サディスト5題

【泣き叫べ】

律、起きろ。
高野は一向に目を開ける気配のない律を、少し怒りを含んだ声で呼んだ。
だがやはり律は目を開けない。
焦れた高野が律を抱き起こそうとして、ハッとした。
白く折れそうなほど華奢な裸身は、いつもより熱かった。

昨晩はベランダで、たっぷりと律を嬲った。
服を全部剥ぎ取って、手錠で手すりにつないで、何度も身体を繋いだ。
高野の部屋は高層マンションの上層階にあるが、近くに同等の高さのマンションもいくつかある。
つまり覗かれてしまう可能性があるのだ。
だから律はここで辱められることを、ひどく嫌がった。

そうなると俄然張り切ってしまうのは、高野の悪癖だ。
律の白い身体は美しい夜景によく映える。
そうなればますます燃え上がってしまい、止まらない。
少々手荒く、何度も揺さぶって、律が乱れる様子を楽しんだ。

泣き叫べ。そうすれば誰かが気付いて助けてくれるかもしれないぞ。
高野はからかうようにそう言った。
だが律は必死に唇を噛みしめて、声を殺していた。
高野はわずかにスラックスをゆるめているだけだから、遠目には服を着ているように見える。
だが何も身に纏ってない律は、遠くから見ても裸だ。
つまり見られた場合、恥ずかしいのは律だけなのだ。

一晩中ベランダで律を嬲り続けた高野は、明け方になって律を放置したまま室内に戻った。
1人取り残された律が不安に怯える様を想像するだけで、頬がゆるむ。
これもまた高野の悪癖だった。

しばらく時間を置いた後、ベランダに戻った高野は、思わず見蕩れた。
腕を広げた状態で縛られている律は、まるで蜘蛛の糸にかかった蝶のようだった。
ガックリと項垂れた首は、まるで雨に打たれた花のようにも見える。
夜景に映えた裸身は朝の光の中でも美しく輝き、高野をますます魅了した。

*****

おい、起きろ。
高野は律を縛り付けていた手錠を外しながら、声をかけた。
拘束が解かれた律の身体は力を失い、その場に崩れて落ちる。
高野は慌てて抱きとめて、律の顔を覗きこんだ。
だが律は意識がなく、目を開けない。

律、起きろ。
高野は一向に目を開ける気配のない律を、少し怒りを含んだ声で呼んだ。
だがやはり律は目を開けない。
焦れた高野が律を抱き起こそうとして、ハッとした。
白く折れそうなほど華奢な裸身は、いつもより熱かった。

高野は慌てて律を抱き上げて、室内に戻った。
そっとベットに下ろしてから、肩を揺さぶる。
それでも律は目を開けなかった。
高野はこのときになってようやく律の呼吸が酷く荒いことに気付いた。
ハァハァと忙しない呼吸音が、静かな朝の寝室に大きく響いた。

何ということだろう。
高野は自分のしでかしたことに呆然とした。
一晩中裸で屋外に出ていれば、こうなることは予想できたはずだ。
しかも律は監禁生活で体力が落ちている上に、高野に乱暴にされたのだ。

自身の中に潜む狂気と律への執着が、高野を暴挙に駆り立てる。
このまま律を手元に置けば、いつか取り返しがつかないことになるかもしれない。
高野は苦悩とは裏腹に、優しい手つきで律の髪をなでた。

*****

解熱剤を処方したよ。一応点滴もした方がいいね。
律は誰かの話し声で目を覚ました。
そして知らない男が自分の腕に針を刺そうとしているのがわかり「やだっ!」と身を捩った。

律は懸命に何が起こったか思い出そうとした。
そうだ。夜に帰宅した高野にベランダに連れ出された。
裸に剥かれ、手すりに磔られて、めちゃめちゃにされたのだ。
空が明るくなってきた頃に、高野は律を置いたまま部屋に戻ってしまった。
夜は寒くてたまらなかった身体がひどく熱くて、息が苦しい。
早く休ませて欲しくてずっと窓を見ながら高野を待っていた。
その先の記憶がない。

こいつは知り合いの医者の長谷川だ。ここはコイツのクリニック。
不意に高野の声がして、律は慌ててそちらを見た。
クリニック言われれば、確かに病院の診察室のような部屋だ。
律はベットに横たわっており、傍のパイプ椅子に高野が腰を下ろしている。
そして律は女の子の服ではなくスウェットの上下を着ており、首輪もなかった。

知り合いって素っ気ないなぁ。せめて友人って言ってよ。
先程顔を覗きこんでいたこの男が「長谷川」なのだろう。
おどけた口調で苦笑すると、今度こそ律の腕に点滴の針を刺す。
だが笑顔を向けられても、律は反応できなかった。
目の奥は少しも笑っておらず、むしろ冷たい光を放っているように見えたからだ。

点滴が終わるまで1時間くらいだけど。高野、どうする?
長谷川が高野にそう声をかけると、高野は腕時計を見ながら「その頃、迎えに来る」と答えた。
そして律とはチラリとも目をあわさずに、出て行ってしまった。

不気味な感じの男と残されるのは嫌だったが、仕方がない。
それにひどく疲れていて、だるくて眠い。
寝てしまえばすぐに、1時間くらい経ってしまうだろう。
律はそのままゆっくりと目を閉じた。

*****

かわいいね。君、高野のペットなんでしょ?
律がウトウトし始めたところで、長谷川が声をかけてきた。
朦朧としていて意味もよくわからないまま、律はぼんやりと目を開ける。
まるでキスするほどの距離に男の顔があり、律は思わず両手で押しのけた。
勢いで点滴の針が腕から外れたが、長谷川は頓着する様子もなかった。

高野は親戚のコなんて言ってたけど、バレバレだよ。
手首や足首が傷だらけなのは、そういうプレイを楽しんだんでしょ?
長谷川は悪戯っぽく笑うと、律の首筋に両手をかけた。
まるで首をしめられるようなポーズに、律の背筋に鳥肌が立つ。
だが長谷川は「これは首輪の痕だね」と言いながら、律の首筋をなでていた。

ねぇ、俺の恋人にならない?
長谷川は唐突に、そして無邪気にそう言った。
まるでお茶にでも誘うようなあまりにも軽い口調に、律はとまどう。
もしかして何かの冗談なのだろうか?

そんなに驚かないで。一目惚れしたんだよ。君みたいなかわいいコ、タイプなんだ。
律はようやくこの男の言いたいことがわかった。
アプローチが妙だったものの、この男は律に告白をしているのだ。
律は長谷川を見上げながら「ごめんなさい」と小さく答えた。
長谷川はまったく怯むこともなく「やっと声が聞けた」と笑う。

高野にはちゃんと話をつけるよ。
金銭的に買われてるんなら、肩代わりしてもいい。
俺ならこんな怪我はさせないし、こんな高熱を出すまで抱いたりなんかしない。
優しくするし、大事にするよ。
長谷川は甘い口説き文句を並べながら、唇を重ねようとする。
その瞬間、律の頭に浮かんだのは高野の顔だった。
気がつくと律は反射的に、長谷川の身体を突き飛ばしていた。

*****

キスは高野さんとじゃなきゃ嫌だ。
長谷川の唇が触れそうになったとき、律は咄嗟にそう思い、そう思った自分に動揺した。
単に高野に快楽を教え込まれたから、そう思うだけなのかもしれない。
高野との間にあるのは決して恋愛ではなく、理不尽な主従関係だ。
でもなぜかキスもそれ以上の行為も、許せるのは高野だけだ。
その気持ちだけは本当だと思うし、いくら考えても揺らがない。

ごめんなさい。俺、長谷川さんの恋人にはなれません。
律はヨロヨロと身体を起こしながら、そう言った。
上半身を起こしただけで、息が乱れるほど身体は弱っている。
だが突き飛ばすという形で告白をことわったのだ。
その上でここで高野を待つほどの神経は持ち合わせていない。

本当にすみません。失礼しました。
律はフラフラしながらベットを降りて、頭を下げた。
高野の迎えを外で待とうと思ったのだ。
どうにかドアの外に出るくらいはできそうだ。

帰さないよ。
診察室のドアを開けて外に出ようとした瞬間、背後から長谷川が抱きついてきた。
危険を感じた律が暴れようとするが、そんな体力は残されていない。
せめてもの抵抗に大声で叫ぼうとしたが、それすら無理だった。
弱々しく「助けて」というのが精一杯だ。

いくらでも泣き叫べばいい。誰もいないけど。
長谷川がやすやすと律を押さえ込み、口元に白い布を押し当てる。
甘いハーブのような香りと共に、律は意識を失った。

恋人にしようと思ったけど、そんなに嫌なら仕方ない。
高野から正式にペットとしてもらい受けることにするよ。
長谷川はポツリとそう呟くと、力が抜けた律の身体を抱き上げてベットへ戻す。
そして律の髪をサラサラとなでながら、唇を歪めた。

【続く】
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