艶めいた5題
【濡れた唇、覗く舌】
黒髪の秀麗な青年が、上質なソファに腰掛けている。
その横には茶色の髪の小柄で可愛らしい青年が、ぴったりと寄り添うように座っていた。
2人とも綺麗な顔立ちなので、こんな2人が並ぶとまるで芸術的な絵画のようだった。
やがて黒髪の青年が身を乗り出し、茶髪の青年を抱き寄せる。
2人が身体を捻って、向かい合うような形になった。
黒髪の青年は、目の前の茶色の髪をなでながら、首元の髪をそっと後ろに払いのける。
そしていきなり細い首筋に顔を埋めて、歯を立てた。
「あっ。。。」
茶色の髪の青年が声を漏らす。
以前はこの痛みに慣れなくて、最初は苦痛の声だった。
だが今は違う。
主に血を飲まれると思うだけで、身体の芯が熱くなる。
だから唇が首筋に触れただけで、もう感じてしまうのだ。
「ああっ。。。」
茶髪の青年が腕を回して、黒髪の青年の背中に手を回した。
黒髪の青年がゴクリと喉を鳴らして、血を味わっている。
茶髪の青年の緑色の瞳が、うっとりと艶を含みながら潤んでいる。
こうして彼のものになり、彼にその血の一滴まで捧げる。
そう思うだけで嬉しくて、この上なく幸せなのだ。
*****
羽鳥芳雪は、目の前の光景を無言で見つめていた。
懸命に冷静を装っているものの、どうにも落ち着かない。
吸血鬼や「伴侶」の知り合いはいるが、こうして血を飲んでいる光景は初めて見た。
ここは黒髪の吸血鬼、高野政宗とその「伴侶」である律が滞在するホテルの一室だ。
都心の一流有名ホテルの最上階のスウィートルーム。
吸血鬼と「伴侶」は、転々と住処を変える。
歳を取らないので、1つの場所に長く暮らすとどうしても奇妙な目で見られるからだ。
今の高野と律は、他の2組の吸血鬼と「伴侶」と一緒にここに滞在している。
そのリビングのソファで、羽鳥は高野の「食事」を見ていたのだ。
吸血鬼を見れば、肉食獣が獲物を貪っているようにも見える。
だが「伴侶」を見ると、神に仕える殉教者のようにも見える。
それでいてまるで性行為のように、2人とも艶っぽいのだ。
ホテルの高級スウィートルームなどという非日常空間であるせいもあるだろう。
羽鳥はチラリと隣に座る吉野を見た。
吉野もまたすっかりと目の前の行為に当てられてしまっていた。
顔を赤くして、それでもからみあう2人から目が離せない。
律の濡れた唇とそこから覗く舌が艶かしい。
その姿が一瞬吉野と重なったように見えて、羽鳥は動揺した。
柳瀬は10年以上も前から、吉野に「伴侶」になって欲しいと求愛している。
もし吉野がそれを受け入れたら、吉野も柳瀬とこうしてからみ合うのだろう。
*****
羽鳥の表向きの職業は、会社員だ。
「エメラルド企画」という調査会社の調査員。
それが羽鳥の肩書きだった。
だが「エメラルド企画」などという会社は実在していない。
実際は吸血鬼などの魔物と人間が共存するための組織に所属していた。
羽鳥自身は吸血鬼でも魔物でもなく、普通の人間だ。
だが普通の人間よりも霊力が強い。
人外の者たちが発する魔力を封印する力を持っていた。
羽鳥の両親もそういう力を持っており、どうやら遺伝のようだった。
高校を卒業するとき、組織から勧誘が来た。
いわゆるスカウトだ。
だがその時の羽鳥は大学進学を決めており、組織に入る気などなかった。
羽鳥の転機は、高校卒業間近に吉野から受けた相談事だった。
柳瀬が吸血鬼であること。
そしてその柳瀬から「伴侶」になって欲しいと請われたこと。
羽鳥は驚き、そして動揺した。
柳瀬が吸血鬼であるということは気付いていた。
だがずっと好きだった吉野千秋が、吸血鬼の「伴侶」になるなんて。
羽鳥は「賛成できない」と答えた。
そして自分がいいと言うまでは、柳瀬の「伴侶」にならないで欲しいと頼んだ。
大学進学を取り止めて、組織へ入ることにした。
吉野が柳瀬の「伴侶」になっても、組織にいればずっとその動向を監視できるからだ。
それから10年余り、魔物と人間の仲介者として様々なトラブルに対応した。
吸血鬼たちには名を知られる存在になったし、仲介者としても1人前になれたと思う。
ついに羽鳥は、答えを出すことにした。
*****
「吸血鬼の『伴侶』っていうのがどういうもんか、教えてやろうか?」
羽鳥にそれを言い出したのは、吸血鬼の高野政宗だった。
見てくれは若いが、もう何百年も生きている。
羽鳥の悩みを知った高野は、そう言ったのだ。
「教えるって?どうするんだ?」
「俺が血を飲んでるトコを見せてやる。その後に律と話をさせてみればいい。」
「はぁぁ?アンタの食事風景を見て、どうするんだよ。」
「見るだけだ。見ればわかるさ。吸血鬼の『伴侶』っていうのがどういうものか」
高野は迷っている吉野に、高野が律の血を飲むのを見せてやればいいと言う。
その上で律と話をさせれば、吉野の迷いも吹っ切れると。
だからこうして吉野を連れて、高野たちの部屋に来たのだ。
そして高野が律の血を飲む様子を見せた。
半信半疑だった羽鳥も、実際にその光景を見てその意味がわかった。
吸血鬼の「伴侶」は主である吸血鬼に、身も心も全て捧げるのだ。
家族も友人も全て捨てて、主の吸血鬼だけを永遠に愛し続ける。
その対価として死なない、永遠に歳を取らない身体になる。
そして吸血鬼に愛されて、美しく輝く。
逆に言えば、その覚悟がないのなら「伴侶」になるべきではない。
柳瀬にそこまで捧げられるのか。
吉野はそれを決断しなくてはいけない。
*****
「んっ、ふっ」
ひときわ強く、高野が律の血を吸い上げる。
それをゴクリと飲み下すと、高野は律にくちづけた。
重なる2人の濡れた唇、覗く舌は怪しく絡み合っている。
律が目を閉じる瞬間、こちらを見た。
妖しく美しい緑の瞳が、吉野を、そして羽鳥を見る。
だがすぐに律はその目を閉じてしまった。
一気に大量の血を失ったせいで、貧血状態になり意識を失ったのだ。
「悪い、加減するつもりだったんだが。」
高野はちっとも悪いと思っていないような口調でそう言った。
本当はこの後、吉野と律に話をさせるつもりだったのだ。
だが高野が手加減抜きで血を吸ったせいで、律は眠ってしまった。
こうなってしまえば数時間は目を覚まさない。
高野は羽鳥と吉野の目の前で、ぐったりと眠る律を抱きしめている。
羽鳥と吉野に見られているというのに、恥ずかしげもなく、律の髪を手で梳き、頬をなでる。
律は先程までの艶っぽい様子は消えうせ、すっかり幼子のような寝顔になっていた。
愛して、信じて、何をされても許し、全てを預けている。
吸血鬼の「伴侶」とは、こんなにもかわいい生き物なのだ。
「俺、この人と話がしたい。」
吉野が高野の腕の中の律を見ながら、そう言った。
高野に血を吸われる律に、吉野はショックを受けたようだ。
だがそれだけではない。
吉野なりにきちんと考えて、結論を出そうとしているのだろう。
それならば羽鳥は、それに従うだけだ。
たとえ吉野が不老不死の「伴侶」になっても、見守り続けるだろう。
ひっそりと、でも命が続く限りずっと。
それが羽鳥の愛の形だ。
【続く】
黒髪の秀麗な青年が、上質なソファに腰掛けている。
その横には茶色の髪の小柄で可愛らしい青年が、ぴったりと寄り添うように座っていた。
2人とも綺麗な顔立ちなので、こんな2人が並ぶとまるで芸術的な絵画のようだった。
やがて黒髪の青年が身を乗り出し、茶髪の青年を抱き寄せる。
2人が身体を捻って、向かい合うような形になった。
黒髪の青年は、目の前の茶色の髪をなでながら、首元の髪をそっと後ろに払いのける。
そしていきなり細い首筋に顔を埋めて、歯を立てた。
「あっ。。。」
茶色の髪の青年が声を漏らす。
以前はこの痛みに慣れなくて、最初は苦痛の声だった。
だが今は違う。
主に血を飲まれると思うだけで、身体の芯が熱くなる。
だから唇が首筋に触れただけで、もう感じてしまうのだ。
「ああっ。。。」
茶髪の青年が腕を回して、黒髪の青年の背中に手を回した。
黒髪の青年がゴクリと喉を鳴らして、血を味わっている。
茶髪の青年の緑色の瞳が、うっとりと艶を含みながら潤んでいる。
こうして彼のものになり、彼にその血の一滴まで捧げる。
そう思うだけで嬉しくて、この上なく幸せなのだ。
*****
羽鳥芳雪は、目の前の光景を無言で見つめていた。
懸命に冷静を装っているものの、どうにも落ち着かない。
吸血鬼や「伴侶」の知り合いはいるが、こうして血を飲んでいる光景は初めて見た。
ここは黒髪の吸血鬼、高野政宗とその「伴侶」である律が滞在するホテルの一室だ。
都心の一流有名ホテルの最上階のスウィートルーム。
吸血鬼と「伴侶」は、転々と住処を変える。
歳を取らないので、1つの場所に長く暮らすとどうしても奇妙な目で見られるからだ。
今の高野と律は、他の2組の吸血鬼と「伴侶」と一緒にここに滞在している。
そのリビングのソファで、羽鳥は高野の「食事」を見ていたのだ。
吸血鬼を見れば、肉食獣が獲物を貪っているようにも見える。
だが「伴侶」を見ると、神に仕える殉教者のようにも見える。
それでいてまるで性行為のように、2人とも艶っぽいのだ。
ホテルの高級スウィートルームなどという非日常空間であるせいもあるだろう。
羽鳥はチラリと隣に座る吉野を見た。
吉野もまたすっかりと目の前の行為に当てられてしまっていた。
顔を赤くして、それでもからみあう2人から目が離せない。
律の濡れた唇とそこから覗く舌が艶かしい。
その姿が一瞬吉野と重なったように見えて、羽鳥は動揺した。
柳瀬は10年以上も前から、吉野に「伴侶」になって欲しいと求愛している。
もし吉野がそれを受け入れたら、吉野も柳瀬とこうしてからみ合うのだろう。
*****
羽鳥の表向きの職業は、会社員だ。
「エメラルド企画」という調査会社の調査員。
それが羽鳥の肩書きだった。
だが「エメラルド企画」などという会社は実在していない。
実際は吸血鬼などの魔物と人間が共存するための組織に所属していた。
羽鳥自身は吸血鬼でも魔物でもなく、普通の人間だ。
だが普通の人間よりも霊力が強い。
人外の者たちが発する魔力を封印する力を持っていた。
羽鳥の両親もそういう力を持っており、どうやら遺伝のようだった。
高校を卒業するとき、組織から勧誘が来た。
いわゆるスカウトだ。
だがその時の羽鳥は大学進学を決めており、組織に入る気などなかった。
羽鳥の転機は、高校卒業間近に吉野から受けた相談事だった。
柳瀬が吸血鬼であること。
そしてその柳瀬から「伴侶」になって欲しいと請われたこと。
羽鳥は驚き、そして動揺した。
柳瀬が吸血鬼であるということは気付いていた。
だがずっと好きだった吉野千秋が、吸血鬼の「伴侶」になるなんて。
羽鳥は「賛成できない」と答えた。
そして自分がいいと言うまでは、柳瀬の「伴侶」にならないで欲しいと頼んだ。
大学進学を取り止めて、組織へ入ることにした。
吉野が柳瀬の「伴侶」になっても、組織にいればずっとその動向を監視できるからだ。
それから10年余り、魔物と人間の仲介者として様々なトラブルに対応した。
吸血鬼たちには名を知られる存在になったし、仲介者としても1人前になれたと思う。
ついに羽鳥は、答えを出すことにした。
*****
「吸血鬼の『伴侶』っていうのがどういうもんか、教えてやろうか?」
羽鳥にそれを言い出したのは、吸血鬼の高野政宗だった。
見てくれは若いが、もう何百年も生きている。
羽鳥の悩みを知った高野は、そう言ったのだ。
「教えるって?どうするんだ?」
「俺が血を飲んでるトコを見せてやる。その後に律と話をさせてみればいい。」
「はぁぁ?アンタの食事風景を見て、どうするんだよ。」
「見るだけだ。見ればわかるさ。吸血鬼の『伴侶』っていうのがどういうものか」
高野は迷っている吉野に、高野が律の血を飲むのを見せてやればいいと言う。
その上で律と話をさせれば、吉野の迷いも吹っ切れると。
だからこうして吉野を連れて、高野たちの部屋に来たのだ。
そして高野が律の血を飲む様子を見せた。
半信半疑だった羽鳥も、実際にその光景を見てその意味がわかった。
吸血鬼の「伴侶」は主である吸血鬼に、身も心も全て捧げるのだ。
家族も友人も全て捨てて、主の吸血鬼だけを永遠に愛し続ける。
その対価として死なない、永遠に歳を取らない身体になる。
そして吸血鬼に愛されて、美しく輝く。
逆に言えば、その覚悟がないのなら「伴侶」になるべきではない。
柳瀬にそこまで捧げられるのか。
吉野はそれを決断しなくてはいけない。
*****
「んっ、ふっ」
ひときわ強く、高野が律の血を吸い上げる。
それをゴクリと飲み下すと、高野は律にくちづけた。
重なる2人の濡れた唇、覗く舌は怪しく絡み合っている。
律が目を閉じる瞬間、こちらを見た。
妖しく美しい緑の瞳が、吉野を、そして羽鳥を見る。
だがすぐに律はその目を閉じてしまった。
一気に大量の血を失ったせいで、貧血状態になり意識を失ったのだ。
「悪い、加減するつもりだったんだが。」
高野はちっとも悪いと思っていないような口調でそう言った。
本当はこの後、吉野と律に話をさせるつもりだったのだ。
だが高野が手加減抜きで血を吸ったせいで、律は眠ってしまった。
こうなってしまえば数時間は目を覚まさない。
高野は羽鳥と吉野の目の前で、ぐったりと眠る律を抱きしめている。
羽鳥と吉野に見られているというのに、恥ずかしげもなく、律の髪を手で梳き、頬をなでる。
律は先程までの艶っぽい様子は消えうせ、すっかり幼子のような寝顔になっていた。
愛して、信じて、何をされても許し、全てを預けている。
吸血鬼の「伴侶」とは、こんなにもかわいい生き物なのだ。
「俺、この人と話がしたい。」
吉野が高野の腕の中の律を見ながら、そう言った。
高野に血を吸われる律に、吉野はショックを受けたようだ。
だがそれだけではない。
吉野なりにきちんと考えて、結論を出そうとしているのだろう。
それならば羽鳥は、それに従うだけだ。
たとえ吉野が不老不死の「伴侶」になっても、見守り続けるだろう。
ひっそりと、でも命が続く限りずっと。
それが羽鳥の愛の形だ。
【続く】