狂宴舞踏会
【狂乱の宴】
「うわ!ビックリした!」
背後からそっと腕を引かれた木佐は、思わず声を上げてしまった。
木佐はいつもの飲み会より多めに酒を飲み、酔っていた。
別にただ単にハメを外したという訳ではない。
とにかく不安だったのだ。
元々招待された時点で、嫌な予感がしていたのだ。
案の定というべきか、来てみると雰囲気はかなり悪い。
うまく言えないけれど、何だか庶民を見下すようなにおいがする。
居心地の悪さをごまかすように、木佐は酒を飲んだ。
ありがたいことに、不安がる木佐を心配した雪名がアンサンブルの助っ人にまぎれこんでいる。
少々酔っても、雪名がちゃんと家に連れ帰ってくれるだろう。
それに酔っているが、普通に歩けるし、呂律もちゃんと回っている。
椅子に座り込んで、舟を漕いでいる吉野に比べたら、全然マシだ。
本当にこれでいいのだろうか。
木佐は酔いが回った頭で、そう考えた
律は婚約披露という晴れの舞台だというのに、見たこともないほど険しい顔をしている。
手の女の子は、何だか今にも泣き出しそうだ。
とてもこの2人が幸せになるようには見えない。
「うわ!ビックリした!」
背後からそっと腕を引かれた木佐は、思わず声を上げてしまった。
慌てて周囲を見回したが、幸いホール中央ではダンスが盛り上がっており、誰も木佐の声など気にしない。
木佐はホッとため息をつくと「どうした?」と聞いた。
腕を引いたのは、木佐の恋人である雪名だ。
招待客とアンサンブルの助っ人、おそらくパーティ中は会話することもないと思っていたのに。
「ホテルの従業員が騒いでます。」
「何で?」
「爆弾らしきものが見つかったとか、何とか」
「え?」
「だから安全が確認されるまで、俺は木佐さんのそばにいます。」
雪名が決して冗談を言ってるわけではないのは、その真剣な表情からわかる。
だけどどうしても本当のことは思えなかった。
爆弾が見つかった?何でここに?
だが木佐が呆然としている間に、事態は動いた。
警備員のような服を着た数名の場違いな男たちが、ホールに飛び込んできたのだ。
「みなさん、動かないで下さい!」
先頭の男が張り上げた声に、ダンスの音楽も止んだ。
一部の者だけが気付いていた異様な雰囲気が、ついに弾けた瞬間だった。
「木佐さん、俺から離れないで下さい。」
雪名はそう言って、木佐の手を握った。
いつもなら「人前でやめろ」と言うところだが、木佐は何も言わずに雪名の手を握り返した。
*****
「みなさん、動かないで下さい!」
踏み込んできた警備員らしき男が声を張り上げ、ダンスの音楽も止んだ。
その瞬間、横澤が姿を咄嗟に捜したのは、高野だった。
横澤がこのパーティに参加したのは、営業部の代表としてだ。
本当に気が進まないパーティだ。
ダンスパーティなんて生まれてこの方、参加したことなんかない。
しかもそれがかつての恋敵の婚約披露というわけのわからない状況だった。
高野を諦めなければよかったなんて、今さら思うことはない。
あの時、高野と律は確かに愛し合っていたのだというのは嘘ではないからだ。
横澤だって新しい恋を見つけたし、今は幸せだ。
だから今、律が他の女性と結婚するからといって、決して恨み言など口にしない。
だが1人残された高野のことだけが心配だった。
そしてそんな感傷は、パーティ終盤のアクシデントでそれどころではなくなったのだ。
「このホテルの保安部です!」
「不審物が発見されました。現在確認中です!」
「安全が確認されるまで、みなさんこの部屋を出ないで下さい!」
ホールに踏み込んできた男たちが声を張り上げたことで、ホールは騒然となった。
横澤は黙ってその指示に従いながら、目ではじっと壁際にいる高野の姿を追っていた。
何だかきな臭い空気は感じていたのだ。
パーティの序盤は目を合わせることもなかった高野と律。
だが中盤を過ぎた頃から、何度が目で合図を送り合っているようにも見えた。
そしてこの騒動は、彼らと無関係と考えるべきなのだろうか?
迷う横澤に、桐嶋が「なぁ」と声をかけてきた。
「仕掛けたのは、高野だと思うか?」
桐嶋は真剣な口調でそう聞いてくる。
何か思うところがあるのだろう。
横澤は「まさか」と答えたが、心の中では「もしや」と思っている。
高野は律のためなら、何でもするような気がする。
律を取り戻すためなら、犯罪だって躊躇わずにやりそうだ。
「いや、わからん」
横澤は力なくそう答えた。
信じたいけど、横澤の中の勘のようなものが高野の仕業だと告げているのだ。
ふと見ると、高野は数名の男に囲まれている。
どうやら持ち物のチェックをされているようだ。
つまり怪しいと考えているのは、横澤たちだけではないということか。
桐嶋は思わずため息をついてしまった横澤の肩を叩いた。
その瞬間だった。
ドカーンと轟音が鳴り響き、建物が揺れる振動が伝わってきた。
横澤と桐嶋は顔を見合わせ、懸命に冷静であろうとした。
だがホールにいる客たちに、じわじわと混乱と恐怖が伝わり始めている。
楽しいダンスパーティは、狂乱の宴に変わろうとしていた。
*****
「嘘!?そんな。。。」
杏は驚き、声を上げていた。
ボイラー室に爆発物らしきものが仕掛けられていると知らされたのは、少し前だった。
杏はすぐにでも逃げたかったが、爆弾には1枚のメモが貼り付けてあったのだという。
警察に知らせてはいけない。そしてこのホールの客を誰も帰してはいけない。
だれか1人でも帰るようなことがあれば、爆弾を爆発させると。
この事実は主催である小野寺家と小日向家にだけ知らされた。
そして彼らはパニックになるのを防ぐために、とりあえず口を噤んでいたのだ。
あの人が犯人だと思う。
杏は律と律の両親、そして自分の両親にそう告げた。
あの人とはもちろん高野のことだ。
律は「証拠がないだろ」と冷やかだ。
だけど双方の両親は、杏のいうことを信じた。
律の両親は、律の警護に付けていた男たちに高野の身体検査を命じた。
発見された爆弾にはタイマーの類はついておらず、その代わりに電波の受信機がついていた。
つまりリモコン式なのだ。
高野が犯人なら、爆弾を操作する何かしらの装置を持っているはずだった。
男たちは高野を取り囲み、何かを話しかけている。
高野は話を聞き終えて不機嫌そうに顔を歪めたが、拒みはしなかったらしい。
まずは上着を脱いで、男の1人に渡す。
そして別の男たちがシャツやスラックスのポケットを探ったり、身体のあちこちを服の上から叩いた。
だが何も発見できなかったらしい。
「無駄なのに」
律は冷やかにそう言ったが、杏は「まだわからない」と答えた。
爆弾の作り方によっては、スマートフォンだって起爆装置になり得ると聞いたことがある。
男たちも当然考えているようで、高野のスマホをチェックしてた矢先、轟音が鳴り響いたのだ。
「嘘!?そんな。。。」
杏は驚き、声を上げていた。
高野は今まさに男たちに取り囲まれて、持ち物や衣服をチェックされていた。
そして杏たちはその光景を見ていたのだ。
つまり高野には爆弾の起爆装置を押すことなんて、できなかった。
あの人じゃないとしたら、まさか。
杏が信じられない思いで見たのは、恋してやまない幼なじみの婚約者だった。
【続く】
「うわ!ビックリした!」
背後からそっと腕を引かれた木佐は、思わず声を上げてしまった。
木佐はいつもの飲み会より多めに酒を飲み、酔っていた。
別にただ単にハメを外したという訳ではない。
とにかく不安だったのだ。
元々招待された時点で、嫌な予感がしていたのだ。
案の定というべきか、来てみると雰囲気はかなり悪い。
うまく言えないけれど、何だか庶民を見下すようなにおいがする。
居心地の悪さをごまかすように、木佐は酒を飲んだ。
ありがたいことに、不安がる木佐を心配した雪名がアンサンブルの助っ人にまぎれこんでいる。
少々酔っても、雪名がちゃんと家に連れ帰ってくれるだろう。
それに酔っているが、普通に歩けるし、呂律もちゃんと回っている。
椅子に座り込んで、舟を漕いでいる吉野に比べたら、全然マシだ。
本当にこれでいいのだろうか。
木佐は酔いが回った頭で、そう考えた
律は婚約披露という晴れの舞台だというのに、見たこともないほど険しい顔をしている。
手の女の子は、何だか今にも泣き出しそうだ。
とてもこの2人が幸せになるようには見えない。
「うわ!ビックリした!」
背後からそっと腕を引かれた木佐は、思わず声を上げてしまった。
慌てて周囲を見回したが、幸いホール中央ではダンスが盛り上がっており、誰も木佐の声など気にしない。
木佐はホッとため息をつくと「どうした?」と聞いた。
腕を引いたのは、木佐の恋人である雪名だ。
招待客とアンサンブルの助っ人、おそらくパーティ中は会話することもないと思っていたのに。
「ホテルの従業員が騒いでます。」
「何で?」
「爆弾らしきものが見つかったとか、何とか」
「え?」
「だから安全が確認されるまで、俺は木佐さんのそばにいます。」
雪名が決して冗談を言ってるわけではないのは、その真剣な表情からわかる。
だけどどうしても本当のことは思えなかった。
爆弾が見つかった?何でここに?
だが木佐が呆然としている間に、事態は動いた。
警備員のような服を着た数名の場違いな男たちが、ホールに飛び込んできたのだ。
「みなさん、動かないで下さい!」
先頭の男が張り上げた声に、ダンスの音楽も止んだ。
一部の者だけが気付いていた異様な雰囲気が、ついに弾けた瞬間だった。
「木佐さん、俺から離れないで下さい。」
雪名はそう言って、木佐の手を握った。
いつもなら「人前でやめろ」と言うところだが、木佐は何も言わずに雪名の手を握り返した。
*****
「みなさん、動かないで下さい!」
踏み込んできた警備員らしき男が声を張り上げ、ダンスの音楽も止んだ。
その瞬間、横澤が姿を咄嗟に捜したのは、高野だった。
横澤がこのパーティに参加したのは、営業部の代表としてだ。
本当に気が進まないパーティだ。
ダンスパーティなんて生まれてこの方、参加したことなんかない。
しかもそれがかつての恋敵の婚約披露というわけのわからない状況だった。
高野を諦めなければよかったなんて、今さら思うことはない。
あの時、高野と律は確かに愛し合っていたのだというのは嘘ではないからだ。
横澤だって新しい恋を見つけたし、今は幸せだ。
だから今、律が他の女性と結婚するからといって、決して恨み言など口にしない。
だが1人残された高野のことだけが心配だった。
そしてそんな感傷は、パーティ終盤のアクシデントでそれどころではなくなったのだ。
「このホテルの保安部です!」
「不審物が発見されました。現在確認中です!」
「安全が確認されるまで、みなさんこの部屋を出ないで下さい!」
ホールに踏み込んできた男たちが声を張り上げたことで、ホールは騒然となった。
横澤は黙ってその指示に従いながら、目ではじっと壁際にいる高野の姿を追っていた。
何だかきな臭い空気は感じていたのだ。
パーティの序盤は目を合わせることもなかった高野と律。
だが中盤を過ぎた頃から、何度が目で合図を送り合っているようにも見えた。
そしてこの騒動は、彼らと無関係と考えるべきなのだろうか?
迷う横澤に、桐嶋が「なぁ」と声をかけてきた。
「仕掛けたのは、高野だと思うか?」
桐嶋は真剣な口調でそう聞いてくる。
何か思うところがあるのだろう。
横澤は「まさか」と答えたが、心の中では「もしや」と思っている。
高野は律のためなら、何でもするような気がする。
律を取り戻すためなら、犯罪だって躊躇わずにやりそうだ。
「いや、わからん」
横澤は力なくそう答えた。
信じたいけど、横澤の中の勘のようなものが高野の仕業だと告げているのだ。
ふと見ると、高野は数名の男に囲まれている。
どうやら持ち物のチェックをされているようだ。
つまり怪しいと考えているのは、横澤たちだけではないということか。
桐嶋は思わずため息をついてしまった横澤の肩を叩いた。
その瞬間だった。
ドカーンと轟音が鳴り響き、建物が揺れる振動が伝わってきた。
横澤と桐嶋は顔を見合わせ、懸命に冷静であろうとした。
だがホールにいる客たちに、じわじわと混乱と恐怖が伝わり始めている。
楽しいダンスパーティは、狂乱の宴に変わろうとしていた。
*****
「嘘!?そんな。。。」
杏は驚き、声を上げていた。
ボイラー室に爆発物らしきものが仕掛けられていると知らされたのは、少し前だった。
杏はすぐにでも逃げたかったが、爆弾には1枚のメモが貼り付けてあったのだという。
警察に知らせてはいけない。そしてこのホールの客を誰も帰してはいけない。
だれか1人でも帰るようなことがあれば、爆弾を爆発させると。
この事実は主催である小野寺家と小日向家にだけ知らされた。
そして彼らはパニックになるのを防ぐために、とりあえず口を噤んでいたのだ。
あの人が犯人だと思う。
杏は律と律の両親、そして自分の両親にそう告げた。
あの人とはもちろん高野のことだ。
律は「証拠がないだろ」と冷やかだ。
だけど双方の両親は、杏のいうことを信じた。
律の両親は、律の警護に付けていた男たちに高野の身体検査を命じた。
発見された爆弾にはタイマーの類はついておらず、その代わりに電波の受信機がついていた。
つまりリモコン式なのだ。
高野が犯人なら、爆弾を操作する何かしらの装置を持っているはずだった。
男たちは高野を取り囲み、何かを話しかけている。
高野は話を聞き終えて不機嫌そうに顔を歪めたが、拒みはしなかったらしい。
まずは上着を脱いで、男の1人に渡す。
そして別の男たちがシャツやスラックスのポケットを探ったり、身体のあちこちを服の上から叩いた。
だが何も発見できなかったらしい。
「無駄なのに」
律は冷やかにそう言ったが、杏は「まだわからない」と答えた。
爆弾の作り方によっては、スマートフォンだって起爆装置になり得ると聞いたことがある。
男たちも当然考えているようで、高野のスマホをチェックしてた矢先、轟音が鳴り響いたのだ。
「嘘!?そんな。。。」
杏は驚き、声を上げていた。
高野は今まさに男たちに取り囲まれて、持ち物や衣服をチェックされていた。
そして杏たちはその光景を見ていたのだ。
つまり高野には爆弾の起爆装置を押すことなんて、できなかった。
あの人じゃないとしたら、まさか。
杏が信じられない思いで見たのは、恋してやまない幼なじみの婚約者だった。
【続く】