愛してる5題
【彼女はとても美しいひとでした】
彼女はとても美しいひとでした。
10年前、高野に告白する女子生徒のことを、兄は確かそう言っていた。
でも実際は全然美人じゃないと、律は心の中で悪態をついた。
高野の疑いは、もはや確信に変わっていた。
10年前に突然姿を消した恋人、織田律。
愛らしかった少年は、美しい青年へと変貌していた。
そして再会して約1年、2人は再び恋人になった。。。はずだった。
最初は微かな違和感だった。
例えば昔読んだ本の話。
高校のときは確か自分には合わないと言っていた本をわざわざ図書館から借りていた。
しかもその本をすごく面白いと言い、わざわざ書店で買い直したのだ。
年齢と共に嗜好が変化したのかもしれないが、それにしても変わり過ぎだ。
その他にも小さな食い違いはあった。
例えば高校の頃は几帳面だった印象だが、今は部屋が慢性的に散らかっていることとか。
高校生にしてファーストフードやレトルト食品はほぼ未経験だったのに、今はコンビニ弁当一辺倒とか。
何よりも素直で健気だった性格は、なかなかどうしてひねくれている。
それでも高野は時間のせいだと思った。
高野だってこの10年の間にいろいろな事があったし、変わった部分もあるだろう。
それに律を忘れたことはなかったが、一途に想い続けたとも言えない。
律にだけ変わらないでいて欲しいと思うのは、我儘な話だ。
*****
疑念が確信に変わったのは、偶然だった。
中途採用でサファイア文庫に採用された女性編集者が、高野のかつての同級生だったのだ。
彼女はエメラルド編集部の前で足を止めると「嵯峨君?久しぶり!」と人懐っこい笑顔を見せた。
そして律のことも憶えていたようだ。
意外そうな表情で律に「嵯峨君とよく一緒にいたコ?」と聞いていた。
ほら。懐かしいでしょ。
ある日エメラルド編集部に現れた彼女は、自分のスマートフォンに保存された画像を見せてくれた。
それは懐かしい母校の図書室の光景だ。
高野と律が並んで、本を読んでいる。
2人もそれぞれ自分が持っている本に集中しており、カメラをまったく意識していない。
そういえば最近の律の写真は持っているが、10年前のものは持っていない。
送ってもらおうと思いながら、もう1度画面を見た高野は「あれ?」と思った。
律の茶色がかった髪、そして緑の瞳。
今の律とは微妙に違うように見える。
写真の中の律の方が髪の色は薄いし、目は逆に今の律の方が鮮やかな緑に近い。
まさか、別人?
高野は一瞬、そんなことを考えたが、まさかと首を振った。
光の加減か何かでそう見えるだけだ。
または年齢を重ねたことで色味がへんかしたのかもしれない。
だが高野が「それ、送って」と自分のスマートフォンを取り出す前に、冷ややかな声が響いた。
隠し撮りですか?嫌らしい。
そうやって今さら高野さんの気を引きたいんですか?
いつのまにか2人の背後に立っていた律が、きっぱりとそう言い放った。
その声は普段の律とは違い、明らかに冷静さを欠いている。
だが彼女にとっては図星だったようだ。
怒りで顔を紅潮させながら、自分の仕事場へと帰って行った。
その背中を見送る律の目には、はっきりと嫌悪が浮かんでいた。
この瞬間、高野は確信したのだ。
今「小野寺律」と名乗る目の前の青年と、10年前に消えた「織田律」は別人であると。
だから10年前の写真に拒絶反応を起こしたのだ。
*****
お前、誰だ?
律と共に帰宅した高野は、そのまま律を自分の部屋に招き入れる。
そして向かい合って座るなり、そう聞いた。
とうとうバレちゃいましたね。
律は予想していたようで、さして驚いたようすもなかった。
不敵な笑みを浮かべており「困ったな」と言いながら、全然困ったように見えない。
高野はそんな律に少々苛立ちながら「説明しろよ」と詰め寄る。
10年前に消えた律こそ「小野寺律」で、今の俺が「織田律」なんですよ。
律は高野の言葉に少しも怯んだ様子もなく、そう言った。
高野は「意味、わかんねーよ!」と怒りを露わにする。
茶化されたと思ったのだ。
だが律は「本当のことですよ」と冷静に答えた。
アイツ、昔高野さんに言い寄った女なんでしょう?
律は不敵な笑みを消し、冷たい表情になった。
何のことかわからなかった高野だったが、すぐに彼女のことだと思い当たり、頷いた。
10年前、確かちょうど律と付き合い始めようとしていた頃だ。
彼女は大して親しくもないのに挨拶をしてきたり、ノートを貸して欲しいと言い出したりした。
そして階段の踊り場で告白されたのだ。
見てたそうですよ。
ことわってくれて嬉しかったって言ってました。
律はまるで他人事のようにそう言った。
そして「俺と律の関係、説明した方がいいですよね?」と聞いてくる。
高野は黙って頷くと、じっと律の言葉を待った。
*****
俺と律は双子なんです。
兄の律は小野寺家に残って「小野寺律」になりました。
それで俺は子供ができない叔母の家に養子に出されたんです。
ちなみに俺も律って名前を付けられたんですよ。
つまり俺は「織田律」になったわけです。
人間は心の底から驚くと、何も言えなくなると聞いたことがある。
それは本当だったんだ、と高野は他人事のようにそう思った。
10年前の律と、目の前の律は別人。しかも双子。
まるで小説か漫画のような展開に言葉も出ない。
高野は黙ったまま、目の前の律の話を聞いていた。
律とはよく会ってて、いろいろ相談されてました。
学校の先輩を好きになったって。
先輩の名前が知りたくて、図書室で同じ本を借りたって。
それがバレるのが恥ずかしくて、貸出カードに「織田律」って書いたって聞いたときには笑いましたよ。
いくら偽名とはいえ、安易過ぎるでしょ。
まぁそんな感じで、律は嵯峨先輩との事を何でも話してくれました。
だからこうしてあなたと会っても、だいたい話を合わせられます。
本物の「小野寺律」はどこだ?
高野はついにそう聞いた。
2人の関係はわかった。
だが「織田律」が今「小野寺律」と名乗っているこの事態は何だ?
10年前に「小野寺律」だったあの少年は、どこに消えた?
兄の律はもうこの世にはいません。
だから俺は跡取りとして、小野寺家に戻されました。
それで周囲にバレないように留学って名目で、海外に出されたんです。
で「織田律」が死んだことになったんですよ。
高野はサラリと暴露された事実に驚き、そして「まさか」と呟いた。
2人の律が入れ替わったのは、兄の律が死んだから。
そしてそれは律によれば「俺のこと好き?」と聞いた律を、高野が鼻で笑ったという頃だ。
*****
そうです。律はあなたに笑われたショックで自殺したんですよ。
兄そっくりな顔をした弟の律が、薄笑いを浮かべながらそう言った。
ショックで言葉もない高野を、緑色の目が見つめている。
今度は律がじっと黙って、高野の反応を待っている。
高野には言うつもりはないが、この話はそれだけではない。
兄の律は高野に笑われ、高野を蹴り飛ばして立ち去った後、すぐに弟を訪ねている。
ありのままを話した後「嵯峨先輩は照れてただけだよね?きっと!」とすがるように聞いてきた。
弟の律は首を振って「遊ばれたんだよ。目を覚ましなよ」と答えた。
だって不公平じゃないか。
同じ日に同じDNAを持って生まれてきた2人。
占いなら間違いなく、同じ人生を送っている。
それなのに大会社の跡継ぎの兄と、実の親と離されて庶民の家の子供になった弟。
少々意地悪を言うくらい、大したことではない。
それなのにその夜、兄の律は自ら命を絶ったのだ。
俺は律からあなたの話を聞いて、顔も知らないあなたにずっと恋をしてました。
だからあなたが俺を律だと勘違いしてくれたことを利用したんです。
俺はあなたが愛した律と違って、醜くて汚い。
それでもあなたは俺を律と同じように愛してくれますか?
律-「小野寺律」と呼ばれている青年は、そっと立ち上がると高野の隣に腰を下ろす。
未だにショックで呆然とする高野は、律の肩を抱き寄せるかどうか迷っているのだ。
さぁどうすると高野の様子をうかがいながら、律はふと思い出す。
彼女はとても美しいひとでした。
10年前、高野に告白する女子生徒のことを、兄は確かそう言っていた。
でも実際は全然美人じゃない。
律は高野の決断を待ちながら、心の中で悪態をついた。
【終】
彼女はとても美しいひとでした。
10年前、高野に告白する女子生徒のことを、兄は確かそう言っていた。
でも実際は全然美人じゃないと、律は心の中で悪態をついた。
高野の疑いは、もはや確信に変わっていた。
10年前に突然姿を消した恋人、織田律。
愛らしかった少年は、美しい青年へと変貌していた。
そして再会して約1年、2人は再び恋人になった。。。はずだった。
最初は微かな違和感だった。
例えば昔読んだ本の話。
高校のときは確か自分には合わないと言っていた本をわざわざ図書館から借りていた。
しかもその本をすごく面白いと言い、わざわざ書店で買い直したのだ。
年齢と共に嗜好が変化したのかもしれないが、それにしても変わり過ぎだ。
その他にも小さな食い違いはあった。
例えば高校の頃は几帳面だった印象だが、今は部屋が慢性的に散らかっていることとか。
高校生にしてファーストフードやレトルト食品はほぼ未経験だったのに、今はコンビニ弁当一辺倒とか。
何よりも素直で健気だった性格は、なかなかどうしてひねくれている。
それでも高野は時間のせいだと思った。
高野だってこの10年の間にいろいろな事があったし、変わった部分もあるだろう。
それに律を忘れたことはなかったが、一途に想い続けたとも言えない。
律にだけ変わらないでいて欲しいと思うのは、我儘な話だ。
*****
疑念が確信に変わったのは、偶然だった。
中途採用でサファイア文庫に採用された女性編集者が、高野のかつての同級生だったのだ。
彼女はエメラルド編集部の前で足を止めると「嵯峨君?久しぶり!」と人懐っこい笑顔を見せた。
そして律のことも憶えていたようだ。
意外そうな表情で律に「嵯峨君とよく一緒にいたコ?」と聞いていた。
ほら。懐かしいでしょ。
ある日エメラルド編集部に現れた彼女は、自分のスマートフォンに保存された画像を見せてくれた。
それは懐かしい母校の図書室の光景だ。
高野と律が並んで、本を読んでいる。
2人もそれぞれ自分が持っている本に集中しており、カメラをまったく意識していない。
そういえば最近の律の写真は持っているが、10年前のものは持っていない。
送ってもらおうと思いながら、もう1度画面を見た高野は「あれ?」と思った。
律の茶色がかった髪、そして緑の瞳。
今の律とは微妙に違うように見える。
写真の中の律の方が髪の色は薄いし、目は逆に今の律の方が鮮やかな緑に近い。
まさか、別人?
高野は一瞬、そんなことを考えたが、まさかと首を振った。
光の加減か何かでそう見えるだけだ。
または年齢を重ねたことで色味がへんかしたのかもしれない。
だが高野が「それ、送って」と自分のスマートフォンを取り出す前に、冷ややかな声が響いた。
隠し撮りですか?嫌らしい。
そうやって今さら高野さんの気を引きたいんですか?
いつのまにか2人の背後に立っていた律が、きっぱりとそう言い放った。
その声は普段の律とは違い、明らかに冷静さを欠いている。
だが彼女にとっては図星だったようだ。
怒りで顔を紅潮させながら、自分の仕事場へと帰って行った。
その背中を見送る律の目には、はっきりと嫌悪が浮かんでいた。
この瞬間、高野は確信したのだ。
今「小野寺律」と名乗る目の前の青年と、10年前に消えた「織田律」は別人であると。
だから10年前の写真に拒絶反応を起こしたのだ。
*****
お前、誰だ?
律と共に帰宅した高野は、そのまま律を自分の部屋に招き入れる。
そして向かい合って座るなり、そう聞いた。
とうとうバレちゃいましたね。
律は予想していたようで、さして驚いたようすもなかった。
不敵な笑みを浮かべており「困ったな」と言いながら、全然困ったように見えない。
高野はそんな律に少々苛立ちながら「説明しろよ」と詰め寄る。
10年前に消えた律こそ「小野寺律」で、今の俺が「織田律」なんですよ。
律は高野の言葉に少しも怯んだ様子もなく、そう言った。
高野は「意味、わかんねーよ!」と怒りを露わにする。
茶化されたと思ったのだ。
だが律は「本当のことですよ」と冷静に答えた。
アイツ、昔高野さんに言い寄った女なんでしょう?
律は不敵な笑みを消し、冷たい表情になった。
何のことかわからなかった高野だったが、すぐに彼女のことだと思い当たり、頷いた。
10年前、確かちょうど律と付き合い始めようとしていた頃だ。
彼女は大して親しくもないのに挨拶をしてきたり、ノートを貸して欲しいと言い出したりした。
そして階段の踊り場で告白されたのだ。
見てたそうですよ。
ことわってくれて嬉しかったって言ってました。
律はまるで他人事のようにそう言った。
そして「俺と律の関係、説明した方がいいですよね?」と聞いてくる。
高野は黙って頷くと、じっと律の言葉を待った。
*****
俺と律は双子なんです。
兄の律は小野寺家に残って「小野寺律」になりました。
それで俺は子供ができない叔母の家に養子に出されたんです。
ちなみに俺も律って名前を付けられたんですよ。
つまり俺は「織田律」になったわけです。
人間は心の底から驚くと、何も言えなくなると聞いたことがある。
それは本当だったんだ、と高野は他人事のようにそう思った。
10年前の律と、目の前の律は別人。しかも双子。
まるで小説か漫画のような展開に言葉も出ない。
高野は黙ったまま、目の前の律の話を聞いていた。
律とはよく会ってて、いろいろ相談されてました。
学校の先輩を好きになったって。
先輩の名前が知りたくて、図書室で同じ本を借りたって。
それがバレるのが恥ずかしくて、貸出カードに「織田律」って書いたって聞いたときには笑いましたよ。
いくら偽名とはいえ、安易過ぎるでしょ。
まぁそんな感じで、律は嵯峨先輩との事を何でも話してくれました。
だからこうしてあなたと会っても、だいたい話を合わせられます。
本物の「小野寺律」はどこだ?
高野はついにそう聞いた。
2人の関係はわかった。
だが「織田律」が今「小野寺律」と名乗っているこの事態は何だ?
10年前に「小野寺律」だったあの少年は、どこに消えた?
兄の律はもうこの世にはいません。
だから俺は跡取りとして、小野寺家に戻されました。
それで周囲にバレないように留学って名目で、海外に出されたんです。
で「織田律」が死んだことになったんですよ。
高野はサラリと暴露された事実に驚き、そして「まさか」と呟いた。
2人の律が入れ替わったのは、兄の律が死んだから。
そしてそれは律によれば「俺のこと好き?」と聞いた律を、高野が鼻で笑ったという頃だ。
*****
そうです。律はあなたに笑われたショックで自殺したんですよ。
兄そっくりな顔をした弟の律が、薄笑いを浮かべながらそう言った。
ショックで言葉もない高野を、緑色の目が見つめている。
今度は律がじっと黙って、高野の反応を待っている。
高野には言うつもりはないが、この話はそれだけではない。
兄の律は高野に笑われ、高野を蹴り飛ばして立ち去った後、すぐに弟を訪ねている。
ありのままを話した後「嵯峨先輩は照れてただけだよね?きっと!」とすがるように聞いてきた。
弟の律は首を振って「遊ばれたんだよ。目を覚ましなよ」と答えた。
だって不公平じゃないか。
同じ日に同じDNAを持って生まれてきた2人。
占いなら間違いなく、同じ人生を送っている。
それなのに大会社の跡継ぎの兄と、実の親と離されて庶民の家の子供になった弟。
少々意地悪を言うくらい、大したことではない。
それなのにその夜、兄の律は自ら命を絶ったのだ。
俺は律からあなたの話を聞いて、顔も知らないあなたにずっと恋をしてました。
だからあなたが俺を律だと勘違いしてくれたことを利用したんです。
俺はあなたが愛した律と違って、醜くて汚い。
それでもあなたは俺を律と同じように愛してくれますか?
律-「小野寺律」と呼ばれている青年は、そっと立ち上がると高野の隣に腰を下ろす。
未だにショックで呆然とする高野は、律の肩を抱き寄せるかどうか迷っているのだ。
さぁどうすると高野の様子をうかがいながら、律はふと思い出す。
彼女はとても美しいひとでした。
10年前、高野に告白する女子生徒のことを、兄は確かそう言っていた。
でも実際は全然美人じゃない。
律は高野の決断を待ちながら、心の中で悪態をついた。
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