サディスト5題

【縋りつくその指】

律、お前が選べ。
高野はそう言うと、じっと律を見つめながら答えを待った。

知り合いのクリニックに預けた律を迎えに来た高野は、呆然とした。
律は何も身に纏わない姿で、ベットに沈んでいたからだ。
毛布すらかけられておらず、華奢な裸身は無防備に晒されている。
高野自身がつけてしまった傷や鬱血も多いが、それ以外にも痕が増えていた。

律はここに連れて来た時以上につらそうな状態で、肩で荒い呼吸をしている。
おそらく熱も上がっているようで、いつもは白い肌は紅潮して、バラ色に染まっていた。
高野がドアを開け閉めした音にも目を開けないのは、意識が飛んでいるからだろう。

正直言って、この可能性を考えないわけではなかった。
だが律を医者に診せた方がいいと思ったものの、まともな病院には行けない。
この状態では、どうしても暴行を受けたと思われてしまい、警察沙汰になる。
散々考えた末に長谷川のクリニックに来たのだ。
金さえ積めば少々の不審は目を瞑ってくれる。
それに女遊びの噂が多い長谷川が、いくら美しいとはいえ男に興味を示すとは思わなかった。

嫌な予感がしたのは、長谷川という男はどこか底知れない不気味さがあるからだ。
点滴の間、どうするかと問われて一瞬迷った。
それでも律を置いていったのは、どうしても今日中にしなければいけない仕事があったからだ。
点滴の間に片付けて、今日はもうずっと律の看病をする。
ガラにもなくそんな優しい気分になった結果がこれだった。

*****

何をした?
高野はベットの横に立ち、不敵な笑いを浮かべる長谷川に聞いた。
低く抑えた声には、静かな怒りが込められていた。

何って見ての通りだよ。最後までしたかどうかは想像に任せるけど。
長谷川は少しも悪びれた様子もなく、そう答えた。
そして律を見下ろすと、汗で額に張り付いた前髪を指で直している。
高野は思わずギリリと奥歯を噛みしめていた。

ねぇ高野。このコ、いくらで譲ってくれる?
長谷川はまるで物のように、律のことを話している。
いままで律に散々なことをしてきた高野だったが、その物言いは不愉快だ。
高野は何も答えず律に歩み寄ろうとしたが、長谷川はその前に立ちはだかった。

誘ったのは、このコの方だよ。
高野に監禁されているから助けてくれって。
その代わりに俺の愛人になるからってさ。
長谷川は平然とそう言い放つと、髪をなでていた指を律の胸元にすべらせた。
赤く色づく律の胸の飾りを、これ見よがしに突っつく。
高野を挑発しているのはわかっている。
だがどうしても長谷川を睨みつけるのをやめられなかった。

俺はこのコが欲しい。でも高野もくれる気はない。ならこのコに聞こうか?
長谷川はそう言って、律の頬を軽く叩いた。
高野は長谷川を殴り倒したい衝動に駆られたが、じっと堪えて立っていた。
律に触られるのも腹が立つが、こんな男に感情的になる自分を見られるのも嫌だった。

*****

頬を叩かれた律は「あっ」と声を上げた。
何も身に着けない姿でベットに横たわる自分と、それを見下ろす2人の男。
慌てて起き上がろうとしたが、すぐにまたベットに沈んでしまう。
高熱のせいで強い眩暈がして、起き上がった状態を保てないのだ。

すごくよかったよ。君の身体。
長谷川はそんな律を面白がるように見下ろしていた。
そのときになって、律は自分の身体に赤い痕が増えていることに気がついた。
明らかに高野のものではない歯形まである。
だが律にはあの時、薬を嗅がされてからの記憶がまったくなかった。
まさか眠っている間に長谷川に抱かれてしまったのだろうか?

律は不安になって、高野の顔を見た。
だがじっと無表情に律を見下ろしている。
他の男に触れられた奴隷など、もういらない。
律には高野が無言のうちに、そう言っているように思えた。

実はそれこそが長谷川の狙いだった。
高野が長谷川の噂を知っているように、長谷川も高野の噂を知っている。
男でも女でもイケる男で、しかも飽きっぽく、特定の相手に執着しない。
その上にやたらにプライドが高い男であるとも聞く。
他の男の手垢がついた奴隷にこだわるような真似はしないはずだ。

さっき俺に言ったよね?俺の愛人になってくれるって。
長谷川が律の身体を抱き起こしながら、そう言った。
もちろん高野の心には不信感が芽生えさせるためのデタラメだ。
こうして長谷川は蜘蛛が糸を張るように、策をめぐらせていた。

律、お前が選べ。
高野はそう言うと、じっと律を見つめながら答えを待った。
予想外の言葉に長谷川は「え?」と驚きの声を上げた。
高野が律を見捨てたところで横取りするつもりだったのだ。
まさか高野が選択を奴隷に委ねるなど、考えもしなかったのだ。

律は残る力を振り絞って、動揺する長谷川を押しのけた。
懸命に起き上がり、ふらつきながらベットから降りる。
だが1歩足を踏み出したものの、前のめりに転倒しそうになった。
それでも律は懸命に高野に向かって腕を伸ばしている。
高野は律に駆け寄ると、縋りつくその指ごと律を抱き止めた。

*****

俺、わからないんです。
長谷川さんとどこまでしたのか、最後までしちゃったのか。
律は美しい緑の瞳を涙で濡らしながら、そう言った。
高野は指で涙を拭ってやりながら「どちらでも関係ない」と答えた。

高野は転倒しそうになった律を抱き止めると、自分のジャケットを律に着せた。
そしてそのまま抱き上げて、さっさと長谷川のクリニックを後にした。
律の着ていたスウェットの上下や律の下着は置きっぱなしだが、かまわない。
長谷川が触れた衣類など、どうせ捨ててしまうのだから。

帰宅するとすぐに直行したのはバスルームだ。
本来なら高熱を出しているのだし、直ちに服を着せてベットに寝かせるべきだ。
だがこれは律が嫌がった。
どこをどうされたんかわからなくて気持ち悪い。身体を洗いたい。
そんな律の言葉に頷いた高野は律をバスルームに担ぎ込んで、丹念に全身を洗った。

自分でやりますから。そんなに丁寧にしなくていいです。
何度も律はそう訴えたが、高野は聞かなかった。
全身くまなく、長谷川が興味を示したであろう律の感じやすい場所は執拗に。
次第にその行為が怪しいものになり、律は甘い声を上げて何度も達した。
その度に縋りつくその指は愛おしく、もう律以外は何もいらないと思う。
そして律は今、高野の腕に抱かれながらベットに横たわっている。

俺、わからないんです。
長谷川さんとどこまでしたのか、最後までしちゃったのか。
律は美しい緑の瞳を涙で濡らしながら、そう言った。
高野は指で涙を拭ってやりながら「どちらでも関係ない」と答えた。

俺が全部塗り替える。もっと厳しく躾けてエロい身体にしてやるから。
高野は今まで通り律を奴隷として飼うつもりだった。
それを宣言するような無慈悲な言葉を、律は蕩けるような笑顔で受け入れた。
高野の手は今までとは打って変わって、優しかったからだ。
そしてそのまま高野の腕の中で、律は幸せな眠りに堕ちていった。

*****

どうだ?気に入ったか?
高野はニンマリと笑うと、すっかりご満悦だ。
律は恥ずかしげな表情で黙り込んでいるが、実は内心満更でもなかったりする。

律の熱が下がり、動けるようになるまでに実に2週間もかかった。
理由は実に簡単で、高野は熱があろうと何だろうと抱きたい時に律を抱くからだ。
律は律で身体がどんなにつらくても、求められれば拒まない。
治りかけてはまた熱を出すという悪循環を繰り返して、律はようやく以前の身体に戻った。

これ、完治祝い。
濃密な情事の後、律は裸のままぐったりとベットに沈んでいた。
高野はその律にシルバーのチェーン状のネックレスを首に嵌めた。
そして律の両手首にもそれぞれ同じデザインのブレスレットをつけていく。
よく見ると凝ったデザインのチェーンは、まるで誂えたようにピッタリと律の首と腕にはまった。

首輪の代わりだ。これなら外へも連れ出せる。
高野がそう言うと、律は「ありがとうございます」と答えた。
長谷川のクリニックに行く時に首輪が外されてから、律の首には何も付けられることはなかった。
正直なところ律はどこか物足りない気分だった。

だがこれでもやはり物足りない気がする。
これでは普通のネックレスとブレスレットだからだ。
強烈に高野のものだと主張するあの首輪が懐かしい。
だが高野はそんな律の手首を引いて、なにかゴソゴソと動いている。
そしてすぐに律の両手は固定されて動かせなくなってしまった。

どうだ?気に入ったか?
高野はニンマリと笑うと、すっかりご満悦だ。
この3点セットのアクセサリーは実は拘束具だったのだ。
連結させる金具が付いており、ネックレスとブレスレットまたはブレスレット同士を繋げられる。
今はネックレスに両手のブレスレットを付けられてしまい、律はもう両手の自由が利かない。
律は恥ずかしげな表情で黙り込んでいるが、実は内心満更でもなかったりする。
心も身体もがんじがらめに縛られて、息もできないほど激しく抱かれたい。

プレゼントのお礼に、このまま遊ばせて。
高野はそう言いながら、律の身体に手を伸ばす。
律は小さく「はい」と答えると、ウットリと目を閉じた。

【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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