ヒルセナ放課後5題

「何の用だ?」
凄んで、詰め寄ったのは黒木だ。
兄弟分の十文字と戸叶がその両側を固めている。
だがその姿には少しも迫力がなかった。

「なーんか、最近、瀬那冷たいよな。」
放課後の部活を終え、着替えの最中。
十文字は誰にともなくそう呟いた。
拗ねているような寂しがっているような口調は、少しも魔物っぽくない。

瀬那は今日もロードワークに出ており、まだ戻っていなかった。
ランニングバックをやりたいと言い出して、部員のほぼ全員が反対した。
その後どうにか折れたものの、誰もハードな練習の相手をしない。
それ以来、瀬那は1人だけ別メニューで練習するようになったのだ。

黒木と戸叶は微妙な表情で顔を見合わせた。
モン太と小結も目を伏せてしまう。
十文字の瀬那への想いは、恋情に変化しつつある。
それに気付いているせいで、うまく言葉が見つからないのだ。
軽口で応じそうな蛭魔と武蔵は、この場にいない。
2年だけで打ち合わせなどと称して、どこかへ行ってしまったのだ。

「瀬那もちゃんと部活をやりたいってことでしょ。」
結局十文字の問いを引き取ったのは鈴音だった。
部員たちが着替えているのに、平然と部室にいる。
鈴音にとって「男は瀬那だけ」なのだと言う。
だから瀬那が着替えている時には席を外すが、いないときにはおかまいなしだ。



「瀬那のこと、ちゃんと認めてあげればいいのに。」
「危ないだろ!あんな小さな身体で、アメフトなんて!」
「瀬那が本気で走ったら、あんたたちなんか追いつけないわよ!」
「何だと!?」

鈴音は挑発的で、あくまでも瀬那贔屓だ。
血気盛んな若い魔物たちは、気色ばんだ。
だがすぐに動きを止めると、口を閉ざして、真面目な表情になる。

「どうしたの?」
急に黙り込んでしまった部員たちに、鈴音は首を傾げる。
十文字は指を立てて唇に当て、鈴音に黙るようにと合図する。
その間に黒木が先に立って、忍び足で戸口に向かった。
戸叶と十文字がそれに続く。
モン太と小結はそっと鈴音の前に移動し、守るような位置を取った。

黒木が無言のまま、ゆっくりと戸口に移動すると、ドアノブを掴んだ。
十文字と戸叶に目配せすると、顔を見合わせて頷き合う。
そして黒木は一気にドアを開いた。

「何の用だ?」
凄んで、詰め寄ったのは黒木だ。
兄弟分の十文字と戸叶がその両側を固めている。
だがその姿には少しも迫力がなかった。
3人ともジャージの上に制服のシャツだったり、ボタンが開いていたり。
着替えの最中だったので、中途半端な格好だったのだ。
案の定、ドアの外にいた人物はそれを見て苦笑している。

「別に。通りかかっただけだよ。」
答えたのは、教師の雪光だった。
慌てるわけでもなければ、不貞腐れることもない。
ごく自然な素振りで、その場に立っていた。



「瀬那から離れろ」
静かだが有無を言わせぬ声だった。
瀬那も一緒にいた男も思わず振り向いた。

今日もロードワークに出た瀬那は、その人物に会った。
進清十郎、いつぞや瀬那が落とした買い物メモを拾ってくれた男だ。
瀬那はそれを特に不思議に思わなかった。
ロードワークのコースと買い出しの道順は、かなり重なっている。
たまたま進の行動圏もこの範囲で、だから再会したのだろう。

瀬那も足はかなり速い方だが、進もかなりの健脚だ。
ごく自然に2人で待ち合わせて、一緒に走るようになった。
折りしもアメフト部の部員たちは、瀬那のトレーニングに否定的だ。
一緒に楽しく走れる相手とのロードワークが楽しみになるのも、無理からぬことだった。

瀬那は最初に進に出会った後、蛭魔にそのことを告げていた。
おそらくは「組織」に所属している人間で、瀬那の正体を見抜いている。
だが敵意は感じなかったし、むしろ親切だった。
蛭魔は「そうか」と言っただけだった。
瀬那の直感を信じ、危険のない相手と思ってくれたのだと思った。

だがその後、待ち合わせてロードワークをしていることは話していない。
ランニングバックをしたいと頼んだのに、させてくれない。
そんな蛭魔たちへの反発からだ。

だからこそ驚いた。
今日も待ち合わせて、走り出そうとした瞬間。
有無を言わさぬ口調で詰め寄ってきたのは、蛭魔だった。
その横には武蔵までおり、凄みをきかせている。
そこらの高校生なら、泣きながら逃げ出しそうな勢いだ。

「どうして」
瀬那は驚き、蛭魔と武蔵を見た。
そして進の方へと向き直る。
進は2人の剣幕に少しも怯まず、唇に笑みを浮かべていた。



「調べはついている。お前、賞金稼ぎだな?」
武蔵は表情に怒りを滲ませながら、進に詰め寄る。
進は特に慌てた様子もなく「そうだ」と頷く。
その間に蛭魔が瀬那の横に立ち、かばうように肩を抱き寄せた。

「賞金、稼ぎ?『組織』の人じゃ。。。」
「違う。」
瀬那の質問に、蛭魔は素っ気なく答える。
だが瀬那の肩を抱く蛭魔の指に力がこもった。

賞金稼ぎとは、特殊な能力を持つ者が生業とする職業だ。
人間に危害を加えたり、または加えようとした魔物を捕獲する。
それを「組織」に引き渡せば、賞金が貰えるのだ。

「お前たち、魔物だな。賞金稼ぎは成敗するとでも言うのか?」
「別に関係ない。瀬那を利用しないで貰えればそれでいい。」
蛭魔はあくまで冷静にいようと努めている。
だが心の奥では本気で怒っているのだと、肩を抱く手から伝わってくる。

賞金稼ぎの典型的なやり方は、人間をエサにする方法だ。
瀬那のように、魔物が好む「気」を放つ人間をピタリとマークする。
そこで襲ってきた魔物を捕らえるのだ。
葉柱のように、他の吸血鬼の「伴侶」だなどと筋を通す者は少ない。

「僕はエサ、だったんですか?」
瀬那は震える声で、そう聞いた。
アメフトをずっとやりたくて、でも諦めていた。
そんな瀬那の背中を押してくれた進に、感謝していたのだ。
まさか魔物のエサにするために、親切にしてくれたなんて考えたくない。

「問題ないだろう。危険はない。俺より強い魔物などいないから。」
進がそう答えた瞬間、進から発せられる気が変わった。
友好的な雰囲気が消え去り、攻撃的な殺気が漂い始める。

蛭魔と武蔵は瀬那を背後に押しやりながら、進と対峙した。
瀬那は困惑しながら、睨み合う3人を見ていた。



「通りかかっただけ?ふざけた言い訳だな」
着替えの最中、一番マシな格好の十文字が皮肉を浴びせた。
その間に他の者たちが、慌てて身支度を整える。
黒木と戸叶が戦線復帰すると、十文字はさりげなくシャツのボタンをかけた。
何とも間の抜けた状況ではある。
だがこちらは1歩も引くつもりはない、と十文字は気を引き締めた。

「あんたの気配はずっと部室の前にあった。明らかに見張ってたよな?」
「思い過ごしじゃないかな?」
「まさか。トボけても無駄だぜ?雪光センセ?」

十文字は軽い口調を装いながら、気が高まっていくのを感じた。
雪光の意図については、まったく思いつくことがない。
だが1つだけ、嫌な想像が頭を過ぎるのだ。
魔物たちが集うアメフト部に何かを仕掛けようと思ったとき。
狙うとしたら、人間である瀬那か鈴音しかない。

「参ったな。ちょっと待ってただけなのに?」
「待ってた、だと?」
「言っておくけど、僕は弱いよ?」

雪光は両手を頭上に掲げると、降参のポーズを取った。
だが十文字は警戒態勢を解かない。
他の部員たちも同様だ。

「僕は教師をしながら賞金稼ぎをしてるんだ。」
「賞金、稼ぎ?」
「だから瀬那君を待ってた。正確には瀬那君の気配に引き寄せられる魔物を」

蛭魔たちと違い、賞金稼ぎの意味を知らない十文字たちは首を傾げる。
その上、雪光の本当の強さが判断できない。
魔物に囲まれて飄々としているこの男は倒せる相手なのか?

蛭魔、早く戻ってきやがれ!
十文字は心の底からそう思った。

【続く】
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