昼5題
【お昼寝しよう】
「爆睡しちゃったんですよ。」
律は情けなさそうに眉尻を下げながら、そう言った。
高野は思わず「はぁ!?」と聞き返した。
今日は律の誕生日。
高野は腕によりをかけて、渾身のディナーを用意していた。
律の誕生日が27日でよかったと思う。
毎月月末に発売されるエメラルドの原稿は、デットであっても毎月27日には印刷所に渡っている。
つまり仕事のせいで誕生日が祝えないという事態はまずない。
ちなみに高野の誕生日は12月24日。
月末発売だと通常月はもっとも忙しい時期になる。
だが12月は年末年始の特別進行で入稿が早いので、これまたラブラブなイベントができるのだ。
2人揃って、意外とこういう運はしっかり持っていたりする。
昨晩も、律は高野の部屋に泊まった。
日付が変わるや否や「おめでとう」と告げ、そのままベットにもつれ込んだのだ。
そんな高野だからこそ「おや?」と思った。
昨晩、誕生日ということもあり、少々手荒く抱いてしまった自覚はある。
だから朝、ヨロヨロと会社に向かう律に、少々心が痛んだ。
だが帰宅して、再び顔を合わせた律は、思いのほか元気だった。
「何だか調子、よさそうだな」
「・・・それがですね。爆睡しちゃったんですよ。」
律は情けなさそうに眉尻を下げながら、そう言った。
高野は思わず「はぁ!?」と聞き返した。
いったいどこに爆睡するような時間があるのだろう。
今日の律は確か午前中は書類作成などのデスクワーク、午後は打ち合わせと言っていた。
打ち合わせの相手は、吉川千春こと吉野千秋。
場所は吉野の仕事場兼自宅マンションで、そこから律は直帰したはずだ。
「打ち合わせは早く終わったんです。その後吉野さんに寝室のベットを見せてもらって」
律は困ったように説明し始めた。
それによると、吉野との打ち合わせの後、雑談で何となく睡眠の話になった。
そして吉野が自分は寝相が悪いので、キングサイズのベットを使っていると言ったのだ。
仕事で何度も吉野宅を訪れているが、寝室には立ち入ったことがない律はそれを知らなかった。
すごい!うらやましい!と素直に驚く律に、吉野は「よかったら寝てみます?」と言った。
お言葉に甘えて、自慢のベットにコロリと横になった瞬間、律はそのまま夢の世界に旅立った。
「それで起きたら夕方ですよ。まったく担当作家の家でお昼寝しようとは。」
律はブツブツと口の中で、文句を言う。
その表情は照れくささ半分、自己嫌悪半分といったところだろうか。
高野は自分が今、編集長でないことにホッとしていた。
もし直属の上司だったら、怒鳴りつけなくてはならないだろうから。
担当作家のベットで寝る編集者なんて、あんまりだ。
そして思いついたある可能性を確認するために、律に質問を投げてみた。
「吉野さんとの打ち合わせ、急ぎだったのか?」
「いえ?新キャラの設定のことでしたが、わざわざ直接会わなくても電話でできる話でした。」
律は高野の問いに答えてから、その不自然さに気付いたようだ。
首をかしげながら「何でだろ?」と呟く律に、高野は自分の予想が当たっていることを確信する。
吉野の目的は、律を自宅に招き入れて、ベットで昼寝をさせることだったのだ。
それはおそらく吉野なりの律への誕生日プレゼント。
献身的に作家に尽くす編集者への、感謝のしるしとでもいうべきか。
つまり吉野と律は、しっかりと信頼関係を築いているのだろう。
元上司として、恋人としては、誇らしいことだ。
「まぁ体力を回復したなら、今晩も思いっきりヤれるな。」
高野の少々品のない呟きは、幸いにも律の耳に届くことはなかった。
そして上司と部下でなくただの恋人としては初めての誕生日パーティが始まった。
*****
「俺ってすごいでしょ!」
吉野は得意気に胸を張った。
羽鳥はそんな吉野を見ながら、深くため息をついていた。
吉野が今日、何かを仕掛けることはわかっていた。
なぜなら律が吉野の担当になって間もなく、羽鳥は吉野に聞かれたのだ。
律の誕生日はいつかと。
今は律の上司であり履歴書を見ることもできる羽鳥は、それを教えてやった。
「パーティとかそういうのはやめろよ。アイツだって祝ってくれる友人だっているだろうし」
羽鳥はかろうじてそれだけアドバイスをした。
その言葉は微妙に正確さを欠いている。
祝ってくれるのは友人ではなく恋人。
そして「だろうし」なんて曖昧なものではない。
きっとあの男は、恋人の誕生日を徹底的に祝うはずだ。
対する吉野は「あ、そうか!」と声を上げた。
どうやらパーティ的なものを催すつもりだったらしい。
だけど言われて初めて、それが迷惑かもしれないと思い至ったようだ。
よかった。恩義ある前編集長の喜びを奪わずに済んだようだ。
そして律の誕生日当日、吉野は律を打ち合わせと称して呼び出していた。
おそらく何かプレゼントでも渡そうと言うのだろう。
正直言って、打ち合わせ自体は、わざわざ顔を合わせて話すような内容ではない。
だけど羽鳥はこれを許した。
何しろ律には吉野のお守りという面倒を押し付けているという自覚がある。
誕生日にプレゼントを渡すくらいのことをさせてやってもいい。
「で?小野寺に何を贈ったんだ?」
会社から帰宅すると、羽鳥の自宅マンションでは吉野が勝手に寛いでいた。
とりあえず今日のところは、不法侵入と家主より態度が厚かましいことには触れない。
おそらく吉野が一番聞いてほしいであろうことを口にした。
「昼寝」
「はぁぁ!?」
予想外なんてものじゃない答えに、羽鳥の声が裏返る。
昼寝。そんなものをどうやってプレゼントしたっていうのか。
「小野寺さんっていつも疲れてるからさ。いろいろ考えたけど昼寝になった。」
呆然とする羽鳥に、吉野がした説明はこうだ。
最初はなにか日常使えるものを贈ろうとしたけど、すぐに断念してしまった。
だって律はよくよく服も持ち物もなかなかオシャレなのだ。
そんな人間に形に残るものを贈るのは、かなり勇気がいる。
考えた末に行き付いたのが、ゆっくり休んでもらうこと。
そしてさらにそれを突き詰めたところが、昼寝だ。
吉野の自慢のキングサイズのベットで、心地よく寝てもらう。
それが吉野の誕生日プランだったのだ。
計画は思いのほかうまくいき、律が帰宅するとき目の下にうっすらとできていたクマは消えていた。
「小野寺が寝ている間、お前はどうしてた?」
「ソファで寝てた。何となく俺もお昼寝しようって気になっちゃってさ。」
「・・・・・・」
「俺ってすごいでしょ!」
吉野は得意気に胸を張った。
羽鳥はそんな吉野を見ながら、深くため息をついていた。
「お前、俺が小野寺の上司だってわかってるか?」
「え!?」
「仕事サボって寝てる部下を、放置しろと?」
「ええ!そんな!俺が勝手にしたんだから、小野寺さんを怒らないでよ!」
羽鳥はもう1度深くため息をつくと、聞かなかったことにしようと決めた。
かつての上司と日頃頑張ってくれている部下はきっと今頃、楽しんでいる。
それだけでよしと思っておくべきだろう。
【続く】
「爆睡しちゃったんですよ。」
律は情けなさそうに眉尻を下げながら、そう言った。
高野は思わず「はぁ!?」と聞き返した。
今日は律の誕生日。
高野は腕によりをかけて、渾身のディナーを用意していた。
律の誕生日が27日でよかったと思う。
毎月月末に発売されるエメラルドの原稿は、デットであっても毎月27日には印刷所に渡っている。
つまり仕事のせいで誕生日が祝えないという事態はまずない。
ちなみに高野の誕生日は12月24日。
月末発売だと通常月はもっとも忙しい時期になる。
だが12月は年末年始の特別進行で入稿が早いので、これまたラブラブなイベントができるのだ。
2人揃って、意外とこういう運はしっかり持っていたりする。
昨晩も、律は高野の部屋に泊まった。
日付が変わるや否や「おめでとう」と告げ、そのままベットにもつれ込んだのだ。
そんな高野だからこそ「おや?」と思った。
昨晩、誕生日ということもあり、少々手荒く抱いてしまった自覚はある。
だから朝、ヨロヨロと会社に向かう律に、少々心が痛んだ。
だが帰宅して、再び顔を合わせた律は、思いのほか元気だった。
「何だか調子、よさそうだな」
「・・・それがですね。爆睡しちゃったんですよ。」
律は情けなさそうに眉尻を下げながら、そう言った。
高野は思わず「はぁ!?」と聞き返した。
いったいどこに爆睡するような時間があるのだろう。
今日の律は確か午前中は書類作成などのデスクワーク、午後は打ち合わせと言っていた。
打ち合わせの相手は、吉川千春こと吉野千秋。
場所は吉野の仕事場兼自宅マンションで、そこから律は直帰したはずだ。
「打ち合わせは早く終わったんです。その後吉野さんに寝室のベットを見せてもらって」
律は困ったように説明し始めた。
それによると、吉野との打ち合わせの後、雑談で何となく睡眠の話になった。
そして吉野が自分は寝相が悪いので、キングサイズのベットを使っていると言ったのだ。
仕事で何度も吉野宅を訪れているが、寝室には立ち入ったことがない律はそれを知らなかった。
すごい!うらやましい!と素直に驚く律に、吉野は「よかったら寝てみます?」と言った。
お言葉に甘えて、自慢のベットにコロリと横になった瞬間、律はそのまま夢の世界に旅立った。
「それで起きたら夕方ですよ。まったく担当作家の家でお昼寝しようとは。」
律はブツブツと口の中で、文句を言う。
その表情は照れくささ半分、自己嫌悪半分といったところだろうか。
高野は自分が今、編集長でないことにホッとしていた。
もし直属の上司だったら、怒鳴りつけなくてはならないだろうから。
担当作家のベットで寝る編集者なんて、あんまりだ。
そして思いついたある可能性を確認するために、律に質問を投げてみた。
「吉野さんとの打ち合わせ、急ぎだったのか?」
「いえ?新キャラの設定のことでしたが、わざわざ直接会わなくても電話でできる話でした。」
律は高野の問いに答えてから、その不自然さに気付いたようだ。
首をかしげながら「何でだろ?」と呟く律に、高野は自分の予想が当たっていることを確信する。
吉野の目的は、律を自宅に招き入れて、ベットで昼寝をさせることだったのだ。
それはおそらく吉野なりの律への誕生日プレゼント。
献身的に作家に尽くす編集者への、感謝のしるしとでもいうべきか。
つまり吉野と律は、しっかりと信頼関係を築いているのだろう。
元上司として、恋人としては、誇らしいことだ。
「まぁ体力を回復したなら、今晩も思いっきりヤれるな。」
高野の少々品のない呟きは、幸いにも律の耳に届くことはなかった。
そして上司と部下でなくただの恋人としては初めての誕生日パーティが始まった。
*****
「俺ってすごいでしょ!」
吉野は得意気に胸を張った。
羽鳥はそんな吉野を見ながら、深くため息をついていた。
吉野が今日、何かを仕掛けることはわかっていた。
なぜなら律が吉野の担当になって間もなく、羽鳥は吉野に聞かれたのだ。
律の誕生日はいつかと。
今は律の上司であり履歴書を見ることもできる羽鳥は、それを教えてやった。
「パーティとかそういうのはやめろよ。アイツだって祝ってくれる友人だっているだろうし」
羽鳥はかろうじてそれだけアドバイスをした。
その言葉は微妙に正確さを欠いている。
祝ってくれるのは友人ではなく恋人。
そして「だろうし」なんて曖昧なものではない。
きっとあの男は、恋人の誕生日を徹底的に祝うはずだ。
対する吉野は「あ、そうか!」と声を上げた。
どうやらパーティ的なものを催すつもりだったらしい。
だけど言われて初めて、それが迷惑かもしれないと思い至ったようだ。
よかった。恩義ある前編集長の喜びを奪わずに済んだようだ。
そして律の誕生日当日、吉野は律を打ち合わせと称して呼び出していた。
おそらく何かプレゼントでも渡そうと言うのだろう。
正直言って、打ち合わせ自体は、わざわざ顔を合わせて話すような内容ではない。
だけど羽鳥はこれを許した。
何しろ律には吉野のお守りという面倒を押し付けているという自覚がある。
誕生日にプレゼントを渡すくらいのことをさせてやってもいい。
「で?小野寺に何を贈ったんだ?」
会社から帰宅すると、羽鳥の自宅マンションでは吉野が勝手に寛いでいた。
とりあえず今日のところは、不法侵入と家主より態度が厚かましいことには触れない。
おそらく吉野が一番聞いてほしいであろうことを口にした。
「昼寝」
「はぁぁ!?」
予想外なんてものじゃない答えに、羽鳥の声が裏返る。
昼寝。そんなものをどうやってプレゼントしたっていうのか。
「小野寺さんっていつも疲れてるからさ。いろいろ考えたけど昼寝になった。」
呆然とする羽鳥に、吉野がした説明はこうだ。
最初はなにか日常使えるものを贈ろうとしたけど、すぐに断念してしまった。
だって律はよくよく服も持ち物もなかなかオシャレなのだ。
そんな人間に形に残るものを贈るのは、かなり勇気がいる。
考えた末に行き付いたのが、ゆっくり休んでもらうこと。
そしてさらにそれを突き詰めたところが、昼寝だ。
吉野の自慢のキングサイズのベットで、心地よく寝てもらう。
それが吉野の誕生日プランだったのだ。
計画は思いのほかうまくいき、律が帰宅するとき目の下にうっすらとできていたクマは消えていた。
「小野寺が寝ている間、お前はどうしてた?」
「ソファで寝てた。何となく俺もお昼寝しようって気になっちゃってさ。」
「・・・・・・」
「俺ってすごいでしょ!」
吉野は得意気に胸を張った。
羽鳥はそんな吉野を見ながら、深くため息をついていた。
「お前、俺が小野寺の上司だってわかってるか?」
「え!?」
「仕事サボって寝てる部下を、放置しろと?」
「ええ!そんな!俺が勝手にしたんだから、小野寺さんを怒らないでよ!」
羽鳥はもう1度深くため息をつくと、聞かなかったことにしようと決めた。
かつての上司と日頃頑張ってくれている部下はきっと今頃、楽しんでいる。
それだけでよしと思っておくべきだろう。
【続く】