プロポーズ10題sideC
【えっと…】
「どうした?横澤?」
不思議そうに問いかけられて、一瞬「えっと…」と言葉を濁す。
だが横澤は何を言っていいかわからず「何でもない」と首を振った。
横澤は編集部のフロアに来ていた。
提出された企画書のいくつかにダメ出しをするためだ。
まったく今ひとつ売り上げが伸びない雑誌は、何から何までダメだと思う。
企画書1つとっても月並みすぎて、本への思いが伝わってこないのだ。
例えばエメラルドやジャプンでは絶対にそんな書類は上がってこない。
やる気のない企画書は編集長のチェックで落とされるのだ。
こういう時やはり桐嶋も高野も有能な編集長なのだと再認識する。
そして自分が惹かれた男たちの才能に、鼻が高いと思うのはもちろん内緒だ。
編集部の部屋に向かった横澤は、ふと足を止めた。
信頼を寄せる2人の編集長、桐嶋と高野が廊下で立ち話をしているのを見つけたからだ。
2人とも真剣な表情で何やら話し込んでおり、横澤に気付かない。
あと数歩と言うところで、ようやく2人は横澤に気付いた。
高野が「よぉ」と短い挨拶をし、桐嶋は小さく目配せだけ投げてきた。
横澤は立ち止まったものの、何と言っていいかわからなかった。
「どうした?横澤?」
高野に不思議そうに問いかけられて、一瞬「えっと…」と言葉を濁す。
だが横澤は何を言っていいかわからず「何でもない」と首を振った。
そして2人の横をすり抜けると、編集部の部屋に足を踏み入れた。
わかっている。
最近、編集部には不穏な事件が起きている。
仕事の上ではほとんど接点がないこの2人が話す内容は、事件のことしかない。
それなのに2人がこうして親密に話しているのを見ると、何とも落ち着かない気分になる。
切ないような焦れたような、この感情はいったい何だろう?
*****
「好きなんだ。俺と付き合ってくれ!」
いきなり頭を下げられて、日和は呆然と立ち竦んだ。
だけど相手は顔を上げようとしない。
何か言わなくてはと思ったが「えっと…」と切り出したものの、言葉が続かなかった。
日和は何となく落ち着かない日々を過ごしていた。
父の桐嶋は仕事が忙しいようで、毎日帰宅が遅い。
それだけならさほど珍しいことでもないのだが、桐嶋は何だかいつもと様子が違うような気がした。
何となく荒れているというか、余裕がないように見えるのだ。
桐嶋は会社で起きた事件の解決のために奔走していたのだが、知る由もない。
頼みの横澤も何となく元気がない様子が続いていて、相談しにくい。
それでも日和が焦ることはなかった。
おそらく桐嶋は仕事が大変なのだろうし、それなら日和が助けられることはない。
きっと仕事が一段落したら、いつもの父に戻るだろう。
そのときにまだ横澤が元気がないようなら、相談すればいい。
「桐嶋、ちょっといい?」
学校が終わり帰ろうとしていた日和は、校門を出たところで1人の男子生徒に声をかけられた。
同じ学年だが、クラスは違う。
日和は名前も知らなかったが、顔は知っていた。
数日ほど前、日和は携帯電話をなくしてしまった。
学校の中を捜し回っていた時に、携帯が落ちていると知らせてくれたのが彼だったからだ。
「この前は私の携帯を拾ってくれてありがとう。」
日和がそう言うと、少年は照れたように「別に」と答えた。
だがその後の会話が続かない。
いくら同じ年齢とはいえ、名前も知らない少年と何を話したらいいのか。
しばらく無言だった2人だが、不意に少年が日和の方に向き直った。
「好きなんだ。俺と付き合ってくれ!」
いきなり頭を下げられて、日和は呆然と立ち竦んだ。
だけど相手は顔を上げようとしない。
何か言わなくてはと思ったが「えっと…」と切り出したものの、言葉が続かなかった。
「ゴメン。無理だよ。」
日和は正直にそう言った。
どういう人間なのかもよくわからないのに、いきなり恋愛なんてできない。
ましてや日和は今まで誰とも付き合ったことはないのだから。
少年は顔をしかめたが、立ち去る気配はない。
「もしかして、あの携帯の待ち受けの人が好きなの?」
一瞬意味がわからなかった日和だったが、すぐに小さく「あ!」と声を上げた。
日和の携帯電話の待ち受け画面は、食事の支度をしているエプロン姿の横澤だ。
それを知っているということは、日和の携帯電話を見たということではないか。
少年がニコニコと笑顔で日和を見ている。
日和は何とも薄気味悪い気分で、少年から視線をそらした。
*****
「横澤さんは、まだ高野さんに未練があるの?」
「はぁ?」
思いも寄らない人物から言われた思いも寄らない言葉だ。
一瞬意味がわからずポカンとした横澤だが、次の瞬間湧き上がったのは怒りだった。
書類を受け取るためにエメラルド編集部に来た横澤は、ホッと息を吐いた。
タイミングが悪かったようで、ほとんど人がいない。
高野も羽鳥も木佐も不在で、在席していたのは美濃だけだった。
おそらく高野と顔を合わせるだろうと思っていた横澤は、気が抜けた。
そしてやはりまだ高野に対して完全にわだかまりが消えていないのだと思う。
「あれ?横澤さん」
唯一席に残っていた美濃が、声をかけてきた。
高野がいないなら出直そうとしていた横澤は、めんどくさいと思いながら足を止めた。
「ちょうどよかった。企画書できてるんで。」
「高野のチェックは済んでるのか?」
「ええ。もちろん。」
「だったらさっさと持って来いよ。」
「総務に出す書類もあったので、それができたらまとめて持っていくつもりだったんですよ。」
「それにしたって。。。」
「提出期限までまだあるし、問題ないでしょう?」
何となく決まりが悪い横澤は、何となく喧嘩腰になってしまう。
だが美濃は動じることもなく、受け流してしまう。
そして書類を手に立ち上がると、横澤に差し出した。
なんだか小馬鹿にされたような気分の横澤は、ひったくるように書類を取った。
すると美濃はニッコリと笑顔になった。
にこやかなのに、どこか底がしれないいつもの表情だ。
「横澤さんは、まだ高野さんに未練があるの?」
「はぁ?」
思いも寄らない人物から言われた思いも寄らない言葉だ。
一瞬意味がわからずポカンとした横澤だが、次の瞬間湧き上がったのは怒りだった。
「何を言ってる?」
「だって高野さんの顔を身に来たんでしょう?」
「何が言いたい!」
「健気過ぎますよ。期限に余裕がある、しかもこっちから届けることになってる取りに来て」
「黙れ!」
思わず大声を上げてしまったせいで、フロア中の編集部員がこちらを見ている。
どうやら横澤の方が部が悪そうだ。
横澤は大きく深呼吸をしながら、懸命に自分を落ち着かせた。
「お前いったい何がしたいんだ?エメ編の中で進路希望出してねーの、お前だけだろ?」
「大きなお世話です。」
「他人の様子ばっかり観察して。何が楽しいのかね?」
横澤は捨てゼリフを吐くと、編集部を出た。
高野にまだ未練がある。
見ないようにしていた心の奥底の願望を引きずり出されたようだ。
横澤は最悪な気分だった。
【続く】
「どうした?横澤?」
不思議そうに問いかけられて、一瞬「えっと…」と言葉を濁す。
だが横澤は何を言っていいかわからず「何でもない」と首を振った。
横澤は編集部のフロアに来ていた。
提出された企画書のいくつかにダメ出しをするためだ。
まったく今ひとつ売り上げが伸びない雑誌は、何から何までダメだと思う。
企画書1つとっても月並みすぎて、本への思いが伝わってこないのだ。
例えばエメラルドやジャプンでは絶対にそんな書類は上がってこない。
やる気のない企画書は編集長のチェックで落とされるのだ。
こういう時やはり桐嶋も高野も有能な編集長なのだと再認識する。
そして自分が惹かれた男たちの才能に、鼻が高いと思うのはもちろん内緒だ。
編集部の部屋に向かった横澤は、ふと足を止めた。
信頼を寄せる2人の編集長、桐嶋と高野が廊下で立ち話をしているのを見つけたからだ。
2人とも真剣な表情で何やら話し込んでおり、横澤に気付かない。
あと数歩と言うところで、ようやく2人は横澤に気付いた。
高野が「よぉ」と短い挨拶をし、桐嶋は小さく目配せだけ投げてきた。
横澤は立ち止まったものの、何と言っていいかわからなかった。
「どうした?横澤?」
高野に不思議そうに問いかけられて、一瞬「えっと…」と言葉を濁す。
だが横澤は何を言っていいかわからず「何でもない」と首を振った。
そして2人の横をすり抜けると、編集部の部屋に足を踏み入れた。
わかっている。
最近、編集部には不穏な事件が起きている。
仕事の上ではほとんど接点がないこの2人が話す内容は、事件のことしかない。
それなのに2人がこうして親密に話しているのを見ると、何とも落ち着かない気分になる。
切ないような焦れたような、この感情はいったい何だろう?
*****
「好きなんだ。俺と付き合ってくれ!」
いきなり頭を下げられて、日和は呆然と立ち竦んだ。
だけど相手は顔を上げようとしない。
何か言わなくてはと思ったが「えっと…」と切り出したものの、言葉が続かなかった。
日和は何となく落ち着かない日々を過ごしていた。
父の桐嶋は仕事が忙しいようで、毎日帰宅が遅い。
それだけならさほど珍しいことでもないのだが、桐嶋は何だかいつもと様子が違うような気がした。
何となく荒れているというか、余裕がないように見えるのだ。
桐嶋は会社で起きた事件の解決のために奔走していたのだが、知る由もない。
頼みの横澤も何となく元気がない様子が続いていて、相談しにくい。
それでも日和が焦ることはなかった。
おそらく桐嶋は仕事が大変なのだろうし、それなら日和が助けられることはない。
きっと仕事が一段落したら、いつもの父に戻るだろう。
そのときにまだ横澤が元気がないようなら、相談すればいい。
「桐嶋、ちょっといい?」
学校が終わり帰ろうとしていた日和は、校門を出たところで1人の男子生徒に声をかけられた。
同じ学年だが、クラスは違う。
日和は名前も知らなかったが、顔は知っていた。
数日ほど前、日和は携帯電話をなくしてしまった。
学校の中を捜し回っていた時に、携帯が落ちていると知らせてくれたのが彼だったからだ。
「この前は私の携帯を拾ってくれてありがとう。」
日和がそう言うと、少年は照れたように「別に」と答えた。
だがその後の会話が続かない。
いくら同じ年齢とはいえ、名前も知らない少年と何を話したらいいのか。
しばらく無言だった2人だが、不意に少年が日和の方に向き直った。
「好きなんだ。俺と付き合ってくれ!」
いきなり頭を下げられて、日和は呆然と立ち竦んだ。
だけど相手は顔を上げようとしない。
何か言わなくてはと思ったが「えっと…」と切り出したものの、言葉が続かなかった。
「ゴメン。無理だよ。」
日和は正直にそう言った。
どういう人間なのかもよくわからないのに、いきなり恋愛なんてできない。
ましてや日和は今まで誰とも付き合ったことはないのだから。
少年は顔をしかめたが、立ち去る気配はない。
「もしかして、あの携帯の待ち受けの人が好きなの?」
一瞬意味がわからなかった日和だったが、すぐに小さく「あ!」と声を上げた。
日和の携帯電話の待ち受け画面は、食事の支度をしているエプロン姿の横澤だ。
それを知っているということは、日和の携帯電話を見たということではないか。
少年がニコニコと笑顔で日和を見ている。
日和は何とも薄気味悪い気分で、少年から視線をそらした。
*****
「横澤さんは、まだ高野さんに未練があるの?」
「はぁ?」
思いも寄らない人物から言われた思いも寄らない言葉だ。
一瞬意味がわからずポカンとした横澤だが、次の瞬間湧き上がったのは怒りだった。
書類を受け取るためにエメラルド編集部に来た横澤は、ホッと息を吐いた。
タイミングが悪かったようで、ほとんど人がいない。
高野も羽鳥も木佐も不在で、在席していたのは美濃だけだった。
おそらく高野と顔を合わせるだろうと思っていた横澤は、気が抜けた。
そしてやはりまだ高野に対して完全にわだかまりが消えていないのだと思う。
「あれ?横澤さん」
唯一席に残っていた美濃が、声をかけてきた。
高野がいないなら出直そうとしていた横澤は、めんどくさいと思いながら足を止めた。
「ちょうどよかった。企画書できてるんで。」
「高野のチェックは済んでるのか?」
「ええ。もちろん。」
「だったらさっさと持って来いよ。」
「総務に出す書類もあったので、それができたらまとめて持っていくつもりだったんですよ。」
「それにしたって。。。」
「提出期限までまだあるし、問題ないでしょう?」
何となく決まりが悪い横澤は、何となく喧嘩腰になってしまう。
だが美濃は動じることもなく、受け流してしまう。
そして書類を手に立ち上がると、横澤に差し出した。
なんだか小馬鹿にされたような気分の横澤は、ひったくるように書類を取った。
すると美濃はニッコリと笑顔になった。
にこやかなのに、どこか底がしれないいつもの表情だ。
「横澤さんは、まだ高野さんに未練があるの?」
「はぁ?」
思いも寄らない人物から言われた思いも寄らない言葉だ。
一瞬意味がわからずポカンとした横澤だが、次の瞬間湧き上がったのは怒りだった。
「何を言ってる?」
「だって高野さんの顔を身に来たんでしょう?」
「何が言いたい!」
「健気過ぎますよ。期限に余裕がある、しかもこっちから届けることになってる取りに来て」
「黙れ!」
思わず大声を上げてしまったせいで、フロア中の編集部員がこちらを見ている。
どうやら横澤の方が部が悪そうだ。
横澤は大きく深呼吸をしながら、懸命に自分を落ち着かせた。
「お前いったい何がしたいんだ?エメ編の中で進路希望出してねーの、お前だけだろ?」
「大きなお世話です。」
「他人の様子ばっかり観察して。何が楽しいのかね?」
横澤は捨てゼリフを吐くと、編集部を出た。
高野にまだ未練がある。
見ないようにしていた心の奥底の願望を引きずり出されたようだ。
横澤は最悪な気分だった。
【続く】