女王3題
【クィーンは狂ったように笑う】
「どっちにしても、新しい挑戦だな。」
羽鳥は難しい顔で、唸った。
吉野は合格発表を見る受験生よろしく、羽鳥の裁定を待っている。
吉野と羽鳥は行きつけのカフェに来ていた。
打ち合わせによく使う店で、今日の目的もまた打ち合わせだ。
月刊「エメラルド」で吉野の作品の新連載ができる目処が立った。
つまり吉野の作品のドラマ化問題は一応の解決を見たのだ。
結論を言うと、ドラマ「ハートのクィーン」は無期限延期となった。
つまり事実上の中止だ。
それは吉野の言い出したことだった。
必要なところには頭を下げるし、もし違約金が発生するなら払ってもいい。
とにかく1度、この話はなかったことにしたい。
羽鳥もそれに賛成した。
アイドルタレントの暴走で、あまり好ましくない話題になってしまったからだ。
このままでは作品に悪いイメージが定着する恐れがある。
少なくても今はそうだ。
かなりの数の人が「ハートのクィーン」と聞けば「ああ、あの騒動の?」と思うだろう。
結局この意見に高野も同意してくれて、編集部も動いた。
ドラマ制作のスタッフ、彼女の所属する芸能事務所、広告主の会社社長。
あちこちに詫びて回った。
そしてようやく吉野の新連載が掲載できる運びとなったのだ。
*****
「俺さ、今回のことですごく反省したんだ。」
「反省?」
「宣伝も、アニメとかドラマとかも。全部トリたちに任せてたから。」
吉野はいつになく真剣な表情で、そう言った。
それは偽りない吉野の気持ちだった。
今回のドラマ化で、吉野は実にずるい立場にいた。
好きにしてくれていいと言いながら、主役候補のタレントについては難色を示した。
吉野がもっとハッキリしていたら、こんな面倒なことにはならなかったと思う。
主役は彼女ではダメだとはっきり告げていたら。
もしくはもう誰でもいいと開き直っていたら。
原作者の権利としてしっかり主張していたら、もっと違ったことになっていただろう。
だが吉野は「できれば彼女じゃない方がいい」などと当たり障りのないことを言った。
だからみんなが都合よく解釈して、振り回されたのだ。
「今度からはちゃんとするよ。アニメもドラマも協力する。嫌なこともしっかり言う。」
「吉野」
「それで良い物ができれば、ファンのためにもなるし。」
元気よく言い切った吉野に、羽鳥も微笑した。
大騒ぎした挙句、結局ドラマ化はなくなった。
一見散々な結末だが、実はそうではない。
プロとしての吉野が成長したのだから。
単に漫画を描くだけではなく、それ以外のことでも努力する。
担当編集として、この意識改革は頼もしくも嬉しい。
*****
「じゃあ本題ね。」
吉野は鞄からクリアファイルを取り出すと、その中の2枚の紙片をテーブルに並べる。
羽鳥はそれを見て、思わず「うっ」と呻いた。
ドラマ化の反省の後、2人は新連載の打ち合わせを始めた。
吉野は2つの案を用意しており、それを簡単なイラストにしていた。
1枚は少女のイラスト、もう1つは数人の青年が描かれている。
「これは。。。もしかして『ハートのクィーン』の?」
羽鳥は少女のイラストを指差して、そう聞いた。
その表情はドラマ化される予定だった作品の脇役のキャラに似ていた。
吉野は「あ、わかる?」と悪戯っぽい笑顔になった。
吉野はその表情のまま、第1案の説明をする。
大ヒット作「ハートのクィーン」のスピンオフだ。
作品中でヒロインの彼氏に片想いして、ヒロインに意地悪する女の子。
彼女を主役にして、吉野は新たな物語を作ろうと考えていた。
「タイトルは『もう1人のクィーン』かな」
「『ハートのクィーン』ではただ意地悪だったけど、本当はいい子で」
「周りに誤解されて揺れたり、精神的に不安定になったりして」
「それでちょっと追い詰められて、狂気っぽい感じも入れたいかな。」
「キャッチフレーズは『クィーンは狂ったように笑う』とか」
吉野は羽鳥に喋ることで、イメージをまとめていく。
おそらく吉野は一連の出来事からヒントを得たのだろう。
騒ぎを起こしたタレントと「もう1人のクィーン」を重ねている。
周りに理解されず、でも認められたくて、必死に足掻く女の子。
羽鳥は悪くないと思った。
脇役を主役に据えるスピンオフは、今までの吉野の作品にはない。
それに新しい試みとして、少し狂気っぽい感じもいいだろう。
今までずっと王道を描いていた吉野だから、その設定は生きる。
だが問題は時期だった。
あの騒ぎの後「ハートのクィーン」のスピンオフというのは、どうなのか。
騒ぎを避けるためにドラマ化を見送ったのに、本末転倒ではないか。
それに読者も「もう1人のクィーン」とあのタレントを関連付けて見るかもしれない。
*****
「で、第2案なんだけど。」
吉野がもう1枚のイラストを指差す。
これこそ羽鳥が呻き声を上げた原因だった。
そこに描かれている青年たちには見覚えがある。
というか、どう見てもエメラルド編集部の面々だ。
そして中央に書かれた主人公と思われる青年は、小野寺律だった。
「これが第2案。舞台は出版社。」
羽鳥は思わず頭を抱えたくなったが、吉野はそういう雰囲気を読まない。
憎たらしいような無邪気な笑顔で説明を開始する。
「主人公は新人の編集者で、彼の成長物語にしたいんだ。」
「頼もしい上司や先輩に囲まれて、毎日頑張る」
「担当作家に無茶を言われて、でも奮闘して。」
また吉野は思いついたままに口にする。
羽鳥はもう顔が引きつるのを、止められなかった。
まったくよくもと叫びたい。
担当作家に無茶を言われて、なんてどの口が言うのか。
だがこれも一連の出来事の経験から思いついたネタなのだろう。
吉野なりに編集者たちへの感謝ということだ。
とりあえず自分たちが出演している件は横に置いて、考えてみる。
この場合の問題点は、女性キャラが出て来ないことだ。
やはり「エメラルド」の読者は、圧倒的に10代の女子。
そして期待されるのは、恋愛要素なのだ。
「で、どっちがいいと思う?」
吉野に詰め寄られて、羽鳥は答えに困った。
*****
「どっちにしても、新しい挑戦だな。」
羽鳥は難しい顔で、唸った。
吉野は合格発表を見る受験生よろしく、羽鳥の裁定を待っている。
「とりあえず1案は今はなしだ。悪くないが、あの騒ぎの後だし時期が悪い。」
「やっぱりそうかぁ。。。」
「2案は主役を女子にして、恋愛を入れられないか?」
「そうだね。まぁ小野寺さんはそのまま名前も女子で使えるかぁ。。。」
「はぁぁ?俺たちの名前まで使うつもりだったのか??」
羽鳥はついに不満の声を上げる。
だが吉野は「少し変えるよ」と、涼しい顔だ。
「編集長は高田さんで、副編集長は羽月さん、主役は織田律さんで。」
「お前、もっとちゃんと。。。」
「女の子キャラもいいかも。小野寺さん美人だし。これもまた『クィーン』だね。」
「あのな、吉野。。。」
「キャッチフレーズは『編集者が青ざめるほどちょこっとリアルな出版業界ラブ』」
もう吉野は聞く耳を持たず、とにかくイメージを広げている。
羽鳥は大きくため息をつく。
吉野は今、久々の新連載に浮かれている。
何を言っても耳に入る状態ではないだろう。
落ち着いてから、何とか自分のキャラクターの顔と名前は変えさせたい。
とにかく吉野が元のペースで仕事ができて何よりだ。
羽鳥は元気よくプロットを語る吉野に、自分もまた高揚していくのを感じだ。
まんまとクィーンにされた律には申し訳ないが、嬉しいものは嬉しい。。
羽鳥も吉野もかつて律が「織田律」という名を使っていたことを知らない。
数日後に出来上がった吉野のプロットを聞かされて、律は言葉も出ないほど驚く。
動揺して取り乱した律-クィーンは狂ったように笑う。笑うしかない。
かくして吉野の新連載は、順調(?)に始動した。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
「どっちにしても、新しい挑戦だな。」
羽鳥は難しい顔で、唸った。
吉野は合格発表を見る受験生よろしく、羽鳥の裁定を待っている。
吉野と羽鳥は行きつけのカフェに来ていた。
打ち合わせによく使う店で、今日の目的もまた打ち合わせだ。
月刊「エメラルド」で吉野の作品の新連載ができる目処が立った。
つまり吉野の作品のドラマ化問題は一応の解決を見たのだ。
結論を言うと、ドラマ「ハートのクィーン」は無期限延期となった。
つまり事実上の中止だ。
それは吉野の言い出したことだった。
必要なところには頭を下げるし、もし違約金が発生するなら払ってもいい。
とにかく1度、この話はなかったことにしたい。
羽鳥もそれに賛成した。
アイドルタレントの暴走で、あまり好ましくない話題になってしまったからだ。
このままでは作品に悪いイメージが定着する恐れがある。
少なくても今はそうだ。
かなりの数の人が「ハートのクィーン」と聞けば「ああ、あの騒動の?」と思うだろう。
結局この意見に高野も同意してくれて、編集部も動いた。
ドラマ制作のスタッフ、彼女の所属する芸能事務所、広告主の会社社長。
あちこちに詫びて回った。
そしてようやく吉野の新連載が掲載できる運びとなったのだ。
*****
「俺さ、今回のことですごく反省したんだ。」
「反省?」
「宣伝も、アニメとかドラマとかも。全部トリたちに任せてたから。」
吉野はいつになく真剣な表情で、そう言った。
それは偽りない吉野の気持ちだった。
今回のドラマ化で、吉野は実にずるい立場にいた。
好きにしてくれていいと言いながら、主役候補のタレントについては難色を示した。
吉野がもっとハッキリしていたら、こんな面倒なことにはならなかったと思う。
主役は彼女ではダメだとはっきり告げていたら。
もしくはもう誰でもいいと開き直っていたら。
原作者の権利としてしっかり主張していたら、もっと違ったことになっていただろう。
だが吉野は「できれば彼女じゃない方がいい」などと当たり障りのないことを言った。
だからみんなが都合よく解釈して、振り回されたのだ。
「今度からはちゃんとするよ。アニメもドラマも協力する。嫌なこともしっかり言う。」
「吉野」
「それで良い物ができれば、ファンのためにもなるし。」
元気よく言い切った吉野に、羽鳥も微笑した。
大騒ぎした挙句、結局ドラマ化はなくなった。
一見散々な結末だが、実はそうではない。
プロとしての吉野が成長したのだから。
単に漫画を描くだけではなく、それ以外のことでも努力する。
担当編集として、この意識改革は頼もしくも嬉しい。
*****
「じゃあ本題ね。」
吉野は鞄からクリアファイルを取り出すと、その中の2枚の紙片をテーブルに並べる。
羽鳥はそれを見て、思わず「うっ」と呻いた。
ドラマ化の反省の後、2人は新連載の打ち合わせを始めた。
吉野は2つの案を用意しており、それを簡単なイラストにしていた。
1枚は少女のイラスト、もう1つは数人の青年が描かれている。
「これは。。。もしかして『ハートのクィーン』の?」
羽鳥は少女のイラストを指差して、そう聞いた。
その表情はドラマ化される予定だった作品の脇役のキャラに似ていた。
吉野は「あ、わかる?」と悪戯っぽい笑顔になった。
吉野はその表情のまま、第1案の説明をする。
大ヒット作「ハートのクィーン」のスピンオフだ。
作品中でヒロインの彼氏に片想いして、ヒロインに意地悪する女の子。
彼女を主役にして、吉野は新たな物語を作ろうと考えていた。
「タイトルは『もう1人のクィーン』かな」
「『ハートのクィーン』ではただ意地悪だったけど、本当はいい子で」
「周りに誤解されて揺れたり、精神的に不安定になったりして」
「それでちょっと追い詰められて、狂気っぽい感じも入れたいかな。」
「キャッチフレーズは『クィーンは狂ったように笑う』とか」
吉野は羽鳥に喋ることで、イメージをまとめていく。
おそらく吉野は一連の出来事からヒントを得たのだろう。
騒ぎを起こしたタレントと「もう1人のクィーン」を重ねている。
周りに理解されず、でも認められたくて、必死に足掻く女の子。
羽鳥は悪くないと思った。
脇役を主役に据えるスピンオフは、今までの吉野の作品にはない。
それに新しい試みとして、少し狂気っぽい感じもいいだろう。
今までずっと王道を描いていた吉野だから、その設定は生きる。
だが問題は時期だった。
あの騒ぎの後「ハートのクィーン」のスピンオフというのは、どうなのか。
騒ぎを避けるためにドラマ化を見送ったのに、本末転倒ではないか。
それに読者も「もう1人のクィーン」とあのタレントを関連付けて見るかもしれない。
*****
「で、第2案なんだけど。」
吉野がもう1枚のイラストを指差す。
これこそ羽鳥が呻き声を上げた原因だった。
そこに描かれている青年たちには見覚えがある。
というか、どう見てもエメラルド編集部の面々だ。
そして中央に書かれた主人公と思われる青年は、小野寺律だった。
「これが第2案。舞台は出版社。」
羽鳥は思わず頭を抱えたくなったが、吉野はそういう雰囲気を読まない。
憎たらしいような無邪気な笑顔で説明を開始する。
「主人公は新人の編集者で、彼の成長物語にしたいんだ。」
「頼もしい上司や先輩に囲まれて、毎日頑張る」
「担当作家に無茶を言われて、でも奮闘して。」
また吉野は思いついたままに口にする。
羽鳥はもう顔が引きつるのを、止められなかった。
まったくよくもと叫びたい。
担当作家に無茶を言われて、なんてどの口が言うのか。
だがこれも一連の出来事の経験から思いついたネタなのだろう。
吉野なりに編集者たちへの感謝ということだ。
とりあえず自分たちが出演している件は横に置いて、考えてみる。
この場合の問題点は、女性キャラが出て来ないことだ。
やはり「エメラルド」の読者は、圧倒的に10代の女子。
そして期待されるのは、恋愛要素なのだ。
「で、どっちがいいと思う?」
吉野に詰め寄られて、羽鳥は答えに困った。
*****
「どっちにしても、新しい挑戦だな。」
羽鳥は難しい顔で、唸った。
吉野は合格発表を見る受験生よろしく、羽鳥の裁定を待っている。
「とりあえず1案は今はなしだ。悪くないが、あの騒ぎの後だし時期が悪い。」
「やっぱりそうかぁ。。。」
「2案は主役を女子にして、恋愛を入れられないか?」
「そうだね。まぁ小野寺さんはそのまま名前も女子で使えるかぁ。。。」
「はぁぁ?俺たちの名前まで使うつもりだったのか??」
羽鳥はついに不満の声を上げる。
だが吉野は「少し変えるよ」と、涼しい顔だ。
「編集長は高田さんで、副編集長は羽月さん、主役は織田律さんで。」
「お前、もっとちゃんと。。。」
「女の子キャラもいいかも。小野寺さん美人だし。これもまた『クィーン』だね。」
「あのな、吉野。。。」
「キャッチフレーズは『編集者が青ざめるほどちょこっとリアルな出版業界ラブ』」
もう吉野は聞く耳を持たず、とにかくイメージを広げている。
羽鳥は大きくため息をつく。
吉野は今、久々の新連載に浮かれている。
何を言っても耳に入る状態ではないだろう。
落ち着いてから、何とか自分のキャラクターの顔と名前は変えさせたい。
とにかく吉野が元のペースで仕事ができて何よりだ。
羽鳥は元気よくプロットを語る吉野に、自分もまた高揚していくのを感じだ。
まんまとクィーンにされた律には申し訳ないが、嬉しいものは嬉しい。。
羽鳥も吉野もかつて律が「織田律」という名を使っていたことを知らない。
数日後に出来上がった吉野のプロットを聞かされて、律は言葉も出ないほど驚く。
動揺して取り乱した律-クィーンは狂ったように笑う。笑うしかない。
かくして吉野の新連載は、順調(?)に始動した。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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