呪文っぽい7台詞
【来たれ鋼鉄の支配者】
「来たれ鋼鉄の支配者!」
思い切り声を張ると、確かな手ごたえを感じた。
監督である高屋敷が頷いている。
何よりも高屋敷の隣に座る律が、唖然としているのが愉快だった。
嵯峨政宗こと高野政宗は、オーディション会場にいた。
最近話題のあの名作アニメが、新進気鋭の監督、高屋敷の手によってリメイクされる。
高野はそのオーディションを受けに来たのだった。
律は監督から名指しで、主役のオファーを受けていた。
もちろん純粋に律の実力を評価してということではない。
話題性が最優先だ。
オリジナルの主役を演じた大人気声優の息子。
律は積極的に公表するつもりはないようだが、絶対にバレる。
何しろ律は、声も顔立ちも父親によく似ているのだから。
つまりプロフィールを一切公表していない謎の声優・織田律の素性が明らかになるということだ。
律はこの話に随分悩んだようだ。
声優は顔を出すべきではないという自分のポリシー。
そして七光りと言われても仕方がない自分の経歴。
それらと大作の主役というチャンスの間で、グラグラと揺れていた。
だがその間にだって、休んでいるわけにはいかない。
ちょこまかと仕事をこなしながら、またいろいろ考えたようだ。
顔を出して仕事をする声優仲間と話をして、思うところもあったのだろう。
迷いに迷った挙句、律はついに決断した。
この役を演じることを引き受けたのだ。
どっちに転んでもきっと「これでよかったのか」と迷うことになる。
それならばやって迷った方がいい。
高野にそんな報告をした律は、迷いのない表情をしていた。
*****
高野がオーディションを受けることにしたのは、その直後のことだ。
運がよかった。
実は律が主役を演じることを決めた時には、オーディションの日程は終了していたのだ。
だがたった1つだけ役が残っていた。
オーディションに来た声優の中に、イメージに合う者がいなかったそうだ。
完璧主義の監督、高屋敷は妥協せず、再度オーディションを開催することになった。
残った役は主人公たちが戦う悪の組織の首領、つまり敵役だ。
オリジナル作品の公開時にも、話題になった役だ。
それまでの「敵役は悪」という概念を、完全に覆した魅力あるキャラクター。
確か当時も主役と人気を二分していたような気がする。
この役が残ったことに、高野はどこか運命的なものを感じていた。
律演じる主役の青年と因縁を持つ敵役の青年。
主人公は最初は全然歯が立たず、ずっとこのキャラを倒すことを目標としている。
そして成長して力をつけ、最後には互角の戦いを繰り広げるのだ。
思えばずっと、高野は律の前を歩いている気がする。
だがこの辺で戦ってみるのも悪くない。
恋人として、声優として、対等な関係で力を尽くすのだ。
最後に残ったこの役のオーディションには、律も立ち会うと聞いている。
ならばいきなり現れて驚かしてやるのも、面白い。
どちらかと言えば、いつも高野の方が振り回されている。
それならこんなチャンスを逃す手はないだろう。
かくして高野は、オーディション会場で律と対峙する。
かわいい恋人の顔が心底驚いているのが、楽しくてならなかった。
*****
「まったく。聞いてないですよ。」
「ダチョウ倶楽部か」
オーディションの後、律は高野に駆け寄ってくると、文句を言う。
だが高野は冷静にツッコミを返した。
律を驚かすという企みが見事に成功したので上機嫌だった。
「おめでとうございます、と言うべきなんですよね。」
「何で?」
「俺のために無理をさせたのかなと思って。」
ちなみに高野は見事にオーディションに合格した。
それなのに律は浮かない表情だ。
その理由は高野のスケジュールにある。
人気声優の高野は、今でさえ何本も同時進行で仕事をこなしている。
この上こんな大作で重要な役が決まったら、ますます忙しくなるだろう。
「いいんだ。このアニメは好きだし、出られるもんなら出てみたいから。」
高野は微笑しながら、そう答えた。
それは嘘偽らざる高野の本音だ。
だが忙しいのも間違いなく、おそらく律が主役でなかったら諦めていただろう。
「大丈夫だ。しばらくは新しい仕事も受けないし」
高野は笑って、律の髪をクシャクシャとなでた。
だが律の表情は晴れなかった。
*****
「何だ?まだ何かあるのか?」
「俺が言うのも何ですが、政宗さんも利用されているかもしれませんよ。」
律は心配そうに顔を曇らせている。
だが高野は「そっちの方か」と苦笑した。
かつてBLアニメで、高野と律は恋人同士を演じている。
その2人が今回、敵同士の役を演じるのだ。
当然そのことに気付くファンもいるだろう。
逆にそれがきっかけで、今回の作品を見ようと思うファンもいるかもしれない。
あの高屋敷がそこに気がつかないはずはない。
むしろ積極的にそれを利用しようと考えるはずだ。
律は単に高野の身体のことを心配しているだけではない。
自分のせいで高野が余計なことに巻き込まれたのではないかと気にしているのだ。
「お前とのことがなくてもこの役は俺だ。誰よりも見事に演じられるからな。」
高野は律の杞憂を吹き飛ばすように、そう答えた。
心配してくれるのは嬉しいし、不安そうな上目使いで見つめられると萌える。
だがそれは高野にとって、瑣末な問題だった。
役は実力で取ったと思っているし、そうでないならその状況を逆に利用するだけだ。
むしろそんなことでかわいい恋人の表情を曇らせたくない。
「まったく羨ましいです。その自信。」
律は高野の不敵な笑顔を見ながら、苦笑した。
そして改めて「おめでとうございます」と頭を下げる。
まったくこういうところが高野の恋人は実に生真面目だ。
*****
「小野寺律さんと織田律さんは同じ方ですよね?」
「いえ。双子の兄弟です。」
インタビュアの質問に、律は臆することなく笑顔で答えていた。
高屋敷監督の新作アニメはいよいよ本格的に始動した。
収録と並行して、プロモーション活動も忙しい。
主役を演じる律は今回に限り、本名で仕事をすることにした。
そして今までが嘘のように顔を出すイベントにも参加している。
決まって聞かれるのは「織田律と小野寺律は同一人物か」という質問だ。
律がそれに対して「双子の兄弟」と答えるのもパターンになった。
嘘やごまかしではなく、律流のシャレだった。
声がそっくりだし「律」という名が同じなのだから、双子とはいえ別人などありえない。
今では関係者やファンにもすっかり浸透しており、この双子設定を楽しんでいる。
「この後はまた『織田律』に戻るのか?」
今日も収録とイベントで、高野と律はずっと一緒に仕事をした。
そして深夜、一緒に暮らすマンションに帰ると、入浴もそこそこにベットに倒れこむ。
残念ながら明日も早いので、今夜は早々に眠った方がいい。
それでも高野は未練がましく律の髪をなでながら、そう聞いた。
「ええ。もうウンザリです。やっぱり声優は顔を出すべきじゃないですね。」
「イベントでノリノリのくせによく言うぜ。」
「ノリノリに見せてるんですよ。政宗さんも誤魔化せているなら成功ですね。」
「でももう今回で顔、バレまくっただろ?」
「また隠れます。何年か沈黙すれば、みんな俺の顔なんか忘れてくれるでしょ。」
それはどうだろうか?と高野は思う。
ネットなどにプロフィールも画像もアップされるだろうし、元通りにはならないだろう。
だがきっと律はくじけない。
前向きに、声優の仕事を続けていくだろう。
ならば高野もするべきことは決まっている。
律の成長を見守り、律をずっと愛し続ける。
そして声優として、恋人として、恥じない自分でいることだ。
「政宗さん、明日が早いんで恐縮なんですが。」
ふと見ると、律が熱を含んだ瞳で高野を見つめていた。
まったくかわいい恋人は、貪欲でノリノリのようだ。
高野は「ムードねーなぁ」と文句を言いながら、律の唇に熱いキスを落とした。
【終】*本編はここまで。以降は番外編です*
「来たれ鋼鉄の支配者!」
思い切り声を張ると、確かな手ごたえを感じた。
監督である高屋敷が頷いている。
何よりも高屋敷の隣に座る律が、唖然としているのが愉快だった。
嵯峨政宗こと高野政宗は、オーディション会場にいた。
最近話題のあの名作アニメが、新進気鋭の監督、高屋敷の手によってリメイクされる。
高野はそのオーディションを受けに来たのだった。
律は監督から名指しで、主役のオファーを受けていた。
もちろん純粋に律の実力を評価してということではない。
話題性が最優先だ。
オリジナルの主役を演じた大人気声優の息子。
律は積極的に公表するつもりはないようだが、絶対にバレる。
何しろ律は、声も顔立ちも父親によく似ているのだから。
つまりプロフィールを一切公表していない謎の声優・織田律の素性が明らかになるということだ。
律はこの話に随分悩んだようだ。
声優は顔を出すべきではないという自分のポリシー。
そして七光りと言われても仕方がない自分の経歴。
それらと大作の主役というチャンスの間で、グラグラと揺れていた。
だがその間にだって、休んでいるわけにはいかない。
ちょこまかと仕事をこなしながら、またいろいろ考えたようだ。
顔を出して仕事をする声優仲間と話をして、思うところもあったのだろう。
迷いに迷った挙句、律はついに決断した。
この役を演じることを引き受けたのだ。
どっちに転んでもきっと「これでよかったのか」と迷うことになる。
それならばやって迷った方がいい。
高野にそんな報告をした律は、迷いのない表情をしていた。
*****
高野がオーディションを受けることにしたのは、その直後のことだ。
運がよかった。
実は律が主役を演じることを決めた時には、オーディションの日程は終了していたのだ。
だがたった1つだけ役が残っていた。
オーディションに来た声優の中に、イメージに合う者がいなかったそうだ。
完璧主義の監督、高屋敷は妥協せず、再度オーディションを開催することになった。
残った役は主人公たちが戦う悪の組織の首領、つまり敵役だ。
オリジナル作品の公開時にも、話題になった役だ。
それまでの「敵役は悪」という概念を、完全に覆した魅力あるキャラクター。
確か当時も主役と人気を二分していたような気がする。
この役が残ったことに、高野はどこか運命的なものを感じていた。
律演じる主役の青年と因縁を持つ敵役の青年。
主人公は最初は全然歯が立たず、ずっとこのキャラを倒すことを目標としている。
そして成長して力をつけ、最後には互角の戦いを繰り広げるのだ。
思えばずっと、高野は律の前を歩いている気がする。
だがこの辺で戦ってみるのも悪くない。
恋人として、声優として、対等な関係で力を尽くすのだ。
最後に残ったこの役のオーディションには、律も立ち会うと聞いている。
ならばいきなり現れて驚かしてやるのも、面白い。
どちらかと言えば、いつも高野の方が振り回されている。
それならこんなチャンスを逃す手はないだろう。
かくして高野は、オーディション会場で律と対峙する。
かわいい恋人の顔が心底驚いているのが、楽しくてならなかった。
*****
「まったく。聞いてないですよ。」
「ダチョウ倶楽部か」
オーディションの後、律は高野に駆け寄ってくると、文句を言う。
だが高野は冷静にツッコミを返した。
律を驚かすという企みが見事に成功したので上機嫌だった。
「おめでとうございます、と言うべきなんですよね。」
「何で?」
「俺のために無理をさせたのかなと思って。」
ちなみに高野は見事にオーディションに合格した。
それなのに律は浮かない表情だ。
その理由は高野のスケジュールにある。
人気声優の高野は、今でさえ何本も同時進行で仕事をこなしている。
この上こんな大作で重要な役が決まったら、ますます忙しくなるだろう。
「いいんだ。このアニメは好きだし、出られるもんなら出てみたいから。」
高野は微笑しながら、そう答えた。
それは嘘偽らざる高野の本音だ。
だが忙しいのも間違いなく、おそらく律が主役でなかったら諦めていただろう。
「大丈夫だ。しばらくは新しい仕事も受けないし」
高野は笑って、律の髪をクシャクシャとなでた。
だが律の表情は晴れなかった。
*****
「何だ?まだ何かあるのか?」
「俺が言うのも何ですが、政宗さんも利用されているかもしれませんよ。」
律は心配そうに顔を曇らせている。
だが高野は「そっちの方か」と苦笑した。
かつてBLアニメで、高野と律は恋人同士を演じている。
その2人が今回、敵同士の役を演じるのだ。
当然そのことに気付くファンもいるだろう。
逆にそれがきっかけで、今回の作品を見ようと思うファンもいるかもしれない。
あの高屋敷がそこに気がつかないはずはない。
むしろ積極的にそれを利用しようと考えるはずだ。
律は単に高野の身体のことを心配しているだけではない。
自分のせいで高野が余計なことに巻き込まれたのではないかと気にしているのだ。
「お前とのことがなくてもこの役は俺だ。誰よりも見事に演じられるからな。」
高野は律の杞憂を吹き飛ばすように、そう答えた。
心配してくれるのは嬉しいし、不安そうな上目使いで見つめられると萌える。
だがそれは高野にとって、瑣末な問題だった。
役は実力で取ったと思っているし、そうでないならその状況を逆に利用するだけだ。
むしろそんなことでかわいい恋人の表情を曇らせたくない。
「まったく羨ましいです。その自信。」
律は高野の不敵な笑顔を見ながら、苦笑した。
そして改めて「おめでとうございます」と頭を下げる。
まったくこういうところが高野の恋人は実に生真面目だ。
*****
「小野寺律さんと織田律さんは同じ方ですよね?」
「いえ。双子の兄弟です。」
インタビュアの質問に、律は臆することなく笑顔で答えていた。
高屋敷監督の新作アニメはいよいよ本格的に始動した。
収録と並行して、プロモーション活動も忙しい。
主役を演じる律は今回に限り、本名で仕事をすることにした。
そして今までが嘘のように顔を出すイベントにも参加している。
決まって聞かれるのは「織田律と小野寺律は同一人物か」という質問だ。
律がそれに対して「双子の兄弟」と答えるのもパターンになった。
嘘やごまかしではなく、律流のシャレだった。
声がそっくりだし「律」という名が同じなのだから、双子とはいえ別人などありえない。
今では関係者やファンにもすっかり浸透しており、この双子設定を楽しんでいる。
「この後はまた『織田律』に戻るのか?」
今日も収録とイベントで、高野と律はずっと一緒に仕事をした。
そして深夜、一緒に暮らすマンションに帰ると、入浴もそこそこにベットに倒れこむ。
残念ながら明日も早いので、今夜は早々に眠った方がいい。
それでも高野は未練がましく律の髪をなでながら、そう聞いた。
「ええ。もうウンザリです。やっぱり声優は顔を出すべきじゃないですね。」
「イベントでノリノリのくせによく言うぜ。」
「ノリノリに見せてるんですよ。政宗さんも誤魔化せているなら成功ですね。」
「でももう今回で顔、バレまくっただろ?」
「また隠れます。何年か沈黙すれば、みんな俺の顔なんか忘れてくれるでしょ。」
それはどうだろうか?と高野は思う。
ネットなどにプロフィールも画像もアップされるだろうし、元通りにはならないだろう。
だがきっと律はくじけない。
前向きに、声優の仕事を続けていくだろう。
ならば高野もするべきことは決まっている。
律の成長を見守り、律をずっと愛し続ける。
そして声優として、恋人として、恥じない自分でいることだ。
「政宗さん、明日が早いんで恐縮なんですが。」
ふと見ると、律が熱を含んだ瞳で高野を見つめていた。
まったくかわいい恋人は、貪欲でノリノリのようだ。
高野は「ムードねーなぁ」と文句を言いながら、律の唇に熱いキスを落とした。
【終】*本編はここまで。以降は番外編です*