ブラックセナ5題
「ヤー、皆入るよ~」
鈴音は陽気な声を上げながら、カジノ仕様の部室のドアを開けた。
だが無邪気な笑い顔が一瞬にして凍りつく。
部室のカジノテーブルには、十文字とまもりが並んで座っている。
そしてその思いつめた表情の2人と向かい合うようにして、ヒル魔が座っていた。
ヒル魔の様子はいつもとまったく変わらない。
淡々とした無表情で、2人に目を向けることもなくノートパソコンを叩いている。
いつもは皆の笑い声が絶えない部室が、今は何とも奇妙な空間となっていた。
明るさは微塵もなく、誰も何も言わないのに緊張感が漂っている。
「テメーで最後だ、糞チア。さっさと座れ」
ヒル魔が鈴音の方を見もせずに言った。
「え?今日は他の人たちは?」
鈴音がキョロキョロと辺りを見回す。
「他の皆は休みなんだって」
まもりが感情のない声で鈴音に告げた。
十文字がチッと舌打ちをする。
鈴音は悟る。このメンバーが集められたということは。
ヒル魔は鈴音やまもりの企みに何らかの裁定を下すつもりなのだ。
鈴音は覚悟を決めたように、大きく息をつく。
そしてヒル魔の正面、まもりの隣の椅子に落ち着いた。
「テメーらの考えてることもやってることも全部わかっている。」
ようやくノートパソコンから目を離したヒル魔は3人の顔を見回しながら言った。
まもりは俯き、十文字はヒル魔から視線を逸らす。
鈴音だけがヒル魔をじっと見据えていた。
「くだらねぇことはやめろ。俺にも糞チビにもだ。」
その瞬間鈴音の表情が歪んだ。
「どうして?セナが誰と付き合おうと妖ー兄には関係ない。。。」
「関係ある。今はクリスマスボウルが大事だからな。恋愛なんかで大事なエースの調子が狂うのは困る。」
ヒル魔は鈴音の言葉を最後まで言わせなかった。
「そんな。。。」
「実際テメーらのせいでアイツはあの雨の日、傘もささずに帰った。体調でも崩されたら迷惑だ。」
なおも食い下がる鈴音にヒル魔が冷たく言い放つ。
「もうしねぇよ、そんな真似」
十文字が思いつめた表情で、ヒル魔を見ながら叫んだ。
「糞長男。糞チビは気づいてるぜ。糞マネと告白ごっこをしてたのはテメーだってな。」
十文字の顔が驚愕に歪んだ。その事実を初めて知った鈴音も驚く。
「糞チアが傘を隠したことも、糞マネがそれを利用したことも。糞チビは知ってる。」
ヒル魔は威嚇するように微かに目を細めながら、淡々と言葉を続けた。
ずっと黙っていたまもりの肩が小刻みに震えている。
「テメーら3人、アメフト部から叩き出してもよかったんだ。糞チビの足には変えられねぇ。
でも当の糞チビが何でもないことにしたからな。俺もそうすることにした。」
十文字と鈴音の顔は驚愕から絶望に変わっていた。
セナは向けられる想いと企みに気づきながら、何もないことにした。
それは十文字のことも鈴音のことも何とも思っていないということだ。
その事実が十文字と鈴音の心に悲しく重く圧し掛かっている。
「糞マネ、俺はクリスマスボウルが終わるまでは誰とも付き合うつもりはねぇ。
それに終わったあとでもテメーと付き合うつもりはねぇよ。」
一瞬見開かれたまもりの瞳から涙が溢れて、零れ落ちた。
ヒル魔はそれを見て、心底鬱陶しいという表情になった。
「まぁ気持ち抜きで身体だけの奴隷なら考えてやってもいいけど」
その時だけヒル魔が少し笑う。見ているだけで凍りつきそうな冷笑だ。
「話はそれだけだ。さっさと帰れ」
ヒル魔は再びノートパソコンに視線を戻して、キーを叩き始めた。
最初にまもりが立ち上がり、泣きながら部室を飛び出していく。
そして次に鈴音が、最後に十文字が、言葉もなく重い足取りで出て行った。
しばらくはヒル魔のノートパソコンのキーの音だけが響いていた。
「10分だけ外に出る。その後戻ってきて鍵をかけるからその間に帰れ。」
ヒル魔は誰もいない筈のロッカールームに大声で叫んだ。
そしてノートパソコンを閉じて、部室を出て行った。
その声に。
ロッカールームの奥の物陰に隠れていたセナがビクリと震えた。
ヒル魔はやはりすべてを知っていた。
まもりや鈴音や十文字の想いも、そのために起こした行動も。
そしてそれらをすべて知りながら、結論をヒル魔に委ねたセナの心も。
ヒル魔はセナの恋心を受け入れるか、拒絶するか。
セナはドキドキしながらヒル魔の答えを待っていた。
もし受け入れられたなら。これ以上の幸福はない。
ヒル魔のために今まで以上に頑張れる。
もし拒絶されたなら。綺麗さっぱり忘れよう。
アメフト部も辞めてイチからやり直そう。
でもヒル魔の答えはどちらでもなかった。
ヒル魔は全てをなかったことにしたのだ。
セナの想いはヒル魔にとって、まもりや鈴音や十文字の浅はかな行為と同列だった。
あっけなく見捨てられて、終わってしまった。
セナの想いなど関係なく今まで通り。
セナをエースとして、アイシールド21として大事にされる。
受け入れられないなら。せめて憎まれた方がよかった。
でも大切にされるのだ。光速のエースのセナの「足」は。
セナはロッカールームからカジノテーブルの前に出てきた。
ヒル魔は言葉通り、姿を消していた。
本当にキッカリ10分で戻ってくるだろう。
今顔を会わせたくない。
ため息を1つつくと、セナはゆっくりと部室を出た。
まぁ気持ち抜きで身体だけの奴隷なら考えてやってもいいけど。
ヒル魔はまもりにそう言っていた。
それは同様にセナにも向けられた言葉なのだろうか?
セナもそれを望めば、叶えられるのだろうか。
でもやっぱり。セックスだけの関係は・・・嫌です。
セナはひっそりと心の中でヒル魔の言葉に答える。
ヒル魔と身体を重ねたいと思う。あの身体に抱きしめられたい。
でも抱かれた後に残るのは、今以上の空しさだ。
となると選択肢は2つしかない。
ヒル魔が望む通りに今までと同じように振舞うか、アメフト部を去るか。
「何かもうどうでもよくなっちゃったな」
セナはポツリと呟いて、部室を後にした。
【続く】
鈴音は陽気な声を上げながら、カジノ仕様の部室のドアを開けた。
だが無邪気な笑い顔が一瞬にして凍りつく。
部室のカジノテーブルには、十文字とまもりが並んで座っている。
そしてその思いつめた表情の2人と向かい合うようにして、ヒル魔が座っていた。
ヒル魔の様子はいつもとまったく変わらない。
淡々とした無表情で、2人に目を向けることもなくノートパソコンを叩いている。
いつもは皆の笑い声が絶えない部室が、今は何とも奇妙な空間となっていた。
明るさは微塵もなく、誰も何も言わないのに緊張感が漂っている。
「テメーで最後だ、糞チア。さっさと座れ」
ヒル魔が鈴音の方を見もせずに言った。
「え?今日は他の人たちは?」
鈴音がキョロキョロと辺りを見回す。
「他の皆は休みなんだって」
まもりが感情のない声で鈴音に告げた。
十文字がチッと舌打ちをする。
鈴音は悟る。このメンバーが集められたということは。
ヒル魔は鈴音やまもりの企みに何らかの裁定を下すつもりなのだ。
鈴音は覚悟を決めたように、大きく息をつく。
そしてヒル魔の正面、まもりの隣の椅子に落ち着いた。
「テメーらの考えてることもやってることも全部わかっている。」
ようやくノートパソコンから目を離したヒル魔は3人の顔を見回しながら言った。
まもりは俯き、十文字はヒル魔から視線を逸らす。
鈴音だけがヒル魔をじっと見据えていた。
「くだらねぇことはやめろ。俺にも糞チビにもだ。」
その瞬間鈴音の表情が歪んだ。
「どうして?セナが誰と付き合おうと妖ー兄には関係ない。。。」
「関係ある。今はクリスマスボウルが大事だからな。恋愛なんかで大事なエースの調子が狂うのは困る。」
ヒル魔は鈴音の言葉を最後まで言わせなかった。
「そんな。。。」
「実際テメーらのせいでアイツはあの雨の日、傘もささずに帰った。体調でも崩されたら迷惑だ。」
なおも食い下がる鈴音にヒル魔が冷たく言い放つ。
「もうしねぇよ、そんな真似」
十文字が思いつめた表情で、ヒル魔を見ながら叫んだ。
「糞長男。糞チビは気づいてるぜ。糞マネと告白ごっこをしてたのはテメーだってな。」
十文字の顔が驚愕に歪んだ。その事実を初めて知った鈴音も驚く。
「糞チアが傘を隠したことも、糞マネがそれを利用したことも。糞チビは知ってる。」
ヒル魔は威嚇するように微かに目を細めながら、淡々と言葉を続けた。
ずっと黙っていたまもりの肩が小刻みに震えている。
「テメーら3人、アメフト部から叩き出してもよかったんだ。糞チビの足には変えられねぇ。
でも当の糞チビが何でもないことにしたからな。俺もそうすることにした。」
十文字と鈴音の顔は驚愕から絶望に変わっていた。
セナは向けられる想いと企みに気づきながら、何もないことにした。
それは十文字のことも鈴音のことも何とも思っていないということだ。
その事実が十文字と鈴音の心に悲しく重く圧し掛かっている。
「糞マネ、俺はクリスマスボウルが終わるまでは誰とも付き合うつもりはねぇ。
それに終わったあとでもテメーと付き合うつもりはねぇよ。」
一瞬見開かれたまもりの瞳から涙が溢れて、零れ落ちた。
ヒル魔はそれを見て、心底鬱陶しいという表情になった。
「まぁ気持ち抜きで身体だけの奴隷なら考えてやってもいいけど」
その時だけヒル魔が少し笑う。見ているだけで凍りつきそうな冷笑だ。
「話はそれだけだ。さっさと帰れ」
ヒル魔は再びノートパソコンに視線を戻して、キーを叩き始めた。
最初にまもりが立ち上がり、泣きながら部室を飛び出していく。
そして次に鈴音が、最後に十文字が、言葉もなく重い足取りで出て行った。
しばらくはヒル魔のノートパソコンのキーの音だけが響いていた。
「10分だけ外に出る。その後戻ってきて鍵をかけるからその間に帰れ。」
ヒル魔は誰もいない筈のロッカールームに大声で叫んだ。
そしてノートパソコンを閉じて、部室を出て行った。
その声に。
ロッカールームの奥の物陰に隠れていたセナがビクリと震えた。
ヒル魔はやはりすべてを知っていた。
まもりや鈴音や十文字の想いも、そのために起こした行動も。
そしてそれらをすべて知りながら、結論をヒル魔に委ねたセナの心も。
ヒル魔はセナの恋心を受け入れるか、拒絶するか。
セナはドキドキしながらヒル魔の答えを待っていた。
もし受け入れられたなら。これ以上の幸福はない。
ヒル魔のために今まで以上に頑張れる。
もし拒絶されたなら。綺麗さっぱり忘れよう。
アメフト部も辞めてイチからやり直そう。
でもヒル魔の答えはどちらでもなかった。
ヒル魔は全てをなかったことにしたのだ。
セナの想いはヒル魔にとって、まもりや鈴音や十文字の浅はかな行為と同列だった。
あっけなく見捨てられて、終わってしまった。
セナの想いなど関係なく今まで通り。
セナをエースとして、アイシールド21として大事にされる。
受け入れられないなら。せめて憎まれた方がよかった。
でも大切にされるのだ。光速のエースのセナの「足」は。
セナはロッカールームからカジノテーブルの前に出てきた。
ヒル魔は言葉通り、姿を消していた。
本当にキッカリ10分で戻ってくるだろう。
今顔を会わせたくない。
ため息を1つつくと、セナはゆっくりと部室を出た。
まぁ気持ち抜きで身体だけの奴隷なら考えてやってもいいけど。
ヒル魔はまもりにそう言っていた。
それは同様にセナにも向けられた言葉なのだろうか?
セナもそれを望めば、叶えられるのだろうか。
でもやっぱり。セックスだけの関係は・・・嫌です。
セナはひっそりと心の中でヒル魔の言葉に答える。
ヒル魔と身体を重ねたいと思う。あの身体に抱きしめられたい。
でも抱かれた後に残るのは、今以上の空しさだ。
となると選択肢は2つしかない。
ヒル魔が望む通りに今までと同じように振舞うか、アメフト部を去るか。
「何かもうどうでもよくなっちゃったな」
セナはポツリと呟いて、部室を後にした。
【続く】