ヒルセナ朝5題
「普通に起こして下さい」
瀬那は半分寝惚けながら、そう言った。
だが蛭魔は涼しい顔だ。
それどころか「おはようのかわりにキスってのもいいだろ?」とシレっと言い切った。
最近瀬那は朝、なかなか起きられない。
やはり学校生活というのは疲れるようだ。
決まった時間に起きて、キッチリと授業を受けることは思いのほか体力を使うらしい。
何百年も学校に通ったことなどない瀬那には少々しんどい。
だから夜はすぐ眠くなるし、朝もギリギリまで寝ている。
蛭魔はそんな瀬那をキスで起こすのが日課になった。
正直言ってこれはかなり恥ずかしい。
覚醒した瞬間、相手の唇を意識してしまって、ただただ動揺する。
だが蛭魔がキスを仕掛ける理由もわかっているから、強く拒否もできない。
蛭魔は消耗している瀬那を思い、血を飲む量も回数もかなり減らしている。
だから朝はキスで瀬那の気を吸って、活力にしているのだ。
本当は瀬那は学校など行かずに、蛭魔にたっぷりと血をあげるのがいいのだと思う。
だが蛭魔は瀬那がそんな風に思っていることもお見通しだ。
「瀬那が嬉しそうにしているのを見るのが楽しい。」
蛭魔は先回りするようにそう言うと、毎朝甘いキスを仕掛けてくる。
瀬那はそんな蛭魔に文句を言いつつも感謝し、学校生活を楽しんでいた。
「じゃあ次は。蛭魔君、読んで」
英語教師に指名されて、瀬那は慌てて「はい」と答えて席を立つ。
そしてスラスラと教科書の英文を読み始めた。
実は瀬那は英語もそこそこ話せる。
長く生きてきたおかげで、その辺の高校生よりは人生経験も長いのだ。
だから教科書を読むくらいのことは、ほとんど苦もなくできてしまう。
それよりも難題なのは「蛭魔君」と呼ばれて、返事をすることだった。
学校では蛭魔の弟ということになっており、瀬那の名字も蛭魔なのだ。
「はい。そこまで。きれいな発音ね。」
英語教師であり、このクラスの担任である姉崎まもりが微笑する。
それは何百年も前に別れた姉とよく似ていて、また瀬那を困惑させる。
瀬那は何とか冷静な表情を装って、席に座った。
この授業の後は、放課後の部活。
本当に平和な学校生活だと瀬那は思う。
これで蛭魔と瀬那が実の兄弟で、普通の人間だったらどんなにいいだろう。
そんな夢のようなことを考えてしまう。
だが普通でないから、楽しいのだということもわかっている。
短い期間のつかの間の夢と知っているから、平凡な生活も宝物のように輝くのだ。
教師の三宅がいなくなって、校内に漂う魔を伴う邪気はかなり少なくなった。
だがなくなったわけではない。
この姉崎まもりからも人ならざる魔を感じるのだが、邪気は彼女のものではなかった。
瀬那はまもりの生い立ちが気になって、何度も話しかけた。
そして英語の質問にかこつけて、出生や家族構成などを聞く。
だがまもりの答えはごくごく普通のものだ。
会社員の父と専業主婦の母と一緒に、学校近くの実家で暮らしているという。
そして笑顔で「今度遊びにいらっしゃい」と言った。
そこには何の嘘も感じなかった。
「姉崎先生のことはしばらく様子を見ることにしてくれませんか?」
瀬那は蛭魔にそう頼んでいた。
まもりは自分のことを普通の人間だと思い、疑っていないようだ。
ならばできればそっとしておいてあげたいと思っていた。
「まぁそれ以前にやることがあるしな。」
蛭魔は瀬那の気持ちを汲んで、そう言ってくれた。
まずは校内の邪気の原因を突き止めるのが先。
それまではまもりについては特に何もしないことにしてくれた。
特にまもりに邪悪な意図がなければ「組織」の監視対象にはなるが、そこまでだ。
本人は監視されていることにさえ気付かずに、生涯を終えることになるだろう。
できればそうなって欲しいと、瀬那は願っている。
放課後、蛭魔たちはグラウンドで部活に励んでいる。
アメフト部では、蛭魔たちは選手で瀬那は「主務」という位置付けだ。
部活において「主務」とは部の運営をする者らしい。
だが形だけのこの部において、特に仕事などない。
だから蛭魔たちの練習をただ見ていることが多かった。
今日は部室の掃除でもしようかな。
しばらく練習を見ていた瀬那はそう思った。
少しでも何かの役に立ちたい。
あの古い廃屋をもう少し居心地のいい空間にしたら、みんなも喜ぶだろう。
「よし!」
部室に戻った瀬那は、掃除を始めた。
ほうきを使って床を掃いた後、モップで拭く。
どんどん綺麗になっていくのが楽しくて、鼻歌まで出てしまう。
だが不意に床がバキバキと音を立てて崩れた。
どうやら掃除のために一時的に物を積み重ねた場所の床板が抜けてしまったようだ。
瀬那は「嘘でしょ」と思わず声を上げてしまった。
手伝うつもりで部室を壊してしまったなんて、あんまりだ。
瀬那は手早く抜けてしまった床の上のものを退けた。
できるものならみんなが戻ってくる前に、修理したい。
果たして自分の手に負えるだろうか?
その場に膝をついて、床の状態を見ようとした瀬那は「あ!」と声を上げた。
割れてしまった床板の下に見える白い欠片は、何かの骨ではないか?
しかも1つや2つではなく大量にありそうだ。
そしてそれらからは禍々しい邪気が発せられていた。
「蛭魔さん、呼ばなくちゃ。。。」
息苦しさを感じながら、瀬那は立ち上がろうとした。
だが激しい眩暈で足元がふらつく。
どうやら邪気に当てられてしまったらしい。
まずいと思ったが動くこともできず、瀬那はその場にうずくまっていた。
「目、覚めたか?」
蛭魔が瀬那の顔を覗き込んだ。
瀬那は寝惚け眼で「あれ?ここ家?」と能天気な声を上げる。
まったくこっちの気も知らないで、と蛭魔はため息をついた。
部活の途中、いきなり強い邪気を感じた蛭魔は手を止めた。
武蔵や十文字たちも異変を感じたようだ。
そして邪気の気配を辿り部室である廃屋に来た蛭魔たちは、驚いた。
床板の一部が割れており、その下にはおびただしい数の骨。
そして骨からは強い邪気が発せられており、瀬那が倒れていた。
横に掃除用のモップが落ちていたことから、掃除中にたまたま床が抜けたものと思われる。
吸血鬼の「伴侶」とはいえ人間の瀬那に、この邪気はきつかっただろう。
すぐに「組織」の人間を呼んで見てもらい、骨は全て魔物のものであるとわかった。
どうやらあの場所は、かつて「組織」が処分した魔物の死骸の捨て場所だったのではないか。
それが「組織」の古い文献を調べて、推察できることだった。
瀬那は完全に目が覚めないようで、ぼんやりした表情だ。
邪気にやられてしまった瀬那は、丸3日眠っていたのだ。
さてどこから説明しようかと、蛭魔は迷う
だが瀬那は甘えたような表情で、艶っぽくヒル魔を誘った。
「とりあえずおはようのかわりにキスしてくれませんか?」
一瞬ポカンとした表情になった蛭魔が、フッと口元を緩ませた。
散々心配させておいて、と思うが、仕方ない。
無邪気で危なっかしいくせに艶っぽい少年は、愛する「伴侶」なのだから。
蛭魔はベットにおおいかぶさるようにしながら、そっと瀬那と唇を合わせる。
すぐに瀬那の気配が蛭魔の身体に流れ込み、全身が熱くなった。
邪気を浴びてもすこしも穢れない瀬那は、蛭魔に力を与えてくれる。
【終】続編「ヒルセナ昼5題」に続きます。
瀬那は半分寝惚けながら、そう言った。
だが蛭魔は涼しい顔だ。
それどころか「おはようのかわりにキスってのもいいだろ?」とシレっと言い切った。
最近瀬那は朝、なかなか起きられない。
やはり学校生活というのは疲れるようだ。
決まった時間に起きて、キッチリと授業を受けることは思いのほか体力を使うらしい。
何百年も学校に通ったことなどない瀬那には少々しんどい。
だから夜はすぐ眠くなるし、朝もギリギリまで寝ている。
蛭魔はそんな瀬那をキスで起こすのが日課になった。
正直言ってこれはかなり恥ずかしい。
覚醒した瞬間、相手の唇を意識してしまって、ただただ動揺する。
だが蛭魔がキスを仕掛ける理由もわかっているから、強く拒否もできない。
蛭魔は消耗している瀬那を思い、血を飲む量も回数もかなり減らしている。
だから朝はキスで瀬那の気を吸って、活力にしているのだ。
本当は瀬那は学校など行かずに、蛭魔にたっぷりと血をあげるのがいいのだと思う。
だが蛭魔は瀬那がそんな風に思っていることもお見通しだ。
「瀬那が嬉しそうにしているのを見るのが楽しい。」
蛭魔は先回りするようにそう言うと、毎朝甘いキスを仕掛けてくる。
瀬那はそんな蛭魔に文句を言いつつも感謝し、学校生活を楽しんでいた。
「じゃあ次は。蛭魔君、読んで」
英語教師に指名されて、瀬那は慌てて「はい」と答えて席を立つ。
そしてスラスラと教科書の英文を読み始めた。
実は瀬那は英語もそこそこ話せる。
長く生きてきたおかげで、その辺の高校生よりは人生経験も長いのだ。
だから教科書を読むくらいのことは、ほとんど苦もなくできてしまう。
それよりも難題なのは「蛭魔君」と呼ばれて、返事をすることだった。
学校では蛭魔の弟ということになっており、瀬那の名字も蛭魔なのだ。
「はい。そこまで。きれいな発音ね。」
英語教師であり、このクラスの担任である姉崎まもりが微笑する。
それは何百年も前に別れた姉とよく似ていて、また瀬那を困惑させる。
瀬那は何とか冷静な表情を装って、席に座った。
この授業の後は、放課後の部活。
本当に平和な学校生活だと瀬那は思う。
これで蛭魔と瀬那が実の兄弟で、普通の人間だったらどんなにいいだろう。
そんな夢のようなことを考えてしまう。
だが普通でないから、楽しいのだということもわかっている。
短い期間のつかの間の夢と知っているから、平凡な生活も宝物のように輝くのだ。
教師の三宅がいなくなって、校内に漂う魔を伴う邪気はかなり少なくなった。
だがなくなったわけではない。
この姉崎まもりからも人ならざる魔を感じるのだが、邪気は彼女のものではなかった。
瀬那はまもりの生い立ちが気になって、何度も話しかけた。
そして英語の質問にかこつけて、出生や家族構成などを聞く。
だがまもりの答えはごくごく普通のものだ。
会社員の父と専業主婦の母と一緒に、学校近くの実家で暮らしているという。
そして笑顔で「今度遊びにいらっしゃい」と言った。
そこには何の嘘も感じなかった。
「姉崎先生のことはしばらく様子を見ることにしてくれませんか?」
瀬那は蛭魔にそう頼んでいた。
まもりは自分のことを普通の人間だと思い、疑っていないようだ。
ならばできればそっとしておいてあげたいと思っていた。
「まぁそれ以前にやることがあるしな。」
蛭魔は瀬那の気持ちを汲んで、そう言ってくれた。
まずは校内の邪気の原因を突き止めるのが先。
それまではまもりについては特に何もしないことにしてくれた。
特にまもりに邪悪な意図がなければ「組織」の監視対象にはなるが、そこまでだ。
本人は監視されていることにさえ気付かずに、生涯を終えることになるだろう。
できればそうなって欲しいと、瀬那は願っている。
放課後、蛭魔たちはグラウンドで部活に励んでいる。
アメフト部では、蛭魔たちは選手で瀬那は「主務」という位置付けだ。
部活において「主務」とは部の運営をする者らしい。
だが形だけのこの部において、特に仕事などない。
だから蛭魔たちの練習をただ見ていることが多かった。
今日は部室の掃除でもしようかな。
しばらく練習を見ていた瀬那はそう思った。
少しでも何かの役に立ちたい。
あの古い廃屋をもう少し居心地のいい空間にしたら、みんなも喜ぶだろう。
「よし!」
部室に戻った瀬那は、掃除を始めた。
ほうきを使って床を掃いた後、モップで拭く。
どんどん綺麗になっていくのが楽しくて、鼻歌まで出てしまう。
だが不意に床がバキバキと音を立てて崩れた。
どうやら掃除のために一時的に物を積み重ねた場所の床板が抜けてしまったようだ。
瀬那は「嘘でしょ」と思わず声を上げてしまった。
手伝うつもりで部室を壊してしまったなんて、あんまりだ。
瀬那は手早く抜けてしまった床の上のものを退けた。
できるものならみんなが戻ってくる前に、修理したい。
果たして自分の手に負えるだろうか?
その場に膝をついて、床の状態を見ようとした瀬那は「あ!」と声を上げた。
割れてしまった床板の下に見える白い欠片は、何かの骨ではないか?
しかも1つや2つではなく大量にありそうだ。
そしてそれらからは禍々しい邪気が発せられていた。
「蛭魔さん、呼ばなくちゃ。。。」
息苦しさを感じながら、瀬那は立ち上がろうとした。
だが激しい眩暈で足元がふらつく。
どうやら邪気に当てられてしまったらしい。
まずいと思ったが動くこともできず、瀬那はその場にうずくまっていた。
「目、覚めたか?」
蛭魔が瀬那の顔を覗き込んだ。
瀬那は寝惚け眼で「あれ?ここ家?」と能天気な声を上げる。
まったくこっちの気も知らないで、と蛭魔はため息をついた。
部活の途中、いきなり強い邪気を感じた蛭魔は手を止めた。
武蔵や十文字たちも異変を感じたようだ。
そして邪気の気配を辿り部室である廃屋に来た蛭魔たちは、驚いた。
床板の一部が割れており、その下にはおびただしい数の骨。
そして骨からは強い邪気が発せられており、瀬那が倒れていた。
横に掃除用のモップが落ちていたことから、掃除中にたまたま床が抜けたものと思われる。
吸血鬼の「伴侶」とはいえ人間の瀬那に、この邪気はきつかっただろう。
すぐに「組織」の人間を呼んで見てもらい、骨は全て魔物のものであるとわかった。
どうやらあの場所は、かつて「組織」が処分した魔物の死骸の捨て場所だったのではないか。
それが「組織」の古い文献を調べて、推察できることだった。
瀬那は完全に目が覚めないようで、ぼんやりした表情だ。
邪気にやられてしまった瀬那は、丸3日眠っていたのだ。
さてどこから説明しようかと、蛭魔は迷う
だが瀬那は甘えたような表情で、艶っぽくヒル魔を誘った。
「とりあえずおはようのかわりにキスしてくれませんか?」
一瞬ポカンとした表情になった蛭魔が、フッと口元を緩ませた。
散々心配させておいて、と思うが、仕方ない。
無邪気で危なっかしいくせに艶っぽい少年は、愛する「伴侶」なのだから。
蛭魔はベットにおおいかぶさるようにしながら、そっと瀬那と唇を合わせる。
すぐに瀬那の気配が蛭魔の身体に流れ込み、全身が熱くなった。
邪気を浴びてもすこしも穢れない瀬那は、蛭魔に力を与えてくれる。
【終】続編「ヒルセナ昼5題」に続きます。
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