雷8題
【落雷(らくらい)】
『はい、エメラルド編集部、高野です!』
「もしもし!小野寺です!!」
ようやくつながった電話に向かって、律はほとんど絶叫していた。
あと1ヶ月で地球が滅亡するという途方もないニュースの後。
とにかく律と吉野はエメラルド編集部に連絡を取ろうとしていた。
携帯電話は通じないし、ホテルの電話も不通になっていた。
慌ててホテル内の公衆電話に向かったものの、そこは長蛇の列だった。
外へ出たものの、今時公衆電話などなかなか見つからない。
しかも例の流星群の影響で、落雷が頻発していた。
あまりにも近い場所でバリバリ、ドカーンと大きな音がすると、流石に怖い。
諦めてホテルに戻って並び、何度もコールして、ようやく編集部につながったのだった。
『無事なんだな?お前も吉野さんも』
「はい。2人とも元気です。」
高野の声を聞くだけで、もう涙があふれてしまいそうだ。
「これから東京に戻ります。」
『いや、やめろ。もう電車も飛行機も運行していないし、今は危ない。』
そうなのだ。交通網はもうそのサービスを停止してしまっていた。
その上、警察や消防などももう機能していない。
街はヤケになって暴動まがいの破壊や強盗などの被害が出始めていた。
『俺とトリが今から車でそっちに行く。だからホテルにいろ!』
「そんな。高野さんたちだって危険ですよ。」
『・・・・・・』
その時、電話の向こうからなにやらガタゴトと物音が聞こえた。
だが人の声がしない。
まさか混線してしまったのかと不安になったその時、聞こえたのは別の声だ。
『もしもし、律っちゃん!頼みがあるんだけど!』
「え??木佐さん?」
電話から聞こえる予想外の人の声に、律は驚いて聞き返していた。
*****
「高野さん、トリもごめん。俺は。。。」
「事情はわかった。仕方ないだろう。」
深々と頭を下げる木佐に、高野は静かに答えた。
エメラルド編集部の面々は、律と吉野からの連絡を待っていた。
木佐はお世話になった最後の作家に礼を言い、後輩と挨拶をして終わりだと思ったのだ。
だが高野と羽鳥はこれから2人に会いに北海道に行くと言う。
それを聞いた途端、木佐の頭にある1つの考えが浮かんだ。
そして次の瞬間には、高野の手から電話をもぎ取り、会話に割り込んでいた。
「そう。札幌市中央区南。。。」
木佐が電話口でまくし立てているのは、雪名の実家の住所だった。
雪名は今、帰省している。
東京を出るときに「これ俺の実家です」と1枚のメモを置いていった。
書かれていたのは雪名の実家の住所と電話番号だった。
「一応念のため」などと言いながら渡されたとき、木佐は笑った。
何かあったら携帯へ電話かメールをするだろう。
こんなもの必要ないだろうにと。
「俺も一緒に行くから。ホテルにそいつを、雪名を呼んで欲しいんだ。」
木佐は電話の向こうの律に、そう頼んだ。
雪名の実家に何度電話をしても通じない。
だからホテルで待つ間、彼に電話をかけ続けて欲しい。
それが木佐から律への頼みだった。
『吉野さんが羽鳥さんと話したいって。。。』
木佐の頼みを快諾した律がそう言いかけた時、電話は切れてしまった。
回線が混乱しているのかもしれないし、公衆電話の小銭かカードが切れたのかもしれない。
とにかく律と連絡が取れた。
そして高野と羽鳥、そして木佐は北海道に向かうことを決めた。
*****
「じゃあ、みんな元気で。」
美濃奏は、高野、羽鳥、木佐と握手を交わした。
エメラルド編集部はこれで解散し、ここを去る。
好きな人に逢うために、最期の時を好きな人と迎えるために。
美濃以外のメンバーは北海道に向かう。
だが美濃の愛する人は、ここ東京にいる。
「最後の1人は嫌だから先に出るよ。小野寺君と吉川先生によろしくね。」
美濃はそう言って、スタスタと編集部を出て行った。
普段の帰宅とまったく変わらない、軽い足取りだ。
そして美濃と入れ替わるように入ってきたのは、横澤だった。
「行くのか?」
横澤はただそれだけ聞いてきた。
吉野と律が取材旅行で北海道にいることは、横澤も知っている。
だから余計なことは言わず、ただ「行くのか?」と聞いてきた。
「ああ。今までいろいろありがとう。」
「よせよ、改まって。」
いきなり頭を下げる高野に、横澤がぶっきらぼうに応じる。
高野の素直で真っ直ぐな感謝の表明に、照れてしまったからだ。
「外はかなり荒れてるようだ。気をつけて行けよ。」
「横澤、お前はどうするんだ?」
「俺もお前らと同じ。大事なヤツのところに行くだけだ。」
横澤の言葉に、高野の口元が緩んだ。
過去にはいろいろとあり、気まずくなってしまったこともある。
だがやはり最後は良き友人だった。
「お幸せに。」
「ば~か。こっちのセリフだ。じゃあな。羽鳥も木佐も気をつけろよ。」
横澤も美濃と同様、スタスタと歩いていく。
その後ろ姿に羽鳥が「お疲れ様でした」と声をかける。
木佐も慌てて「いままでありがとうございました!」と声を張り上げた。
思えば、木佐が雪名と挨拶を交わすきっかけになったのはこの横澤だった。
やはり感謝の言葉を伝えたいと思った
横澤は振り返らなかったし、足を止めることもなかった。
だがこちらに向かって数回手を振ると、力強い足取りで出て行った。
外では頻繁に落雷の音が響いている。
だけどそんなことは関係ない。行くだけだ。
高野と羽鳥と木佐は、もう2度と戻らない仕事場を後にした。
【続く】
『はい、エメラルド編集部、高野です!』
「もしもし!小野寺です!!」
ようやくつながった電話に向かって、律はほとんど絶叫していた。
あと1ヶ月で地球が滅亡するという途方もないニュースの後。
とにかく律と吉野はエメラルド編集部に連絡を取ろうとしていた。
携帯電話は通じないし、ホテルの電話も不通になっていた。
慌ててホテル内の公衆電話に向かったものの、そこは長蛇の列だった。
外へ出たものの、今時公衆電話などなかなか見つからない。
しかも例の流星群の影響で、落雷が頻発していた。
あまりにも近い場所でバリバリ、ドカーンと大きな音がすると、流石に怖い。
諦めてホテルに戻って並び、何度もコールして、ようやく編集部につながったのだった。
『無事なんだな?お前も吉野さんも』
「はい。2人とも元気です。」
高野の声を聞くだけで、もう涙があふれてしまいそうだ。
「これから東京に戻ります。」
『いや、やめろ。もう電車も飛行機も運行していないし、今は危ない。』
そうなのだ。交通網はもうそのサービスを停止してしまっていた。
その上、警察や消防などももう機能していない。
街はヤケになって暴動まがいの破壊や強盗などの被害が出始めていた。
『俺とトリが今から車でそっちに行く。だからホテルにいろ!』
「そんな。高野さんたちだって危険ですよ。」
『・・・・・・』
その時、電話の向こうからなにやらガタゴトと物音が聞こえた。
だが人の声がしない。
まさか混線してしまったのかと不安になったその時、聞こえたのは別の声だ。
『もしもし、律っちゃん!頼みがあるんだけど!』
「え??木佐さん?」
電話から聞こえる予想外の人の声に、律は驚いて聞き返していた。
*****
「高野さん、トリもごめん。俺は。。。」
「事情はわかった。仕方ないだろう。」
深々と頭を下げる木佐に、高野は静かに答えた。
エメラルド編集部の面々は、律と吉野からの連絡を待っていた。
木佐はお世話になった最後の作家に礼を言い、後輩と挨拶をして終わりだと思ったのだ。
だが高野と羽鳥はこれから2人に会いに北海道に行くと言う。
それを聞いた途端、木佐の頭にある1つの考えが浮かんだ。
そして次の瞬間には、高野の手から電話をもぎ取り、会話に割り込んでいた。
「そう。札幌市中央区南。。。」
木佐が電話口でまくし立てているのは、雪名の実家の住所だった。
雪名は今、帰省している。
東京を出るときに「これ俺の実家です」と1枚のメモを置いていった。
書かれていたのは雪名の実家の住所と電話番号だった。
「一応念のため」などと言いながら渡されたとき、木佐は笑った。
何かあったら携帯へ電話かメールをするだろう。
こんなもの必要ないだろうにと。
「俺も一緒に行くから。ホテルにそいつを、雪名を呼んで欲しいんだ。」
木佐は電話の向こうの律に、そう頼んだ。
雪名の実家に何度電話をしても通じない。
だからホテルで待つ間、彼に電話をかけ続けて欲しい。
それが木佐から律への頼みだった。
『吉野さんが羽鳥さんと話したいって。。。』
木佐の頼みを快諾した律がそう言いかけた時、電話は切れてしまった。
回線が混乱しているのかもしれないし、公衆電話の小銭かカードが切れたのかもしれない。
とにかく律と連絡が取れた。
そして高野と羽鳥、そして木佐は北海道に向かうことを決めた。
*****
「じゃあ、みんな元気で。」
美濃奏は、高野、羽鳥、木佐と握手を交わした。
エメラルド編集部はこれで解散し、ここを去る。
好きな人に逢うために、最期の時を好きな人と迎えるために。
美濃以外のメンバーは北海道に向かう。
だが美濃の愛する人は、ここ東京にいる。
「最後の1人は嫌だから先に出るよ。小野寺君と吉川先生によろしくね。」
美濃はそう言って、スタスタと編集部を出て行った。
普段の帰宅とまったく変わらない、軽い足取りだ。
そして美濃と入れ替わるように入ってきたのは、横澤だった。
「行くのか?」
横澤はただそれだけ聞いてきた。
吉野と律が取材旅行で北海道にいることは、横澤も知っている。
だから余計なことは言わず、ただ「行くのか?」と聞いてきた。
「ああ。今までいろいろありがとう。」
「よせよ、改まって。」
いきなり頭を下げる高野に、横澤がぶっきらぼうに応じる。
高野の素直で真っ直ぐな感謝の表明に、照れてしまったからだ。
「外はかなり荒れてるようだ。気をつけて行けよ。」
「横澤、お前はどうするんだ?」
「俺もお前らと同じ。大事なヤツのところに行くだけだ。」
横澤の言葉に、高野の口元が緩んだ。
過去にはいろいろとあり、気まずくなってしまったこともある。
だがやはり最後は良き友人だった。
「お幸せに。」
「ば~か。こっちのセリフだ。じゃあな。羽鳥も木佐も気をつけろよ。」
横澤も美濃と同様、スタスタと歩いていく。
その後ろ姿に羽鳥が「お疲れ様でした」と声をかける。
木佐も慌てて「いままでありがとうございました!」と声を張り上げた。
思えば、木佐が雪名と挨拶を交わすきっかけになったのはこの横澤だった。
やはり感謝の言葉を伝えたいと思った
横澤は振り返らなかったし、足を止めることもなかった。
だがこちらに向かって数回手を振ると、力強い足取りで出て行った。
外では頻繁に落雷の音が響いている。
だけどそんなことは関係ない。行くだけだ。
高野と羽鳥と木佐は、もう2度と戻らない仕事場を後にした。
【続く】