呪文っぽい7台詞
【後日談 これが私の生きる道(後編)】
「それでは皆さん、またお会いしましょう!」
「おやすみなさい。いい夢見てくださいね!」
雪名が軽快な声で締めくくると、律もしめの挨拶を口にした。
そこで音楽も終わり、スタジオ内に「お疲れ様!」と声が響いた。
雪名はとあるアニメのPRの一環で、Webラジオの収録をしていた。
主役の雪名はメインのパーソナリティを務める。
そしてゲストとして、アニメに出演する声優が毎回交代でゲストとして出演する。
今回のゲストは、織田律だった。
今回のアニメの共演者に織田律の名前を見つけたことで、実は雪名はホッとしていた。
なぜなら恋人の木佐が、律のことを気にしていたからだ。
以前律の仕事の仕方について、声優の吉川千春がややキツい言葉を浴びせたらしい。
木佐はその場に居合わせたが、特に何も言わなかった。
その後律は、なぜか事務所を移籍し、アニメの仕事が激減した。
そのことについて、木佐は責任を感じてしまっている。
だからこうして律がまたアニメに出るのが、雪名もなんだか嬉しかったりするのだ。
「織田さんって、ラジオでもキャラ設定なんですね!」
収録が終わるなり、雪名は感嘆の声を上げた。
律は控え目に頷きながら「ええ、まぁ」と答える。
声優はアニメのキャラを演じる時は、少なからず声を作っている。
例えば学生など若い役なら高めになるし、シリアスな役なら低くトーンを落とす。
でもWebラジオの場合は、無防備な地声になる場合が多い。
律は一貫して、アニメで演じるキャラの声を作っていた。
冒頭に名乗る時も「織田律」ではなく、キャラの名前を名乗っていた。
会話も本来の律ではなく、完全にキャラの言葉遣いで、キャラが言いそうなことを喋った。
あまりの徹底ぶりに、雪名もスタッフももう呆れるを通り越して、感動すら覚えるほどだ。
「相変わらず、織田さんは声優は顔を出すべきじゃないって持論なんですね。」
「ええ。時代に逆行しているのはわかってるんですけど。」
律は何となく言い難そうに、そう答えた。
もしかして雪名に不愉快な思いをさせると考えているのかもしれない。
律のスタンスは、下手をすれば現在の声優の仕事の仕方そのものを否定するものだ。
しかもそれで吉野や木佐とちょっとしたトラブルになったわけでもある。
だからこそ雪名は、言わずにはいられなかった。
「織田さん、すごくカッコいいですよ!」
「・・・え?」
「いいじゃないっすか。自分のスタイルを貫くって!」
「でもあまりみんなにいい顔はされません。」
「関係ないっすよ。俺のスタンスとは真逆だけど、織田さんのやり方もありだと思います!」
雪名は心の底からそう思ったのだ。
このアニメでも、律は顔が出るイベントは出ない。
そしてWebラジオでは、あくまでアニメのキャラとして出演する。
もうここまでくれば、いっそ見事という他はないだろう。
「そう言っていただけると、ホッとします。」
律は雪名のテンションに押されながら、苦笑した。
それを見た雪名は、はやく仕事を終わらせて帰りたいと思う。
通い同棲中の恋人に頑張っている律のことを知らせてやれば、きっとホッとするだろう。
*****
「ったく、何でそんな仕事、取って来るんだよ!」
律は小声でブツブツと文句を言っていた。
だが実は相手に聞こえるように、喋っている。
律は事務所に来ていた。
マネージャーから仕事の予定表を受け取るためだ。
新しい事務所は、月末にマネージャーから次の月の予定を渡されることになっている。
はっきり言って、きっちりとこの通りに仕事が進むわけではない。
間際に飛び込んでくる仕事もあるし、変更もある。
だが月末に事務所に顔を出して、マネージャーから予定表を手渡しで受け取る決まりだ。
そうすることで事務所と声優がちゃんとコミュニケーションできるのだという。
前の事務所では、予定はメールで知らされていた律には、かなり新鮮だ。
「ほら、今月の予定表。」
マネージャーの横澤から予定を受け取った律は、さっそくその場で目を通す。
そして来月下旬に書かれた1文を見て「え?」と声を上げた。
律が久しぶりに主役を務めるあるアニメのファンイベント。
そして下に「声優は全員、キャラのコスプレ」と注意書きされていた。
「キャラのコスプレ~!?」
「メイクして、カツラつけて、キャラによせるそうだ。そうすればお前の顔もよくわからんだろ。」
横澤はまったく表情も変えずに、そう言った。
律は呆然としたまま、口をパクパクと動かすが、声にならない。
20代後半、いい歳の男が10代のキャラのコスプレ。
これって相当気持ち悪いことになるんじゃなかろうか?
「主役なんだ。これくらいやれよ。」
だが横澤は勝ち誇ったように、そう宣言した。
確かに顔は極力出したくないと言ったが、これはこれで気が進まない。
だが選択の余地はないこともわかっていた。
なるべく顔を出さないで、できればアニメをやりたい。
そんな律の希望を叶えるために、横澤は苦労しているのは知っている。
それにもうキャストもイベントも発表されていることであり、今更ことわるとあちこちに迷惑がかかる。
「ったく、何でそんな仕事、取って来るんだよ!」
律は小声でブツブツと文句を言っていた。
だが実は相手に聞こえるように、喋っている。
せめてこのくらいは、意趣返しさせてほしい。
「今回の作品ではもう顔が出ないようにする。だからその辺で妥協しろ。」
横澤の声が少しだけ柔らかくなった。
移籍したばかりのとき、初めて横澤をマネージャーだと紹介された時の第一印象は「怖い」だ。
身体も大きいし、態度もデカいし、顔もクマ顔。
とにかく威圧感が半端じゃない。
だが実際に仕事をしてみると、有能なマネージャーなのだとわかる。
前の事務所では、顔出しNGではアニメでいい役なんか取れないと言われた。
だが横澤はこうして主役を持って来た。
たとえコスプレという苦行を差し引いても、これは評価すべきだろう。
「まぁ、役になりきって頑張りますよ。」
律はやや大げさに肩を落として、そう答えた。
やはりコスプレは嫌なのだという最後の自己主張だ。
*****
何だかんだで楽しそうじゃないか。
高野は目を細めながら、ステージ上の恋人を見守っていた。
今日はとあるアニメのファンイベントだ。
出演する声優全員が、アニメキャラのコスプレをして、ステージに上がる。
トークショーや、アニメシーンをコスプレ姿で実演し、ミュージカル張りに歌ったりする。
主役の声優は、織田律だ。
その恋人である声優、高野は客席の最後尾にいた。
今回、高野はこのアニメには出演しない。
だが律のコスプレ姿は何としても見たかった。
こんなときはどうするか、考える必要はない。
高野は何もしなくていいのだ。
なぜなら高野も律も、同じマネージャーに仕事の管理を任せているのだ。
2人の交際も知っている横澤は、この日高野の仕事を休みにしていた。
その上、アニメのスタッフに話をつけて、高野も客席に入れるように手配済みだ。
持つべきものは、敏腕マネージャーだ。
「ようこそ、皆さん!お越しいただき、ありがとうございます!」
主役である律の第一声と共に、ステージの幕が開く。
そして現れたのは、キャラのコスプレをした声優たちだ。
例えばスポーツもののアニメのイベントで、声優がユニフォームを着ている程度のコスプレはよくある。
だが今回はかなり手が込んでいた。
キャラと同じカツラと衣装をつけて、顔も元がわからないほどキャラに似せたメイクをしている。
ここまでの完成度のコスプレは、かなり珍しいだろう。
ホールに満員のファンからは「きゃああ」と黄色い歓声が上がった。
横澤、やるなぁ。
高野は舞台上で生き生きと動く律を見ながら、微笑した。
これはおそらく横澤がアニメの制作サイドに持ち掛けたイベントだ。
顔出しNGの律をイベントに出すための苦肉の策だ。
だが客席は大いに盛り上がっているし、声優たちも楽しそうだ。
横澤は単に律の希望を叶えるためだけに動いているわけではない。
律は高屋敷の作品に出演したことで、かなりファンが増えた。
そして今、露出が減ったことで、律のファンにとってこういうイベントは貴重だ。
さらにこうして思い出したようにイベントに出ることで、生の律のレア感が増している。
横澤はこれからもたまに律本人が出る仕事を入れるだろう。
だが顔の印象はあまり残らないような形にする。
こうして顔の露出を減らすことによって、律の価値を上げていく目論見なのだ。
それを律本人に気付かれないようにやるあたりが、さすがだ。
何だかんだで楽しそうじゃないか。
高野は目を細めながら、ステージ上の恋人を見守っていた。
残念ながら、このイベントは撮影禁止だ。
だが後で横澤に言って、写真を取り寄せさせよう。
そんなことを考えていた高野だが、愉快なだけでは終わらなかった。
イベントは進み、アニメの中のシーンをコスプレ姿の声優たちが演じている。
ヒロイン役の声優が「好き」と告げて、律の胸に飛び込んだのだ。
律は彼女をそっと抱き留めて「僕もだよ」と答えている。
ここで黄色い声は最高潮になったが、高野の顔は引きつった。
今夜はお仕置きと称して、とことんやってやる。
高野は不埒な妄想をしながら、ステージを見ていた。
律は完全にアニメのキャラになりきり、ファンに夢を振りまいている。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
「それでは皆さん、またお会いしましょう!」
「おやすみなさい。いい夢見てくださいね!」
雪名が軽快な声で締めくくると、律もしめの挨拶を口にした。
そこで音楽も終わり、スタジオ内に「お疲れ様!」と声が響いた。
雪名はとあるアニメのPRの一環で、Webラジオの収録をしていた。
主役の雪名はメインのパーソナリティを務める。
そしてゲストとして、アニメに出演する声優が毎回交代でゲストとして出演する。
今回のゲストは、織田律だった。
今回のアニメの共演者に織田律の名前を見つけたことで、実は雪名はホッとしていた。
なぜなら恋人の木佐が、律のことを気にしていたからだ。
以前律の仕事の仕方について、声優の吉川千春がややキツい言葉を浴びせたらしい。
木佐はその場に居合わせたが、特に何も言わなかった。
その後律は、なぜか事務所を移籍し、アニメの仕事が激減した。
そのことについて、木佐は責任を感じてしまっている。
だからこうして律がまたアニメに出るのが、雪名もなんだか嬉しかったりするのだ。
「織田さんって、ラジオでもキャラ設定なんですね!」
収録が終わるなり、雪名は感嘆の声を上げた。
律は控え目に頷きながら「ええ、まぁ」と答える。
声優はアニメのキャラを演じる時は、少なからず声を作っている。
例えば学生など若い役なら高めになるし、シリアスな役なら低くトーンを落とす。
でもWebラジオの場合は、無防備な地声になる場合が多い。
律は一貫して、アニメで演じるキャラの声を作っていた。
冒頭に名乗る時も「織田律」ではなく、キャラの名前を名乗っていた。
会話も本来の律ではなく、完全にキャラの言葉遣いで、キャラが言いそうなことを喋った。
あまりの徹底ぶりに、雪名もスタッフももう呆れるを通り越して、感動すら覚えるほどだ。
「相変わらず、織田さんは声優は顔を出すべきじゃないって持論なんですね。」
「ええ。時代に逆行しているのはわかってるんですけど。」
律は何となく言い難そうに、そう答えた。
もしかして雪名に不愉快な思いをさせると考えているのかもしれない。
律のスタンスは、下手をすれば現在の声優の仕事の仕方そのものを否定するものだ。
しかもそれで吉野や木佐とちょっとしたトラブルになったわけでもある。
だからこそ雪名は、言わずにはいられなかった。
「織田さん、すごくカッコいいですよ!」
「・・・え?」
「いいじゃないっすか。自分のスタイルを貫くって!」
「でもあまりみんなにいい顔はされません。」
「関係ないっすよ。俺のスタンスとは真逆だけど、織田さんのやり方もありだと思います!」
雪名は心の底からそう思ったのだ。
このアニメでも、律は顔が出るイベントは出ない。
そしてWebラジオでは、あくまでアニメのキャラとして出演する。
もうここまでくれば、いっそ見事という他はないだろう。
「そう言っていただけると、ホッとします。」
律は雪名のテンションに押されながら、苦笑した。
それを見た雪名は、はやく仕事を終わらせて帰りたいと思う。
通い同棲中の恋人に頑張っている律のことを知らせてやれば、きっとホッとするだろう。
*****
「ったく、何でそんな仕事、取って来るんだよ!」
律は小声でブツブツと文句を言っていた。
だが実は相手に聞こえるように、喋っている。
律は事務所に来ていた。
マネージャーから仕事の予定表を受け取るためだ。
新しい事務所は、月末にマネージャーから次の月の予定を渡されることになっている。
はっきり言って、きっちりとこの通りに仕事が進むわけではない。
間際に飛び込んでくる仕事もあるし、変更もある。
だが月末に事務所に顔を出して、マネージャーから予定表を手渡しで受け取る決まりだ。
そうすることで事務所と声優がちゃんとコミュニケーションできるのだという。
前の事務所では、予定はメールで知らされていた律には、かなり新鮮だ。
「ほら、今月の予定表。」
マネージャーの横澤から予定を受け取った律は、さっそくその場で目を通す。
そして来月下旬に書かれた1文を見て「え?」と声を上げた。
律が久しぶりに主役を務めるあるアニメのファンイベント。
そして下に「声優は全員、キャラのコスプレ」と注意書きされていた。
「キャラのコスプレ~!?」
「メイクして、カツラつけて、キャラによせるそうだ。そうすればお前の顔もよくわからんだろ。」
横澤はまったく表情も変えずに、そう言った。
律は呆然としたまま、口をパクパクと動かすが、声にならない。
20代後半、いい歳の男が10代のキャラのコスプレ。
これって相当気持ち悪いことになるんじゃなかろうか?
「主役なんだ。これくらいやれよ。」
だが横澤は勝ち誇ったように、そう宣言した。
確かに顔は極力出したくないと言ったが、これはこれで気が進まない。
だが選択の余地はないこともわかっていた。
なるべく顔を出さないで、できればアニメをやりたい。
そんな律の希望を叶えるために、横澤は苦労しているのは知っている。
それにもうキャストもイベントも発表されていることであり、今更ことわるとあちこちに迷惑がかかる。
「ったく、何でそんな仕事、取って来るんだよ!」
律は小声でブツブツと文句を言っていた。
だが実は相手に聞こえるように、喋っている。
せめてこのくらいは、意趣返しさせてほしい。
「今回の作品ではもう顔が出ないようにする。だからその辺で妥協しろ。」
横澤の声が少しだけ柔らかくなった。
移籍したばかりのとき、初めて横澤をマネージャーだと紹介された時の第一印象は「怖い」だ。
身体も大きいし、態度もデカいし、顔もクマ顔。
とにかく威圧感が半端じゃない。
だが実際に仕事をしてみると、有能なマネージャーなのだとわかる。
前の事務所では、顔出しNGではアニメでいい役なんか取れないと言われた。
だが横澤はこうして主役を持って来た。
たとえコスプレという苦行を差し引いても、これは評価すべきだろう。
「まぁ、役になりきって頑張りますよ。」
律はやや大げさに肩を落として、そう答えた。
やはりコスプレは嫌なのだという最後の自己主張だ。
*****
何だかんだで楽しそうじゃないか。
高野は目を細めながら、ステージ上の恋人を見守っていた。
今日はとあるアニメのファンイベントだ。
出演する声優全員が、アニメキャラのコスプレをして、ステージに上がる。
トークショーや、アニメシーンをコスプレ姿で実演し、ミュージカル張りに歌ったりする。
主役の声優は、織田律だ。
その恋人である声優、高野は客席の最後尾にいた。
今回、高野はこのアニメには出演しない。
だが律のコスプレ姿は何としても見たかった。
こんなときはどうするか、考える必要はない。
高野は何もしなくていいのだ。
なぜなら高野も律も、同じマネージャーに仕事の管理を任せているのだ。
2人の交際も知っている横澤は、この日高野の仕事を休みにしていた。
その上、アニメのスタッフに話をつけて、高野も客席に入れるように手配済みだ。
持つべきものは、敏腕マネージャーだ。
「ようこそ、皆さん!お越しいただき、ありがとうございます!」
主役である律の第一声と共に、ステージの幕が開く。
そして現れたのは、キャラのコスプレをした声優たちだ。
例えばスポーツもののアニメのイベントで、声優がユニフォームを着ている程度のコスプレはよくある。
だが今回はかなり手が込んでいた。
キャラと同じカツラと衣装をつけて、顔も元がわからないほどキャラに似せたメイクをしている。
ここまでの完成度のコスプレは、かなり珍しいだろう。
ホールに満員のファンからは「きゃああ」と黄色い歓声が上がった。
横澤、やるなぁ。
高野は舞台上で生き生きと動く律を見ながら、微笑した。
これはおそらく横澤がアニメの制作サイドに持ち掛けたイベントだ。
顔出しNGの律をイベントに出すための苦肉の策だ。
だが客席は大いに盛り上がっているし、声優たちも楽しそうだ。
横澤は単に律の希望を叶えるためだけに動いているわけではない。
律は高屋敷の作品に出演したことで、かなりファンが増えた。
そして今、露出が減ったことで、律のファンにとってこういうイベントは貴重だ。
さらにこうして思い出したようにイベントに出ることで、生の律のレア感が増している。
横澤はこれからもたまに律本人が出る仕事を入れるだろう。
だが顔の印象はあまり残らないような形にする。
こうして顔の露出を減らすことによって、律の価値を上げていく目論見なのだ。
それを律本人に気付かれないようにやるあたりが、さすがだ。
何だかんだで楽しそうじゃないか。
高野は目を細めながら、ステージ上の恋人を見守っていた。
残念ながら、このイベントは撮影禁止だ。
だが後で横澤に言って、写真を取り寄せさせよう。
そんなことを考えていた高野だが、愉快なだけでは終わらなかった。
イベントは進み、アニメの中のシーンをコスプレ姿の声優たちが演じている。
ヒロイン役の声優が「好き」と告げて、律の胸に飛び込んだのだ。
律は彼女をそっと抱き留めて「僕もだよ」と答えている。
ここで黄色い声は最高潮になったが、高野の顔は引きつった。
今夜はお仕置きと称して、とことんやってやる。
高野は不埒な妄想をしながら、ステージを見ていた。
律は完全にアニメのキャラになりきり、ファンに夢を振りまいている。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
10/10ページ