ヒルセナ朝5題
「起きました?おはようございます!」
瀬那は朝からテンション高く、電話の向こうの相手に話しかけている。
どうしてモーニングコールなんだ?
蛭魔は半ば呆れながら「それじゃ後で」と受話器を置く瀬那を見ていた。
モーニングコールは最近の瀬那の習慣だ。
魔物の捜索のため、泥門高校へ転入した蛭魔と瀬那。
その2人を補佐するべく、武蔵も転入してきたことによる。
武蔵は基本的には夜行性で、朝に弱い。
そこで瀬那が毎日、電話をかけて起こしていた。
「夜行性の魔物の方は、大変ですよね。」
瀬那は心配そうにそう言った。
だが蛭魔は冷ややかだった。
魔物は確かに元々夜行性だが、人間の中で長く暮らすうちに慣れていくものだ。
事実生徒に紛れ込んだ魔物は、何人もいるのだから。
武蔵はそんな者たちに比べると、確かに朝には弱い方だろう。
だけど毎日瀬那にモーニングコールをさせるほどとは思えない。
そもそも泥門高校への潜入は、蛭魔が受けた依頼なのだ。
手を貸してくれるのはありがたい。
だが人の手を借りないと朝が起きられないと言うなら、わざわざ学校に通う必要はないのだ。
わざわざ生徒に化けなくても、頼めることはたくさんある。
つまり学校に通うことにしたのは武蔵の独断、というか趣味だと思う。
とにかく蛭魔はこの定番となりつつあるモーニングコールが気に入らない。
ぶっちゃければ毎朝瀬那の可愛らしい声で起きる武蔵に妬いているのだ。
ささいなことではあるが、蛭魔も魔物。
愛する「伴侶」への執着は凄まじく、些細なことでも盛大に嫉妬する。
「クラスの女子が行方不明?」
「ええ。そうなんですけど。。。」
瀬那は何か腑に落ちない表情をしている。
蛭魔と武蔵はどちらともなく顔を見合わせていた。
昼休み、3人は屋上にいた。
本来生徒は立入禁止の場所で、入口は鍵がかかっている。
だが魔物である蛭魔や武蔵は、鍵を開けるのも閉めるのも簡単だ。
学年が違う蛭魔と瀬那は、学校にいる間は顔を合わせない。
だけど何か報告をしなければならないときには、念を送る。
吸血鬼と「伴侶」は余程離れていない限り、テレパシーのように念で会話ができる。
今日は午前中に瀬那から「お話があります」と念が送られてきた。
蛭魔は「昼休みに屋上で待ってる」と返した。
「うちのクラスでずっと休んでる女の子がいるんです。」
瀬那は開口一番、そう言った。
女子生徒の名は瀧鈴音。
彼女は瀬那たちが転校してきた翌日からずっと休んでいるという。
病欠と思われていたが、実は失踪したらしいという噂が流れ始めている。
「僕は残念ながら、彼女の顔をよく憶えてなくて」
瀬那は申し訳なさそうにそう言った。
転校して来た翌日から休んでいるなら無理もないことだ。
「それだけじゃ魔物がらみかどうかわからんな。単なる家出かもしれん。」
武蔵が難しい表情でそう言った。
瀬那が申し訳なさそうな顔のまま「すみません」と答える。
だが蛭魔はきっと魔物がらみだと思う。
少なくても瀬那はそう直感しており、だが上手く言葉にできずに困っているように見える。
「俺と武蔵で調べる。瀬那は危ないから動くなよ。」
「わかりました。」
瀬那は小さく頷くと、先に屋上から出て行く。
この後蛭魔と武蔵が作戦を立てようとするのを、邪魔しないためだろう。
瀬那はかわいいだけでなく、察しのいい「伴侶」なのだ。
だがこの後、蛭魔と武蔵は後悔することになる。
1人で教室に戻したことで、瀬那は危機に瀕することになるのだから。
さてどこで時間を潰そうか。
瀬那は少し迷ったが、校庭に出ることにした。
瀬那の学校生活の最大の悩みは昼休みだった。
ほとんどの生徒は弁当など昼食をとる時間。
だが魔物の「伴侶」である瀬那は、食事をしなくてもいい身体なのだ。
むしろ食事をすると、気分が悪くなってしまう。
一緒に食べようというクラスメイトの誘いをことわるのは心苦しい。
本当に厚意で転校生に親切にしようとしてくれているのに。
必然的に教室には居づらい。
だから「兄さんと一緒に食べるから」と言い訳しながら、校内をフラフラと歩き回っていた。
おかげで転校して間もないのに、校内の間取りはすっかり把握している。
校庭に出た瀬那は、校舎の裏に回った。
表はグラウンドで、部活動の生徒が走ったり、ボールを投げたり蹴ったりしている。
歩き回ったら、すごく邪魔だろう。
裏庭は部活動の部室やなにかの用具部屋のような小屋が並んでいる。
何か目的がなければ、一般の生徒はあまり来ないのだろう。
人の気配が少なく、そもそも校舎の影になっていて薄暗い。
そしてもし学校内に魔物が潜んでいるとしたら、この辺りが一番それっぽい気がする。
そのとき瀬那は声にならない異常な気配を感じた。
悲しみと恐怖、そして理不尽な目に合わされている怒りと戸惑い。
これは魔物のものではなく、人間の気配だ。
そしてどうやら一番奥の、今にも朽ちそうな古い小屋から発せられている。
瀬那は迷いのない足取りでその小屋の前に立った。
さてどうしよう、と瀬那は迷った。
小屋の扉には「老朽化のため危険。立入禁止」と貼り紙がしてあったのだ。
そしてつい先程「危ないから動くな」と言われたことを思い出す。
勝手に踏み込むより、蛭魔と武蔵を呼んだ方がいい。
瀬那は小屋に背を向け、いったん立ち去ろうとする。
だが次の瞬間、小屋の扉が開き、2本の腕が伸びる。
背後から抱きつかれた瀬那は、小屋の中に引きずり込まれた。
そして何を考える間もなく制服の襟元が緩められ、首筋に歯を立てられる。
血を飲まれてるのだとわかったときには、瀬那の意識は遠のき、抵抗することもできなかった。
蛭魔は急に顔をしかめると、額に手を当てて、歯を食いしばった。
傍目にはひどい頭痛を堪えているように見えるだろう。
だが長い付き合いの武蔵にはそうではないとわかる。
これは瀬那がなにかの危機に見舞われたときの反応だ。
瀬那が痛みや苦痛を感じた時、主である蛭魔にも伝わるのだ。
幸か不幸か武蔵と蛭魔は同じクラスで、だいたい行動を共にしている。
そして今はもうすぐ昼休みが終わろうという時間だった。
蛭魔は額を押さえ、顔を歪めながら「瀬那!」と声を上げる。
だがすぐに立ち上がると、教室を飛び出して行った。
置き去りにされた武蔵も、すぐに立ち上がる。
だが自分より足が早い蛭魔には追いつけそうもない。
武蔵は1年2組、瀬那の教室に向かった。
「この学校で魔物が潜むとしたらどこだ?」
聞いた相手は十文字、黒木、戸叶。
瀬那のクラスメイトの魔物たちだ。
闇雲に捜すより、校内では先輩に当たる彼らに聞いた方が早い。
「多分校舎裏の用具部屋だと思う。」
十文字は一瞬考えたが、すぐにそう答えた。
そして「案内する」と立ち上がり、黒木と戸叶もごく自然についてくる。
言葉数は少ないが、彼らが瀬那を心配しているのが伝わってくる。
どうやら短い間に、瀬那は彼らとすっかり友情を結んだようだ。
十文字たちのの案内で校舎裏に来た武蔵は、思わず眉を潜めた。
午後の授業が始まり、すっかり人気がない。
それなのに人間の血のにおいがする。
魔物だけが感じる食欲をそそるにおいの中に、瀬那の気配を感じとった武蔵の目に怒りが灯る。
武蔵は血のにおいを頼りに、一番奥の小屋へ進む。
立入禁止の貼り紙などものともせずに、一気に扉を蹴破った。
中では瀬那ともう1人、少女が床に倒れていて、傍らには口の周りを血まみれにした男が立っていた。
「瀬那!」
蛭魔は「伴侶」の名を呼びながら、小屋の中に転がり込んだ。
小さな埃っぽい室内は物が散乱しており、格闘の痕跡が見える。
部屋の奥に寝かされているのは制服姿の少女。
そして十文字たち3人に取り押さえられている吸血鬼の男。
瀬那は武蔵の腕に抱かれて、ぐったりと目を閉じていた。
「それが瀧鈴音か?」
蛭魔の言葉に、十文字たちが頷いた。
駆けつけてきたのに、もう終わってしまっていることに少々拍子抜けする。
だが瀬那も行方不明だった女子生徒も、とにかく生きているようだ。
「お前、組織の管理下に入ることに同意しなかったか?」
蛭魔は3人がかりで床に押さえ込まれている男を見下ろしながら、そう聞いた。
男は吸血鬼であり、蛭魔と武蔵の担任教師である三宅だった。
「面倒だから適当に答えただけだ。管理下なんて冗談じゃない。」
三宅は不貞腐れたように、蛭魔を睨み上げている。
まったく瀬那が接触した魔物たちは素直に言うことを聞いているのに。
どうしてこっちはこうなんだと、蛭魔は頭を抱えたい気分だ。
「どうするんだ?蛭魔」
「『組織』に連絡して『処分』してもらうしかないだろ」
武蔵の問いに、蛭魔が素っ気なく答える。
三宅が「処分」という不穏な言葉に顔色を変え、暴れようとした。
だが黒木と戸叶に引き起こされ、十文字に鳩尾に拳を打ち込まれておとなしくなった。
「武蔵、助かった。瀬那のこと。」
蛭魔は甚だ不本意だったが、武蔵に礼を言った。
瀬那の危機を察知して取り乱してしまい、闇雲に走り回った。
その結果、武蔵の方が先に瀬那を見つけてしまったのだ。
「モーニングコールの礼を返したってことで。」
武蔵は涼しい顔でそう答えると、瀬那の髪をなでている。
本当に面白くない。
蛭魔は「フン」と鼻を鳴らすと「組織」に連絡するために小屋を出た。
【続く】
瀬那は朝からテンション高く、電話の向こうの相手に話しかけている。
どうしてモーニングコールなんだ?
蛭魔は半ば呆れながら「それじゃ後で」と受話器を置く瀬那を見ていた。
モーニングコールは最近の瀬那の習慣だ。
魔物の捜索のため、泥門高校へ転入した蛭魔と瀬那。
その2人を補佐するべく、武蔵も転入してきたことによる。
武蔵は基本的には夜行性で、朝に弱い。
そこで瀬那が毎日、電話をかけて起こしていた。
「夜行性の魔物の方は、大変ですよね。」
瀬那は心配そうにそう言った。
だが蛭魔は冷ややかだった。
魔物は確かに元々夜行性だが、人間の中で長く暮らすうちに慣れていくものだ。
事実生徒に紛れ込んだ魔物は、何人もいるのだから。
武蔵はそんな者たちに比べると、確かに朝には弱い方だろう。
だけど毎日瀬那にモーニングコールをさせるほどとは思えない。
そもそも泥門高校への潜入は、蛭魔が受けた依頼なのだ。
手を貸してくれるのはありがたい。
だが人の手を借りないと朝が起きられないと言うなら、わざわざ学校に通う必要はないのだ。
わざわざ生徒に化けなくても、頼めることはたくさんある。
つまり学校に通うことにしたのは武蔵の独断、というか趣味だと思う。
とにかく蛭魔はこの定番となりつつあるモーニングコールが気に入らない。
ぶっちゃければ毎朝瀬那の可愛らしい声で起きる武蔵に妬いているのだ。
ささいなことではあるが、蛭魔も魔物。
愛する「伴侶」への執着は凄まじく、些細なことでも盛大に嫉妬する。
「クラスの女子が行方不明?」
「ええ。そうなんですけど。。。」
瀬那は何か腑に落ちない表情をしている。
蛭魔と武蔵はどちらともなく顔を見合わせていた。
昼休み、3人は屋上にいた。
本来生徒は立入禁止の場所で、入口は鍵がかかっている。
だが魔物である蛭魔や武蔵は、鍵を開けるのも閉めるのも簡単だ。
学年が違う蛭魔と瀬那は、学校にいる間は顔を合わせない。
だけど何か報告をしなければならないときには、念を送る。
吸血鬼と「伴侶」は余程離れていない限り、テレパシーのように念で会話ができる。
今日は午前中に瀬那から「お話があります」と念が送られてきた。
蛭魔は「昼休みに屋上で待ってる」と返した。
「うちのクラスでずっと休んでる女の子がいるんです。」
瀬那は開口一番、そう言った。
女子生徒の名は瀧鈴音。
彼女は瀬那たちが転校してきた翌日からずっと休んでいるという。
病欠と思われていたが、実は失踪したらしいという噂が流れ始めている。
「僕は残念ながら、彼女の顔をよく憶えてなくて」
瀬那は申し訳なさそうにそう言った。
転校して来た翌日から休んでいるなら無理もないことだ。
「それだけじゃ魔物がらみかどうかわからんな。単なる家出かもしれん。」
武蔵が難しい表情でそう言った。
瀬那が申し訳なさそうな顔のまま「すみません」と答える。
だが蛭魔はきっと魔物がらみだと思う。
少なくても瀬那はそう直感しており、だが上手く言葉にできずに困っているように見える。
「俺と武蔵で調べる。瀬那は危ないから動くなよ。」
「わかりました。」
瀬那は小さく頷くと、先に屋上から出て行く。
この後蛭魔と武蔵が作戦を立てようとするのを、邪魔しないためだろう。
瀬那はかわいいだけでなく、察しのいい「伴侶」なのだ。
だがこの後、蛭魔と武蔵は後悔することになる。
1人で教室に戻したことで、瀬那は危機に瀕することになるのだから。
さてどこで時間を潰そうか。
瀬那は少し迷ったが、校庭に出ることにした。
瀬那の学校生活の最大の悩みは昼休みだった。
ほとんどの生徒は弁当など昼食をとる時間。
だが魔物の「伴侶」である瀬那は、食事をしなくてもいい身体なのだ。
むしろ食事をすると、気分が悪くなってしまう。
一緒に食べようというクラスメイトの誘いをことわるのは心苦しい。
本当に厚意で転校生に親切にしようとしてくれているのに。
必然的に教室には居づらい。
だから「兄さんと一緒に食べるから」と言い訳しながら、校内をフラフラと歩き回っていた。
おかげで転校して間もないのに、校内の間取りはすっかり把握している。
校庭に出た瀬那は、校舎の裏に回った。
表はグラウンドで、部活動の生徒が走ったり、ボールを投げたり蹴ったりしている。
歩き回ったら、すごく邪魔だろう。
裏庭は部活動の部室やなにかの用具部屋のような小屋が並んでいる。
何か目的がなければ、一般の生徒はあまり来ないのだろう。
人の気配が少なく、そもそも校舎の影になっていて薄暗い。
そしてもし学校内に魔物が潜んでいるとしたら、この辺りが一番それっぽい気がする。
そのとき瀬那は声にならない異常な気配を感じた。
悲しみと恐怖、そして理不尽な目に合わされている怒りと戸惑い。
これは魔物のものではなく、人間の気配だ。
そしてどうやら一番奥の、今にも朽ちそうな古い小屋から発せられている。
瀬那は迷いのない足取りでその小屋の前に立った。
さてどうしよう、と瀬那は迷った。
小屋の扉には「老朽化のため危険。立入禁止」と貼り紙がしてあったのだ。
そしてつい先程「危ないから動くな」と言われたことを思い出す。
勝手に踏み込むより、蛭魔と武蔵を呼んだ方がいい。
瀬那は小屋に背を向け、いったん立ち去ろうとする。
だが次の瞬間、小屋の扉が開き、2本の腕が伸びる。
背後から抱きつかれた瀬那は、小屋の中に引きずり込まれた。
そして何を考える間もなく制服の襟元が緩められ、首筋に歯を立てられる。
血を飲まれてるのだとわかったときには、瀬那の意識は遠のき、抵抗することもできなかった。
蛭魔は急に顔をしかめると、額に手を当てて、歯を食いしばった。
傍目にはひどい頭痛を堪えているように見えるだろう。
だが長い付き合いの武蔵にはそうではないとわかる。
これは瀬那がなにかの危機に見舞われたときの反応だ。
瀬那が痛みや苦痛を感じた時、主である蛭魔にも伝わるのだ。
幸か不幸か武蔵と蛭魔は同じクラスで、だいたい行動を共にしている。
そして今はもうすぐ昼休みが終わろうという時間だった。
蛭魔は額を押さえ、顔を歪めながら「瀬那!」と声を上げる。
だがすぐに立ち上がると、教室を飛び出して行った。
置き去りにされた武蔵も、すぐに立ち上がる。
だが自分より足が早い蛭魔には追いつけそうもない。
武蔵は1年2組、瀬那の教室に向かった。
「この学校で魔物が潜むとしたらどこだ?」
聞いた相手は十文字、黒木、戸叶。
瀬那のクラスメイトの魔物たちだ。
闇雲に捜すより、校内では先輩に当たる彼らに聞いた方が早い。
「多分校舎裏の用具部屋だと思う。」
十文字は一瞬考えたが、すぐにそう答えた。
そして「案内する」と立ち上がり、黒木と戸叶もごく自然についてくる。
言葉数は少ないが、彼らが瀬那を心配しているのが伝わってくる。
どうやら短い間に、瀬那は彼らとすっかり友情を結んだようだ。
十文字たちのの案内で校舎裏に来た武蔵は、思わず眉を潜めた。
午後の授業が始まり、すっかり人気がない。
それなのに人間の血のにおいがする。
魔物だけが感じる食欲をそそるにおいの中に、瀬那の気配を感じとった武蔵の目に怒りが灯る。
武蔵は血のにおいを頼りに、一番奥の小屋へ進む。
立入禁止の貼り紙などものともせずに、一気に扉を蹴破った。
中では瀬那ともう1人、少女が床に倒れていて、傍らには口の周りを血まみれにした男が立っていた。
「瀬那!」
蛭魔は「伴侶」の名を呼びながら、小屋の中に転がり込んだ。
小さな埃っぽい室内は物が散乱しており、格闘の痕跡が見える。
部屋の奥に寝かされているのは制服姿の少女。
そして十文字たち3人に取り押さえられている吸血鬼の男。
瀬那は武蔵の腕に抱かれて、ぐったりと目を閉じていた。
「それが瀧鈴音か?」
蛭魔の言葉に、十文字たちが頷いた。
駆けつけてきたのに、もう終わってしまっていることに少々拍子抜けする。
だが瀬那も行方不明だった女子生徒も、とにかく生きているようだ。
「お前、組織の管理下に入ることに同意しなかったか?」
蛭魔は3人がかりで床に押さえ込まれている男を見下ろしながら、そう聞いた。
男は吸血鬼であり、蛭魔と武蔵の担任教師である三宅だった。
「面倒だから適当に答えただけだ。管理下なんて冗談じゃない。」
三宅は不貞腐れたように、蛭魔を睨み上げている。
まったく瀬那が接触した魔物たちは素直に言うことを聞いているのに。
どうしてこっちはこうなんだと、蛭魔は頭を抱えたい気分だ。
「どうするんだ?蛭魔」
「『組織』に連絡して『処分』してもらうしかないだろ」
武蔵の問いに、蛭魔が素っ気なく答える。
三宅が「処分」という不穏な言葉に顔色を変え、暴れようとした。
だが黒木と戸叶に引き起こされ、十文字に鳩尾に拳を打ち込まれておとなしくなった。
「武蔵、助かった。瀬那のこと。」
蛭魔は甚だ不本意だったが、武蔵に礼を言った。
瀬那の危機を察知して取り乱してしまい、闇雲に走り回った。
その結果、武蔵の方が先に瀬那を見つけてしまったのだ。
「モーニングコールの礼を返したってことで。」
武蔵は涼しい顔でそう答えると、瀬那の髪をなでている。
本当に面白くない。
蛭魔は「フン」と鼻を鳴らすと「組織」に連絡するために小屋を出た。
【続く】