和5題-1
【薄野原】(すすきのはら) 辺り一面にすすきが生えている、広い平地。
*****
「うちにはそんな男の子なんぞおりません!」
政宗の目の前で、扉が閉じられた。
だが相手のその不自然なまでの頑なさで、確信する。
自分がどうやら真実に突き当たったのだということを。
政宗はある娼館で男娼をしている。
たまに来る女性の客を抱くのが主な仕事だ。
客の相手をしない時には、別に仕事がある。
売られてきた少女、たまに少年を客前に出せるように「仕込む」のだ。
政宗は他の男娼や娼婦たちと違い、借金を抱えているわけではない。
純然と生活費のためだけに男娼をしている。
だから他の娼婦たちのように、娼館に住んでいない。
娼館に程近いところに自宅があり、夜になると通ってくる。
気が向かないと来ないこともしばしばだが、売れっ子だから許される。
むしろそんな気まぐれさもまた、女たちを惹き付けるのだ。
政宗は元々武士の家系に生まれ、それなりの資質もある。
どこかのご家中に仕官することも、無理な話ではない。
だがわざわざ男娼という仕事を選んだ。
そんな政宗に陰口を叩く者もいる。
武士の血を引く男が、何と恥ずかしい仕事をしているのかと。
だが政宗はまったく気にしていない。
現実に金を出しても男に抱かれたいという女がおり、商売が成り立つのだ。
しかもそういう女は当然、金銭的に恵まれている。
たかが一晩の情事に、信じられない大金を払う。
こんな効率にいい稼ぎ、利用しない手はない。
合理主義者の政宗には、人の陰口など取るに足らないことだった。
*****
「お前らしくない」
政宗は最近、用心棒の横澤によくそう言われる。
口では「そんなことない」と言いながら、自分でもそうだろうと思う。
政宗は1人の少年に魅了されていた。
その少年は娼館では「狐」と呼ばれている。
近所の小さな神社に住み付き、供え物を盗んで生き延びていた。
それを近所の者たちに見つかり、責められていたところを、見かねた横澤に拾われた。
狐少年を何とかしてくれと言われたとき、当初政宗は途方に暮れた。
なりだけは10を少々超えるくらい、そこそこ分別のある歳のはずだ。
だが実際少年の中身は、2、3歳程度、赤子と同じだった。
言葉がほとんど通じず、日常生活もほとんど営めない状態なのだ。
食事をするのも手づかみ、入浴を嫌い、服を着替えるのもままならない。
政宗は辛抱強く、人としての生活から教えなければならなかった。
だが次第に少年がいろいろなことを覚えていくにつれ、政宗の気持ちは変わった。
世話をすることが「面倒」から「楽しみ」になったのだ。
少年は人と接していないせいか、実に純粋な心の持ち主だった。
何とか意思疎通ができるようになると、素直に政宗の指示に従う。
そしてまるで異国の人形のように美しい表情をほころばせて、政宗に懐くのだ。
こんなに可愛い少年は、他にはいない。
そのうちに「楽しい」という感情が「愛しい」に変わった。
すると今度はこの少年をこのまま男娼にすることに罪悪感を覚えた。
元々この少年は、この娼館に借財があるわけではない。
たまたま拾った男が、娼館の用心棒であったというだけのことだ。
それならこの少年の身元が判れば、引き取り手も見つかるかもしれない。
普通なら身元不明の子供など、いくらでもいる。
だがこの少年は茶色の髪と緑の瞳という目立つ容姿をしている。
これなら人々の記憶に残っていても不思議はないだろう。
そして政宗は、昼間は自由の身の上だ。
かくして政宗は、探索を始めた。
異国風の綺麗な容姿の男の子を知らないか。
そう聞き回るだけの単純なものだ。
それでも時間があれば方々へ出向き、それを繰り返した。
この少年の幸せのためならと思うと、苦痛も感じなかった。
*****
「ごめんよ、主はいるかい?」
政宗は小野寺屋という茶問屋の暖簾を訪れていた。
噂によると、この店の主人の妻、いわゆるおかみさんは後妻。
先妻は15年ほど前に、この世を去ったという。
原因は子供を身篭っていたが、無事に出産できず、子供共々死んでしまった。
ちなみに現在は後妻が女の子を産んでいる。
この子の夫となる者が、この店を継ぐことになるのだろう。
だが昔この家に奉公したことがあるという者から、政宗は妙な話を聞いた。
先妻が産んだ子供は、瞳が緑色だったというのだ。
もしかしてあの狐が、その死んだことになっている子供かもしれない。
かどわかされて行方がわからなくなり、死んだことにされているというのも考えられる。
「前の御内儀が産んだ子供について、教えてくれないか?」
政宗は小野寺屋の主と向き合うなり、そう切り出した。
どうやら身なりのいい政宗は、上客と思われたのだろう。
愛想のよかった主の態度が、一気に変わった。
「あの女は、律は、子供など産んでおりません。」
「前の御内儀は、律さんというのか?」
「お帰りください!」
主は政宗の身体を両手で強く押しながら、店の外へと追い立てた。
その剣幕に押されて、政宗は押し出されてしまう。
「うちにはそんな男の子なんぞおりません!」
政宗の目の前で、扉が閉じられた。
だが相手のその不自然なまでの頑なさで、確信する。
自分がどうやら真実に突き当たったのだということを。
その後、店の周辺で聞き込んで、別の噂を聞いた。
この店の先妻、律は子供を無事出産した。
だが茶色の髪と緑色の瞳を見て、主は激怒したという。
両親とも黒い髪と黒い瞳なのに、こんな子供ができるのはおかしい。
律は異国の男と情を通じたに違いない。
その後程なくして、先妻と赤ん坊の葬儀が出された。
一時はその噂のせいで客足も遠のいたが、今はすっかり持ち直した。
店は一貫して、根も葉もない噂だ、商売敵の陰謀だと言い張った。
後妻を迎え、子供も持ち、先妻とその子供のことはなかったことになった。
その子供があの狐だ。
政宗はそう直感した。
*****
「そういうことか。」
小野寺家を出た政宗は、娼館へ向かっていた。
そろそろ夕刻、出勤の時間なのだ。
狐少年の生まれがわかったところで、いい結末にならない可能性は予想していた。
その場合は誰にも言わず、自分の胸だけにしまっておくつもりだ。
ただそれだけのことなのに、どうにもやるせない。
それにしても少年はどうして独りぼっちで、神社の狐になったのだろう?
少年の母である律という女は、今どうしているのか。
小野寺屋から放逐され、どこへ消えてしまったのだろう。
父親にあれほど拒絶されたのなら、もう少年には母しかいない。
だが彼女を捜すのは、もはや不可能だろう。
それはまるで薄野原から1本のすすきを捜すようなものだ。
ふと前方から2人の男が歩いてくるのが見えた。
1人は狐少年と同じ年頃の少年、もう1人は面差しがよく似た中年の男だ。
おそらく2人は親子だろう。
中年男が政宗と目が合い、足を止めた。
だが政宗は知らん顔で、2人の横を通り過ぎる。
すると男もそれに倣い、そのまま歩き出した。
息子と思しき少年は、きっと2人が知り合いなどとは気付かなかっただろう。
だけど2人はまぎれもなく顔見知り-父と息子だった。
政宗の父と母は、まだ政宗が小さい頃に離縁した。
理由は父に別の女ができたからだが、母も父を愛してはいなかったと思う。
離縁した後、政宗は母方に引き取られた。
跡取りが必要な武士の家で、母と共に家を出されたのは、よほど嫌われていたのだろう。
そして母もまた別の家に嫁ぎ、政宗は祖父母の元に置き去りにされた。
その祖父母も亡くなり、政宗は自由気ままに生きている。
父や母のことを愛したこともなければ、憎んだこともない。
自分にも関係ないと思っている。
それでも娼館で働くことになったとき、源氏名は父の姓である「嵯峨」にした。
迷わずにそう決めたのは何故なのか、政宗自身にもよくわからない。
実は自分でもわからないうちに、両親に何か思うところがあるのかもしれない。
*****
「お帰りなさい」
娼館に戻ると、裏方の美濃が忙しそうにしている。
その理由はすぐに知れた。
美濃がたくさんの薄(すすき)を腕に抱えているからだ。
今日は仲秋の十五夜、いわゆる「お月見」の日だ。
各部屋に薄を飾る準備をしているのだろう。
「嵯峨さん。薄が足りないんです。申し訳ないんですが、取って来てくれませんか?」
美濃の依頼に、政宗は苦笑する。
羽鳥だったら、娼婦や男娼を雑用に使うことはしなかった。
だが美濃は利用できる者は何でも使う。
娼婦たちには人使いの荒い美濃は不評だが、政宗は悪くないと思っている。
変に気を使われるよりは、こちらも気が楽だ。
「わかった。俺が持てるだけでいいのか?」
「充分です。」
政宗は出ようとして、ふと思い直した。
綺麗な薄野原を見せてやれば、あの狐少年も喜ぶだろう。
「おい、き。。。」
少年はいつも政宗が与えられた居室にいる。
乱暴に襖を開き、名を呼ぼうとして、ふと思い出した。
いつまでも「狐」では、かわいそうだろう。
「お前に名前をやる。律だ。いいな?」
それは聞いたばかりの少年の母の名だった。
孤独な少年にせめて名前だけでも、肉親との絆を残してやりたかった。
少年は怪訝そうに小首を傾げたが、すぐに笑った。
花が綻ぶような綺麗な笑顔に、政宗は手を伸ばす。
少年はごく自然に手のひらを重ね、2人は歩き出す。
薄野原への道行き、ずっと政宗は少年の手を引いていた。
この日から少年は「狐」から「律」になった。
少年が娼館に来てから、3度目の秋だ。
【終】お題「和5題-2」に続きます。
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「うちにはそんな男の子なんぞおりません!」
政宗の目の前で、扉が閉じられた。
だが相手のその不自然なまでの頑なさで、確信する。
自分がどうやら真実に突き当たったのだということを。
政宗はある娼館で男娼をしている。
たまに来る女性の客を抱くのが主な仕事だ。
客の相手をしない時には、別に仕事がある。
売られてきた少女、たまに少年を客前に出せるように「仕込む」のだ。
政宗は他の男娼や娼婦たちと違い、借金を抱えているわけではない。
純然と生活費のためだけに男娼をしている。
だから他の娼婦たちのように、娼館に住んでいない。
娼館に程近いところに自宅があり、夜になると通ってくる。
気が向かないと来ないこともしばしばだが、売れっ子だから許される。
むしろそんな気まぐれさもまた、女たちを惹き付けるのだ。
政宗は元々武士の家系に生まれ、それなりの資質もある。
どこかのご家中に仕官することも、無理な話ではない。
だがわざわざ男娼という仕事を選んだ。
そんな政宗に陰口を叩く者もいる。
武士の血を引く男が、何と恥ずかしい仕事をしているのかと。
だが政宗はまったく気にしていない。
現実に金を出しても男に抱かれたいという女がおり、商売が成り立つのだ。
しかもそういう女は当然、金銭的に恵まれている。
たかが一晩の情事に、信じられない大金を払う。
こんな効率にいい稼ぎ、利用しない手はない。
合理主義者の政宗には、人の陰口など取るに足らないことだった。
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「お前らしくない」
政宗は最近、用心棒の横澤によくそう言われる。
口では「そんなことない」と言いながら、自分でもそうだろうと思う。
政宗は1人の少年に魅了されていた。
その少年は娼館では「狐」と呼ばれている。
近所の小さな神社に住み付き、供え物を盗んで生き延びていた。
それを近所の者たちに見つかり、責められていたところを、見かねた横澤に拾われた。
狐少年を何とかしてくれと言われたとき、当初政宗は途方に暮れた。
なりだけは10を少々超えるくらい、そこそこ分別のある歳のはずだ。
だが実際少年の中身は、2、3歳程度、赤子と同じだった。
言葉がほとんど通じず、日常生活もほとんど営めない状態なのだ。
食事をするのも手づかみ、入浴を嫌い、服を着替えるのもままならない。
政宗は辛抱強く、人としての生活から教えなければならなかった。
だが次第に少年がいろいろなことを覚えていくにつれ、政宗の気持ちは変わった。
世話をすることが「面倒」から「楽しみ」になったのだ。
少年は人と接していないせいか、実に純粋な心の持ち主だった。
何とか意思疎通ができるようになると、素直に政宗の指示に従う。
そしてまるで異国の人形のように美しい表情をほころばせて、政宗に懐くのだ。
こんなに可愛い少年は、他にはいない。
そのうちに「楽しい」という感情が「愛しい」に変わった。
すると今度はこの少年をこのまま男娼にすることに罪悪感を覚えた。
元々この少年は、この娼館に借財があるわけではない。
たまたま拾った男が、娼館の用心棒であったというだけのことだ。
それならこの少年の身元が判れば、引き取り手も見つかるかもしれない。
普通なら身元不明の子供など、いくらでもいる。
だがこの少年は茶色の髪と緑の瞳という目立つ容姿をしている。
これなら人々の記憶に残っていても不思議はないだろう。
そして政宗は、昼間は自由の身の上だ。
かくして政宗は、探索を始めた。
異国風の綺麗な容姿の男の子を知らないか。
そう聞き回るだけの単純なものだ。
それでも時間があれば方々へ出向き、それを繰り返した。
この少年の幸せのためならと思うと、苦痛も感じなかった。
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「ごめんよ、主はいるかい?」
政宗は小野寺屋という茶問屋の暖簾を訪れていた。
噂によると、この店の主人の妻、いわゆるおかみさんは後妻。
先妻は15年ほど前に、この世を去ったという。
原因は子供を身篭っていたが、無事に出産できず、子供共々死んでしまった。
ちなみに現在は後妻が女の子を産んでいる。
この子の夫となる者が、この店を継ぐことになるのだろう。
だが昔この家に奉公したことがあるという者から、政宗は妙な話を聞いた。
先妻が産んだ子供は、瞳が緑色だったというのだ。
もしかしてあの狐が、その死んだことになっている子供かもしれない。
かどわかされて行方がわからなくなり、死んだことにされているというのも考えられる。
「前の御内儀が産んだ子供について、教えてくれないか?」
政宗は小野寺屋の主と向き合うなり、そう切り出した。
どうやら身なりのいい政宗は、上客と思われたのだろう。
愛想のよかった主の態度が、一気に変わった。
「あの女は、律は、子供など産んでおりません。」
「前の御内儀は、律さんというのか?」
「お帰りください!」
主は政宗の身体を両手で強く押しながら、店の外へと追い立てた。
その剣幕に押されて、政宗は押し出されてしまう。
「うちにはそんな男の子なんぞおりません!」
政宗の目の前で、扉が閉じられた。
だが相手のその不自然なまでの頑なさで、確信する。
自分がどうやら真実に突き当たったのだということを。
その後、店の周辺で聞き込んで、別の噂を聞いた。
この店の先妻、律は子供を無事出産した。
だが茶色の髪と緑色の瞳を見て、主は激怒したという。
両親とも黒い髪と黒い瞳なのに、こんな子供ができるのはおかしい。
律は異国の男と情を通じたに違いない。
その後程なくして、先妻と赤ん坊の葬儀が出された。
一時はその噂のせいで客足も遠のいたが、今はすっかり持ち直した。
店は一貫して、根も葉もない噂だ、商売敵の陰謀だと言い張った。
後妻を迎え、子供も持ち、先妻とその子供のことはなかったことになった。
その子供があの狐だ。
政宗はそう直感した。
*****
「そういうことか。」
小野寺家を出た政宗は、娼館へ向かっていた。
そろそろ夕刻、出勤の時間なのだ。
狐少年の生まれがわかったところで、いい結末にならない可能性は予想していた。
その場合は誰にも言わず、自分の胸だけにしまっておくつもりだ。
ただそれだけのことなのに、どうにもやるせない。
それにしても少年はどうして独りぼっちで、神社の狐になったのだろう?
少年の母である律という女は、今どうしているのか。
小野寺屋から放逐され、どこへ消えてしまったのだろう。
父親にあれほど拒絶されたのなら、もう少年には母しかいない。
だが彼女を捜すのは、もはや不可能だろう。
それはまるで薄野原から1本のすすきを捜すようなものだ。
ふと前方から2人の男が歩いてくるのが見えた。
1人は狐少年と同じ年頃の少年、もう1人は面差しがよく似た中年の男だ。
おそらく2人は親子だろう。
中年男が政宗と目が合い、足を止めた。
だが政宗は知らん顔で、2人の横を通り過ぎる。
すると男もそれに倣い、そのまま歩き出した。
息子と思しき少年は、きっと2人が知り合いなどとは気付かなかっただろう。
だけど2人はまぎれもなく顔見知り-父と息子だった。
政宗の父と母は、まだ政宗が小さい頃に離縁した。
理由は父に別の女ができたからだが、母も父を愛してはいなかったと思う。
離縁した後、政宗は母方に引き取られた。
跡取りが必要な武士の家で、母と共に家を出されたのは、よほど嫌われていたのだろう。
そして母もまた別の家に嫁ぎ、政宗は祖父母の元に置き去りにされた。
その祖父母も亡くなり、政宗は自由気ままに生きている。
父や母のことを愛したこともなければ、憎んだこともない。
自分にも関係ないと思っている。
それでも娼館で働くことになったとき、源氏名は父の姓である「嵯峨」にした。
迷わずにそう決めたのは何故なのか、政宗自身にもよくわからない。
実は自分でもわからないうちに、両親に何か思うところがあるのかもしれない。
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「お帰りなさい」
娼館に戻ると、裏方の美濃が忙しそうにしている。
その理由はすぐに知れた。
美濃がたくさんの薄(すすき)を腕に抱えているからだ。
今日は仲秋の十五夜、いわゆる「お月見」の日だ。
各部屋に薄を飾る準備をしているのだろう。
「嵯峨さん。薄が足りないんです。申し訳ないんですが、取って来てくれませんか?」
美濃の依頼に、政宗は苦笑する。
羽鳥だったら、娼婦や男娼を雑用に使うことはしなかった。
だが美濃は利用できる者は何でも使う。
娼婦たちには人使いの荒い美濃は不評だが、政宗は悪くないと思っている。
変に気を使われるよりは、こちらも気が楽だ。
「わかった。俺が持てるだけでいいのか?」
「充分です。」
政宗は出ようとして、ふと思い直した。
綺麗な薄野原を見せてやれば、あの狐少年も喜ぶだろう。
「おい、き。。。」
少年はいつも政宗が与えられた居室にいる。
乱暴に襖を開き、名を呼ぼうとして、ふと思い出した。
いつまでも「狐」では、かわいそうだろう。
「お前に名前をやる。律だ。いいな?」
それは聞いたばかりの少年の母の名だった。
孤独な少年にせめて名前だけでも、肉親との絆を残してやりたかった。
少年は怪訝そうに小首を傾げたが、すぐに笑った。
花が綻ぶような綺麗な笑顔に、政宗は手を伸ばす。
少年はごく自然に手のひらを重ね、2人は歩き出す。
薄野原への道行き、ずっと政宗は少年の手を引いていた。
この日から少年は「狐」から「律」になった。
少年が娼館に来てから、3度目の秋だ。
【終】お題「和5題-2」に続きます。
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