ヒルセナ放課後5題

「なかなかうまくいかないなぁ。。。」
瀬那は浮かない表情で、走り続ける。
足取りは軽いのに、気分はとても重かった。

マネージャーではなくて、プレーヤーになりたい。
瀬那は蛭魔や他の部員たちに何度もそう頼んだ。
最初は渋っていた蛭魔も、諦めない瀬那に折れた。
折りしもマネージャーとして鈴音も入部した。
瀬那は心置きなく、ランニングバックの練習を始めることができた。

だがその後、瀬那は全然満足しなかった。
とにかくアメフトらしい練習をさせてもらえなかったからだ。
ランニングやらパスキャッチなどはさせてくれる。
だが連係や試合形式の練習には入れてもらえなかったのだ。
つまりラインマンと対峙する状況は皆無。
レシーバーのモン太ですら、タックルを受けたりしているのに。

瀬那は盛大に文句を言った。
これではランニングバックの練習にならない。
ここでも蛭魔は渋った。
だが瀬那はちゃんと練習させてくれないなら、もう血を飲ませないとまで宣言した。

そこでようやくラインマンたちと試合形式の練習をしたが、またしても問題発生だ。
ラインマン-十文字たちは、本気で当たってこない。
おそらくは瀬那の身体を心配してくれているのだろう。
だが真剣にやってくれない練習は、瀬那にとってはストレスにしかならない。

瀬那は試合形式の練習を抜けて、1人でロードワークに出た。
川沿いのランニングコースは風が爽やかで心地いいのに、ため息が止まらない。



「よぉ!チビ」
背後から声をかけられた瀬那は、驚いて振り返る。
見覚えのある、いかにも不良といういでたちの男が瀬那を見下ろしていた。

折り返し地点まで来た瀬那は、ストップウォッチを見た。
一応毎日タイムを計っている。
今日は気分が晴れないせいか、あまり良いタイムではなかった。
そこでまたため息をついた瞬間、瀬那は少々ガラの悪い声に呼び止められたのだ。

「こんにちは」
瀬那は男の方に向き直ると、丁寧に頭を下げた。
どこか爬虫類を連想させる風貌の男には、見覚えがある。
先日、十文字たちにからんだ男のグループにいた。
最後尾にただ立っているだけなのに、異様に迫力があった男だ。
今も身体中から迸る攻撃的な魔の気配を隠そうともしない。

「ええと、葉柱、さん?」
「よく知ってるな。」
瀬那は葉柱の気配を探りながら、慎重に間合いを保った。
それでも以前、顔を合わせたときよりも遥かに距離が近い。
だからこそ、よくわかる。
葉柱は極めて魔力の強い吸血鬼だ。

「お前、吸血鬼の『伴侶』なのか」
瀬那が葉柱の気配を探るのと同様、葉柱も瀬那の気配を探っていたのだろう。
そしてすぐに瀬那が、吸血鬼の「伴侶」であることを見抜いたようだ。
今までも瀬那が、吸血鬼の「伴侶」だと見抜いた者は何人かいる。
いずれも非常に魔力の強い魔物か、魔物を制する能力の高い人間だ。

「ええ、そうです。」
瀬那がそう答えた瞬間、葉柱の気配が変わる。
今にも襲い掛かりそうな凶暴な雰囲気が消え、一気にやわらかくなった。



「お前の血は美味そうだったから、目をつけてたんだ。」
「そうなんですか?光栄です。」
「でも『伴侶』じゃダメだ。保護者の目を盗んでキスってのも気が引ける。」

吸血鬼の中には「伴侶」がいたって、おかまいなしに人間を襲う者もいる。
だが葉柱はどうやら筋を通すタイプのようだ。
瀬那はホッと一安心すると、身体の力を抜いた。

「この前はどうして泥門高校に?」
警戒態勢を解いた瀬那は、葉柱にそう聞いた。
この男は魔物としてもツワモノに見える。
生き方に確固たる信念もありそうだ。
ただ面白がって高校生の不良の喧嘩に加担するような性格には見えない。

「ああ、吸血鬼が高校生やってるって噂を聞いたんだ。見てやろうと思って。」
おそらく蛭魔のことだろう。
瀬那は小さく「なるほど」と思う。
葉柱は蛭魔と違い「組織」の管理下にはない。
だから蛭魔が魔物捜索のために潜入しているなどとは思わないのだろう。

「葉柱さんだって、高校生やってるじゃないですか。」
「いろいろ事情があるんだよ。」
「こっちだってそうです。」
瀬那は苦笑しながら、葉柱を見た。
見た目は怖いが、実は気のいい男のようだ。

「最近食事がマンネリでな。お前の血を飲みたかったが。」
「すみません。」
「いいさ。じゃあまたどこかで。」
葉柱が手を振りながら、去っていく。
瀬那はその後ろ姿をしばらく見送っていた。



「何やってんだ?」
部室のドアを開けた蛭魔は、思わず顔をしかめる。
蛭魔と目が合った鈴音は「あ~あ、残念」と肩を落とした。

最近、瀬那はランニングバックの練習をさせろと訴えている。
だが蛭魔としては、そうそう了承できることではなかった。
何しろ瀬那は高1男子としては、身体が小さい。
身長が低いだけではなく、細身で華奢なのだ。
ゴツいラインマンとぶつかるなんて、想像するだけで恐ろしい。
部員たちも同じ考えだったようで、瀬那に本気で当たろうとしない。
怒った瀬那は、1人でロードワークに出かけてしまった。

蛭魔にも、瀬那の希望通りに練習させてやりたいという気持ちはある。
たとえ怪我をしたって、蛭魔は魔力ですぐに治してやれるのだ。
だが痛い思いをさせたくないという思いの方が強い。
何しろ蛭魔の「伴侶」でいるせいで、瀬那は何度も痛みを感じている。
酷い怪我をしたのだって、1度や2度ではないのだ。

ロードワークから戻った瀬那は、無言だった。
練習している蛭魔たちの横をすり抜けて、部室に戻ってしまう。
どうやらまだ機嫌が直っていないようだ。
部員たちもさすがに困ったような表情だ。

しばらく練習を続けたが、瀬那はグラウンドに出て来ない。
マネージャーの鈴音が様子を見に行ったが、鈴音まで戻ってこなかった。
訝しく思い、練習を抜けて部室に来た蛭魔は、ノックもせずに扉を開く。
すると瀬那は椅子に腰掛け、机に突っ伏す形で眠っていた。
頬を机につけた状態で、無防備な寝顔を晒している。
鈴音はそんな瀬那に顔を寄せ、唇を重ねようとしていた。



「何やってんだ?」
「あ~あ、残念。保護者の目を盗んでキスしようとしてたのに。」
「いい根性してるな、お前。」

キスしようとしていたことがバレても、鈴音は平然としていた。
まったく油断も隙もない。
それに蛭魔は、鈴音を責めるより瀬那を怒りたい気分だった。
瀬那はモテるくせに、その自覚がまるでない。
こんな場所で寝ているなんて、襲ってくれと言っているに等しい。

「瀬那。こら、起きろ!」
「起きないよ」
蛭魔が少々荒げた声で呼んでも瀬那は起きない。
代わりに答えたのは、鈴音だ。

「揺すっても、耳元で叫んでも起きなかった。ロードワークきつかったのかな?」
鈴音の言葉に、蛭魔は不機嫌そうに眉を寄せた。
瀬那は何度もロードワークには行っている。
だがここまで消耗している瀬那は、見た事がない。

「瀬那。大丈夫か?」
蛭魔は不安になって、瀬那の顔を覗き込んだ。
そしてすぐに異変を感じ取った。
瀬那の身体から微かに香る魔物の香り。
それは蛭魔のものとも、他の部員たちのものとも違う。
ロードワーク中に魔物と接触したのだろう。
相手の強い魔力に当てられた上、「気」も吸われたせいで消耗したと考えられる。

「ファッキン!」
蛭魔は盛大に悪態をつくと、瀬那の隣の椅子に腰を下ろした。
あまりにも不機嫌だったので、さすがの鈴音も茶化すことができなかった。

【続く】
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