ヒルセナ5題
【信頼してる】
最初はちょっとした異変だった。今日は調子が悪いかな?くらいの。
ただ2日経ち、3日経っても40ヤード走のタイムが上がらない。
そのうちに「具合でも悪いのか?」と他の部員たちに言われるようになった。
走りの特訓の相方と言えるケルベロスまでもが、もの問いた気だ。
当の本人、セナの顔にも徐々に焦りの色が浮かんでくる。
セナは溝六に相談してみた。するとこんな答えが返ってきた。
まだまだ身体が出来上がっていないセナ。
それが最近身長も少し伸び、トレーニングのせいで筋肉も少し付き始めた。
そんな微妙な体重や体型の変化が影響しているのではないか。
人間の限界速度を走るというのはデリケートで大変なことなのだと。
なるほどと納得した。確かに最近少し背が伸び、体重も少しだけ増えたのだ。
そういう時は無理してもダメだ。焦るなよ。
呑んだくれのトレーナーがセナの肩をポンと叩いて、そう言った。
とある日の練習中、セナが立ち眩みを起こした。
パスキャッチの練習中。いきなり膝から崩れ落ちたのだ。
真っ青な顔、小刻みに震える身体、冷や汗が伝う顔。
全員が練習止めんな!というヒル魔の制止も聞かずに、セナに駆け寄った。
どうしたの?と過保護な幼馴染が問い詰めてくる。
いや、体重が戻ればスピードが戻るかと思って、ちょっと食事減らしてて。
大丈夫だから大げさにしないで、と弱々しくセナは訴えた。
この細身でダイエットとは。部員ほぼ全員が言葉を失う。
しゃがみ込んで立てなくなったセナをヒル魔が無言で背負って運んだ。
次の日から部員たちは練習以外でもセナがやたらと走り回る姿を見かけるようになった。
皆が朝や放課後の部活を終えて着替えていても、セナだけは時間ギリギリまで止めない。
昼休みはもとより、休み時間のほんの数分まで、時間と場所を見つけてセナは走った。
本人にオーバーワークを指摘しても、セナは笑って「大丈夫」と繰り返す。
セナの説得を諦めた部員たちは次々にヒル魔に話を持ってくる。
止めさせて。無茶だ。あのままでは身体を壊す。
だがヒル魔は好きにさせろと言って取り合わなかった。
セナは闇雲に走っていたわけではなかった。
重心の移動や、蹴りの角度などを微妙に変えて試行錯誤を繰り返す。
ちょっとの力加減で走った感じがかなり変わるのだ。
それを組み合わせて、今の自分が一番スピードを出せる走り方を捜していた。
多分。まだタイムには現れていないが、いい方向に向かっている気がする。
皆が心配して、いろいろ言ってくれる。無理するな。少し休めと。
でもセナが今欲しいのは、そんな言葉ではない。
セナはふと視線を感じて、振り返った。
昼休み。校舎から校庭に下りる階段の上からヒル魔がセナを見下ろしていた。
ヒル魔は何も言わない。ただセナが走るのを見ているだけだ。
だが無言の目が雄弁に語っている。信頼してる、と。
あの目に見守られて、僕はいつも無心でフィールドを駆け抜けたんだ。
よし!とセナはイメージする。春の王城戦。進をたった1回抜いたときだ。
スピアタックルをかわして走る---!
セナは校庭を、そして幻影の中のフィールドを光速の足で駆け抜けた。
今のはよかったんじゃないかな。
セナは息を切らせながら、階段の上を見上げた。
ヒル魔は一瞬ふっと笑うと、そのままセナに背を向け校舎の方へ歩き去っていく。
その綺麗な後姿を見ながら、セナもまた会心の笑みを浮かべた。
【終】
最初はちょっとした異変だった。今日は調子が悪いかな?くらいの。
ただ2日経ち、3日経っても40ヤード走のタイムが上がらない。
そのうちに「具合でも悪いのか?」と他の部員たちに言われるようになった。
走りの特訓の相方と言えるケルベロスまでもが、もの問いた気だ。
当の本人、セナの顔にも徐々に焦りの色が浮かんでくる。
セナは溝六に相談してみた。するとこんな答えが返ってきた。
まだまだ身体が出来上がっていないセナ。
それが最近身長も少し伸び、トレーニングのせいで筋肉も少し付き始めた。
そんな微妙な体重や体型の変化が影響しているのではないか。
人間の限界速度を走るというのはデリケートで大変なことなのだと。
なるほどと納得した。確かに最近少し背が伸び、体重も少しだけ増えたのだ。
そういう時は無理してもダメだ。焦るなよ。
呑んだくれのトレーナーがセナの肩をポンと叩いて、そう言った。
とある日の練習中、セナが立ち眩みを起こした。
パスキャッチの練習中。いきなり膝から崩れ落ちたのだ。
真っ青な顔、小刻みに震える身体、冷や汗が伝う顔。
全員が練習止めんな!というヒル魔の制止も聞かずに、セナに駆け寄った。
どうしたの?と過保護な幼馴染が問い詰めてくる。
いや、体重が戻ればスピードが戻るかと思って、ちょっと食事減らしてて。
大丈夫だから大げさにしないで、と弱々しくセナは訴えた。
この細身でダイエットとは。部員ほぼ全員が言葉を失う。
しゃがみ込んで立てなくなったセナをヒル魔が無言で背負って運んだ。
次の日から部員たちは練習以外でもセナがやたらと走り回る姿を見かけるようになった。
皆が朝や放課後の部活を終えて着替えていても、セナだけは時間ギリギリまで止めない。
昼休みはもとより、休み時間のほんの数分まで、時間と場所を見つけてセナは走った。
本人にオーバーワークを指摘しても、セナは笑って「大丈夫」と繰り返す。
セナの説得を諦めた部員たちは次々にヒル魔に話を持ってくる。
止めさせて。無茶だ。あのままでは身体を壊す。
だがヒル魔は好きにさせろと言って取り合わなかった。
セナは闇雲に走っていたわけではなかった。
重心の移動や、蹴りの角度などを微妙に変えて試行錯誤を繰り返す。
ちょっとの力加減で走った感じがかなり変わるのだ。
それを組み合わせて、今の自分が一番スピードを出せる走り方を捜していた。
多分。まだタイムには現れていないが、いい方向に向かっている気がする。
皆が心配して、いろいろ言ってくれる。無理するな。少し休めと。
でもセナが今欲しいのは、そんな言葉ではない。
セナはふと視線を感じて、振り返った。
昼休み。校舎から校庭に下りる階段の上からヒル魔がセナを見下ろしていた。
ヒル魔は何も言わない。ただセナが走るのを見ているだけだ。
だが無言の目が雄弁に語っている。信頼してる、と。
あの目に見守られて、僕はいつも無心でフィールドを駆け抜けたんだ。
よし!とセナはイメージする。春の王城戦。進をたった1回抜いたときだ。
スピアタックルをかわして走る---!
セナは校庭を、そして幻影の中のフィールドを光速の足で駆け抜けた。
今のはよかったんじゃないかな。
セナは息を切らせながら、階段の上を見上げた。
ヒル魔は一瞬ふっと笑うと、そのままセナに背を向け校舎の方へ歩き去っていく。
その綺麗な後姿を見ながら、セナもまた会心の笑みを浮かべた。
【終】