ヒルセナ昼5題

「一緒にランチ、しない?」
「ゴメン、部のみんなと約束してて」
少女の誘いに、瀬那は申し訳なさそうに答える。
十文字たちが「ヒュ~ヒュ~」と囃し立てた。

不謹慎だし、誘ってくれた鈴音には申し訳ないと思う。
だが瀬那は明らかにこの状態を楽しんでいた。
テレビや小説や漫画などでしか知らない高校生活。
女の子からランチの誘いなんて、まさにその醍醐味という気がする。
だがそんなのどかなことで、話は終わらなかった。

「今日もダメかな?」
「お弁当、作ってきたんだけど。」
鈴音は怯む気配もなく、毎日声をかけてきた。
まったく落ち込む様子もなく、むしろ日々元気になっていくようだ。
それでいて意地になっている感じでもない。
毎日無邪気な笑顔で誘ってくる鈴音が、最近では少し怖い。

「いいかげん瀬那はお前に気がないって、わかれよ。」
見かねた十文字が鈴音にそう言った。
だが鈴音は「十文字君は関係ないでしょ」と一蹴だ。
せっかくの助け舟も沈没してしまった。
瀬那は昼休みのチャイムで憂鬱になる日が続いていた。



「一緒にランチ、してやればいいんじゃねーの?」
「そうそう。蛭魔だってそこまで心が狭くないだろ?」
黒木と戸叶が、肩を落とす瀬那を慰めている。
それを聞いた武蔵は、チラリと隣の蛭魔を見る。
今の会話は当然聞こえているだろうに、その表情は変わらない。

昼休みの部室、盛大にため息をつく瀬那とそれをなぐさめる1年生部員。
それはすっかり定着しつつあった。
そして蛭魔はそのやり取りから、瀬那の日常を知るのだ。
蛭魔と武蔵は何となくクラスメイトたちとは一線引いている。
だが瀬那たちは普通に接しているようだ。

「僕は食事できないし、それに。。。」
そう言って瀬那は、チラリと蛭魔を見た。
吸血鬼の「伴侶」への執着は、それはもう大変なのだ。
人間の嫉妬や独占欲など、それに比べたらかわいいものだ。
鈴音と食事など、想像するだけでも怖い。

それにそもそも瀬那の身体は、人間の食べ物を受け付けない。
吸血鬼の「伴侶」の糧は、主である吸血鬼が生きていることだけなのだ。
口から摂取できるのは水や茶のみで、せいぜい喉を潤す程度が限界。
一緒に食事など絶対に無理な話だった。

「代わりに俺がってわけにもいかないしな。」
モン太が難しい顔でそう言うと、小結がフゴフゴと頷く。
魔物なのに心優しい性格の2人は、瀬那を気遣っている。
だがこればかりは手を貸せることではない。

「それにしても瀬那はモテるよな。」
「ホント、ホント。」
黒木と戸叶が茶化すと、蛭魔の眉がかすかに動いた。
彼らが話す内容も、そもそも瀬那に馴れ馴れしくするのも面白くない。
だがそれを言うことも、態度で示すこともしなかった。
何百年も生き抜いた魔物は、そう簡単に隙など見せない。



でも何か違うと思う。
放課後、部員たちはグラウンドで部活動をしている。
マネージャーの瀬那はその様子を眺めながら、ぼんやりと考え事をしていた。

最近の鈴音の「一緒にランチ」攻撃。
それは本当に瀬那への好意の意思表示なのだろうか。
鈴音は積極的な性格だが、何が何でも我を通すタイプではない。
むしろ気配りができて優しい女の子だ。

それに告白され、好きな人がいるとことわったとき。
鈴音は寂しそうだけど、わかってくれたように見えた。
これからは良き友人で。
はっきりと言葉には出さなかったが、そんな雰囲気だった。

ではいつから変わったかと思って、思わず「あ!」と声を上げた。
隣のクラスの1年生、佐竹と山岡。
鈴音が誘ってくるようになったのは、彼ら2人から魔物の気配を感じた頃からだ。

まさか鈴音が魔物?
そう思った瀬那は、すぐに違うと思い直した。
鈴音も魔物-吸血鬼に襲われたのだ。
魔物同士で共食いをすることはない。
お互いの魔力で、身を滅ぼしてしまうからだ。

「瀬那君、ちょっといい?」
考えがまとまらずにいた瀬那は背後から声をかけられた。
振り返った瀬那は、ギクリと背中を震わせた。
バスケ部のユニフォーム姿の佐竹と山岡-ちょうど考えていた人物が立っていたせいだ。

「ちょっと手を貸してくれる?」
申し訳なさそうにそう言う2人からは、相変わらず魔の気配がする。
だが口調には特に不審な点はない。
たまたま近くにいた顔見知りに、何かの手伝いを頼みたいのだろう。

「いいよ。何?」
瀬那は笑顔で2人の方に向き直った。
鈴音とのつながりを探るにしても、いい機会かもしれない。



「ったく、あいつは!」
蛭魔は手にしていたボールを放り捨てると、校舎へと駆け出す。
いきなりのことで驚いた部員たちも、すぐに事態を把握し、蛭魔に続いた。

「ちょっと手伝ってきます!」
瀬那がそう言って、部活を抜けたのはほんの5分ほど前のことだ。
バスケ部のユニフォーム姿の生徒と一緒に校舎に入っていく。
そのことは別に珍しいことではない。
狭いグラウンドだし、人数がギリギリの部も多い。
部員の貸し借りや練習や雑用の手伝いなど、協力し合っているのだ。

だが瀬那が戻る前に、蛭魔はまた瀬那の声を聞いた。
肉声ではなく念、心の声だ。
瀬那は切羽詰った様子で「すぐ来て下さい!」と叫ぶ。
蛭魔もまた念を飛ばし「どこだ?」と聞く。
だがその場所を告げる前に、声は途絶えてしまった。

「ったく、あいつは!」
どうしてこうもトラブルに巻き込まれるのか。
答えは簡単。
瀬那は人間だけでなく、魔物にもモテる。

蛭魔は手にしていたボールを放り捨てると、校舎へと駆け出した。
部員たちもその後を追ってきた。
蛭魔が瀬那の念から危機を察知したことを、瞬時に理解したのだ。
勢いよく校舎に飛び込み、魔の気配を探ろうとした瞬間「うわぁ!」と叫び声がした。
瀬那の声ではなかったが、蛭魔はそちらへ向かい、階段を駆け上がった。

問題の場所は2年生の教室、蛭魔たちのクラスの隣だった。
1人の男子生徒が廊下にへたり込んでいる。
恐怖に怯えた表情で、視線は入口を開け放った教室を凝視していた。
蛭魔はその生徒に見覚えがあった。
名前は知らないが、隣のクラスの2年生だ。

「おい、どうした!」
蛭魔が廊下の男子生徒に叫ぶ。
彼は腰が抜けたようで、尻餅をついた姿勢のまま、教室の中を指差した。
中では左の肩口が血まみれになった瀬那が倒れていた。



「瀬那、大丈夫か?」
武蔵がゆっくりと瀬那を抱き起こした。
瀬那の瞼がかすかに揺れたが、目を開ける力はないようだ。

なぜかわからないが、瀬那はこの教室まで連れ出されて襲われた。
たまたまそれを目撃したらしい男子生徒は、未だに廊下に座り込んでいる。
その彼が、瀬那を襲った生徒はバスケ部のユニフォーム姿だったと証言した。
そして蛭魔たちが昇ってきたのとは反対側の階段から逃げたと。
蛭魔たちは直ちに犯人を追っていく。
武蔵だけは瀬那の怪我を看るために、ここに残った。

「それにしても、なぜ」
武蔵はポツリとそう呟いた。
瀬那を襲った人間の目的がわからない。
もしも瀬那に何かしたいなら、教室なんてわかりやすいところに連れ込むのはおかしい。
もっと隠れやすい場所はあるし、校外に連れ出されたら捜索は困難だ。
逆に見られてもいいなら、その場で襲って逃げればいい。
まるで瀬那を襲ったのはバスケ部員だと印象付けようとしているようではないか。

そこまで考えて、まさかと思う。
だがその時にはもう遅かった。
へたり込んでいた男子生徒は武蔵に忍び寄っていたのだ。
彼は偶然の目撃者ではなく、襲撃犯だ!

「!!」
あっと思う間もなく、武蔵は首筋を切りつけられた。
傷口が異様に熱く、じわじわと熱が身体を侵蝕していく。
どうやら毒を使われたのだろう。

「一緒にランチ、しようか」
男子生徒が意味ありげにそう呟くと、武蔵の腕から瀬那を奪い取った。
武蔵は懸命に瀬那を守ろうとしたが、毒で身体が痺れて動けない。
彼が瀬那を担ぎ上げて出て行くのを、なす術もなく見ているしかなかった。

【続く】
3/5ページ