ブラックセナ5題

十文字一輝は相手が現れるのを待っていた。
今日は久々に部活が休みだった。
ここのところハードな練習で部員たちも疲れている。
ヒル魔がそんな部員たちの様子を見て、今日は休養日とした。
ヒル魔はそんな気配りができる男なのだということが悔しい。
その思わぬ優しさにもセナが惹かれているのだということがわかるからだ。

ここは1年2組、十文字やセナのクラスだった。
中途半端な時間。部に所属している生徒は部活中だし、そうでない生徒はもう帰宅している。
この教室ならアメフト部の思い入れが強いテレビがある。
これから会う相手といるのを誰かに見られても、このテレビの前で話し込んでしまったといえばいい。
変に人気のない空き教室や、外で会うより逆に言い訳がつけやすい。
誰もいない教室で、十文字は待ちながら物思いに耽っていた。

最初は戸惑っていた。同性であるセナに心惹かれることが。
でもその迷いを消したのも、他ならぬセナだった。
セナもまた同性に恋をしている。その相手が自分でないことが不満だが。
隠し切れない熱い想いを込めて、セナはあの金髪の悪魔を見ている。
諦めきれない。セナが好きだと思う。それなのに。

最近セナと話す機会が極端に少ない。
教室ではまとめて3兄弟、と括られる悪友の目があるせいで何となく照れてしまう。
部活では前衛と後衛、もともとポジションも違うから同じ練習は少ない。
では、と休憩などのちょっとした合間を狙うものの。
いつもどこからともなく現れる瀧鈴音がセナの横を占領している。
今日だって練習もないのに現れた鈴音が、帰りに何か食べて帰ろうとセナの手を引いて連れて行ってしまった。
面白くない。まったく面白くなかった。


「お待たせ」
十文字の待ち人、姉崎まもりが教室に現れた。
「約束が違ぇんじゃねぇか?」
十文字は不機嫌さを隠しもせずにまもりを睨みつけた。
前置きもしないで、いきなり本題をぶつける。

「約束?」
「アンタがヒル魔と付き合っているように見せるために俺は協力した。」
「好きでもない女の肩、抱いてね。」
まもりがからかうように笑った。
「なのにアンタは最近、鈴音とセナをくっつけようとしてる。」
「気のせいよ」
あくまで取り合わないまもりの態度に、十文字の目つきが変わった。
幾多の不良たちを怖がらせた殺気を帯びた目。ケンカで鍛えたものだ。

2人とも想いを受け入れられたかった。まもりはヒル魔に、十文字はセナに。
だからまもりと十文字は手を結んだのだ。
まずはセナにヒル魔を諦めさせるために。

あの雨の日、まもりが「告白」する振りで抱きついた相手はヒル魔ではない。
逆立てた金髪のウィッグと尖った付け耳に2連のピアスをした十文字だった。
シルエットだといかにもヒル魔っぽくなっていたが。
真ん前で見たまもりからすれば、失笑しそうな間抜けな姿だった。


「ヒル魔にバラしてもいいんだぜ。」
「セナにバラしてもいいのよ。」
十文字の恫喝にまもりもまた恫喝で応じた。
無言の2人が、まるでバチバチと火花を燃やすような視線をぶつけ合う。
そのうちにまもりがフッと笑いをもらした。

「鈴音ちゃん、あれがセナに見せるためにわざとやったことに気がついたのよ。」
十文字は驚きで微かに目を見開いた。
「俺のことは?」
「それは気付いてないみたい。あの時のあなたのことをヒル魔くんだと思ってる。」
「んで、バラすって脅されたのかよ。」
「大丈夫よ。あの子がこれだけ近づいてもセナは見向きもしてない。セナは鈴音ちゃんとは付き合わないわ。」
十文字はまもりのひどく独善的な物言いに苦笑した。

「このままあの子の思う通りになるのも癪だし、私はあなたに協力するわよ。」
「どうやって」
「それを今、考えてるんだけど」
ふと廊下で遠くから近づいてくる足音が聞こえて、十文字とまもりは黙り込んだ。
足音は近くで止まり、教室のドアがガラガラと開いた。


「あれ?十文字くんにまもり姉ちゃん。面白い組み合わせだね。」
セナは教室に入ってきながらニッコリと笑う。
「たまたま偶然ね。テレビ見ながらクリスマスボウルに行こうって話してたのよ。」
まもりはまったく動揺することなく言ってのけた。
その変わり身の早さに十文字は密かに呆れる。

「帰ったのかと思ってたぜ。セナ」
「え?ああ、忘れ物したんで戻ってきたんだ。明日英語当たってたのに教科書忘れちゃって。」
十文字の問いにセナが照れくさそうに笑いながら、言った。
「鈴音は?」
「先に帰ってもらったよ。ねぇ十文字くんもここで一緒に宿題やらない?1人だとサボっちゃいそうで。」
セナの屈託のない笑顔。一緒にという誘い。そして鈴音を先に帰らせたという事実。
十文字は無愛想を装いながら、ニヤけてしまう顔を懸命に抑えていた。

「じゃあセナ、私は帰るわ。」
「うん、また明日。まもり姉ちゃん。」
「ええ」
まもりは一瞬だけセナの死角から、十文字に意味ありげな視線を送った。
そして手を振りながら、教室から出て行く。
「じゃあやるか。ちゃっちゃか片付けて何か食いに行こうぜ。」
「うん、隣に座らない?」
「ああ、じゃそっち行く」
すっかり機嫌がよくなった十文字が自分の鞄から教科書を取り出している間。
セナは素早く自分の机の中で動いていたICレコーダーのスイッチを切って、鞄に放り込んだ。


帰宅したセナは自分の部屋でICレコーダーに録音された十文字とまもりのやりとりを再生した。
今日は部活もないのに、十文字が帰ろうとせず教室にいるのを見て閃いた。
何かあるかもしれないと。だからICレコーダーを録音状態にして置いておいたのだ。
そしてそれらを聞き終えると、セナは唇を歪ませて笑う。

セナのヒル魔への想いに気付いているなら、わかるだろうに。
いつもセナはヒル魔を見ているのだから。
あの雨の日の窓に映った男の影がヒル魔でないことなど容易く見抜ける。
では誰か、と推理すればすぐにその正体に気がついた。

貴方に僕の何がわかるんですか?と聞いてやりたくなる。
十文字にも、鈴音にも、まもりにも。。。ヒル魔にも。
無邪気で可愛い振りをしているセナの、心の奥の黒い部分を知ったら彼らはどうするのだろう。

ヒル魔は気付いているだろうか?
そう考えてセナは苦笑した。気付いているに決まってる。
セナの想いも、まもりや鈴音や十文字の策略も。
そしてセナがヒル魔の決断を待っていることも。

セナはため息を1つつくと、ICレコーダーの録音を消去した。
その顔からは嘲るような笑いは消えて、能面のような無表情になった。

【続く】
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