ヒルセナ放課後5題
「何だ?オラァ!」
「テメーらこそ何なんだ!コラァ!」
放課後の泥門高校の校門前で、怒声が響く。
下校しようとする生徒たちは、眉を潜めながらその光景を遠巻きにしていた。
表向きは泥門高校アメフト部員、実は魔物である者たちは、よくからまれる。
相手はどこかの高校の不良グループの皆様だ。
やはり魔の力を持つ者たちが集まることで、独特のオーラがあるのだろう。
それは不良と呼ばれる者たちの衝動を刺激するらしい。
最初は校内、次第に校外。
とにかくよく意味のない怒声を浴びせられ、喧嘩を売られるのだ。
相手は一見してヤンキーと見受けられる者たち限定だ。
蛭魔や武蔵は、もう彼らに心動かされることはない。
何を言われても眉1つ動かさず、相手にならない。
言葉を発せず、視線すら合わせず、相手を空気のように扱うのだ。
それでも大抵の者は、それだけでビビッて逃げる。
それこそ何百年も生きる百戦錬磨の魔物の威圧感だ。
ヤンキーたちはそれを本能で感じ取るのだ。
だが正真正銘の15歳、十文字たちはまだまだその域には達しない。
負けず嫌いで血気盛んな若い魔物たちは、力が有り余っている。
怒鳴られればそれ以上の大声で、殴られれば容赦なく殴り返す。
とにかく売られた喧嘩は買う主義を実践中だ。
それでもこちらから売らないし、人間相手なので手加減はするが。
今日も十文字たちは放課後、呼び出しを受けていた。
相手は3年生の不良グループ。
彼ら曰く「泥門高校を仕切っているグループ」だという。
呼び出されたのは、十文字、黒木、戸叶だ。
それにしても姑息な連中だ。
校門前で睨み合いながら、十文字は苦笑する。
こちらは指定された通り、3人で来たのに。
相手は10倍以上の人数だ。
どうやら他校の生徒もいる。
そもそも蛭魔たちを呼び出しに入れなかったのは、かなわないとわかっているからだ。
モン太と小結を入れなかったのは、こちらの頭数を減らすため。
そして呼び出しを校門にしたのは、1人でも多くの生徒に目撃させるため。
自分たちの力を見せ付けたいのだろう。
さすがにこの人数であるなら、勝てると踏んでいるようだ。
「さて、どうするか?」
十文字は3年生グループと対峙しながら、思案した。
相手が人間なら、この人数差でも勝てる。
だが問題はこの見物人の多さだ。
3人で30人のヤンキーを叩きのめすのは、目立ちすぎる。
その不自然な強さに、不審を抱く者も現れるだろう。
大人数で来るとは思ったが、せいぜい10名くらいで来ると思っていた。
予想外の事態に、十文字は頭を巡らせる。
一番手っ取り早いのは、わざと負けてみせることだ。
だがそれはプライドが許さない。
「テメーら、覚悟しろ!」
先頭のリーダーの男の掛け声と共に、相手グループが一気に間合いを詰めてくる。
もうこうなったら、出たトコ勝負しかない!
十文字は拳を握り、そのまま突撃するべく、足を踏み出した。
「はい、そこまで!」
凛とした掛け声に、十文字はたたらを踏んだ。
一触即発の睨み合いにすっと割り込んだのは、1人の男性教師だった。
男性教師の名は雪光学。
事件を起こして解雇された教師、三宅の後任。
つまり現在の蛭魔と武蔵のクラス担任だ。
「喧嘩はダメだよ!しかもこんな場所で!」
雪光は十文字たちを背中にかばうように、立ちはだかった。
納得いかない十文字はその背中を睨みつけた。
冗談じゃない。
いくら人数が少ないからって、庇われるなんてプライドが許さない。
ふと見ると集まってきた野次馬の先頭にいる瀬那と目が合った。
申し訳なさそうな表情で、息を切らしている。
どうやら職員室に駆け込んで、教師に助けを求めたのだろう。
そこで来たのが、雪光ということか。
余計なことをと思わないでもない。
だがせっかくの瀬那の厚意だし、この場合はありがたくもある。
「とにかくこの場は引きなさい。さもないと警察に通報するよ。」
雪光は30人のヤンキーにも怯まない。
それどころかヤンキーたちは文句を言いつつ、散会する気配だ。
正直言って、一見ひ弱そうな雪光がこの場を収められるとは意外だ。
「ん?」
ヤンキーたちがノロノロと引き上げ、野次馬たちも散っていく。
十文字はそこでようやく、野次馬の最後尾にいた蛭魔と武蔵に気付いた。
2人は探るような目で、ジッと1人の男を見ている。
瀬那がペコペコと頭を下げている相手、雪光だ。
「雪光先生、ありがとうございました。」
瀬那は何度もペコペコと頭を下げる。
雪光は「大げさだよ」と苦笑した。
「でも先生、すごいですね。もしかして昔、やんちゃだったりして」
「まさか。運が良かっただけだよ。」
あくまでも謙虚な雪光と、瀬那はごく自然に並んで歩き始めた。
瀬那もカバンを教室に置いたままだし、雪光もまだ仕事がある。
2人とも行く先は校舎の中だ。
「後ろの方にいたのは、うちの生徒じゃないね。」
「そうですね。賊学の制服でした。」
瀬那が気になったのも、まさにそれだ。
先頭にいた泥門の3年生が、表向きのリーダー。
だが実際、一番強いのは一番後ろにいた賊学こと賊徒学園のリーダーの男だ。
カメレオンを連想させる風貌の男は、漂う凄みが段違いだ。
瀬那は彼が人間ではなく、魔物ではないかと思う。
だが雪光もその男が別格であることを見抜いた。
だから先頭の表向きのリーダーではなく、最後尾の男に「引け」と言った。
その結果、ヤンキーグループはすんなりと散会したのだ。
「賊学、か。まるで人間じゃないみたいだった。」
「え?」
「もしかして、魔物かな?」
魔物、という言葉に瀬那はハッとする。
どういう意味だ。
人ではない者たちの存在を知っているのだろうか。
瀬那は雪光の真意を図るように、雪光を見た。
雪光はそんな視線など気付かない素振りで笑っている。
「賊学の、葉柱ルイ?」
「ああ。多分。」
蛭魔は納得行かない様子の十文字の問いに答えてやった。
十文字たちが呼び出しを受けたのを聞いた蛭魔は、様子を見守っていた。
どうしてもヤバくなったら加勢してやるつもりだった。
だが瀬那が職員室に駆け込んだことで、必要なくなった。
ただ1つ、わからないことがある。
考えをまとめようと部室に来たところ、少し遅れて十文字たちも来たのだ。
「よぉ。助かったな。」
武蔵がからかうようにそう言うと、十文字も黒木も戸叶も憮然とした表情になった。
そして口々に「やれば勝ってた」とか「人目さえなければ」と言う。
若い魔物たちの血気盛んさは、蛭魔や武蔵には微笑ましく見える。
「気付いたか?一番後ろにいた賊学の男」
武蔵は十文字たちに話題を振る。
だが十文字たちはキョトンとした表情だ。
やはり気付いてないのかと、蛭魔は苦笑する。
賊学の生徒の中にも魔物がいることは、知らされている。
彼の名は葉柱ルイ。
多分最後尾の男がそうだと思う。
蛭魔のような潜入ではなく、完全に趣味で通学している変わり者だ。
それでもたまに魔物関係のトラブルがあると「組織」には連絡してくる。
だから「組織」も彼の奇行を許しているそうだ。
「俺は魔物の気配なんか気付かなかったぜ?」
「消してたんだ。でも俺らはごまかされない。っていうか見抜けよ。」
なおも不満そうな十文字たちに、蛭魔はキッパリと言い捨てた。
葉柱が泥門高校に来た理由も気になる。
だだそれ以上に気になるのは、教師の雪光だ。
雪光は賊学の葉柱が魔物と見抜いていたように見える。
先頭のリーダーではなく、葉柱に視線を合わせていた。
葉柱もそれに気付き、雪光が何者か量りかねて引いたのだろう。
「魔物じゃなさそうなんだが」
蛭魔はポツリとそう呟くと、雪光への接触方法を考え始めた。
【続く】
「テメーらこそ何なんだ!コラァ!」
放課後の泥門高校の校門前で、怒声が響く。
下校しようとする生徒たちは、眉を潜めながらその光景を遠巻きにしていた。
表向きは泥門高校アメフト部員、実は魔物である者たちは、よくからまれる。
相手はどこかの高校の不良グループの皆様だ。
やはり魔の力を持つ者たちが集まることで、独特のオーラがあるのだろう。
それは不良と呼ばれる者たちの衝動を刺激するらしい。
最初は校内、次第に校外。
とにかくよく意味のない怒声を浴びせられ、喧嘩を売られるのだ。
相手は一見してヤンキーと見受けられる者たち限定だ。
蛭魔や武蔵は、もう彼らに心動かされることはない。
何を言われても眉1つ動かさず、相手にならない。
言葉を発せず、視線すら合わせず、相手を空気のように扱うのだ。
それでも大抵の者は、それだけでビビッて逃げる。
それこそ何百年も生きる百戦錬磨の魔物の威圧感だ。
ヤンキーたちはそれを本能で感じ取るのだ。
だが正真正銘の15歳、十文字たちはまだまだその域には達しない。
負けず嫌いで血気盛んな若い魔物たちは、力が有り余っている。
怒鳴られればそれ以上の大声で、殴られれば容赦なく殴り返す。
とにかく売られた喧嘩は買う主義を実践中だ。
それでもこちらから売らないし、人間相手なので手加減はするが。
今日も十文字たちは放課後、呼び出しを受けていた。
相手は3年生の不良グループ。
彼ら曰く「泥門高校を仕切っているグループ」だという。
呼び出されたのは、十文字、黒木、戸叶だ。
それにしても姑息な連中だ。
校門前で睨み合いながら、十文字は苦笑する。
こちらは指定された通り、3人で来たのに。
相手は10倍以上の人数だ。
どうやら他校の生徒もいる。
そもそも蛭魔たちを呼び出しに入れなかったのは、かなわないとわかっているからだ。
モン太と小結を入れなかったのは、こちらの頭数を減らすため。
そして呼び出しを校門にしたのは、1人でも多くの生徒に目撃させるため。
自分たちの力を見せ付けたいのだろう。
さすがにこの人数であるなら、勝てると踏んでいるようだ。
「さて、どうするか?」
十文字は3年生グループと対峙しながら、思案した。
相手が人間なら、この人数差でも勝てる。
だが問題はこの見物人の多さだ。
3人で30人のヤンキーを叩きのめすのは、目立ちすぎる。
その不自然な強さに、不審を抱く者も現れるだろう。
大人数で来るとは思ったが、せいぜい10名くらいで来ると思っていた。
予想外の事態に、十文字は頭を巡らせる。
一番手っ取り早いのは、わざと負けてみせることだ。
だがそれはプライドが許さない。
「テメーら、覚悟しろ!」
先頭のリーダーの男の掛け声と共に、相手グループが一気に間合いを詰めてくる。
もうこうなったら、出たトコ勝負しかない!
十文字は拳を握り、そのまま突撃するべく、足を踏み出した。
「はい、そこまで!」
凛とした掛け声に、十文字はたたらを踏んだ。
一触即発の睨み合いにすっと割り込んだのは、1人の男性教師だった。
男性教師の名は雪光学。
事件を起こして解雇された教師、三宅の後任。
つまり現在の蛭魔と武蔵のクラス担任だ。
「喧嘩はダメだよ!しかもこんな場所で!」
雪光は十文字たちを背中にかばうように、立ちはだかった。
納得いかない十文字はその背中を睨みつけた。
冗談じゃない。
いくら人数が少ないからって、庇われるなんてプライドが許さない。
ふと見ると集まってきた野次馬の先頭にいる瀬那と目が合った。
申し訳なさそうな表情で、息を切らしている。
どうやら職員室に駆け込んで、教師に助けを求めたのだろう。
そこで来たのが、雪光ということか。
余計なことをと思わないでもない。
だがせっかくの瀬那の厚意だし、この場合はありがたくもある。
「とにかくこの場は引きなさい。さもないと警察に通報するよ。」
雪光は30人のヤンキーにも怯まない。
それどころかヤンキーたちは文句を言いつつ、散会する気配だ。
正直言って、一見ひ弱そうな雪光がこの場を収められるとは意外だ。
「ん?」
ヤンキーたちがノロノロと引き上げ、野次馬たちも散っていく。
十文字はそこでようやく、野次馬の最後尾にいた蛭魔と武蔵に気付いた。
2人は探るような目で、ジッと1人の男を見ている。
瀬那がペコペコと頭を下げている相手、雪光だ。
「雪光先生、ありがとうございました。」
瀬那は何度もペコペコと頭を下げる。
雪光は「大げさだよ」と苦笑した。
「でも先生、すごいですね。もしかして昔、やんちゃだったりして」
「まさか。運が良かっただけだよ。」
あくまでも謙虚な雪光と、瀬那はごく自然に並んで歩き始めた。
瀬那もカバンを教室に置いたままだし、雪光もまだ仕事がある。
2人とも行く先は校舎の中だ。
「後ろの方にいたのは、うちの生徒じゃないね。」
「そうですね。賊学の制服でした。」
瀬那が気になったのも、まさにそれだ。
先頭にいた泥門の3年生が、表向きのリーダー。
だが実際、一番強いのは一番後ろにいた賊学こと賊徒学園のリーダーの男だ。
カメレオンを連想させる風貌の男は、漂う凄みが段違いだ。
瀬那は彼が人間ではなく、魔物ではないかと思う。
だが雪光もその男が別格であることを見抜いた。
だから先頭の表向きのリーダーではなく、最後尾の男に「引け」と言った。
その結果、ヤンキーグループはすんなりと散会したのだ。
「賊学、か。まるで人間じゃないみたいだった。」
「え?」
「もしかして、魔物かな?」
魔物、という言葉に瀬那はハッとする。
どういう意味だ。
人ではない者たちの存在を知っているのだろうか。
瀬那は雪光の真意を図るように、雪光を見た。
雪光はそんな視線など気付かない素振りで笑っている。
「賊学の、葉柱ルイ?」
「ああ。多分。」
蛭魔は納得行かない様子の十文字の問いに答えてやった。
十文字たちが呼び出しを受けたのを聞いた蛭魔は、様子を見守っていた。
どうしてもヤバくなったら加勢してやるつもりだった。
だが瀬那が職員室に駆け込んだことで、必要なくなった。
ただ1つ、わからないことがある。
考えをまとめようと部室に来たところ、少し遅れて十文字たちも来たのだ。
「よぉ。助かったな。」
武蔵がからかうようにそう言うと、十文字も黒木も戸叶も憮然とした表情になった。
そして口々に「やれば勝ってた」とか「人目さえなければ」と言う。
若い魔物たちの血気盛んさは、蛭魔や武蔵には微笑ましく見える。
「気付いたか?一番後ろにいた賊学の男」
武蔵は十文字たちに話題を振る。
だが十文字たちはキョトンとした表情だ。
やはり気付いてないのかと、蛭魔は苦笑する。
賊学の生徒の中にも魔物がいることは、知らされている。
彼の名は葉柱ルイ。
多分最後尾の男がそうだと思う。
蛭魔のような潜入ではなく、完全に趣味で通学している変わり者だ。
それでもたまに魔物関係のトラブルがあると「組織」には連絡してくる。
だから「組織」も彼の奇行を許しているそうだ。
「俺は魔物の気配なんか気付かなかったぜ?」
「消してたんだ。でも俺らはごまかされない。っていうか見抜けよ。」
なおも不満そうな十文字たちに、蛭魔はキッパリと言い捨てた。
葉柱が泥門高校に来た理由も気になる。
だだそれ以上に気になるのは、教師の雪光だ。
雪光は賊学の葉柱が魔物と見抜いていたように見える。
先頭のリーダーではなく、葉柱に視線を合わせていた。
葉柱もそれに気付き、雪光が何者か量りかねて引いたのだろう。
「魔物じゃなさそうなんだが」
蛭魔はポツリとそう呟くと、雪光への接触方法を考え始めた。
【続く】
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