ヒルセナ5題
【蕩けるような笑み】
あの神龍寺に勝った。
デビルバッツのメンバーだけでなく会場全体がまるで優勝したかのような大騒ぎになった。
ロッカールームに引き上げた悪魔の申し子たちは。
心配そうにベンチに横たわった小さな少年を取り囲んでいた。
その中心でトレーナーの溝六が揉んだり掴んだりしながら、セナの身体をチェックしている。
金剛阿含によってセナの身体は徹底的に痛めつけられていた。膝はガクガクと震えている。
腕と胸は手刀によってあちこちに青黒い痣が出来ていた。
背中の痣は最後のデビルバットダイブで打ちつけたものだ。
セナは溝六がマッサージの手に力を入れるたびに小さな呻き声をもらし、顔を顰めていた。
ハァハァと忙しなげな浅い呼吸。ボロボロの小さなエースに皆、切ない思いがこみ上げる。
それでも骨折はしていないし、一晩寝ればよくなるという溝六の言葉に安堵する。
よし、手当てするからな。おいオメーらはさっさと着替えちまいな。
溝六の言葉にデビルバッツの面々はセナから離れて着替えはじめた。
次の対戦相手の偵察だ。着替えたやつからスタンドに行け。
ヒル魔の指示で着替え終わった者はロッカールームを出て行く。
まもりや鈴音、モン太はセナを心配して行くのを渋ったが。
後は俺が看る、というヒル魔の言葉に従った。
セナの手当てを終えた溝六も出て行き、ロッカールームにはセナとヒル魔が残った。
よく壊されなかったな。ヒル魔は態度にこそ出さないものの内心安堵していた。
わかっていた。阿含がその狂気をセナに向けていることを。
あの抽選会の時、阿含はセナの目を狙ってボールを投げた。
セナだから狙われたし、セナだから避ける事ができたのだ。
この先もこの小さな身体を酷使させることになる。そう思うと気が重くなる。
ヒル魔が自分の想いの中に沈みこんでいる間にセナはようやく着替えを終えた。
俺たちも行くぞ、と言おうとした瞬間。
セナが救急箱を持って近づいてきた。
ヒル魔さんも手当てしないと。言われて思い出す。そうだ唇を切ったのだった。
俺はいい、とヒル魔が言うと。縋るような顔でセナが見返してくる。まるで捨て犬だ。
簡単でいいから早くしろ。ヒル魔は観念してベンチに座った。
その途端セナが「はい」と表情を一変させた。ヒル魔がその表情に呆然となる。
それはまさに。蕩けるような笑み。
まったくテメーは!とヒル魔は目を閉じて、セナの前に無防備な顔を向けた。
自分はボロボロなのに、ヒル魔の小さな傷に一喜一憂するセナがいとおしく思う。
どんな目にあっても。セナは壊れたりしない。壊れたように見えても必ず立ち上がる。
そしてチームを勝ちに導き、更なる高みに連れて行くのだ。
そんなヤツだから、俺は惹かれたのだ。ヒル魔の口元が緩み、ふっと笑みを漏らす。
口元、動かさないでくださいよ。
ぎこちない手付きで手当てをしていたセナが慌てたように言った。
ヒル魔の端整な顔立ちに見とれていたことを誤魔化すように。
【終】
あの神龍寺に勝った。
デビルバッツのメンバーだけでなく会場全体がまるで優勝したかのような大騒ぎになった。
ロッカールームに引き上げた悪魔の申し子たちは。
心配そうにベンチに横たわった小さな少年を取り囲んでいた。
その中心でトレーナーの溝六が揉んだり掴んだりしながら、セナの身体をチェックしている。
金剛阿含によってセナの身体は徹底的に痛めつけられていた。膝はガクガクと震えている。
腕と胸は手刀によってあちこちに青黒い痣が出来ていた。
背中の痣は最後のデビルバットダイブで打ちつけたものだ。
セナは溝六がマッサージの手に力を入れるたびに小さな呻き声をもらし、顔を顰めていた。
ハァハァと忙しなげな浅い呼吸。ボロボロの小さなエースに皆、切ない思いがこみ上げる。
それでも骨折はしていないし、一晩寝ればよくなるという溝六の言葉に安堵する。
よし、手当てするからな。おいオメーらはさっさと着替えちまいな。
溝六の言葉にデビルバッツの面々はセナから離れて着替えはじめた。
次の対戦相手の偵察だ。着替えたやつからスタンドに行け。
ヒル魔の指示で着替え終わった者はロッカールームを出て行く。
まもりや鈴音、モン太はセナを心配して行くのを渋ったが。
後は俺が看る、というヒル魔の言葉に従った。
セナの手当てを終えた溝六も出て行き、ロッカールームにはセナとヒル魔が残った。
よく壊されなかったな。ヒル魔は態度にこそ出さないものの内心安堵していた。
わかっていた。阿含がその狂気をセナに向けていることを。
あの抽選会の時、阿含はセナの目を狙ってボールを投げた。
セナだから狙われたし、セナだから避ける事ができたのだ。
この先もこの小さな身体を酷使させることになる。そう思うと気が重くなる。
ヒル魔が自分の想いの中に沈みこんでいる間にセナはようやく着替えを終えた。
俺たちも行くぞ、と言おうとした瞬間。
セナが救急箱を持って近づいてきた。
ヒル魔さんも手当てしないと。言われて思い出す。そうだ唇を切ったのだった。
俺はいい、とヒル魔が言うと。縋るような顔でセナが見返してくる。まるで捨て犬だ。
簡単でいいから早くしろ。ヒル魔は観念してベンチに座った。
その途端セナが「はい」と表情を一変させた。ヒル魔がその表情に呆然となる。
それはまさに。蕩けるような笑み。
まったくテメーは!とヒル魔は目を閉じて、セナの前に無防備な顔を向けた。
自分はボロボロなのに、ヒル魔の小さな傷に一喜一憂するセナがいとおしく思う。
どんな目にあっても。セナは壊れたりしない。壊れたように見えても必ず立ち上がる。
そしてチームを勝ちに導き、更なる高みに連れて行くのだ。
そんなヤツだから、俺は惹かれたのだ。ヒル魔の口元が緩み、ふっと笑みを漏らす。
口元、動かさないでくださいよ。
ぎこちない手付きで手当てをしていたセナが慌てたように言った。
ヒル魔の端整な顔立ちに見とれていたことを誤魔化すように。
【終】