだ。
もちろん高野は、それを律に教えるつもりはない。

「高野さんも知っていたんですね。。。」
完全にふて腐れた律は、窓際に立つと、恨めし気に夜景を見つめている。
高野はそんな横顔もかわいいと思っているのだが、当の律は知る由もなかった。

*****

「トリも知っていたんだ!何で教えてくれなかったの!?」
吉野は思いっきり、頓狂な声を上げる。
羽鳥は窓の外の夜景を見つめている振りをしながら、こっそりとため息をついていた。

吉野もまた入稿を終えた夜、羽鳥の部屋に来ていた。
自分と羽鳥のことがバレていることを教え、律と高野の関係を確認するためだ。
吉野の場合は、律のように落ち込むことはなかった。
なぜならエメ編の面々と顔を合わせる時間は、本当に少ないからだ。
自分と羽鳥との関係がバレたとしても、原因は羽鳥だと思っている。
羽鳥を必要以上に振り回しているせいだという自覚は、まったくない。

それより気になるのは、高野と律の関係だった。
2人とも秀麗な美貌だし、一緒に並ぶと絵になると思う。
本当に恋人同士ならステキだし、嬉しいと思う。
それにひょっとしたら、漫画のネタになるかもしれない。

「トリの恋人は俺だって、バレてるみたいだけど。」
吉野は羽鳥の作った夕飯を食べながら、おもむろにそう切り出した。
自分も驚いたのだから、羽鳥もきっと驚くだろう。
だが羽鳥は少しも表情を動かさずに「だろうな」と答えたのだ。

「それって結構恥ずかしくない?よく仕事してられるね」
吉野は身も蓋もないセリフを吐いた。
はっきり言って酷い言い様であり、羽鳥は内心「お前が言うな!」とつっこんでいる。
だが表面上は冷静に「別に。仕事とは関係ないからな」と答えた。
吉野の思ったことを何でも口に出す遠慮のなさは、もう治らない。
いちいち腹を立てても、疲れるだけなのだ。

「じゃあさ、小野寺さんの恋人、誰だか知ってる?意外な人だよ!」
狙い通りに驚いてくれない羽鳥に、吉野はもう1つのネタをブチ込む。
すると羽鳥は「高野さんだろう?」とまたしても当たり前に返してきた。
吉野は思わず「えええ!?」と声を上げてしまう。

「トリも知っていたんだ!何で教えてくれなかったの!?」
吉野は思いっきり、頓狂な声を上げる。
羽鳥は窓の外の夜景を見つめている振りをしながら、こっそりとため息をついていた。

*****

「木佐さん、ため息多いですよ。悩み事ですか?」
年下の恋人が気遣わしげに、顔を覗きこんできた。
木佐は「別に」と首を振ったが、すぐに「実は」と言い直した。

木佐も吉野や律同様、恋人の部屋にいた。
ポツポツとだが、絵が売れるようになってきた恋人、雪名は今日も絵を描いていたらしい。
部屋には描きかけの油絵が置かれていた。
独特な油絵の具のにおいが、今や木佐にとっては心落ち着くにおいになっている。

「実はさ、職場の中で付き合ってる人がいて、それをバラしちゃったんだ。」
「え~!?なんでまた」
「う~ん、ちょっとしたイタズラ心。それが徹夜でハイになってたっていうか。。。」
「それで余計なことをしたって落ち込んでるんですか?」
「まぁ、そんな感じかな。」

木佐は明るさを装いながら、内心落ち込んでいた。
まったく余計なことをしたと思う。
それに日々プレッシャーと戦いながら絵を描き続ける雪名に、何てくだらない話をしているのだと思う。

ちなみに雪名の描きかけの絵は、夜の光景だった。
1人の少年が星空を見上げている絵だ。
ちなみに少年は後ろ向きに立っているので顔は見えないが、モデルは木佐だ。
嬉しいけれど、実際の自分はこんなに綺麗じゃないのにと、木佐はますます落ち込んでしまう。

「木佐さんは必要だとおもったんでしょ?」
「え?」
「付き合っている人をバラしたこと。必要だと思ったからしたんじゃないですか?」
「・・・そうだな。」

雪名の指摘は正しい。
吉野と律は、他の編集者と作家にはないくらいの良好で親密な関係を築いている。
そしてその2人の雰囲気は、見事に吉野の作品によい影響を与えていると思う。
どこがどうとは言えないけど、律が担当になってから微妙に作品が変化したように思うのだ。
だからお互いの恋愛事情を知って、もっというなら恋バナでぶっちゃけトークまでできるようになれば。
もっと面白く変化するような気がするし、それを見てみたいと思った。
そんな気持ちが、徹夜明けのテンションでこぼれてしまったのだ。

「じゃあ、いいことをしたんじゃないですか!」
相変わらず王子様のような恋人は、キラキラな笑顔で声を張る。
あまりの眩しさに、木佐は「声、デカい」と目をそらした。
その視線の先、キャンバスの中でもう1人の木佐が夜景を見つめている。

【続く】
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