ヒルセナ放課後5題
「ショルダーパッドとグローブ、それに、テーピング?」
瀬那は買出し用のメモを読み上げながら、声が裏返る。
リズミカルに弾んでいた小走りの足も止まった。
瀬那は学校近くのスポーツ用品店「キミドリスポーツ」に向かっていた。
表向きアメフト部の主務である瀬那は必要な道具を買出しに来ていた。
楽しい気分の瀬那はついつい小走りになる。
部活のための買い物というささいな雑用が楽しい。
自分には無縁だと思っていた高校生活が、面白くて仕方ないのだ。
だが道すがら「買って来い」と蛭魔に渡されたメモを開いた瀬那は唖然とした。
実際にプレーする部員は、全員魔物なのだ。
普通の人間と全力でぶつかったところで、何ともない。
つまり防具なんて無意味だ。
それでもルール上で着用が必要なものならまだしも、テーピングとは。
いくらそれっぽくするにしても、学校の経費の無駄遣いではなかろうか?
それでも次の瞬間、瀬那は頬を緩ませた。
とことん凝り性な蛭魔らしい徹底振りが可笑しい。
それに瀬那に少しでも楽しい高校生活を送らせようとしてくれているのがわかるのだ。
だが楽しい気分は一瞬で消えた。
背後から不穏な気配を感じたからだ。
あからさまな敵意が、瀬那をピタリと狙っている。
さてどうしよう。
相手は瀬那をどうするつもりか、何人いるのか。
瀬那は靴紐を結ぶ振りをしながら、懸命に考えを巡らせていた。
「いいじゃない!マネージャーなら!」
アメフト部の部室で大声を上げたのは、瀬那や十文字たちのクラスメイト。
瀬那に好意を寄せる女子生徒、瀧鈴音だ。
鈴音は蛭魔たちが魔物であり、瀬那が蛭魔の「伴侶」であることを知っている。
彼女自身が魔物の標的となったことで、深く関わってしまったのだ。
本来なら蛭魔たちの正体についての記憶を消さなければならない。
だが蛭魔はそれをしなかった。
蛭魔と瀬那がこの学校にいる間は、そのままにするつもりだった。
瀬那だって普通に今の時代に生まれ育てば、こんな少女と恋をしていたかもしれない。
そんなことを思うと、鈴音の記憶を消すのが忍びなかったのだ。
「ここは泥門高校のアメフト部でしょ?泥門生の私が入るのに何の問題があるの!?」
部室に押しかけてきた鈴音の手には、白い封筒が握られていた。
表書きには「入部届」と書かれている。
鈴音はアメフト部に入部するために、この部室にやってきたのだ。
今までに何人か入部希望の生徒が来たりはした。
だが部員たちは巧みにそれらの者たちに入部を断念させていた。
全員で睨みつけるだけで、そこそこの効果はある。
それでも諦めない者は、入部テストと称してキツい運動をさせる。
当然魔物の体力と持久力について来られず、去っていくのだ。
だが女子でマネージャー希望だと言われれば、それも出来ない。
意表をつかれた蛭魔たちは、してやられた気分だった。
「試合に出るわけじゃないから忙しくもない。瀬那だけで手は足りてるぜ」
蛭魔と鈴音の間に割って入ったのは、十文字だった。
十文字もまた瀬那に好意を抱く者の1人。
これ以上、ライバルが増えるのは愉快ではない。
「そうそう。その瀬那も暇してるくらいだぜ?」
「それに用具運びとか力仕事も多い。女子じゃ無理だ。」
十文字の親友を自負する黒木と戸叶が追い討ちをかける。
モン太と小結は困ったような表情のまま、何も言わない。
「アメフト部に入ると魔物と接触する機会が増える。危険だ。」
今度は武蔵が会話に割り込んできた。
入部希望者をことわる理由を端的にきっぱりと告げる。
鈴音の顔が一瞬、強張る。
だがすぐに真っ直ぐに挑むような視線を蛭魔に向けた。
「だったら!私がいれば、魔物をおびき出せるんじゃない?」
「はぁぁ?」
「危険でもいいからお願い!少しでも瀬那のそばにいたい!後悔したくないの!」
鈴音の剣幕に一同は言葉が出なかった。
いつか消されてしまうであろう恋の記憶。
その短い期間をとにかく大事にしたいのだろう。
「蛭魔?」
ふと武蔵は、蛭魔の様子がおかしいことに気付いた。
眉を微かに寄せながら、何か考え込んでいるような表情。
これは瀬那と念で会話している時の蛭魔のくせだ。
「瀬那になにかあったのか?」
武蔵は心配になって、そう聞いた。
だが蛭魔は首を振ると「大丈夫のようだ」と答えた。
「何とか。。。振り切った。。。かな?」
瀬那はゼイゼイと息を切らしながら、辺りをキョロキョロと見回した。
背中に貼り付いていた気配はもうない。
自分を攻撃しようという気配を感じ取った瀬那は、走って逃げた。
何百年も生きた瀬那は、相手の気を探れば、その主が人間か魔物かわかる。
今回の気配は人間だ。
しかも覚えのある気配。
もうしばらく探れば、先日十文字たちにからんできた不良のものだとわかった。
教師を呼んできた瀬那のことを覚えているのだろう。
魔物でなくてホッとしたものの、人数が多い。
瀬那はとにかく逃げることにした。
相手が魔物なら足止めして、蛭魔を呼んだだろう。
だが人間なら、蛭魔や瀬那が介入する話ではない。
余計なトラブルなど無用だ。
「よし!」
瀬那は勢いよくスタートを切った。
車が通らない細い路地だから、数百年の間に培った脚力を駆使できる。
瀬那の背後にいた男たちは慌てて追ってきたが、追いつけない。
ようやく気配がなくなったところで、足を止めて息を整える。
「あ!メモ!」
再び「キミドリスポーツ」へ向かおうとした瀬那は、買出しのメモがないことに気づいた。
走り出した場所で落としたに違いない。
取りに戻ろうかと思ったが、先程の連中と鉢合わせする可能性が高い。
瀬那は懸命にメモの内容を思い出そうとする。
「テーピング、ショルダーパッドと。。。何だっけ?」
瀬那はガックリと肩を落とした。
記憶が曖昧な以上、もう1度出直すしかなさそうだ。
とりあえず戻ろう。
「足が早い。まるでアイシールド21だな。」
瀬那は不意に背後から声をかけられ、ギョッとした。
思いもよらない近い距離に立っていたのは、長身の若い男だった。
精悍な顔立ちで、珍しい白い学ランを着ている。
「アイシ。。。何です?」
「ノートルダムのエースランニングバックの称号だ。」
「のーとる、だむ?」
「アメフトをやっているくせに、知らないのか?」
「僕、主務なんでプレーはしないんで。」
男は呆れたようにそう言うと、瀬那に1枚の紙片を差し出した。
それは瀬那が落としてしまった買出しのメモだ。
よくよく見ると、男も息を切らしている。
どうやらメモを拾って、追いかけてきてくれたようだ。
このメモの内容から、瀬那がアメフトに関っていることを知ったのだろう。
「ありがとうございました。」
メモを受け取った瀬那は、小さく「え?」と声を上げた。
普通の人間なら到底ついて来られない速度で走ったはずだ。
なのにこの男はメモを拾って、追いかけて来たのだ。
「あの、あなたは。。。」
「進清十郎だ。プレーしないなんてもったいないな。」
進と名乗った男は、くるりと背を向けると、足早に離れていく。
漂う気配は人間のものだが、微かに魔の雰囲気もある。
おそらくは「組織」に所属して、魔物を見張る立場の人だろう。
瀬那が吸血鬼の「伴侶」だと見抜いたに違いない。
「本当は僕もアメフトしたいんだ。」
瀬那はポツリと呟いた。
アメフト部を作る時、誰も何も言わないのに瀬那は主務になった。
瀬那もアメフトをやりたいと言ったら、みんな驚くだろうか?
アイシールド21として走りたいと言ったら、反対されるだろうか?
買出しを終えて部室に戻った瀬那は、驚く。
瀧鈴音がマネージャーとして入部していたからだ。
そして驚きの勢いで「ランニングバックをやりたい」と切り出した。
この日、泥門高校アメフト部は大混乱の騒ぎになった。
【続く】
瀬那は買出し用のメモを読み上げながら、声が裏返る。
リズミカルに弾んでいた小走りの足も止まった。
瀬那は学校近くのスポーツ用品店「キミドリスポーツ」に向かっていた。
表向きアメフト部の主務である瀬那は必要な道具を買出しに来ていた。
楽しい気分の瀬那はついつい小走りになる。
部活のための買い物というささいな雑用が楽しい。
自分には無縁だと思っていた高校生活が、面白くて仕方ないのだ。
だが道すがら「買って来い」と蛭魔に渡されたメモを開いた瀬那は唖然とした。
実際にプレーする部員は、全員魔物なのだ。
普通の人間と全力でぶつかったところで、何ともない。
つまり防具なんて無意味だ。
それでもルール上で着用が必要なものならまだしも、テーピングとは。
いくらそれっぽくするにしても、学校の経費の無駄遣いではなかろうか?
それでも次の瞬間、瀬那は頬を緩ませた。
とことん凝り性な蛭魔らしい徹底振りが可笑しい。
それに瀬那に少しでも楽しい高校生活を送らせようとしてくれているのがわかるのだ。
だが楽しい気分は一瞬で消えた。
背後から不穏な気配を感じたからだ。
あからさまな敵意が、瀬那をピタリと狙っている。
さてどうしよう。
相手は瀬那をどうするつもりか、何人いるのか。
瀬那は靴紐を結ぶ振りをしながら、懸命に考えを巡らせていた。
「いいじゃない!マネージャーなら!」
アメフト部の部室で大声を上げたのは、瀬那や十文字たちのクラスメイト。
瀬那に好意を寄せる女子生徒、瀧鈴音だ。
鈴音は蛭魔たちが魔物であり、瀬那が蛭魔の「伴侶」であることを知っている。
彼女自身が魔物の標的となったことで、深く関わってしまったのだ。
本来なら蛭魔たちの正体についての記憶を消さなければならない。
だが蛭魔はそれをしなかった。
蛭魔と瀬那がこの学校にいる間は、そのままにするつもりだった。
瀬那だって普通に今の時代に生まれ育てば、こんな少女と恋をしていたかもしれない。
そんなことを思うと、鈴音の記憶を消すのが忍びなかったのだ。
「ここは泥門高校のアメフト部でしょ?泥門生の私が入るのに何の問題があるの!?」
部室に押しかけてきた鈴音の手には、白い封筒が握られていた。
表書きには「入部届」と書かれている。
鈴音はアメフト部に入部するために、この部室にやってきたのだ。
今までに何人か入部希望の生徒が来たりはした。
だが部員たちは巧みにそれらの者たちに入部を断念させていた。
全員で睨みつけるだけで、そこそこの効果はある。
それでも諦めない者は、入部テストと称してキツい運動をさせる。
当然魔物の体力と持久力について来られず、去っていくのだ。
だが女子でマネージャー希望だと言われれば、それも出来ない。
意表をつかれた蛭魔たちは、してやられた気分だった。
「試合に出るわけじゃないから忙しくもない。瀬那だけで手は足りてるぜ」
蛭魔と鈴音の間に割って入ったのは、十文字だった。
十文字もまた瀬那に好意を抱く者の1人。
これ以上、ライバルが増えるのは愉快ではない。
「そうそう。その瀬那も暇してるくらいだぜ?」
「それに用具運びとか力仕事も多い。女子じゃ無理だ。」
十文字の親友を自負する黒木と戸叶が追い討ちをかける。
モン太と小結は困ったような表情のまま、何も言わない。
「アメフト部に入ると魔物と接触する機会が増える。危険だ。」
今度は武蔵が会話に割り込んできた。
入部希望者をことわる理由を端的にきっぱりと告げる。
鈴音の顔が一瞬、強張る。
だがすぐに真っ直ぐに挑むような視線を蛭魔に向けた。
「だったら!私がいれば、魔物をおびき出せるんじゃない?」
「はぁぁ?」
「危険でもいいからお願い!少しでも瀬那のそばにいたい!後悔したくないの!」
鈴音の剣幕に一同は言葉が出なかった。
いつか消されてしまうであろう恋の記憶。
その短い期間をとにかく大事にしたいのだろう。
「蛭魔?」
ふと武蔵は、蛭魔の様子がおかしいことに気付いた。
眉を微かに寄せながら、何か考え込んでいるような表情。
これは瀬那と念で会話している時の蛭魔のくせだ。
「瀬那になにかあったのか?」
武蔵は心配になって、そう聞いた。
だが蛭魔は首を振ると「大丈夫のようだ」と答えた。
「何とか。。。振り切った。。。かな?」
瀬那はゼイゼイと息を切らしながら、辺りをキョロキョロと見回した。
背中に貼り付いていた気配はもうない。
自分を攻撃しようという気配を感じ取った瀬那は、走って逃げた。
何百年も生きた瀬那は、相手の気を探れば、その主が人間か魔物かわかる。
今回の気配は人間だ。
しかも覚えのある気配。
もうしばらく探れば、先日十文字たちにからんできた不良のものだとわかった。
教師を呼んできた瀬那のことを覚えているのだろう。
魔物でなくてホッとしたものの、人数が多い。
瀬那はとにかく逃げることにした。
相手が魔物なら足止めして、蛭魔を呼んだだろう。
だが人間なら、蛭魔や瀬那が介入する話ではない。
余計なトラブルなど無用だ。
「よし!」
瀬那は勢いよくスタートを切った。
車が通らない細い路地だから、数百年の間に培った脚力を駆使できる。
瀬那の背後にいた男たちは慌てて追ってきたが、追いつけない。
ようやく気配がなくなったところで、足を止めて息を整える。
「あ!メモ!」
再び「キミドリスポーツ」へ向かおうとした瀬那は、買出しのメモがないことに気づいた。
走り出した場所で落としたに違いない。
取りに戻ろうかと思ったが、先程の連中と鉢合わせする可能性が高い。
瀬那は懸命にメモの内容を思い出そうとする。
「テーピング、ショルダーパッドと。。。何だっけ?」
瀬那はガックリと肩を落とした。
記憶が曖昧な以上、もう1度出直すしかなさそうだ。
とりあえず戻ろう。
「足が早い。まるでアイシールド21だな。」
瀬那は不意に背後から声をかけられ、ギョッとした。
思いもよらない近い距離に立っていたのは、長身の若い男だった。
精悍な顔立ちで、珍しい白い学ランを着ている。
「アイシ。。。何です?」
「ノートルダムのエースランニングバックの称号だ。」
「のーとる、だむ?」
「アメフトをやっているくせに、知らないのか?」
「僕、主務なんでプレーはしないんで。」
男は呆れたようにそう言うと、瀬那に1枚の紙片を差し出した。
それは瀬那が落としてしまった買出しのメモだ。
よくよく見ると、男も息を切らしている。
どうやらメモを拾って、追いかけてきてくれたようだ。
このメモの内容から、瀬那がアメフトに関っていることを知ったのだろう。
「ありがとうございました。」
メモを受け取った瀬那は、小さく「え?」と声を上げた。
普通の人間なら到底ついて来られない速度で走ったはずだ。
なのにこの男はメモを拾って、追いかけて来たのだ。
「あの、あなたは。。。」
「進清十郎だ。プレーしないなんてもったいないな。」
進と名乗った男は、くるりと背を向けると、足早に離れていく。
漂う気配は人間のものだが、微かに魔の雰囲気もある。
おそらくは「組織」に所属して、魔物を見張る立場の人だろう。
瀬那が吸血鬼の「伴侶」だと見抜いたに違いない。
「本当は僕もアメフトしたいんだ。」
瀬那はポツリと呟いた。
アメフト部を作る時、誰も何も言わないのに瀬那は主務になった。
瀬那もアメフトをやりたいと言ったら、みんな驚くだろうか?
アイシールド21として走りたいと言ったら、反対されるだろうか?
買出しを終えて部室に戻った瀬那は、驚く。
瀧鈴音がマネージャーとして入部していたからだ。
そして驚きの勢いで「ランニングバックをやりたい」と切り出した。
この日、泥門高校アメフト部は大混乱の騒ぎになった。
【続く】