ブラックセナ5題
ああ、また携帯が鳴ってるなぁ。。。
セナはまるで他人事のように、ぼんやりと着信音を聞いていた。
セナは泥門前駅のホームのベンチに座っていた。
何本も電車をやり過ごし、何回も携帯の着信音を聞いた。
その間に辺りはすっかり夜の闇に包まれている。
駅もラッシュ時を過ぎて、ホームにはセナ以外の人影はなかった。
時間を確認していないが、多分もう深夜だろう。
ここで初めてヒル魔さんをちゃんと見たんだよな。
セナはふぅっと大きく息をついた。
十文字たちに追いかけられて、電車に飛び乗った。
その時自分をフェンスの上から自分を見ていた金色の髪のあの人。
跳べ、という声に従って、迷わず跳んだ。
思えばあの時にもうあの人に捕まっていたのだ。身も心も。
次の電車のアナウンスが聞こえた。
ああ、ひどくだるい。でももう帰らなきゃ。
セナはゆっくりと腰を上げた。
その時、また携帯が着信の音を響かせた。
「もしもし。。。」
セナは相手も確かめずに電話を取った。
『やっと出やがったな』
相手は不機嫌を隠そうともしなかった。
「すみません。何か用ですか?」
セナは愛してやまない彼の声に素っ気なく答えた。
『テメー、まさか電車に飛び込む気じゃねぇだろうな』
まさか、と答えようとして。セナはハッとする。
どうしてわかる。今セナが駅のホームにいるなどと。
そう思ってセナは辺りをキョロキョロと見回し、また驚く。
ヒル魔はあの春の日と同じ姿勢で、落下防止のフェンスの上に座っていた。
金色に輝く髪が、夜の闇に映えている。
「飛び込む、って言ったらどうします?」
セナは含み笑いをしながら言った。電話の向こうは無言だった。
「飛び込んだりなんかしませんよ。少なくてもクリスマスボウルまではね。」
フェンスの上からヒル魔は黙ってセナを見降ろしている。
「そのぐらいの責任感はありますよ。」
一応、光速のエースなんだから。本人が望んだものではないけど。
電車が近づいてきた。セナはヒル魔から視線を外した。
そのままゆっくりとホームに書かれた表示に従い、乗車口まで歩く。
「じゃあまた。お疲れ様でした。」
何となく部活の後のような挨拶をしてしまった。
今日の「あの」後にお疲れ様というのも妙だ、とセナは少し笑った。
『テメー、勝手に結論を出してねぇか?』
切ろうとした瞬間、ずっと黙っていたヒル魔の声が聞こえた。
『俺はクリスマスボウルまでは誰とも付き合わねぇし、その後も糞マネとは付き合わねぇ』
それはさっき聞きましたよ、とセナは心の中で答えた。
一応盗み聞きをしていたわけだが、それをはっきりと言うのが憚られたからだ。
『俺とテメーの間には何もない。今はまだ』
「そんなもったいぶらなくていいですよ。クリスマスボウルまでは僕は。。。」
わからない。ヒル魔の言いたいことが。
ヒル魔は何もなかったことにしたはずだ。全ての策略と想いを。
『クリスマスボウルの後の俺たちのことは何も決まっちゃいねぇってことだ』
それって、どういうこと?
セナは言葉を失う。次の瞬間ホームに電車が入ってきた。
電車によってヒル魔は見えなくなり、轟音で声は聞こえなくなる。
そして電車のドアが開いた。
だがセナは立ち尽くしたまま動かなかった。
電車の扉が閉まり、また夜の闇に向けて発車していく。
セナは乗り込むことなく、電車を見送っていた。
再び見上げたフェンスの上にはもうヒル魔はいない。
いつの間にか握り締めた携帯電話もすでに切れていた。
ヒル魔は泥門前駅から静かに歩き去っていた。
その顔にはどこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
小早川セナ。
初めてその走りを見たときには心が震えた。
ヒル魔の夢を叶えるために現れた少年。
そんならしくもない夢想を思い描いたほどだ。
だが少年は危険な火種を同時に持っていた。
無邪気な振りをした少年の心の芯は思いのほか、黒く捻れている。
そして少年に惹かれて集まる人間たちもまた、毒に侵食されるように黒く染まる。
その結果がこれだ。まもり、鈴音、十文字、そしてヒル魔。
皆がその黒い渦に巻き込まれて、翻弄されている。
あの足さえなければ辞めさせるのに。最初はそう思っていた。
クリスマスボウルへ行くために。恋愛沙汰など面倒なだけだ。
ではもしセナがただの主務なら手放せるのか?と問われるとヒル魔は答えられない。
華奢な身体と無邪気な表情で、黒い感情を抱えた少年。
いつかそのバランスが崩れて壊れるのではないか。そう思うと心が焦る。
ただの庇護欲でも単なる好奇心でもない。わかっている。
もやもやとしたその感情の正体。あの少年への自分の想い。
だから今はセナを放さない。何からでも守る。
たとえセナ本人がそれを望まなくても。
クリスマスボウルが終わるまで。そのときに答えを出す。
ヒル魔は夜の闇の中をゆっくりと歩いていく。
金色の髪と二連のピアスが、遠ざかる電車の灯りを受けて光った。
セナは再び泥門前駅のホームのベンチに座っていた。
乗らなかった電車の灯りはすでに遠ざかって見えない。
駅のアナウンスが次の電車が最終だと告げている。
最終電車が来るまでに、考えをまとめなくてはと思う。
クリスマスボウルの後の俺たちのことは何も決まっちゃいねぇってことだ。
セナは独りぼっちの駅のホームで、その意味を考える。
納得できる答えはただ1つ。ヒル魔得意の心理戦だ。
そうやって気を持たせて、セナの心を操って。
そしてヒル魔はまた明日からセナを走らせるつもりなのだ。
騙されてはいけない。ヒル魔にとっては何もないのと同じことだ。
でもいくら自分に言い聞かせても、心のどこかで期待をしてしまう。
もしかしてヒル魔はクリスマスボウルの後、セナを受け入れてくれるのではないかと。
ヒル魔にはセナが電車に飛び込もうとしているように見えたらしい。
それはまったく外れ、というわけではなかった。
死んでしまうのもいいかもしれないと思ったのだ。
電車に飛び込むなどという方法ではなく、もっと違うやり方で。
何もないことにするなら、セナ自身もいなくなるのも悪くない。
でももう少しだけ。生きてるのもいいかもね、と思う。
クリスマスボウルが終わるまで。そのときに答えが出る。
死ぬのはいつでもできる。答えを聞いてからでも遅くはない。
ヒル魔の夢の彼方にあるものを見るくらいの権利はあるだろう。
ホームに滑り込んだ最終電車にセナは迷うことなく乗り込んだ。
闇の中を走る電車は今の自分にふさわしい。
セナはシートに身を沈めて、自嘲するように笑った。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
セナはまるで他人事のように、ぼんやりと着信音を聞いていた。
セナは泥門前駅のホームのベンチに座っていた。
何本も電車をやり過ごし、何回も携帯の着信音を聞いた。
その間に辺りはすっかり夜の闇に包まれている。
駅もラッシュ時を過ぎて、ホームにはセナ以外の人影はなかった。
時間を確認していないが、多分もう深夜だろう。
ここで初めてヒル魔さんをちゃんと見たんだよな。
セナはふぅっと大きく息をついた。
十文字たちに追いかけられて、電車に飛び乗った。
その時自分をフェンスの上から自分を見ていた金色の髪のあの人。
跳べ、という声に従って、迷わず跳んだ。
思えばあの時にもうあの人に捕まっていたのだ。身も心も。
次の電車のアナウンスが聞こえた。
ああ、ひどくだるい。でももう帰らなきゃ。
セナはゆっくりと腰を上げた。
その時、また携帯が着信の音を響かせた。
「もしもし。。。」
セナは相手も確かめずに電話を取った。
『やっと出やがったな』
相手は不機嫌を隠そうともしなかった。
「すみません。何か用ですか?」
セナは愛してやまない彼の声に素っ気なく答えた。
『テメー、まさか電車に飛び込む気じゃねぇだろうな』
まさか、と答えようとして。セナはハッとする。
どうしてわかる。今セナが駅のホームにいるなどと。
そう思ってセナは辺りをキョロキョロと見回し、また驚く。
ヒル魔はあの春の日と同じ姿勢で、落下防止のフェンスの上に座っていた。
金色に輝く髪が、夜の闇に映えている。
「飛び込む、って言ったらどうします?」
セナは含み笑いをしながら言った。電話の向こうは無言だった。
「飛び込んだりなんかしませんよ。少なくてもクリスマスボウルまではね。」
フェンスの上からヒル魔は黙ってセナを見降ろしている。
「そのぐらいの責任感はありますよ。」
一応、光速のエースなんだから。本人が望んだものではないけど。
電車が近づいてきた。セナはヒル魔から視線を外した。
そのままゆっくりとホームに書かれた表示に従い、乗車口まで歩く。
「じゃあまた。お疲れ様でした。」
何となく部活の後のような挨拶をしてしまった。
今日の「あの」後にお疲れ様というのも妙だ、とセナは少し笑った。
『テメー、勝手に結論を出してねぇか?』
切ろうとした瞬間、ずっと黙っていたヒル魔の声が聞こえた。
『俺はクリスマスボウルまでは誰とも付き合わねぇし、その後も糞マネとは付き合わねぇ』
それはさっき聞きましたよ、とセナは心の中で答えた。
一応盗み聞きをしていたわけだが、それをはっきりと言うのが憚られたからだ。
『俺とテメーの間には何もない。今はまだ』
「そんなもったいぶらなくていいですよ。クリスマスボウルまでは僕は。。。」
わからない。ヒル魔の言いたいことが。
ヒル魔は何もなかったことにしたはずだ。全ての策略と想いを。
『クリスマスボウルの後の俺たちのことは何も決まっちゃいねぇってことだ』
それって、どういうこと?
セナは言葉を失う。次の瞬間ホームに電車が入ってきた。
電車によってヒル魔は見えなくなり、轟音で声は聞こえなくなる。
そして電車のドアが開いた。
だがセナは立ち尽くしたまま動かなかった。
電車の扉が閉まり、また夜の闇に向けて発車していく。
セナは乗り込むことなく、電車を見送っていた。
再び見上げたフェンスの上にはもうヒル魔はいない。
いつの間にか握り締めた携帯電話もすでに切れていた。
ヒル魔は泥門前駅から静かに歩き去っていた。
その顔にはどこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。
小早川セナ。
初めてその走りを見たときには心が震えた。
ヒル魔の夢を叶えるために現れた少年。
そんならしくもない夢想を思い描いたほどだ。
だが少年は危険な火種を同時に持っていた。
無邪気な振りをした少年の心の芯は思いのほか、黒く捻れている。
そして少年に惹かれて集まる人間たちもまた、毒に侵食されるように黒く染まる。
その結果がこれだ。まもり、鈴音、十文字、そしてヒル魔。
皆がその黒い渦に巻き込まれて、翻弄されている。
あの足さえなければ辞めさせるのに。最初はそう思っていた。
クリスマスボウルへ行くために。恋愛沙汰など面倒なだけだ。
ではもしセナがただの主務なら手放せるのか?と問われるとヒル魔は答えられない。
華奢な身体と無邪気な表情で、黒い感情を抱えた少年。
いつかそのバランスが崩れて壊れるのではないか。そう思うと心が焦る。
ただの庇護欲でも単なる好奇心でもない。わかっている。
もやもやとしたその感情の正体。あの少年への自分の想い。
だから今はセナを放さない。何からでも守る。
たとえセナ本人がそれを望まなくても。
クリスマスボウルが終わるまで。そのときに答えを出す。
ヒル魔は夜の闇の中をゆっくりと歩いていく。
金色の髪と二連のピアスが、遠ざかる電車の灯りを受けて光った。
セナは再び泥門前駅のホームのベンチに座っていた。
乗らなかった電車の灯りはすでに遠ざかって見えない。
駅のアナウンスが次の電車が最終だと告げている。
最終電車が来るまでに、考えをまとめなくてはと思う。
クリスマスボウルの後の俺たちのことは何も決まっちゃいねぇってことだ。
セナは独りぼっちの駅のホームで、その意味を考える。
納得できる答えはただ1つ。ヒル魔得意の心理戦だ。
そうやって気を持たせて、セナの心を操って。
そしてヒル魔はまた明日からセナを走らせるつもりなのだ。
騙されてはいけない。ヒル魔にとっては何もないのと同じことだ。
でもいくら自分に言い聞かせても、心のどこかで期待をしてしまう。
もしかしてヒル魔はクリスマスボウルの後、セナを受け入れてくれるのではないかと。
ヒル魔にはセナが電車に飛び込もうとしているように見えたらしい。
それはまったく外れ、というわけではなかった。
死んでしまうのもいいかもしれないと思ったのだ。
電車に飛び込むなどという方法ではなく、もっと違うやり方で。
何もないことにするなら、セナ自身もいなくなるのも悪くない。
でももう少しだけ。生きてるのもいいかもね、と思う。
クリスマスボウルが終わるまで。そのときに答えが出る。
死ぬのはいつでもできる。答えを聞いてからでも遅くはない。
ヒル魔の夢の彼方にあるものを見るくらいの権利はあるだろう。
ホームに滑り込んだ最終電車にセナは迷うことなく乗り込んだ。
闇の中を走る電車は今の自分にふさわしい。
セナはシートに身を沈めて、自嘲するように笑った。
【終】お付き合いいただき、ありがとうございました。
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