ヒルセナ昼5題
「はぁ?1年の中に、まだ魔物がいた~!?」
蛭魔は思い切り顔をしかめて、声を上げる。
瀬那はガックリと項垂れて「すみません」とあやまった。
蛭魔と瀬那が泥門高校に潜入して、1ヶ月が経った。
魔物の捜索ははっきり言って、停滞気味だった。
途中までは順調だったのだ。
生徒の中にまぎれた魔物たちを味方にすることはできた。
吸血鬼である教師、三宅の捕獲もできた。
だがそこから先、事態は動かない。
魔の気配は確かに校内に漂っている。
それなのにそれがどこから来るものか、わからない。
それでも蛭魔に焦りはなかった。
この任務が終わった後、蛭魔と瀬那はエイジング処理を施術されることになっている。
つまり高校生に見える容姿でいられるのもあとわずか。
こんな高校生ごっこを楽しむのも悪くない。
同じ制服を着て、一緒に登下校、そして部活。
当たり前の平凡な生活を、瀬那はすごく楽しんでいる。
そんな瀬那を見るのは楽しいし、実は蛭魔もこの生活が面白い。
もしできるなら、蛭魔は瀬那の卒業まで続けさせてやりたいと思っていた。
そんな平和な午後、学校からの帰り道。
瀬那は実に唐突に「また魔物の人、見つけたんですよ」と告げた。
しかも瀬那の様子にはまるで切迫感がない。
ただ戸惑っていることだけが伝わってきた。
「おかしいんですよ。おかしいことだらけです。」
瀬那は口を尖らすようにして、訴える。
蛭魔も瀬那の説明を聞き、確かに妙だと首を捻った。
瀬那も蛭魔もまず最初に、生徒を調べた。
校内をくまなく歩き回って、魔の気配を持つ者を捜し出したのだ。
つまり今校内にいる教師や生徒の中で、魔物がいるはずがない。
いるとしたら、気配を隠すことが出来るツワモノだ。
だから今になって魔物があっけなく見つかるなんて、不自然すぎる。
しかも新たに見つかった魔物は、またしても自分たちを人間だと思っているのだという。
両親がいる普通の家庭で生まれ育ち、ごく普通に生きている。
「つまり姉崎まもりと同じパターンだな。」
「でも気配の質が違いますよ。姉崎先生より弱いっていうか、薄いっていうか。」
「ところで1年って言ったよな。誰だ?」
「1組の佐竹君と山岡君です。」
「2人もいるのかよ!」
蛭魔はため息をついた。
1人ならまだ見逃していたという可能性もなくはない。
だが2人となると、それはまずありえない。
「とりあえず魔物云々の話はしてません。友だちにはなりましたけど。」
「は?」
「2人ともバスケ部なんです。今度練習見に来いって誘ってもらいました。」
「友だち、ねぇ。。。」
瀬那はとりあえず彼らと人間として仲良くなることにしたようだ。
蛭魔としては、それが正しいのかどうかわからない。
彼らの正体がわからないうちは、どう距離を取っていいのか判断がむずかしい。
「とにかく気をつけろ。何かあればすぐに。。。」
「助けに来てくださいね。」
瀬那は蛭魔の言葉を遮って、ニッコリと笑う。
蛭魔は短く「ああ」と答え、2人は寄り添いながら歩いた。
「ああして見ると、普通の人間だよな。」
武蔵は窓から外を見ながら、そう言った。
十文字も窓の下の姿を目で追い「そうだな」と相槌を打った。
グラウンドではちょうどバスケットボール部がランニング中。
2人の視線の先にいるのは、最近見つかったばかりの魔物、佐竹と山岡だった。
今日はアメフト部の練習は休みだ。
蛭魔と瀬那は早々に帰宅したが、武蔵は校内に残っていた。
人間の気配を糧とする武蔵は、帰宅するより校内にいた方が、腹が満たされる。
同じ理由で、十文字たちも校内にいた。
ここは2年生の蛭魔や武蔵のクラスで、今は武蔵と十文字の2人きりだ。
窓際に並んで立ちながら話し込む姿は、普通の先輩後輩に見えるはずだ。
「あんたはどう思う?」
十文字は武蔵に問いかける。
瀬那が蛭魔に新たな魔物が現れた話をしている頃、十文字も武蔵に同じ話をした。
武蔵も蛭魔同様、妙な話だと思う。
「わからんな。」
武蔵はあっさりとそう答える。
いろいろ可能性は考えられるが、今はこうだと断定できるだけの根拠がない。
ならば口に出しても意味がないだろう。
「まぁそれもそうか。とりあえず瀬那を守ることを考えた方がいいか。」
十文字も淡々と応じると、教室を出て行こうとする。
だが武蔵は「待てよ」と呼び止めた。
どうせ帰るまで暇だし、十文字と2人なんて機会はそうそうない。
だから常日頃気になっていることを、訊いてみることにした。
「十文字たちは本当は何歳なんだ?」
「ああ?あんたは?」
「多分550くらいだ。もうよく覚えてない。」
逆に聞き返された武蔵は、素直にそう答える。
すると十文字は口をあんぐりと開けて、呆然としている。
どうやら本気で驚いているようだ。
「お前らってまさか実年齢が高校生とか。。。」
「ああ。15歳だ。黒木や戸叶たちもな。」
今度は武蔵があんぐりと口を開ける番だった。
魔物は若い外見でも概ね長寿であるから、当然十文字たちもそうだと思っていた。
「俺らの共通点って知ってるか?」
「いや。」
「全員捨て子で、今の親は養子なんだ。多分魔物の親に産み捨てられたんだろう。」
「そこを人間に拾われて、人間として高校に?」
「そういうこと。」
なるほどだから魔物でありながら、人間の戸籍を持ち、学校に通っているわけか。
武蔵はずっと十文字たちが魔物でありながら高校に通っているのが不思議だったのだ。
おそらくこの辺りの地は、魔物にとって居心地がいいのだろう。
だからきっと十文字たちのような魔物の「孤児」が多いのだ。
「瀬那には話したから、聞いてると思ってたぜ。」
「瀬那はそういう話をペラペラ喋るタイプじゃねぇよ。」
「確かに。っていうか瀬那って何歳だ!?」
「あいつは500はいってねぇ。多分480歳くらい。」
「はぁぁ?どう見ても俺より年下っぽいのに!」
ガックリと肩を落とす十文字に、武蔵は苦笑した。
武蔵が見たところ、十文字は瀬那に惚れているように見える。
それはきっと蛭魔や黒木たちも気付いている。
ワケアリのアメフト部員たちのなかで気付いていないのは、きっと当の瀬那だけだろう。
武蔵には人間の感覚は今1つ理解できない。
だが惚れた相手が400歳以上年上と言われればショックだろうということは推察できた。
「すげーな。授業の日本史とかどんな気持ちで聞いてるんだ?」
「ああ。懐かしいって感じかな。記憶にあることも多いから」
十文字はひとしきり「スゲー」と感心している。
だが所詮生まれた時期が早いか、遅いかだ。
十文字もきっと何百年も生きるころだろう。
「俺もいつか歳を取らなくなって、人間社会からはみ出すんだよな。」
不意に十文字が声のトーンを落として、そう呟く。
その寂しそうな口調にさすがの武蔵も言葉が詰まった。
武蔵だって生後間もなく産み捨てられて、親の顔も覚えていない。
だがあの頃は戸籍などないし、学校などもない。
それこそ勝手に育ったという感じだ。
だが十文字たちのように人間の中で育ってしまったら、いつか決別の時が来る。
十文字たちも見た目の老化が止まり、そのままでいられなくなるだろう。
人間と魔物は、寿命も生き方も違うのだから。
「養い親や人間の友人とは別れるしかない。だけど。」
武蔵はそう言って、窓の外を指差した。
グラウンドにはもうバスケット部員たちの姿はない。
だがアメフト部の部員たち-黒木、戸叶、モン太、そして小結が立っていた。
「早く帰ろうぜ~!」
同じ時間を生きる魔物の仲間たちが、こちらに手を振っている。
十文字は泣き笑いの表情で、彼らの窓の下の姿をじっと見る。
だがすぐに「俺らも帰ろうぜ」と歩きだした。
きっとこんな気持ちは蛭魔や瀬那にはわからないだろう。
彼らには長い時を共に生きる血の契約を交わした「伴侶」がいるのだから。
武蔵はそんなことを思いながら、十文字の後に続いた。
【続く】
蛭魔は思い切り顔をしかめて、声を上げる。
瀬那はガックリと項垂れて「すみません」とあやまった。
蛭魔と瀬那が泥門高校に潜入して、1ヶ月が経った。
魔物の捜索ははっきり言って、停滞気味だった。
途中までは順調だったのだ。
生徒の中にまぎれた魔物たちを味方にすることはできた。
吸血鬼である教師、三宅の捕獲もできた。
だがそこから先、事態は動かない。
魔の気配は確かに校内に漂っている。
それなのにそれがどこから来るものか、わからない。
それでも蛭魔に焦りはなかった。
この任務が終わった後、蛭魔と瀬那はエイジング処理を施術されることになっている。
つまり高校生に見える容姿でいられるのもあとわずか。
こんな高校生ごっこを楽しむのも悪くない。
同じ制服を着て、一緒に登下校、そして部活。
当たり前の平凡な生活を、瀬那はすごく楽しんでいる。
そんな瀬那を見るのは楽しいし、実は蛭魔もこの生活が面白い。
もしできるなら、蛭魔は瀬那の卒業まで続けさせてやりたいと思っていた。
そんな平和な午後、学校からの帰り道。
瀬那は実に唐突に「また魔物の人、見つけたんですよ」と告げた。
しかも瀬那の様子にはまるで切迫感がない。
ただ戸惑っていることだけが伝わってきた。
「おかしいんですよ。おかしいことだらけです。」
瀬那は口を尖らすようにして、訴える。
蛭魔も瀬那の説明を聞き、確かに妙だと首を捻った。
瀬那も蛭魔もまず最初に、生徒を調べた。
校内をくまなく歩き回って、魔の気配を持つ者を捜し出したのだ。
つまり今校内にいる教師や生徒の中で、魔物がいるはずがない。
いるとしたら、気配を隠すことが出来るツワモノだ。
だから今になって魔物があっけなく見つかるなんて、不自然すぎる。
しかも新たに見つかった魔物は、またしても自分たちを人間だと思っているのだという。
両親がいる普通の家庭で生まれ育ち、ごく普通に生きている。
「つまり姉崎まもりと同じパターンだな。」
「でも気配の質が違いますよ。姉崎先生より弱いっていうか、薄いっていうか。」
「ところで1年って言ったよな。誰だ?」
「1組の佐竹君と山岡君です。」
「2人もいるのかよ!」
蛭魔はため息をついた。
1人ならまだ見逃していたという可能性もなくはない。
だが2人となると、それはまずありえない。
「とりあえず魔物云々の話はしてません。友だちにはなりましたけど。」
「は?」
「2人ともバスケ部なんです。今度練習見に来いって誘ってもらいました。」
「友だち、ねぇ。。。」
瀬那はとりあえず彼らと人間として仲良くなることにしたようだ。
蛭魔としては、それが正しいのかどうかわからない。
彼らの正体がわからないうちは、どう距離を取っていいのか判断がむずかしい。
「とにかく気をつけろ。何かあればすぐに。。。」
「助けに来てくださいね。」
瀬那は蛭魔の言葉を遮って、ニッコリと笑う。
蛭魔は短く「ああ」と答え、2人は寄り添いながら歩いた。
「ああして見ると、普通の人間だよな。」
武蔵は窓から外を見ながら、そう言った。
十文字も窓の下の姿を目で追い「そうだな」と相槌を打った。
グラウンドではちょうどバスケットボール部がランニング中。
2人の視線の先にいるのは、最近見つかったばかりの魔物、佐竹と山岡だった。
今日はアメフト部の練習は休みだ。
蛭魔と瀬那は早々に帰宅したが、武蔵は校内に残っていた。
人間の気配を糧とする武蔵は、帰宅するより校内にいた方が、腹が満たされる。
同じ理由で、十文字たちも校内にいた。
ここは2年生の蛭魔や武蔵のクラスで、今は武蔵と十文字の2人きりだ。
窓際に並んで立ちながら話し込む姿は、普通の先輩後輩に見えるはずだ。
「あんたはどう思う?」
十文字は武蔵に問いかける。
瀬那が蛭魔に新たな魔物が現れた話をしている頃、十文字も武蔵に同じ話をした。
武蔵も蛭魔同様、妙な話だと思う。
「わからんな。」
武蔵はあっさりとそう答える。
いろいろ可能性は考えられるが、今はこうだと断定できるだけの根拠がない。
ならば口に出しても意味がないだろう。
「まぁそれもそうか。とりあえず瀬那を守ることを考えた方がいいか。」
十文字も淡々と応じると、教室を出て行こうとする。
だが武蔵は「待てよ」と呼び止めた。
どうせ帰るまで暇だし、十文字と2人なんて機会はそうそうない。
だから常日頃気になっていることを、訊いてみることにした。
「十文字たちは本当は何歳なんだ?」
「ああ?あんたは?」
「多分550くらいだ。もうよく覚えてない。」
逆に聞き返された武蔵は、素直にそう答える。
すると十文字は口をあんぐりと開けて、呆然としている。
どうやら本気で驚いているようだ。
「お前らってまさか実年齢が高校生とか。。。」
「ああ。15歳だ。黒木や戸叶たちもな。」
今度は武蔵があんぐりと口を開ける番だった。
魔物は若い外見でも概ね長寿であるから、当然十文字たちもそうだと思っていた。
「俺らの共通点って知ってるか?」
「いや。」
「全員捨て子で、今の親は養子なんだ。多分魔物の親に産み捨てられたんだろう。」
「そこを人間に拾われて、人間として高校に?」
「そういうこと。」
なるほどだから魔物でありながら、人間の戸籍を持ち、学校に通っているわけか。
武蔵はずっと十文字たちが魔物でありながら高校に通っているのが不思議だったのだ。
おそらくこの辺りの地は、魔物にとって居心地がいいのだろう。
だからきっと十文字たちのような魔物の「孤児」が多いのだ。
「瀬那には話したから、聞いてると思ってたぜ。」
「瀬那はそういう話をペラペラ喋るタイプじゃねぇよ。」
「確かに。っていうか瀬那って何歳だ!?」
「あいつは500はいってねぇ。多分480歳くらい。」
「はぁぁ?どう見ても俺より年下っぽいのに!」
ガックリと肩を落とす十文字に、武蔵は苦笑した。
武蔵が見たところ、十文字は瀬那に惚れているように見える。
それはきっと蛭魔や黒木たちも気付いている。
ワケアリのアメフト部員たちのなかで気付いていないのは、きっと当の瀬那だけだろう。
武蔵には人間の感覚は今1つ理解できない。
だが惚れた相手が400歳以上年上と言われればショックだろうということは推察できた。
「すげーな。授業の日本史とかどんな気持ちで聞いてるんだ?」
「ああ。懐かしいって感じかな。記憶にあることも多いから」
十文字はひとしきり「スゲー」と感心している。
だが所詮生まれた時期が早いか、遅いかだ。
十文字もきっと何百年も生きるころだろう。
「俺もいつか歳を取らなくなって、人間社会からはみ出すんだよな。」
不意に十文字が声のトーンを落として、そう呟く。
その寂しそうな口調にさすがの武蔵も言葉が詰まった。
武蔵だって生後間もなく産み捨てられて、親の顔も覚えていない。
だがあの頃は戸籍などないし、学校などもない。
それこそ勝手に育ったという感じだ。
だが十文字たちのように人間の中で育ってしまったら、いつか決別の時が来る。
十文字たちも見た目の老化が止まり、そのままでいられなくなるだろう。
人間と魔物は、寿命も生き方も違うのだから。
「養い親や人間の友人とは別れるしかない。だけど。」
武蔵はそう言って、窓の外を指差した。
グラウンドにはもうバスケット部員たちの姿はない。
だがアメフト部の部員たち-黒木、戸叶、モン太、そして小結が立っていた。
「早く帰ろうぜ~!」
同じ時間を生きる魔物の仲間たちが、こちらに手を振っている。
十文字は泣き笑いの表情で、彼らの窓の下の姿をじっと見る。
だがすぐに「俺らも帰ろうぜ」と歩きだした。
きっとこんな気持ちは蛭魔や瀬那にはわからないだろう。
彼らには長い時を共に生きる血の契約を交わした「伴侶」がいるのだから。
武蔵はそんなことを思いながら、十文字の後に続いた。
【続く】